第三十八話 ミーンワイル!ドタバタジャングル!A
「大丈夫ですか〜?」
「気絶してんのか?」
二匹は倒れている黒いポケモンにそっと近付いた。ピクリともしない。アトレは指でそれを突く。
「反応なしか」
「…ぬ」
あ、動いた。黒いポケモンはむくりと頭を抑えて起き上がる。そしてアトレ達と目が合った。
「…!」
「おい、大丈夫か?倒れてたんだぞ」
「私は一体…」
「大丈夫ですか?笹でも要ります?」
「(…笹?)」
ミントは心配そうにして笹(ユーカリ)を黒いポケモンに手渡した。そのポケモンは見るからに疑問符を頭に浮かべている。アトレがそれに呆れた風に助言する。
「あぁ…気にしないでくれ。こいつなりに心配してるだけだから。とりあえず、もらっといてくれよ」
「アトレさん、私本当に心配してるんですよ!失礼ですね!」
「あー、はいはい。すみませんね〜」
アトレとミントの不毛な会話が続く。黒いポケモンは置いてけぼりを食らった。流石にアトレもそれに気付いたようで話を戻す。
「…おっと、すまねぇな。アンタ、こんなところで何してんだ?」
「この当たりでは見かけないお顔ですね」
黒いポケモンは少しの間を作って口を開いた。
「私はただ散歩していて、しかし敵に襲われて逃げていたら少し迷ってしまったのです。そしたら力尽きてここに…」
「おいおい、大丈夫か!?」
「はい、なんとか…」
「大変でしたね。この辺りは野生生活しているポケモンも多いですから。捕まったら食糧にされてしまいますよ。貴方は運の良い方ですね」
アトレとミントが心配する。そして、暫くの沈黙の後、アトレが口を開いた。
「アンタ、名前はなんだ?俺はアトレ、ジュプトルのアトレ」
「私はセレビィのミントです」
「(名前…教えてもいいのだろうか?王様には余計なことはしないでくれと忠告されているが…)」
そうは思ったものの、まぁいいか、思い直す。そして名を発した。
「私はワンダー、ヨノワールのワンダーと申します」
「よろしくな、ワンダー。」
「よろしくお願いします!」
「あ、あぁ、よろしく…」
ワンダーは戸惑いつつ、二匹と挨拶を交わす。一体、この二匹は何を思って私に近付いたのだろうとワンダーは思った。一方で、アトレ達は別に何かを考えている訳ではなかったが。
「腹減ったな」
「ご飯にしましょうか。ワンダーさんも如何ですか?」
突如の誘いにワンダーは驚く。
「…私もよろしいのですか?」
「此処で逢ったのも何かの縁だろ。折角だから一緒に食べようぜ」
ワンダーも一緒に食べるという理由は無かったが、ひとまずそれに付き合うことにして首を縦に振った。そして、アトレ達は湖の際に寄って腰掛けた。すると、ワンダーは上と下をキョロキョロと不思議そうに見ている。
「此処は木々で覆われているが、何故こんなにも明るいのだ?」
それにはミントが答える。
「水底に光を発する岩があるんです。詳しくは分かりませんが…。とにかく、はい!食事の準備が出来ました!」
ミントが持ってきていた風呂敷を広げると、大きな木の弁当箱が姿を晒した。ミントが両手でそっと蓋を開ける。すると、鮮やかに彩られた木の実たちが彼らの視界に入る。イトケの刺身、ラムのマトマソース和え、ナナとカイスの甘辛煮などなど…
「では食べましょうか!いただきまーす」
「頂くぜ」
「頂きます」
三匹はそれぞれ好きなものを口に入れた。十分に咀嚼して味を堪能する。評価は…
「美味しい!」
「美味しいですね」
「まぁ、なかなかじゃねーか?」
まずまずの反応。アトレが安心したように溜め息をついた。
「良かった。これで不味かったら、ミントとなんら変わんねぇからな…」
「これ、貴方が作ったのですか?」
