第四十五話 嘗て夢見た任侠道 前編
鬱蒼とした森が眼下に広がる。俺はナッグに連れられて彼等の栖(すみか)へ向かってた。後ろからは護衛の様に舎弟たちが続いている。
「もう少しだ。Wキザキの森Wの前にあるW森の高台W、そこに俺たちのアジトがある」
ナッグの進行方向の先には一際高い土地が広がっていた。あそこに彼等……いや俺らの栖があるのか。
「結構、使ってるのか?」
「お前が破門された少し後だから、一年半といったところだな」
そして、暫く進むと木々に取り囲まれて隔離されたような高台の上に一見集落のようなモノがあった。
集落にどんどん近付く。そして、ナッグから次いで着地していった。
「お前ら!先に行って準備してろ!」
「「「わかりやしたぁっ!」」」
舎弟達はぞろぞろとポツポツと建っている家の中へと入っていく。あれがアジト…余りにも小さ過ぎないか?
「あれがアジトなのか?それにこう開放的だと目につきそうだな…」
「まぁ、着いてこい。すぐ分かるさ」
ナッグが一つの家の方向に歩いて行く。俺も辺りを好奇心で辺りを見回しつつ、彼に遅れないよう続いていった。
屋内に入ると、そこはテーブルがあり、上に木製の食器あった。あとは、水周りなど至って普通の家でありアジトととは名ばかりの妄言に思えた。
「ここだ。」
ナッグが立っていたのはクローゼットの前で、開けると中にはローブや長いマフラーやスカーフが掛けてあった。すると、ナッグが衣類をかけてある棒をガチャリと下へ押した。その時だ。
「これは…!」
なんとクローゼットの下側が蓋のように開いたではないか!暗く深い穴で、壁づたいに鉄製の梯子が設けられている。あまりの仕様に俺は驚きを隠せない。それにナッグは得意気になった。
「どうでぃ?我燕組にかかればこんなことお茶の子さいさいだ。」
「こんな仕掛け作れるなんてな…ビックリだ」
俺は中をまじまじと覗く。昔とは段違いなのは安易に予想出来る。
「へへっ!とりあえず降りようぜ!」
二匹は黒の穴へと入っていった。幅は丁度、オオスバメがゆとりを持って入れるぐらい。しかし、ナッグは体格の良さが災いして、羽を壁に擦り付けながら降りていった。
暫くすると、下から光が射し込む。
「……」
地面に足を着く。いきなりの光量に目が眩んだ。
「見ろよ、ハング」
「…ん?」
ハングは目を羽で覆いながら徐々に慣らしていく。そして、視界がはっきりした時だ。
「「「お帰りなさい!!!若頭!!!」」」
彼を待ち受けていたのは、大勢の舎弟たち。彼らがサイドに並び、大きな通路を造っていたのだ。床にはレッドカーペットが敷かれている。ハングは驚愕の二文字までも理解するのに時間が掛かってしまった。
「へへっ、驚いたか?」
「お、おぅ…すごいな、コレは」
九十度の礼をする舎弟らの間を二匹は進む。辺りを見回すと、広さ的には軽くパーティーが二、三組開けそうなほどで、この世界では珍しく電球をふんだんに使っていた。壁は蔦や大きい丸太を使って壁を補強しているようだ。
暫く歩き、廊下のような所に出る。右に曲がり、左に曲がり…。そして、突き当たった所の部屋の前でナッグは止まる。ドアの前に眼帯をつけたオオスバメ、包帯を巻いたオオスバメが立っていた。
「部屋を開けろ」
「はい!わかりました!」
ナッグの命令で部屋の扉が開かれた。そして、部屋の奥に大きなベッドがあるのが入る前から分かった。
「お静かにお願いします」
「あ、あぁ…」
入り際に包帯を片目に巻いたオオスバメに重低音で注意された。何となくここに誰がいるのか分かった。部屋に入ると、何か果物の腐りかけている時の臭いがした。
「誰だ…?」
嗄れた声が弱気に響く。
「只今、任務を終え帰って来ました。さぁ、ハング、挨拶しろ」
