第三十五話 襲来、虫軍団!C
「WメロメロW!いって、サーナ!」
「オッケー!WサイコキネシスW!」
「トドメだ!W飛び膝蹴りW!」
「余所見するな!」
「しまっ…」
「WハイパーボイスW!」
「ぐぁ…!」
「サンキュー、リヴ!アタイ、油断しちゃったよ!」
「キリがないね!とりあえず、確実に数を減らしていこう!」
「「「おう!!」」」
「(サンライズ、大丈夫かな?まさかってことはないよね…?)」
*
「全く、敵が多過ぎるぜ!」
「シードも連れてきた方が良かったんじゃない!?」
「イマサラタウン!」
サンライズは早速敵の集団に囲まれていた。様々な技を駆使して応戦するも、圧倒的な数に体力だけを削られていく始末だ。
「一度、気絶したやつもしばらくすると、意識取り戻しやがるし…WアクアジェットW!」
「どっかで産卵でもして殖やしてるんじゃない!?W十万ボルトW!」
無尽に襲い掛かる敵に成す術もない。動きは次第に鈍くなっていく。
「WソニックブームW!」
「ぐっ…!」
相手の攻撃も避けるのが難しくなってきて、身体で受け止めるしかなくなってきた。身体の傷がじくじくと痛む。
「はぁ…はぁ…このままじゃ、親玉に会えるどころか…」
「こいつらの餌になりかねないわ!」
「ほら、心なしか虫の壁が近付いて来てるぞ。」
羽音をたてながら確実にサンライズを追い詰めて行く。三匹は後退って、背中合わせになった。
「(一体どうしたら…)」
絶体絶命、そう思った時だった。
「待て、お前ら。」
上空から声が聞こえた。虫たちは全員、上を見ている。ファインらも恐る恐る上を見る。
「そんな殺しにいくような勢いで行っちゃ駄目じゃないか。」
スピアー、確かにそうだった。てことは、まさか…
スピアーが着地すると、今まで塞がれていた道が歓迎するかのように開けた。その真ん中をスタスタと歩いてくる。そして、彼は見下すようにこう言った。
「初めまして、サンライズ。俺はヴィーだ。W王様Wの使徒とでもいっておこうか。」
ヴィーは紅い眼光をこちらに向ける。目力だけで背筋がそばだった。明らかに自分たちと実力が違うと本能が警告している。
すると、アクタートとサンは彼の背後のポケモンにさっきまで相対して奴が布団のようにダランと背負われているのが目に入った。
「後ろにいるあれって、さっき縛った奴らじゃない…?」
「まさか殺されたのか…?だから、あんなに…!!」
二匹は不思議と敵に対して申し訳なく思った。本当にヴィーはこういう冷酷非道な奴だったんだ。二匹はよく分からない悔恨を胸に抱いた。
そして、ファインは怒りを味方に威勢良く返した。
「お前がこの村を…!俺たちに用があるんだろ!?正々堂々、出向いて来いよ!」
「正々堂々、確実に勝つ為の手を考えに考えた結果こうなったんだ。…おい、あいつら連れて来い。」
ヴィーの後ろから部下が誰かを連れてきた。それは明らかに見たことがあるポケモンだった。
「キャーキャー!離しなさいよ!」
「おおおおぉぉぉいいっ!!!さっさと離しやがれえええ!!!!!」
「お二人とも煩いです…」
「ロスナス、ノイザ、サマベル!!そうか、いつまで経っても来なかったのは…チッ!」
ファインは舌打ちをする。全てにおいて先手を取られていたのだ!この状況はどうしようもなく、絶望的だった。
一方で、サンは捕まっているロスナスとサマベルを見て叫んだ。
「ちょっと!私の親友なの、離して!!」
しかし、ヴィーはそんなこといざ知らずと言わんばかりに笑う。
「ハッハッハ!お前は自分の立場が分かっての発言か?」
そして、ヴィーはギロリとサンを睨み付ける。それにサンは思わず目を逸らした。
「サン、そんな勇まなくてもいいぞ…」
「え、えぇ…」
ファインはサンを気遣って後ろに退ける。ここは一応、雄(おとこ)である自分が頑張らなくては、そう思った。
そして、ヴィーは周りを見て残念そうに口を開いた。
「しかし、今回は思ったより被害が少なくてね。特に死者が出なかったことはとても遺憾だ。」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!村にこんなことをしたお前達なんか絶対に許さねぇ…」
ファインは拳をヴィーに向けた。こいつらを追い出して村を平和に戻すんだ。しかし、ヴィーはそんな彼の決意すら儚くさせてしまう−−−ヴィーは右手を上空へと挙げた。
