第七話 守護神
「ぐあああぁっ!!」
ファインはそのまま崖を転がっていった。身を傾斜に打ち付けながらそのまま下まで転がり、やがて地面へと至った。
ファインは痛む体を起こし、砂を払う。無茶だったのか右腕に結構深い傷が出来てしまい流血している。
「痛っ…ここは何処だ…?」
突然の出来事、というよりも当然の結果なのだが今自分に起こっていることが上手く理解出来ない。
「クソッ!」
上から何か声が聞こえる、誰だ?
「さっきのヒトカゲはどっちに行きやがった!?よし、お前たち右に行くぞ!」
どうやらあの追いかけてきたスピアーたちの声らしい。自分は何とかそれから振り切れたようだ。
ファインは溜め息をついて、落ち着いたところで状況を確認する。しかし、周りは霧に包まれており現状が把握しづらい。そもそも、さっきまで霧など無かったのに数メートル落下しただけでこのような天候に変化するものだろうか。そういえば、さっきの声は…
『ここだよ…』
「また、さっきの声…お前は誰だ!?」
ファインは大声で投げ掛けたが、彼自身の声が谺(こだま)するだけで返事は来ない。ファインは、じっとしていても仕方無いと思い、傷が痛むのを堪えて声のした方向へ歩みを進めることにした。
「…ったく、一体何だってんだ。つられて来ちまったけど…。そういえば、あいつらは大丈夫なのか?」
記憶が確かならばアクタートとサンは左へと、スピアーらは右に行ったはずだ。行った方向が真反対だし、あと、あの二匹は足が妙に速いので逃げ切れるだろう。
…というか、あの時は本当に驚いた。まさかW逃げるWという選択肢があるとは思ってもみなかったから。ファインはそう思い微笑する。そして、更に歩き続けた。
「あ、あれは…」
声を頼りに暫く進んだ先に一
宇の石製の祠を見つける。それには蔦が所狭しと絡まっていた。ファインはそれに近付き触れてみる。
「祠か?ん、開かねーな…」
絡まってる蔦のせいか、祠は扉を頑丈に固定されてしまって開かないようになっていた。気合を入れ直しもう一度開けようと試みる。開かない。
蔦は此方が開けようとする度に締まる強さを増していっている様にさえ思えた。
「くそっ、声が此処で途切れてるんだよな。何とかして開け……おっ、そうだ!」
ファインは祠から距離を取る。そして、あの技を繰り出す。
「W火の粉W!!」
火の粉を祠に向けて放つ!祠に絡まっていた蔦は見事に焼き払われた。ファインは焦げた蔦を払い落とす。
「蔦は取れたな。それじゃあ…」
ファインは祠の扉に手を掛ける。一体、この中にあの声の何かがあるのか。あるいは、自分のことがわかるかもしれない。ファインはそんな淡い期待を乗せて扉を開ける。
「これは…」
祠の中には一つの小さな石像が置いてあった。特徴的な形、何かのポケモンを象ったものだろうか。ファインは好奇心からそれに優しく触れる。すると−−−
「…っ!!?何だ、光り出したぞ!」
ファインが触れた途端、石像から突如眩い光が放たれる。あまりの光量にファインは手で目を覆う。
「(眩しい…一体…)」
『ありがとう、ファイン…。助かった…』
聞こえた、光の中からあの声が。光は祠の中から外へと動き出して、ファインの目の前で止まる。そして、今まで以上の光を放つ!
「うっ…」
 一番の光を放った後、光が弱まり段々と何かが姿を見せる。小さくピンクの体。長い尻尾。
「ポケモン…?」
『ふぅ〜、やっとゆっくり話し合えるね。ねぇ、ファイン?』
光から出て来たポケモンはファインの目の前に現れるなり気さくに話し掛けてくる。ファインはいきなりの出来事に困惑する。
「お前、誰…?」
『ん、僕?あれー、名前言ってなかったっけ?』
ポケモンは周りをキョロキョロとする。相変わらず霧が立ち込めて視界が悪い。
『ちょっと、この霧退かすね。』
「え?」
『霧払い!』
すると、霧は見事に晴れて視界が良好になる。すると、ファインには今まで見えなかったものが目に映った。
「こんな所に湖が…」
『そうここは、W隠秘の湖W。文字通り隠れている湖だね。』
「ほう……って納得してる場合じゃない!お前は結局誰だよ!