「あぁ、そうだ。ミントに作らせたら…いや、何でもない」
アトレは苦虫を噛み潰したような顔をみせる。一体何かあるのだろうか、ワンダーはそう思った。
「アトレさん、いつのまにこんなにお料理上手になったんですか?」
「そりゃずっと引き籠ってたらやる事ねーからなぁ…。料理は暇つぶし程度にやってたな。(何よりもミントのものをくいたくねぇし…)」
「スゴイですね、趣味程度でここまで。男の方でこういうのは余り聞きませんし…」
「これでも適当な方だから、そんなこと言われてもなぁ…。とりあえず、不味くなくて良かったぜ」
そういいつつも少し照れ気味でアトレは頭を掻いていた。暫くは弁当を肴に色々なことを話していた。
そして、ミントがある話題を吹っかけた時だった。
「そういえば、つい前に此処ら付近で事件があったの知ってますか?」
雄の二匹は顔を見合わせて、そして首を横に振った。ミントは、うーん、と唸って、思い出しながら話し始める。
「この近くにある村が何者かに襲われたのです」
「てか、村があったのか!?」
「はい、ミステリージャングルにある唯一の村です。…で、その事件の首謀者がまだ捕まってないんですよね」
ミントがそう言うと、ワンダーは思い当たることがあったようで腕を組み考える。
「(ミステリージャングルでの事件…まさかヴィーか?)」
ワンダーにとって、ヴィーがサンライズを追い込もうと、此処で奴らを襲ったことはしばらく前に聞いたことのある話だった。となると、今ミントの話していることはそれと同一の事件だろう。
「ワンダー、お前何か知ってるか?」
「…い、いえ、世情(せじ)には余り詳しくないもので。私はその話すら初耳ですよ」
とりあえず、ワンダーは悟られないように誤魔化した。アトレは、そうか、と言って特に何も感じなかったようである。そして、ミントは二匹が事件に関して無知なことを知って、少し得意げにこう言った。
「そこで、私、少し事件について考察してみたんですよ!」
「まーた、いきなり…」
「(まさか知られていることは…)」
冷たい二匹の反応。ミントは気にせずこういった。
「ズバリ、事件の犯人、もしくは黒幕は……透明ポケモン!!」
ででーん!
…。
「(いつしかのインビジブルきたああっ!)」
「(透明…透明…ハッ!まさか、あの時のWドロンの種Wのことか!!こいつ、私がそれを使った事を知っている!!)」
二匹の中で様々なスイッチがオンされる!
「アトレさん、覚えてますか?」
「…何を?」
「私たちが最初に出会った時にいたインビジブルポケモン!」
「あれは俺だよっ!いや…俺透明になってねぇけど、俺だよ!」
「何言ってるんですか!貴方はあの時見えてたでしょう?私、そのポケモンと格闘してたんですよ!」
「見えてたけども!お前がシーツと格闘していたことは知ってるけど!てか、インビジブルポケモンなんていねーよ!…なぁ、ワンダー!?」
ミントのいつものテンションが襲いかかる!
アトレは逃げるようにワンダーに振った。急に振られたワンダーは戸惑う他ない。
「わ、私ですか!?え、え〜…」
まさか自分が此処にドロンの種を使っているということを知られているとが思わなかった。私を見ていたのか?何故?…まさか、もう正体に気付いている!?誤魔化そう!意地でも誤魔化そう!
「ああああ、はい、そうですね!インビジブルなポケモンなんてこの世に存在しましぇん!」
「…おい、言葉変だぞ。てか、ミントさん、いたとして、どうやって透明になるんですかねぇ?」
アトレがわざと敬語っぽく言う。ミントは少し考えてこう言った。
「そうですね、Wドロンの種Wとか!」
ワンダー、崩壊!
「(ピンポぉイントッ!!いきなり核心をついて来た!