「折角きたなら血の匂いを嗅いで帰りたいからなぁ。そろそろ決着つけようか…ジ・エンド!」
ヴィーがそう言い放つと、変な音が辺りでする。
「何なの…?」
「何か来る…」
「どういうことだよ、ファイン!」
すると、自分らの周りが暗くなる。地面にあった自分の影が消えて一瞬で夜が訪れたようだ。日食、そう思うほどだった。ファインはおそるおそる上を見上げる。
「なん…だ、あれ?」
「虫…」
「虫ポケモンの大群だあああ!!!」
空には黒の点が集合していた。全部虫。例えるなら黒雲。その数ははっきり言って数えられない。さっきまでも多いと思っていたぐらいだ。なのに、それ以上のものがきたら…
「(勝てない…)」
頭に過ったのはその言葉だけだった。非情に心に響き渡るその言葉は身体も重くした。
「ファイン!どうするの!?」
「このまま襲い掛かられたら、一巻の終わりだ!」
「……」
思考が回らない。今まで余裕を振りまいてた自分に忸怩(じくじ)たる思いだ。そして、ヴィーはその様子を見て高らかに笑った。
「ひっひっひっ!この絶望した顔、たまんないなぁ!さて、次は痛みに苦しむ顔もみたいな…」
ヴィーが右手を勢いよくサンライズに向けた。その瞬間、上空にいたポケモンが豪雨のように降ってくる!
「おい、来るぞ!」
「もうダメ!」
辺りは別の虫ポケモンに囲まれていて逃げることすら許されない。雪隠詰まりとはこのことだ、ファインは自嘲気味に心の中で笑った。
「(でも…)」
ファインは二匹の前に立った。こんなところでくたばってたまるか、ただそんな意地だけで体を動かしていた。やっぱり諦めたくない…。
ファインは空を見上げて、大きく息を吸う。
「W火炎放射W!!」
紅の炎が空へと放たれた。スピードを上げて来ていた虫たちはそれを避けれるはずもない。
「「「ウワアッ!!」」」
「「「熱い、熱いっ!」」」
「よしっ!」
「おぉ、結構効いてるぞ!」
「虫ポケモンにはやっぱり炎ね!」
やった、と思った。だが、ヴィーは冷たくこう言った。
「後先考えなきゃ駄目だろ?」
すると、火達磨(ひだるま)になった虫ポケモンらが隕石のようにあちらこちらに落ちていく。家に落ちて引火した。ファインは、しまった、と思ったが既に手遅れである。
「いいねぇ、俺ら虫は良く燃える。あの時のようだよ…」
−−−『何で…!皆、闘って…!?』
−−−『ぶっ倒してやる…!』
ヴィーは昔を思い出していた。それは彼の記憶に眠る紅い光景。心踊る光景。
「やっぱ、燃え盛る火は綺麗だ…。」
一方で、そのまま落下する虫ポケモンもいた。ファインたちは、上手くかわしていく。
「くそっ…判断ミスだ!」
「ファイン…」
ボトリ、ボトリ。気持ちの悪い音を立てながら虫ポケモンが落ちていく。そして、それは火種となって更に火の勢いを回した。
「W水鉄砲W!」
アクタートは抵抗したが、火が火を呼ぶ状態で到底敵わなかった。ファインは目の前で起こっている出来事に茫然自失していた。
「(クソ…抵抗なんかしなけりゃよかった…。さっきそこで諦めてれば…。)」
さっきのW火炎放射Wは諦めたくないと一心から放ったささやか抵抗。だが、そのせいで被害は甚大なものへと変わってしまった。俺はいま村までも亡くそうとしてる、そんな過剰な考えさへも肯定できる気がした。
「ファイン…ファイン!」
「…な、何だ?」
「落ち着いてよ。あなたがこんなんじゃ私たちだって安心して戦いに臨めない!」
「でも、これ、俺が…」
ファインはいざとなれば村一つ滅ぼすなんて簡単なんだ、と思った。ヴィーはそんな彼らを見て言い放った。
「そうだよ!その顔だ!ひひひひひひっ!もっとだ、お前らかかれ!」
周りに居た虫ポケモンたちが、近付いて来た。火などもろともせず、それを纏いながらじわじわと近付いていく。
「ファイン!!」
「俺…ゴメ…」
ファインはもう駄目だと思った。さっきまで皆で絶対に村を守るとか言ったのに、そんなのは結局綺麗事に終わってしまった。ファインには罪悪感しかなかった−−−−
−−−−その時だ。
(感じるぜ…お前のその絶望感。クヒヒ、俺には分かる…)
「誰だ…?」
「ファイン?」
