第四十三話 燕の涙
「隠し事は悪いことか?」
「私はそんな事は思いません。生きている限り口に出し辛いことなど増えていきましょう。
それに未知の部分が我々に潜在している、それが生き物として素晴らしさだと思います」
「…そうか。ではワンダー、一つクイズをしよう。此処に笑顔でいる優しそうなポケモンと前科を持った犯罪ポケモンがいる。どっちかを殺さなければいけないとして、どっちを殺す?」
「……」
「返事は後でいい。私は脚本の推敲でもしてくるよ」
*
*
「我燕組?」
「今はあまり名を聞かないね。随分昔はこの辺りに普通に出歩いていたぐらいなんだけど。簡単に言うと、ハングは暴力団に入ってたんだ」
暴力団。俺とアクタートはその言葉聞いて固唾を飲んだ。ハングがちらりと目を合わせるが思わず逸らしてしまった。
「暴力団と聞いて、すぐビクビクしやがって。ただの弱虫か?」
「ハング、いいから続けて」
リヴが言葉を遮る。ハングは舌打ちを一つして、続けた。
「俺はそこに嫌気が差してな、組を抜けたんだ。そして、放浪の旅を続けていたら此処に辿り着いた。そして、ティミッドと出会った…
ハングは少し目を細めて更に記憶を口で綴っていった−−−−−
『待ってよ!』
そう呼び止めたのはプクリン、こいつ。ギルドマスターのリヴだった。
『何だ?』
『とぼけてもダメだよ、ハング!』
こいつは俺の名を知っていた。この付近で名前を教えたポケモンなぞいない。当然、警戒心が自分の目を鋭くさせた。すると、
『そんな怖い顔しないでよ。君みたいなポケモンがこんな所に何用だって言ってるんだけなんだ。』
『どういうことだ?』
『だって君は…有名暴力集団の我燕組若頭。そうでしょ?』
リヴの言っていることは百発百中大当たり。なるほどと思い、鼻で笑って俺は答えた。
『ふっ、ご名答。そこは、ギルドマスターとしての情報網がスゴいから知っている、そういう風に思っていいのか?』
『若頭ぐらいまでなら知ろうとすれば誰でも分かるよ。…で、僕もギルドを守るためだから訊くけど、何の用なの?』
リヴは笑ってそう言いながら俺に近づいてきた。俺は言ったよ。
『ただ、ここには宿を探していただけだ。ギルドには暇潰しに寄っただけだよ。そしたら偶然どんちゃん騒ぎがあってね、このザマさ』
『そう…』
『安心してくれもう俺は組を抜けたんだ。このギルドにどうこうするつもりは全くねーよ。明日には此処を出発するつもりだしな』
『……』
俺は淡々とそう呟きながら階段を下り始めた。微風が俺らの間に吹き抜ける。だけどリヴの返事は特に無かったし、俺もそのまま階段を降りてギルドを後にしたんだ。
少しタウン内をぶらついていた。俺の行く所は皆楽しく笑っていた。組にいる時を思い出したよ。なんやかんやで楽しかったんだ。組も良くも悪くもこのギルドのように仲間が集まる場所だったからな。
…で、話を聞いてタウン郊外宿屋の場所へと向かったんだ。そこはすぐに見つかって早速中に入った。
『(さて、予約とるか…)』
ハングはカウンターに行く。若い男性のポケモンが応答してくれた。
『いらっしゃいませ』
『一室、頼む』
『少々お待ち下さい』
『?』
受付は後ろの別室へと消えて行く。俺は足で床をたんたんと叩いて待った。数分後、受付が険しい顔付きで此方へ来た。
『あの、申し訳ありませんが、満室となっております』
『…そうか、じゃあいい。またな』
『誠に申し訳ありません。次のご利用をお待ちしております』
宿屋が満室とはつくづく運に見放されたとうか何というか。ハングは溜め息つき、今日は野宿かと思いそぞろ歩きをしていた時だった。
『あ』
『あっ、さっきの…』
