第三十九話 捕食者と獲物@
あぁ、僕は馬鹿だ。結局、強みが弱みになってしまった。
「今までの仕返しだ!この屈辱、思い知れ!!」
「ごめんよ」
いままでの二つの協調は永遠性のない刹那的なもので、
「いままで、今のお前みたいに見下されてたんだよっ!!」
「…っ!」
これからの対立は永遠性の孕んだ当然の真理だ。いや、違う、生まれた時からだったんだ。全ては先天的結果として決定していたんだ。
多分、もう分かってたんだと思う。こうなることぐらい。ただ、気付かない振りをしてただけなんだ……
*
「コレ、報酬いいよぉ〜!」
「今日はこの強そうなお尋ね者を捕縛だ!」
騒がしい午前中のいつものギルド。ギルドにある掲示板にはたくさんの探検家が我先にと言わんばかりに依頼の紙を見ては戻し、見ては戻しと繰り返していた。
良い報酬の依頼を見つけると誰かに横取りされない様にすぐさま取り去り得意顔を見せてその場を去る者、またはランクの問題で自由に依頼を受けられず渋い顔をした者もいた。一方で、俺らサンライズにはあるポケモンから直接依頼が入ってきた。
「…という訳なんだ。よろしく頼むぜ、サンライズ!」
「つまり、ティミッドと喧嘩したから仲直りしたくて、プレゼントをしたいと。そのためにティミッドにさりげなく好みとか聞いてくればいいと」
依頼を持ち込んできたのはオオスバメのハング。以前、サツキ病などというものに罹っていたポケモンだ。薬草を持って来て、なんとか治すことができた。普段は陽気な性格で裏表も無く、周りからの信頼も厚い。リーダーシップに長けており、時たま行われるイベントでも進んで皆を補佐して大いに役立っているらしかった。
そんな彼が直々に依頼を申し込んできたのが、実は探検隊である彼らがこういう風に別の探検隊に依頼を頼む事は滅多に無く、とても珍しいことだった。なぜなら、自分達の面倒を見切れずに誰かを助けることなど出来ない、というプライドが探検隊である彼等の中に根付いていたからである。そのプライドを気にせずこうやって頼みきたのは本来特別な依頼に違いないのだが、それが仲直りの仲介とは一体どういう了見なのだろうか。
「うーん、そんなことわざわざ私達に頼む必要ないんじゃない?謝ればいいじゃないの」
「結構、あっさりと言ってくれるな。俺たちの仲はそんな簡単に収集つかないんだよ」
ハングは困った様に眉を曲げて言った。なるほど、思ったより自体は深刻なのかもしれない。よし、ここは俺らが一肌脱ごうじゃないか。
「よし、分かった。俺たちに任せろ!」
「おぉっ、やってくれるか!」
ハングは期待通りの答えに嬉々とした。こうして直々に頼みに来たのだから断るのは余りにも酷というか申し訳ない。俺は依頼の詳細を早速聞くことにした。
「で、もうちょい詳しく教えてくれよ。喧嘩の原因とか」
ハングはそれを聞いて罰が悪そうな顔になる。どうやら、あまり言いたくないらしい。
「くだらな過ぎてあんま言いたくないんだけど…」
「事情知っとかないと、うっかり変な事言っちゃってもいいのか?」
「それもそうだな…じゃあ教えてやるよ。一昨日の話なんだけどな、ティミッドの奴、ミスばっかするから少し叱ったんだよ。そしたら、泣いてどっかいっちまってさ」
「ティミッドってホント臆病なのね…」
サンはそうぼやきつつ、チラリとシードを見る。彼女と目が合ったシードは彼女の言いたげなことを全てを悟ったのか、怪訝な顔を見せる。
「サン、どうして僕を見るの!?」
「ははは、ちょっとねぇ…」
そもそも、誰かが怒ったぐらいで逃げ出すというのは実際あり得ないと思うんだけど。そう思った俺はからかい気味に、
「おいおい、一体、どんな風に怒ったんだよ。やってみろ!」
と言った。アクタートもそれに便乗して、手をリズム良く叩いて急かす。ハングは少し呆れた様にかつ恥ずかしそうにする。そして、
「分かった、分かった!やってみるから!」
仕方なしに要求を承諾。ハングは後ろを向いて、何かゴソゴソしながら、俺たちの方に振り返る…