業火が燃え盛る音に紛れて声が聞こえた−−−いや違う、頭に直接響いている。何故かその声は共感してくれた。
「(でも、もうダメなんだよ…)」
「ファイン!!」
今度は物理的に耳についた聞き覚えのある声。今日初めて抱きついてきた奴の声だった。
「何の声だ?」
ヴィーは訝しげに辺りを見回す。それだけでなく、皆も響き渡るその声に動揺していた。
「ミュウだ…。」
燃え広がる赤の海の間隙から確かに彼の姿があった。彼はその片手に何かを持っていた。
「ヴィー様!あの声はあのポケモンのようです!」
「イレギュラーだな。一体何をしようと…」
ヴィーが疑問を感じたその時だった。ミュウは片手のモノを口に咥えた。先が広がり円錐状で蔓が絡んでいるものに彼は息を吹きかけた。
「〜♪」
「これは…」
「ラッパの音ね…!」
ラッパの軽快なリズムが不似合いな炎の中で漂った。彼は見事な指と口使いで陽気な旋律を響かせる。すると、あるW変化Wが降ってきた。
「あれ、これって…」
「雨が降ってきた…」
ポツポツと雨が降ってくる。だんだんと雲が膨らみ、陰りを作った。そして、水の弾をこの不埒な火にここぞとばかり降らせた。火はやがて煙だけを残して消えていく。
不思議な現象に見惚れていると、アクタートはミュウの背後に何かの影を感じた。
「おい、サン!あれみろよ!」
「あれって、ミュウの後ろに居るのって…」
ファインもそれをみて異様に思った。
「ルンパッパ…なんでこんな所に…」
ミュウの後ろでは二匹のルンパッパが空を仰いで踊っていた。その時、アクタートはポンと手を叩いて閃く。
「W雨乞いWだ!」
一方で、ヴィーは折角美しいと感嘆していた所を邪魔されて不愉快な表情を浮かべていた。
「もう終わりか、ふざけるな。仕方ない…」
ヴィーは人質、ロスナスの首に針を向けた!
「キャーキャー!!虫はいやあああ!!」
叫び声にファイン達も気づく。
「ちょっと!油断してるスキに…!」
「ヴィー!ロスナス達を解放しろ!!」
ファインは強く怒鳴りつける。
「クハハッ!大丈夫だよ、ちゃんとゆっくりいたぶってからヤってやるからよ!!!」
「この、外道がっ!!」
ファインが殴りかかろうした時だった。急に後ろから、風が吹き抜ける!
「…っ!」
その場に居た全員は顔を押さえた。
「ぐっ!今度は何だ!?」
ヴィーは強風に煽られそうになる。すると、その場に皆は信じ難い光景を目にする。
「ミュウの後ろ…」
「あれ何匹いるんだ…?」
数匹どころじゃない。数百はくだらない。
ファインは上も見た。
「これは…全部草ポケモン!?」
雨が次第に止んでいく。そして、雲の隙間から光が差したかと思うと、そこにはたくさんのポケモンが浮いていた。
「なんだあれは!?」
「こんな作戦あったか?」
「敵側の策略か!?」
敵も狼狽えて空を見ていた。しれはヴィーの軍隊など比にならないほどの多さ。全世界の草ポケモンが集まってきてるようだ。
ファインは再びミュウをみた。
「もしかして、ミュウが…」
彼の描く旋律に乗りながらポケモンたちはどんどん増えていく。ルンパッパをはじめ、パラセクト、ラフレシア、そしてダーテングと様々なポケモンが今度は虫たちを囲んだ。ミュウはラッパから口を離して言った。
「僕たちの勝ちだ。」
それは明らかにヴィーに向けて言ったものだった。ヴィーはその言葉に素直な深く溜め息をつく。
「そうだな…。ここまでのようだ。」
ヴィーはそっと手をロスナスから離して、針でロープを切る!
「うおーー!助かったぜ。でも…」
「な、何で…」
ヴィーは目を光らせる。
「早くしねぇと、殺すぞ?」
その様子にロスナスは半分ビックリしてサンライズのところへ駆け寄った。
「サンッ!」
三匹は互いに抱き合った。サンは嬉しそうに抱いた。
「ロスナス、サマベルぅ〜!ごめんね、捕まってるの気付いてあげられなくて…」
ロスナスはサンに和やかな笑みを浮かべて言った。
「いいのよ!心配してくれてありがと!」
喜ぶ女子組をファインは一瞥したあと、視線をヴィーに向けた。
「どういうことだ?いきなり人質を手放すなんて…」
ヴィーは淡々と答える。
「勝ち目のない戦いを続ける気はさらさらない。既に楽しい時間は過ぎちゃったからねぇ…」
ヴィーは燃えかすが残る村から、空中へと舞った。ファインは行かせるか、と思い、足を踏み切ってダッシュする!