ボスゴドラに情けなくやられていたあいつに再会した。あいつは確か木の実が山積みなったバスケットを背負っていた。顕著な身体に見合わない大きさ。当然あいつにとって重かっただろう。
『何してんだ?』
『探検家の依頼です。そこの宿屋までお使いみたいなものですけど…。では…』
あいつはそう自嘲気味言うと再びのそのそと這って少しずつ進む。俺はただそれを横目で追っていた。
『…ふっ…ふっ、』
一生懸命なあいつ。あとたった数メートル。にもかかわらず、あいつを見ていると随分と長い距離に思えた。見ているこっちがいじらしくなってくる。
『おい』
『…は、はい?』
『手伝ってやるよ』
俺は口でバスケットを取る。すると、あいつは慌てふたいめいた。
『いいですよ!僕が自分でやります!』
『ひゃまうはって!ほれがひゃるってひめたんだ!(構うなって!俺がやるって決めたんだ!)』
『いいですって!だって…』
そん時ムカついたから、思わず睨んじまったよ。バスケットを置いてこう言っちまった。
『あ"ぁっ!?舐めんじゃぇっ!任せろっつてんだろ!』
『あ…ひ、ひいいいっ!!!』
あいつは今までの鈍足さなど吹っ飛ばすほどの速さで近くの木の後ろに隠れた。あんときはやっちまったなぁって思ったな。
『あ、しまった…。おい!』
『ひええっ!!命だけはぁ〜…!!』
俺が木に近付くと同時にティミッドは更に蹲(うずくま)っちまった。とりあえず、落ち着けなきゃと思った。
『大丈夫だって、な?怒鳴って悪かったよ。すまん!』
組仕立(くみじたて)の姿勢で、きちんと謝ったさ。あいつは涙で顔を出しぐしょぐしょにしながらこう言ったよ。
『う、うぅ…ごめんなさい…』
『何でお前さんが謝るんだ。俺が悪いんだからよ』
『でも、でも…』
『いいからさ、さっさと依頼終わらせようぜ』
泣きじゃくるあいつを背中に乗せて、俺は宿屋に木の実を渡しに行ったよ。受付は不思議そうな顔で俺らを見ていたけどな。
そして、帰り道。あいつも落ち着いたようだった。
『今日はたくさん助けて頂き有難うございます…』
『気にすんな。俺の性分だよ。…そう言えば、名前聞いてなかったな。俺はハングっつうんだ。』
『ティミッドです…』
あいつは自分の名前さえも自信なさげに呟く。そう言えば、探検家とか言ってたと思って聞いたんだ。
『ティミッド、お前は探検家なんだろ?仲間は何処だ?』
そう言うと、ティミッドの双眸は悲しそうに閉じられる。そして、小さく呟いた。
『…いません』
『いない?てっきり、探検家は数匹集まって隊を作るもんかと思ってたぜ』
『…最初は居たんです』
『辞めちまったのか?』
その言葉にティミッドは苦しく答えたんだ。
『はい、私のせいで皆辞めちゃいました』
『お前のせい?』
『私が弱いから…こんなケムッソと一緒に組んでくれる方なんて可笑しいんですよ』
『組むからには決心して組んでるだろ…』
『皆最初はそう言うんです。でも、みんな段々と私の役立たずさに呆れて辞めて他の方と組んでしまうんです…。だから、一匹でもういいやって思ったんですよ』
ティミッドは悔しそうに涙声になりながら絞り出すように声を出した。今思うと、組の奴等もこいつと同じ気持ちなのかって思う。探検家、組も一匹でやっていけるはずが無い。その時だ、俺の中でこいつをどうにかしたいと思ったんだ。
そしたらいつの間にか、俺らはギルドの前に居たんだ。
『ハングさん?』
『ちょいと用事あんだ。付き合ってくれるか?』
ハングはギルド前の格子の上に立つ。そして、叫んだ。
『おーい!いるんだろっ!?親方に用があるんだ!』
『え、えっ!?…ノ、ノイザ〜!!何か親方様に会いたい方が…………え、分かりました、通していいんですね?