ナッグがハングの背中を押した。ベッドに沈む干からびたオオスバメが虚ろに目を合わせてくる。
「久し振りだな、ハングよ…ゴホッ…」
「お久し振りです、組長…」
二年前の元気の良かった姿は跡形もなくなっていた。破門された、いや、破門されにいった身としては拍子抜けというには大袈裟だが、こんな姿を見ると破門という行為を頑なに望んだことがとても馬鹿らしく思えた。
俺はとりあえず気になる事が一つあったのでそれ話し始める。
「組長、どうして俺なんかを今更…」
目の前の老獪は口を開くのもやっとのようで細々と呟き返す。
「全てはこの我燕組の為に…いっ、ごほっ!ゲェッホッ!」
切実に願う言葉は余りに苦しく放たれる。しかし、自分の中にまだ微かに残る我燕組への反発心が組長への同情を引き止めた。俺は冷静を保つ。
「ナッグの方が適任だと思いますが…」
「お前だ!お前でなければいけないのだ…!ガハッ!ゲハッ!」
咳き込みが激しくなり、組長はナッグに抑えられる。何故、俺でなければいけないのだろう…。
とりあえず、今は周りのよく分からない要求を甘んじて聞いていることしか出来なかった。
「今日は一段と悪そうだ。ハング、そろそろ出よう。身が案じられる」
「そうだな」
「では…組長、失礼します」
ナッグはそういうとハングを連れて部屋を出て行った。
「ハング、頼んだぞ…」
部屋を出る瞬間、組長の声がまた聞こえた気がした。横にいるナッグは大きな溜息をついて、その緑の瞳を此方に向けた。
「すまねぇな、ハング。組長も今はあのご様子なんだ」
「思ったより酷いみたいだな」
二匹は廊下を歩き始める。白熱灯で照らされた廊下は少し暑かった。
「…とりあえず、お前の寝る場所を教えてないとな。俺の部屋のベッドが一つ余ってっからそこでいいか?」
「あぁ、頼むぜ」
ナッグの先導で部屋に向かう。彼の後ろ姿はこの二年間で少し大きくなった気がした。
『組長、絶縁状をもらいに来ました』
『…ハングッ!いきなり何言ってんだよ!!』
『…ハング、お前は覚悟の上で言ってるんだろうな?』
『はい…もう二度と我燕組には関わらない。あんた達との縁をこの場で切らせてもらう。』
そして、俺は絶縁状をあっさりと貰った。我燕組での存在価値を全て抹消と引き換えに。それを躍起となって引き止めてくれたのがナッグ、お前だった。
『ハング、お前、本当に行っちまうのか…』
『…』
『何とか言えよッ!!!』
『…ごめん、もう行かなきゃ。じゃあなナッグ、お前は最高の親友だった』
『ハング…ハングッ!!!』
「ここだ、ハング」
回想に浸っているとナッグの一声で現在(いま)に引き戻される。ナッグが扉を開けて、俺は中へと入っていった。部屋は思ったより片付いていた。昔はよく壁に煌(きら)びやかなポスターなどを貼っていたイメージのあるナッグ。壁には少しの飾りしか目立つものは無かった。ベッドが中心に二つ並んで、とても昔の貧相な暴力団の部屋とは思えない豪華さだ。
ナッグは駆け足気味でベッドに近寄り、皺を伸ばし始める。ベッド自体は藁に白の布を掛けた粗末なものなのは此処も一緒だった。
「二年でこんなにも変わるんだな。お前の部屋なんてポスターだらけかと思ったぜ」
「まだまだガキだったんよ。背も前より結構伸びたしな。それにお前が行ってから、今まで実質二番目の位だったし…少しはしっかりしねぇと思って」
すると、機嫌が良いのか鼻歌交じりになるナッグ。実は、二年前もナッグとは相部屋だった。入ったことのない部屋にも関わらず、懐古心を擽られたのはその為だろうか。
「…これって、いつ撮ったんだ?」