「逃げんな!」
手を伸ばした。ヴィーまで後数センチ、そんな時に腕は伸び切ってしまった。
「楽しかったぞ。今度会う時が楽しみだ…クヒヒ…」
ヴィーは再び片手を挙げた。すると、虫の軍団がサァーっと磁石のように引きつられていく。空には優雅に流れる草ポケモンたちだけが残った。
「じゃあな、サンライズ。」
ヴィーは不敵な笑みだけを残して、最後に一匹消えていった。
「待て!!」
「ファイン、もういないわ…」
壊滅的な村に静けさが戻った。ファインは敵が消えた遥か彼方を眺めて、心に抱いた不穏な感情を味わっていた。憎い、悔しい、ただそんな感情が純粋に残った。
すると、ミュウがニコニコして近付いて来た。
「よかった〜!間に合ったよ!」
「ミュウ、お前がやってくれたんだな…。でも、一体…?」
疑問するファインにミュウは吹いていたものを見せた。
「これはW草のラッパW。草ポケモンたちの秘宝だよ。僕の湖に保管してあったけど、まさかこんなことに使うと思わなかったよ!やっぱり多い方が強いもんね!」
「そういえば、アルトがいってたな…。とりあえず、ありがとな。」
ファインは安心したような笑顔を向けた。ミュウはそれに無言で肯いた。
「ねぇ、空見て…」
サンが上を見た。一体何だろう、と釣られてみると、
「おぉ、虹だ。」
「すげぇ…!」
きっと先の雨のせい。すると、それを演出するように草ポケモンたちがW花びらの舞Wをした。色取り取りの花弁が空をキャンパスに見立てて見事な色彩で描いていく。
「綺麗だな。でも…」
しかし、そう思ってもやはりこの村の現状を見ると美しい虹も皮肉か同情にしか映らないかもしれない。ファインは深呼吸をして現実に返る。
「よし、まだ仕事は終わってねぇぞ!シードも連れてきて、帰る準備しようぜ。」
「うん!」
「早く帰って、自分の布団で寝たいぜ〜!」
敵が去った村を眺めながら、彼らは遠征の終わりをひしひしと感じていた。
*
翌日…
「いや、いやぁ!よくやってくれた!実に素晴らしい!」
「そ、村長…そんなことは…」
敵が去り、村に全員が戻ってきた。正直、村の被害からみて笑い事では済まされない。事実、村民の顔は唖然していたから。それなのに、愉快そうに笑って強く握手をしてくれた村長。これこそ長の忍耐力なのだろうか。
「でも、村…こんなにめちゃくちゃになっちまって…」
「別に気にしなくてもいい。ここいらはワシらだけで何とかなる。ご先祖様が創った村じゃ。きっとワシらにも村一個を創るぐらい出来るはずじゃよ、はっはっは!」
ファインはとりあえず苦笑した。自分だったらこんな陽気じゃないだろうなぁ…。すると、リヴが仲介に入ってくる。
「村長、僕たちも出来るだけサポートするから。そのときは連絡してね。弟子の責任は僕の責任みたいなもんだし…」
「そうかい。まぁ、その時は頼んだよ。」
「うん!…じゃあ、皆、そろそろ帰るよ!」
リヴは笑顔でそういった。初めての遠征は随分ユニークに終わった。心なしか嫌な気分は過ぎた後だとどうでもいいものだと思えた。ファインは皆を呼んだ。
「お前ら、リヴが帰るってさ。」
「待って、待って!準備終わるから!」
「俺はオッケー!シードは大丈夫か?」
「あ、う…うん…」
「シード、どうした?具合悪いか?」
「な、何でもないよ…」
そして、リヴの号令のもと全員は歩み出した。遠くでピーや、村長が手を振っている。此方も同じ様に振り返した。
長いようで短かった遠征。正直言うと、殆ど成果というものはなく、むしろ一つの村を滅ぼしかけてしまった。ファインは空を見上げる。一本の長い雲が空を分けるように流れていた。
「(もう誰にも迷惑をかけてはいけない。自分たちのことは自分で始末をつける。もちろん、俺自身のことも…)」
大丈夫、仲間がいるから大丈夫だ。そう思って、雑談を交わす三匹をみると、ファインも思わず顔が綻んだ。
「ここが、ポケモンだけの世界か…。」
だが…
「さて、何処にいるんだ。ファイン?」
彼らの運命はそれぞれ別の音を鳴らして着実に動き始めていたのだ。
あぁ、日常が終わってしまう。
to be continued......