「っ!!」
「ぁ…っ」
「おぉ…」
「ひっ!!」
俺たちは後悔した。
「おWぉい……ナメてんと、ドタマかち割んぞぉおおおおWWぉぉおッ!!」
「ぎゃあああああああっ!!!」
「キャアアアアアアアアッ!!!」
「ウアアアアアアアッ!!」
「ひいいいいいいぃぃっ!?」
数分後…
「ハング、あなたどっかの任侠の方じゃないの…?」
「無礼な態度、すみませんでしたっ!!」
「あれじゃ、ティミッドもビビっても仕方ないな!」
「あわ、あわわ…」
「お前ら、マジメにやる気あるのか…」
ハングの呆れ顔を見て、俺たちはくだらない茶番を強いたことを謝罪したのだった。その後、ハング少しの会話を愉しんだハングと別れた。彼らはひとまずトレジャータウンに行き準備をする。不思議玉、木の実、食糧…などなどを倉庫から引き出したり、店で買った。この手順にはもうすっかり手馴れたものだ。
さて、早速ティミッドの元に向かおうとしたのだが……
「で、どこいるの?ティミッドは」
「トレジャータウン内にいるって言ってたけど、アバウトで分かりづらいな」
「ギルドにいるかな?依頼とかあるし」
「あのぅ〜…」
その時だ。トレジャータウンの喧騒に混じって、後ろから今にも消え入りそうな声が聞こえた。サンは耳をピクリと動かしてそれを感じると後ろを振り返った。
「あっ!ティミッド!」
「お、おはようございます、サンライズの皆さん」
後ろに居たのはケムッソのティミッド。先程のハングのパートナーである。相変わらずビクビクした奴だ。というより、気弱。まったくシードと良い勝負である。
彼は小柄な身体をもじもじとさせながら何か言いたげそうである。
「どうしたんだ?」
余りにも長い間だったので、俺は用件を訊いた。ティミッドは目を合わせて言った。
「は、はい…実は、お願いがあるんです。い、いいですか?」
「お願い?」
「ハ、ハングに…渡したい物があるんです」
なんというタイミング!俺は会心の笑みを浮かべた。偶然にも二匹の依頼が飛び込むとは珍しい。こうなると、思ったより任務はやりやすいかもしれない。とりあえず、詳細をきこうか。
「一体、何を渡したいんだ?」
「今はまだ言えません。すみません…」
ティミッドは申し訳なさそうに謝る。言いづらいものなのだろうか。まさか、プレゼント?俺は勝手にそんな妄想を広げていたのだった。
それにしても彼はハングと違って正反対のキャラクターなので、このテンポに合わせるのが些か辛い。シードよりも酷いぞ。
「それで、お願い受けてくれますか…?」
この言葉に対しては勿論答えは…
「おぅ、もちろんだ!」
他の三匹も首を縦に振り、当然の様にそれを受け入れた。すると、ティミッドは依頼が完了した訳でもないのに涙ぐみながら御礼を言ったのである。さて、早速依頼を始めよう。まず……
「で、行き先は何処だ?」
「Wオレンの森Wです。渡したいものはそこにあります。僕が行き先を知ってるので案内しますよ
「地図とか描いてくれれば、私たちが全部やるけどいいの?」
「は、はい!これは自分も一緒に行かないと意味無いですから…」
なるほど、同伴をご所望か。普段臆病な彼にとってはきっと勇気ある決断である。きっとティミッドは何か決心しているだろう。彼の目を見ればその決心が揺るぎないものであることを理解するのに時間は掛からなかった。
「そう?ならいいんだけど…」
「こういうのは大勢の方が楽しいだろ〜」
「呑気だねぇ、こいつは…」
「ティミッドさん、僕たちも準備しなきゃだから、その間に準備してきてください!」
「は、はい!ありがとうございます!あと…よろしくお願いします!」
そうティミッドは嬉しそうにまた礼を言った。
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(@王様の城のとある部屋)
「ムラー」
「何だ?」
「俺らってさ、何しに此処に来たんだっけ?」