ハングは適当に部屋を見渡していると、もう一方のベッドの近くに写真が置いてあったのを見つける。そこには今ここにいる二匹の昔の姿があった。肩を互いに抱き合い、頭に包帯やら羽に傷やら、更に顔も腫れていた。
「もう五、六年ぐらい経つぜ」
「そんなにか…。こういう写真もっとなかったか?」
「ねーよ、そんときは写真一枚撮るのにも結構な金が必要だったんだぜ。それは我燕組が組同士の闘争に圧勝した時に撮ったものだ」
「あぁ、あの時か…」
写真で肩を組んで笑っている二匹は正に友情に結ばれていた。そう、ナッグは普通なら歴とした親友なのだ。しかし、今となってはそれを純粋に思うには障害が多すぎるのもまた事実だった。
「よし、片付けはこの程度でいいか。じゃあ、俺は少し用があるからさ、此処で休んでろよ」
「そうだなー、結構ここまで来るのに疲れたぜ…」
そう言いながら、俺はナッグの敷いたベッドへと寝転がった。やはり藁のベッドはどこも一緒である。ナッグは俺の寛ぐ姿を見て嬉しそうに笑った。
「へへっ!…そうだ、今日は後で久しぶりに飲みに行こうぜ。話してぇことがたんまりあんだ」
「楽しみにしてるよ」
「あぁ、すぐに終わらせてくるぜ!」
ナッグが部屋を出る。俺は大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。仰向けになり、天井に光るランプが幾つかあった。淡い橙が瞳に揺れた。
「……」
帰って来た、嘗ての居場所へ。任侠を志したあの日へと戻って来たのだ。次期組長候補、親友の計らい、大勢の舎弟たち。皆、自分には勿体無いと思う。つくづく自分は誰かに支えられている事を実感した。そう誰かに…
−−−ハングさんっ!
「ティ………」
今日決別した誰かの名前を何故か呟こうとしたが、俺は思い直して止めた。そして目を瞑り、浅い眠りへとついたのだった。
*
一方、プクリンのギルドでは…
「号外、号外!プクリンのギルドが暴力団に襲われた!」
外で紙を巻き上げる。それは所謂、新聞の号外というやつで此処では余程のことがない限り起こらない。これによって、今回起こった余程のことはあっという間にトレジャータウン、そして近辺の森や草原へと知れ渡った。現在、ギルドには警察が来て調査を進めていた。
「マグティーン保安官!負傷者の病院への搬送が完了しました!」
「ワカッタ、ソレデハ此処の警備ニアタッテクレ」
マグティーンはこの付近を管轄にしている保安庁のポケモン。いつだったかサンライズも世話になった。ここ自体田舎なので中々満足な数のポケモンを調査に充てられないのが現実らしく、比較的位の高い彼さえも出動の毎日である。
マグティーンはごった返す野次馬たちを黄と黒のテープ越しで呆然と眺める。明日になればもう誰もいなくなるであろうと思う、野次馬とはそういうものだ。そして、マグティーンはひとまずギルドへと入っていくのであった。
中に行くと、撮影や鑑識などが既におり、慌ただしく作業をしていた。
「あっ、保安官!」
マグティーンに気付いたのは先ほどまで気絶していたアクタートだった。ファインにどつかれたおかげで戦闘を逃れたラッキーボーイ。
「我燕組の行方は分かったんですか?!」
彼はマグティーンへに形相を変えて訊く。知らない間に起こったのだから無理もない。それにマグティーンは無機質(自然)に答えた。
「我燕組ノ捜索ヲ早速始メテイマス。『暴力団規制法』ガ最近ニナッテ施行サレタノデ警戒ハ強イノデス。大丈夫デスカラ安心シテ下サイ」
アクタートはほっとするのも束の間、さらに訊く。
「サンは…ファインやギルドの皆は…?」
「安心シテ下サイ。皆サン、軽傷デ済ンダヨウデ明日ノ朝ニハ退院デキルトノ報告ガアリマシタ」
「そ、そうか…、良かったぜ!」
アクタートは胸を撫で下ろし、濁った空気を吐き出した。