もう、知ってるよこいつ!絶対に知ってるよこいつ!私はとんだ樹海に迷い込んでしまったようだよ!)」
しまったという感じでワンダーは手で顔を覆った。どうする?ここはこの流れに乗っかって行った方がいいか?…ワンダーはこのテンションに乗ることを決めた。
一方で、アトレも呆れつつもミントの話題に乗っかることにする。
「じゃあ、動機はなんだ?」
「きっと透明なお友達を作りたかったんですよ…。可哀想な、インビちゃん…」
「サラッと怖い事言うなよ…。てか、変な名前をさり気なく付けるな!!ワンダー、お前からも言ってくれないか!」
「そんな卑猥な名前…可哀想じゃないですか!せめてビジブルに!」
「そういうこと言えって言ってねーよ!!てか、そっちのインビじゃねーし、しかもビジブルとか最早見えちゃってんじゃねーか!!
それより、アンタまでそういうキャラかよ!」
ツッコミが追いつかないよ、誰かタスケテケスタ。アトレがそう思った時だった。湖の中央からアズマオウが来た。
「あのー、そこのジュプトルさん」
「はい、何ですかっ!?」
「少し黙って下さい。ここは仮にも神が祀られているところです。ご静粛に。」
その瞬間、普段の森の物静かさ舞い戻って来た。アトレは…
「すみません…」
と、深々と(何故か悔しそうに)陳謝をしたのだ。アズマオウは、分かればいいんです、と言って水底へ消えて行った。
アトレは不服そうな、悔しそうな顔で二匹を見た。流石にと思ったのかミントが泣いて、心配そうにこっちを見てきた。
「アトレさん…」
「……」
「私の…ササミ踏んでます!」
そっちですか。アトレは何だかとても切なくなってきた。とりあえず、笹(ササミ)をミントに渡した。
「ねぇ、ワンダーさんは笹(ササミ)好きですか?」
「私は手羽先派ですけど…」
「(会話噛み合ってねーよ!ああああ、クソォッ!何なんだ、この俺の扱い!!誰か教えて下さい!!)」
アトレは不満を込めて大声で叫びちらした。そして、またアズマオウの叱責を食らったのだった。
そして、時間も過ぎ、彼等が別れる時が来た。ワンダーを見送りにジャングルの入り口の前にたつ。夕陽が見えていた。
「今日は楽しかったですね。今度は私の家に遊びに来てください。二匹で歓迎しますから!」
「こちらこそありがとうございました。ただ出くわしただけなのに…」
「良いってことよ。またな」
「はい、アトレ、ミント、またいつか…」
そう言ってワンダーと別れた。二匹は逆光のかかる後姿を見送ったあと、同じように帰路に立つ。
「今日は思ったより良い散歩になったぜ」
「そうですね!またこういうふうになったらいいですね」
遠出というほどにまでは及ばないが、アトレは初めての外出には十分満足した。
そして、アトレはずっと思っていたことを口にした。
「…なぁ、ミント。俺、事件のあった村に行ってみようと思うんだ」
「アトレさん…」
「何か手がかりを何でもいいから見つけたいんだ。ファインの…」
「…分かりました。ただし、もう少しの休養をお願いします。治りかけが大事ですから」
「あぁ…」
アトレは付けている腕輪を見ながら、その想いをミントに言った。少し気が楽になる。ファイン、待ってろ。俺が早く探しにいくから…
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「(あの者たちは結局私のことを知っていたのだろうか。そうだとしたら、何故あんなにも穏健とした空気なるのだろうか…。W王様Wや部下どものいる場では決して感じることないものだった)」
ワンダーは謁見の間の前でそう考えていた。でも、今はそんなことを思っても答えに辿り着くには余りに情報がなさ過ぎる。ひとまず、謁見の間へと入る。いつもの暗く重い空間が身体を縛る。
「ただいま戻りました、王様」
「御帰り、ワンダー。…どうだった、世界は?」
とりあえず、私はまだやるべきことがある。今日のことは記憶の片隅へとそっとしまっておこう。
「はい、とても…楽しかったです」
to be continued......