」
ポケモンは陽光に輝る湖の前に飛んでファインを見下ろす。
『ボクの名前はミュウ。自分でいうのもなんだけど、デザイア世界の五大湖の統括者だ。』
デザイア世界。以前、あの二匹に聞いたっけ。この世界はボンズ大陸とライト大陸の二つに分かれている。自分達がいるのはライト大陸で、トレジャータウンはその西岸に位置しているベース半島の上にあると言っていた。
「五大湖ってなんだ?」
『五大湖…時の歯車を知ってるかい?』
「なんだ、それは?」
『時の歯車はこの世界の時の流れを維持する為のものだよ。五大湖はそれを護っている湖のこと。此処にも一個あるよ。』
時の歯車、新しい固有名詞を聞いた。この世界にそんなものがあるんなんてな。
…ん?というか、こんなこと何も知らない自分に教えてもいいのか?
『うん、別に構わないよ。君が悪用するとは思えないし、』
「あー、なるほどね。……っ!?って、おい、何で俺の思っていること分かったんだ!!?」
ファインは読心されたことに驚くと同時に慌てる。
『君の意識下にボクがいるからだよ、ファイン。』
「どういうことだ?そういえば、何故俺の名前を知っている!?」
ファインは当然の疑問をミュウに投げ掛ける。ミュウは平然と答え始める。
『君の中にボクがいるって今言ったばっかりじゃないか。まぁ、どうしてそうなったかと言うと、君が此処に来たからとしか言えない。君が元々、人間クンだったことも勿論知ってる。』
「俺がここに来たから、ミュウが俺のコトを知ってるぅ?…意味分かんねぇ。」
『まぁ、僕もよく分かってないんだけどね☆』
「おい…」
突如現れた得体の知れない僕っ子な自称湖の守り神様に話している自分が少し恥ずかしくなるファイン。しかし、自分の事を知っているということは気になる。もしかしたら自分の生い立ちも知っているかもしれない。
「じゃあ、俺の事…俺が人間だった時の事は知っているか?」
『勿論、知ってるよ。』
急にミュウの口調に重みが出る。ファインは驚いたが更に詰め寄る。これは自身の事を知る良い機会だ。
「教えてくれ。」
『無理だ。』
「何故だ!?」
『少なくとも今のところは教えられない。』
「何かあるってことだな?俺の事を心配してか?」
『それもある。しかし、それ以前にここにいる僕はそれが出来ない。』
どういうことだ、『ここにいる僕』が教えられないって。まるで、ミュウが複数いるような口振りだ。
「お前は何匹もいるのか?」
『半分正解。まぁ、答えを言っちゃうと、僕が五大湖に自分の意識を飛ばしているんだ。』
「てことは、本体がいるってことか?」
『正解、流石ファインだね。さっきの祠があったでしょ?』
ミュウは祠の側をフワフワ飛び回り、祠の屋根に座る。
『あれは僕の意識を飛ばすのに必要な中継なんだ。さっきまで蔦で絡まっていたからそれが出来なかったんだけど、君のお陰で何とかなったよ。定期的にお手入れして欲しいよね〜』
「蔦が封印代わりか…。で、お前の本体は何処にいるんだ?」
『ミステリージャングル…』
ミュウはそう言うと、湖の真ん中へと行く。陽光が反射して神様という雰囲気がやっと感じられた。ミュウは太陽を一瞥した後、どことなく悲しげな瞳をしながらファインに振り返る。
『…一応言っておくけど、僕がわざわざ自分の居場所を言った理由は理解出来るよね?』
「…。」
『あとこれは僕からの忠告だけど…』
「何だ…。…っ!?」
急にミュウはファインに顔に近付ける。ファインは思わず後ろに仰け反る。
『ファイン、君には底知れない力が眠っているんだ。だから、絶対に自分に酔わないでね。絶対に慢心しないで、それはきっと君の進むべき道を妨げるから。もちろん、それは力だけの問題じゃない。だから、絶対に−−−−』
さっきまでの無邪気な笑顔だった者はもう自分の前にいなかった。今自分の目の前にいるのは自らの本能に直接警鐘してくる冷酷な瞳だけ。ファインが一滴冷や汗を垂らすと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ファイン〜、ここにいるの〜?」
「ファイン〜、迷子の迷子のファインちゃん〜。」