そして、シードもアクタートの後ろから出て来た。
「しーどサン、負傷者ノ応急処置オ疲レ様デス」
シードはマグティーンの労いに顔を赤らめ俯いた。
「い、いえ!僕に出来ることをやっただけですから…」
俯きつつも少し顔が綻ぶシード。なんやかんやで嬉しいのだ。
少しの談笑を三匹を交わすと、マグティーンは勤務中であることを思い出す。
「デハ、私ハ少シりヴサンニ用事ガアルノデ…」
「リヴならあの部屋にいるぜ!」
アクタートの指差す方向にマグティーンは向かって行った。目の前に立ち、無機物なりに心を落ち着かせる。
「……」
マグティーンはドアをノックした。しかし、返事は無い。もう一回ノックをする。やはり返事は無かった。
「(りヴサン…)」
「どうしたんだよ?ずっと立ち止まって」
「入らないんですか…?」
様子がおかしいことに気付いたアクタート、シード。佇む保安官を見上げる。彼は憂いを帯びて呟いた。
「りヴサンニ強気ニ当タル自信ハ私ニハアリマセン…」
「は?どゆこと?」
「…君達ニハ関係ノ無イコトデスヨ。りヴサン、後日今回ノ事件ニ関スル報告ヲ書面ニテオ知ラセシマス。目ヲ通シテ下サイネ」
マグティーンはドアの前で一礼をした。結局、ドアの向こう側から声が返って来る気配はやはり無かった。そして、彼は数秒後に動き始めた。
「デハ、失礼シマス。…君達モ何カ事故ヤ事件ガアッタラ私達ニ知ラセルンダヨ」
優しく二匹にそう言って、マグティーンはギルドを後にしたのだった。
「…何なんだ?」
アクタートがクエスチョンマークを頭に浮かべてると開かずの間が都合よく開いた。扉の隙間からリヴが大きな耳を揺らして顔を出す。辺りをキョロキョロとし、落ち着かないと言った様子。そして、二匹にこう訊くのだった。
「マグティーンはもう行った?」
「いま出て行ったぜ」
「呼び戻す?」
「いやいや、そんなことしなくていいよ!」
やはり何かあるみたいだ。アクタートは思い切って訊いて見ることにしたのだ。
「おい、リヴ。保安官と何かあったのか?」
「…うーん、君達には関係のないことだよ☆ほらほら、大人の事情あるでしょ?ね?」
リヴは笑顔で彼の疑問を軽くあしらった。依然としてアクタートはしかめ面である。
「とりあえず、僕はまだ仕事があるから…後でね」
「おい、リ…」
バンッ!
ドアが勢いよく閉まった。益々、疑心は募るばかりで腕を組んで考え倦(あぐ)んでいるアクタート。
「うん!これは絶対あの二匹の間に何かあるはずだ!」
「それ本当なの?アクア…」
「あぁ、間違いねぇ!きっと何かしらの因縁が…ほら例えば、リヴは実は世界を翻弄する大怪盗で、保安官はそれを追い続ける正義感溢れる刑事!
月夜に照らされた夜のビル街を颯爽と駆け抜ける!
『はっはっは〜、これで宝は僕のものだ!アディオス!』
『こら待て、リヴー!!』
そして、二匹のいたちごっこは続く!
…みたいな!」
「そ、そんな壮大なバックボーンがあるの?ていうか、それじゃリヴが悪者になっちゃうし、此処にいるわけないよ」
シードは『みたいな』じゃねーよ、と思った。アクタートもそう言われると少し考え直すのだった。
「じゃあ、リヴは謀叛を企む…」
「え、この茶番まだ続くの!?」
シードの突っ込みにアクタートが溜め息をつく。
「…だって、俺らやる事ねーじゃん」
「うーん、そうだけど…」
周りを見て、警察はおのおのの仕事をしてるしギルドの皆はインホスピタル。正直、この二匹は用無しなのだ。
「……」
「…ねぇ、アクア」
「シード、とりあえず外行って様子みよう。うん、そうしよう」
「あ…うん…」
意味不明な空気に苛みながら、二匹は仕方なく外へと繰り出していった。
to be continued......