あのーーー!!地下二階に来て下さいと言っています!』
『よし、いくか』
『ハングさん…?』
ティミッドを負いながら、ギルドの地下二階へと急いだ。先の騒乱から少しの視線を浴びたが、気にせず親方部屋の前に来た。ドアを開ける。
『やぁ、ハング。よく騒ぎあったのに来れたね。』
皮肉にも思えたが、彼の極度の純粋さ素直さは有名だ。ただ本当にそう思って言っただけだろう。ハングはティミッドを横に置いて言った。
『リヴ、頼みがある。探検家になりたいんだ』
『ホントっ!?…んじゃ、弟子入り?それとも隊の作成?』
『編入で頼む。こいつ、ティミッドのチームに入れてくれ』
『ハ、ハングさん!?』
それを聞いたティミッドは驚きを隠せるはずもなかった。さっき俺は彼のことを聞いたばかりなのだから。でも…
『編入ね…はぁ。実はティミッドのチームはもう五回ぐらいそれを繰り返してるんだ。』
『(そんなに…)』
『こっちもあまり身勝手にそうやられると困るんだよ。酷いかもしれないけど、僕はその頼みは受け難いな』
『…!!』
すると、ハングは頭を下げる。九十度。綺麗な姿勢で。
『頼む!!こいつ、スゴイ頑張ってんだ。だけど、一匹で木の実すらまともに運べない!こいつには仲間が必要だ!』
『ハングさん!いいんです!僕は別に…もう…』
『ティミッド、駄目だ!仲間がいねぇといつか絶対に辛い時が来る…お前、このままじゃ一生このままだぞ!』
ティミッドはそれを聞いて俯いた。ハングは言い続ける。
『お前みたいな奴はいくらから会ったことあるんだ。だから言えるんだ、お前には仲間が必要だ』
『いいんですよ…ハングさんも僕の弱さに呆れてどっかいってしまいます。もう嫌なんです』
その言葉にティミッドに顔を近付けた。ティミッドはぎょっとして退く。
『お前も本当は誰かと探検したい、そう思ったからやってるんだろ?じゃあ、俺がやってやる、仲間になる!』
『でも…』
『これで最後でいい。俺を信じてみてくれ!』
今思うと、これって俺の押し付けだ。俺怖がられてるし、
ティミッドもそれに気圧されていたにちがいない。
『……はい、やってみましょう!』
『よしっ!…リヴ、いいか?』
『仕方ないね、これが最後だよ!それじゃ、ハングをチームWタベラレルWに編入するよ!…たぁーーーーーーーーっ!!!』
−−−−とまぁ、これが俺とあいつの出会いだ。ティミッドは俺と組む気なんてさらさらなかったはずだ。だって俺怖がられてるし、最初から信頼なんてない。あったのは疑心だけだったんだよ…、畜生、畜生…」
ハングはいつの間にか非難の対象がサンライズから自分自身へと変わっていた。それに俺とアクタートもただ静かに同情する事ぐらいしか出来なかった。
ティミッドの反逆、一体何が彼をそうさせたのか。ただ、自分の状況を革命(かえた)かった?本当にそれだけか?
ファインは腕を組んで考えていた。すると、アクタートが横から肩を掴んで来た。
「何だ、アクア?」
「ファイン…」
「だから、何だって…」
俺が彼の方向を見ると彼は号泣していた。鼻水と涙でぐしょぐしょになっている。おい、その手で触るな!すると、アクタートは立ち上がって、叫ぶ!
「うおおぉぉっ!!切ないぜぇ!!くううぅっ!!」
「……アクア?」
軽くドン引いた。リヴも目をギョロリとしてアクタートに向かって苦笑を浮かべている。
すると、アクタートは何を思ったのか俺に抱きついてきやがった。
「ファイン、お前も悲しいと思わないか!?」
「離れろ」
「ハングがこんなんなって知らなかったぜ!!ファイン、お前は泣いてないの?冷血なの?冷酷なの?」
バコンッ!