サンとアクタートだ。多分、あの強い光に気づいたのだろう。ファインは迫り来る安堵と目の前の畏怖に後押しされ、後ろに尻餅をつく。
『君の仲間が来たみたいだね、んじゃ、そろそろ僕はお暇させてもらうよ。』
「ちょっと待て!最後に一つ聞きたい…」
『何だい?』
笑顔で振り向いて快く返事をするミュウ。さっきの冷たい瞳は何処へと消え去ってしまったようだ。ファインは身の毛をよだちさせながらミュウに訊ねる。
「本当に俺に教えても良かったのか?」
『うん、さっきも言ったけど君が悪用するはずないし。第一、君がボクに近いポケモンなんだからやりたくてもできないでしょ?…あー、そうそう、あと君の探し物もここにあるからね〜。』
ミュウが指差す先には植物があった。探し物ってことは養命草のことか…。ファインは苦笑して、さっさと行け、と言わんばかりに手を振る。ミュウも手を振り湖の奥へと消えて行った。
「全く、一体何だってんだ…」
「あっ、ファインめーっけ!」
「お、迷子のファインが!」
サンとアクタートが座り込んでいるファインに駆け寄る。二匹はどうやら無事にスピアーを撒けたようだ。
「ファイン、大丈夫?スピアーから逃げれたようね。」
「ホント、迷子になっちゃうなんてファインはお子ちゃまだな〜」
「あぁ、大丈夫だ。それよりほら、あれが多分、養命草だろ?」
ファインの視線を辿ったサンが養命草を見つけ、それを摘み取る。
「養命草ゲット!ファインのおかげね!」
「迷子になったのは結果オーライだな、ファインくん。」
「サン、帰ろうぜ。」
「うん!」
「お願い、謝るから悉く無視しないで…」
アクタートのことをシカトし続けた結果、彼は泣きついてしまった。とりあえず、サンライズは無事に依頼を終えられた。三匹で談笑しながらトレジャータウンへと帰っていった。
*
「うおおおおお!元気出て来たぜ!」
「良かったな、ハング。ティミッドもな。」
「は、はい!ありがとうございます!これはお礼です!」
「よーし、ティミッド!早速、食事だ!」
「ひ、ひえええええええ!!」
現地調達の養命草のおかげでハングはすっかり元気を取り戻した。ティミッドも嬉しそうだ、多分。二人は嬉しそうに基地へと帰っていった。お礼には技マシンを貰い、サンは満足そうである。
「全く、ごきげんなやつだぜ。さっきまで意味不明なことばっか言ってたクセによ…」
「アクタート、もう万事OKでいいじゃない!技マシンももらったし、中身はW火炎放射Wだって!ファイン、使ってみれば?」
「謎だった…」
「は?」
ファインにとっては忙しい一日だった。勿論、それはミュウのことだ。彼が言っていたことはどれも示唆的で自分を懊悩(おうのう)させるには十分だった。とりあえず今度二人にも話しておかないといけないかもしれない。
とりあえず、サンが不安気に見ているので返事をした。
「あー、技マシンな!今度な今度!(それにしてもこれから大変そうだな…)」
『ホントだよねー、ボクも同感だよ〜』
「お前もか……、え?」
「ファイン、その後ろにいる子誰?」
サンの視線は明らかに自分の背後を見ていた。ファインは嫌な予感を感じつつ後ろに振り返ると…
『やほー!ファイン〜!』
「お前何でこんなところいるんだよっっ!!!」
ファインは立ち上がってミュウに驚く。何でミュウがいるんだ!?ドッキリか!?新手のドッキリなのか!?さっきあそこで別れた筈なのに…
「ファイン、誰?」
「こいつは…」
『ボクはミュウだよ?。さっきの湖はボクの家だよ?。』
「そ、そうだ!ミュウっていうんだよ、ははははは!ちょ、ちょっと二人とも待っててくれ!」
ファインはミュウを呼んで小声で話す。
「お前、何でここにいんだよ!何故来た!何故来たし!」
『う〜ん、別に気にすることないじゃん〜。あの事は黙っておくからさ!二匹だけの秘密だよ☆』
「そういう問題じゃねえ!さっさと湖に帰れよ!」
ファインは手でミュウを払い除ける。ミュウは落ち込んだように顔を俯かせる。そして、何かを呟き始めた。
『そうか、仕方ないね…。そういえば話は変わるけど、ファインが一昨日こっそりサンライズの貯金からお金を盗み取ってリンゴをこっそり買っていたことあったよね?』
「ギクッ!?」
ファインに雷撃が走る!