「俺らは新たなる強さを求めるために此処に来た。如何なるものにも負けぬ力。そんなことも忘れたのか?」
「ちげーよ、ただ、ちょっと思っただけ。そういえば、お前さいつも何書いてんの?」
「日々の結果を記している」
「つまり、日記か。意外と繊細な所あるんだな。」
「馬鹿野郎。虫唾が走る…」
(部屋の扉が軋み、ゆっくりと開く。外からはワンダーが出てくる。)
「リンプ、ムラー、仕事だ。これからの仕事は我らの目的のアクセル的な位置にある。精々、頑張るのだな」
「行くぞ、リンプ…」
「ほいほーい!」
(リンプ、ムラーは部屋を後にする。)
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一方で俺たちとティミッドはWオレンの森Wへと到着した。オレンの実など疲労回復、治癒作用がある木の実が多く結実している森である。今までダンジョンと比べると遥かに簡単で、正直言うとぬる過ぎて仕方ない。例えば、暫く歩いてると敵が襲いかかってきて……
「W十万ボルトW!」
「ぴゃあああっ!」
と言った感じに虫ポケモンを一撃。サンはあまりの手応えのなさに呆れ顔だった。
「ヌルい!ヌル過ぎるわ!」
「でも、怪我なく終わりそうだから、僕は良いと思うよ。」
そのシードの控えめな発言にを彼女は溜息を吐く。彼女は続けてこう言う。
「シード、立派な探検家になる為には誰にでも立ち向かう強さが必要なのよ!そう、あのチャームズのように!」
「…でも、やっぱり痛いのは、怖いのは嫌だな」
−−−やっぱり、臆病者は最後にとっておくに限るね。
シードはいつしかのヴィーの言葉を思い出して、暗く陰を作った。サンは相変わらずの彼の反応に仕方が無いと同情し、これ以降は特に突っ込む事はなかった。とにかく俺たちは奥へと進んでいく。
「ホント長閑だな」
「ここ好きなんです。静かで落ち着いていて…」
「どっちかって言うと、遠足気分だぜ!」
ポカポカとした陽気に思わず、心も弾む。小さな花々が道端を飾り、木の実の香りが鼻を擽る。好戦的なポケモンはほぼいないに同義で物珍しそうに此方を一瞥して去っていくポケモンがほとんどだった。久しぶりに思えるこのゆっくりとした時間に無意識に融け込んでいく。景色を楽しみながら歩みを進めていると俺は口を開く。
「そういえば、ティミッドは何でこういうことしようと思ったんだ?」
すると、ティミッドが少しばかり慌てた素振りを見せる。そして、数秒の間をおいて答えた。
「い、いつものお返しです。実はハングとは色々あって…。今、二日間帰ってきてないんです。」
「そっか。まぁ、良いんじゃねぇか?(この二匹、なんやかんやで互いの事気にかけてるんだな。あんまり深刻に考える必要ないっぽい)」
俺はとりあえずティミッドに笑顔で応えてみせた。ティミッドは困惑したような表情で俺を見たが、それもきっとティミッドの性分だからだろう。
暫く後、俺は本来の目的を切り出すことにした。
「そうだ、そうだ!お前の好きなモノってなんだ?」
「わ、私のですか?なんでそんなことを…」
「そうそう、何かなぁーって。ほら、会話は大事だぜ。あ、別に食べ物限定じゃないからな」
とりあえず、尤もらしく理由を付けて言った。すると、ティミッドは少し考えて言った。
「勇気を感じられるモノ…ですかね」
「(あらまぁ、随分と抽象的なモノを…)」
俺の呆気に取られた顔を見たせいかティミッドが慌てたように
「あ、あれですよ!ちゃんとプレゼント出来るように勇気が欲しいなって…。それだけじゃないんですけどね」
と、言った。ファインは微笑ましくなる。
「そうか、ちゃんと渡せるといいな。」
「はい!」
ティミッドとこんな事を話しながら進むと、彼は立ち止まる。
「此処の草叢から奥に行きます」
「道無いけど…」
「すみません、少し我慢してください!」