・
・
・
「−−−さて、これからどうしようか?」
横で俺に殴られてのびているアクタートを尻目に話は続けられた。ハングは自分の話終わってからは最初の様子とは打って変わって大人しくなってしまった。
「(ティミッドが単独でハングを追い詰める事は出来るのか?)」
ここはハングに直接訊いてみた方がいいかもしれない。
「ハング、ティミッドが一匹でお前にこんな事したと思うか?」
ハングは虚ろな目を向けて答える。
「一匹じゃ無理だろうな。お前らと一緒だからできたんじゃねぇか?」
まだ嫌味を言える元気はあるようだ。で、問題はそこではなく俺らは犯人ではないから、つまりのところティミッドは誰かしらとこんなことを企てたというのはほぼ間違いないという事が分かった。
「(誰かティミッドを煽動した奴がいる?)」
裏で何者かがこの事件に働きかけている。一体それが誰なのかは分からないけども。しかし、このままハングに敵視されているのも気に食わない。そこで俺は決めた。
「ハング、ちょっといいか?」
「……」
「俺が思うに、ティミッドを煽った奴がいるはずだ」
「その煽った奴が何を言う?他にいるってか?」
「あぁ、そこでだ。俺らがその犯人探しをやってもいいか?」
犯人を見つけて誤解を解く、俺にはこれぐらいしか思い付かなかった。一番合理的だと思ったし、何よりも犯人扱いされているのは悔しかった。
「…そんなこと信じられるか」
「今は信じなくてもいい。でも、犯人見つけたらちゃんと謝ってもらうぜ。それにこれじゃ俺の腹の虫も収まりつかないよ」
俺はニカリとハングに向けて笑う。彼は無言のまま彼
ファインを見つめていた。
「じゃ、リヴ、行ってくるぜ」
「うん、アクアを忘れないようにね」
ファインはアクタートの尻尾を持って引きずって部屋から出ようとした、その時だ。
「親方様ぁっ!!」
アルトが急にドアを開けて飛び込んできた。俺は思わずビビってしまう。しかし、彼の様子が変だ。傷だらけでボロボロである。
「アルト、どうした?そんなボロボロで…」
「親方様、我燕組が、我燕組が…攻めてきました!!!」
「…ハング、きみがやったの!?」
「違うっ!!何であいつらが!?」
流石のリヴも急展開に焦りを隠せない。ハングも同様だ。一方で、俺はどうしようもなく狼狽えていた。
「ファイン、お前も逃げろ!」
「でもよ、アルト…」
ギルドは密室だ。逃げるには入り口か、窓から海へと飛び下りるしかない。炎タイプのヒトカゲの身にとっては正直言って選択の余地は無かった。
上層部からドンドンと騒がしくが鳴る!ひとまず、ファインは部屋の外へ出た。既に皆は戦闘態勢に入っていた。上から攻めて来る敵を待ち伏せる。
「(サンとシードは大丈夫だろうか?クソッ、さっき、アクアをどつくべきじゃなかった!)」
後悔先に立たず。ファインも梯子の伸びる所をジッと見ていた。そして、
「ヒャッフゥウウッ!!」
「我燕組の到来だああ!!」
堰(せき)を切ったようにオオスバメとスバメが入り口からどんどん入ってくる!ギルドの皆は早速砲撃を始めた!
「勝手に入ってくんな!WハイパーボイスW!」
「ギルドは不可侵領域ですわ!WソーラービームW!」
「甘(あめ)ぇんだよっ!!」
敵は空気に乗り身体を捻ってロスナスとノイザの攻撃をあっさりと躱す!攻撃はギルドの壁に直撃して、フロア中が砂煙に覆われた!
「(何も見えねぇっ!)」
俺は辺りを見回すも砂煙で敵の位置がさっぱりだ。三百六十度、視界は黒で満たされている。
「此処だよっ!」
「っ!!」
光速の様に迫る白い弾丸−−−W電光石火Wを使ったオオスバメ−−−に気付いた時は目前にそれがあった。駄目だ、そう思った時、弾丸の横から空気の捩れが襲い掛かる!!
「ぐぁっ!!」
「…っ!(なんだ!?)」
煙の中から出てきたのはリヴだった。成る程、さっきの空気の捩れはWハイパーボイスWの…。
「ファイン、大丈夫!?」
「あぁっ!でも、この霧じゃ…」
「W霧払いW!」
何処からともなく技の叫び声とともに、砂煙が薄らいでいく。俺の前に降り立ったのは縛られていたはずのハングだった。
「ハング、お前…」
「何だ?…そんな事より周りを見ろ!」
砂煙が晴れ渡った、その時ファイン達の目にした光景は凄まじかった。
「抵抗はするなよ」
「(囲まれてる…!?)」
俺、リヴ、ハングを十数匹のオオスバメとスバメに囲まれていた!皆、ガラの悪そうな雰囲気であるのは一目瞭然である。更に、既に辺りには傷付いた仲間達が累々と倒れていた。
「嘘だろ…」
「随分前から計画されてたみたいだね。手際が良過ぎるよ」
すると、オオスバメの輪の中に一匹が入って来た。
「これはこれは失礼しました、手際が良すぎて…」
「お前、こんな事までして…!」
ガタイが良く、左目に傷が入り、頭髪もなのべならぬ容貌である。訛りが強く耳に残る声だ。いかにもギャングという文字通りの佇まいである。どうやらハングとは見識があるようだ。
そして、リヴは焦りを悟られないように問いた。
「君、誰…?」
オオスバメはニヤリと口角を上げて、姿勢良く礼をして言う。
「我燕組若頭補佐、ナッグ。ハングを連れ戻しに来た」
to be continued......