おいおいおい、何でこいつこんなこと知ってるんだ!?俺が夜中に喉渇いたからカクレオンの店で滅多に出ないセカイイチを買って食べていたなど絶対に言えない!特にサンには!
『どうしよう、ピュアな心の僕にこの明らかな悪事を秘匿にしておくには余りにも重い!
あぁ、誰かに話して楽になりたい!思いっきり「ここに貯金泥棒がいますよ〜(笑)」って叫びたい!公然で!大声で!高らかに!そして…』
「だああああああ!っ!わかったから、居ていいから…居ていいから言わないでくれ…。」
『わーい!ファイン、優しいね〜!』
もうやだこいつ。こうしてファインは主導権をミュウに握られてしまった。ファインには憂鬱の二文字しか頭にない。
「ファイン、どうしたの?」
「あー、すまねえ。実は…」
ファインは湖での出来事をアバウトに二匹に説明する、もちろん隠す所は隠してだ。しかし、それにも関わらず、二匹は驚きを隠せないでいた。
「へえ〜!そんなことが!」
「よろしく、ミュウ。」
『よろしくねー』
「ねぇ、あなたの好きなものって何?」
『僕はね〜・・・』
挨拶を交わす三匹。社交的な三匹はすぐに世間話に華を咲かせる。色々と不安だったが何とかなりそうだ。
≪心配しないで、ファイン。≫
なんだ!?頭にミュウの声が聞こえる。一体、どうして…。
≪僕は意図的にテレパシーを送れるんだ。大丈夫、二匹には聞こえてないから。≫
ファインは何故かその言葉は納得出来た。何故なら、読心をされていたこともこれで説明がつくからだ。
「(何で俺の所に?)」
≪自分にも目的がある。別に君らの行動を僕が先導するつもりはないよ。とりあえず、君らの行動を優先にしても構わない。≫
どうやらミュウには目的があるらしかった。此方もやることなすことを全て決めている訳では無い。ミュウの為に動いてみるのもいいかと思った。
「(お前はどうしたい?)」
≪まず、ミステリージャングルに行ってほしい。また言うけど、優先順位は低くてもいいよ。≫
「(何を企んでいる?)
≪やっだなぁ〜、そんな大層なものじゃないよ!…まぁ、僕にこうされちゃった君は無関係でいられることはできないと思うケドね。≫
「……。」
≪一応、君も意図的に僕に意思を送れるし、逆にそれを遮断する事もできる。後者は僕が姿を消しているときしかムリだ。それに、君との心理共有は普段はしないことにするよ。僕も自分の考えていること聞かれたくないし、ファインも自分達の行動に干渉されたくないでしょ?≫
「(わかったよ。)」
≪じゃあ、切るね。サイコハーモニクス、遮断…≫
「ファイン、帰りましょう!」
「もう、飯だぜ!」
『ファイン、帰ろう。』
ファインは思った。もしかしたら、ずっとこのままでいることは難しいかもしれない。俺にとって日常になりつつあるこの景色も変わってしまうのだろうか、と。
新たな仲間、かどうかはまだ決め付けられないがミュウがサンライズに加わったことがその契機などとは今の俺に知る由もない。だけど、変わっていっているのは自分達だけじゃないはずだ。そう自分達の知らない所でも…
「おい、お前はこいつらでいいのか?」
「はい、私に任せてください。それより、あちらの件はいいんですか?」
「それはお前の気にすることではない。」
「ヘヘヘ、そうですかい。それにしても、あなたも残酷なことをお考えになるんですね。」
「あのサンライズは我らの邪魔になる。それに目的はそれだけじゃない…」
「まぁ、私はあなたについていくだけですよ。」
「ふっ、期待してるぞ。成功したら、給料をあげてやる。」
「マジですか!?うへー、何買おうか、ふひひ。」
そう、俺らサンライズの知らないところでも。
to be continued......