ティミッドは申し訳なさそうに謝る。俺は、別に大丈夫と特に気にしなかった。道無き道をかいくぐって行く。茂みが身体を擽った。言われるがままに着いて行くと、森には似つかわしくない白い絶壁が立ちはだかる。
「あら、行き止まり」
「違います、此処です。目的地は此処なんです」
皆が疑問に思っていると、ティミッドがそんな事を言い出した。この冷たい岩肌に何があるのだろう。
「だとしたら、此処は何なんだ?」
「ハングの昔、暮らしていた場所です」
「「!!」」
ティミッドの話によると、此処は昔、オオスバメの集団の巣だったそうだ。森から抜群の高さを誇る崖…ではなく、むしろ岩の塔だ。ちなみに、オオスバメ系列のポケモンは、季節の変遷と共に住む場所を度々変える。数年前まで此処はその一つで、確かによく見ると、大きな穴がちらほらあった。その穴で生活を営んでいたのであろう。
「此処がハングの故郷か…。で、用事を教えてくれないか?何も詳しいこと言われてないからな。」
ティミッドはコクリと肯いて、崖の上を見た。一つの穴を見てるようだった。
「あそこです、上から少しばかり離れた場所の…あそこがハングの住処で目的の物があります」
ティミッドの示す穴は遥か上にあった。首が九十度曲がっても足りないほどだ。
「え、高すぎじゃない?」
「無理だよぉ〜!」
「お前たち全く少し本気だして仕事にぶつかったらどうだ!」
弱音を吐く皆に俺は喝を入れる。サンを見るといかにも、疲れるから、といった気持ちが表情から容易読み取れた。
「ほ、報酬はそれなりに用意してるんで、お、お願いします!」
「それを言われるとな」
「怖いけど、僕もとにかくやってみる!」
「シードの言う通りね!『当たって砕けろ』よ!」
「砕けちゃダメだろ…」
俺はボソリと突っ込んだ。とりあえず、皆はやる気になってくれた様だ。
早速サンライズはクライミングを始める。すると、サンがスルスルと登って行く。
「おまえ、はえーよ!」
「だらなしないわよー、男ども〜!」
そう言って、サンは一匹で登って行ってしまった。アクタートが溜め息を吐く。
「ホント、高いところ登るの得意だな」
「うらやましいな」
「う…動けないよぉ…!」
一方で下からシードの泣き言が聞こえた。先程の結構挑戦する気満々だった気がする。彼は助力を求めていると思うが、下は怖いので見る気は無い。許せ!シード!
黙々と登って行くと、サンが目的の巣穴で手を伸ばして待っていた。俺は彼女の手を取る。
「サンキュ」
「うん!ほら、アクアも!」
「早く上げてくれ〜!」
アクタートもやっとのこと足を着く。アクタートは緊張が解け、深呼吸を大きく一回した。
「あと、シードね…って、まだあんなとこにいるじゃない!」
シードは半分ぐらいの位置までしか到達していなかった。サンは叫ぶ。
「ちょっとおお!!早くしなさいよおぉ!」
一方、その叫びに困惑するシード。
「無理だよぉ…だって、だって、こんな高いところ…」
すると、シードはうっかり下を見てしまった。よく分からない重力を感じて、彼の身体は下に吸い込まれそうになる。落ちたらこの小さな身体などバラバラになってしまうだろう。
「…無理!無理だよっ!!!!」
もう涙目になり視界もぼやけていく。そして、サンに加え、俺とアクタートも加勢した。
「シード!雄(おとこ)を見せろ!!」
「一気に登れば大丈夫だ!行けっ!」
「グスッ…うん…」
すると、皆の応援に心動いたのか、小さな手足を少しずつ上へと進めていた。
「踏ん張れ、シード!」
「頑張れ、頑張れ、シード!頑張れ、頑張れ、シード!」
「もう少しだ!」
あと、数メートル。シードは行ける気がした。皆が応援してるんだ、行かなきゃと思った。そして、気が緩んだ時だった。
ガツッ
「っ!!」
足下が崩れる。そして、身体が鉛直方向に傾く!
「(やばいかも…)」
シードは重力の波へと飲まれる!
「おい、シードっ!!」
「ちょっ…」
「シードォオオッ!!」
皆の叫びが森中に響いた。
to be continued......