第三十四話 襲来、虫軍団!B
「アルト…」
ファインは宿の破れたベッドの上にアルトを運んで落ち着いた所だった。すやすやと寝息を立てている。W眠り粉Wは頗る効いてるようである。
「(アルトは一応、リヴの一番弟子だからそれなりに強いと思うんだけど…。それでも部下にやられたし…)」
これ以上の敵がまだいると思うと、少し憂鬱になる。ファインは溜め息を吐いて、これからどうしようか、と頭で考えていた。
そこにシードが心配そうに寄ってきた。
「ファイン、一匹で大丈夫?」
「あ、あぁ…。どっちかって言うと、この時に敵が攻めて来ないか心配だぜ。」
一応、人目を忍んでカーテンを閉めて別室で休ませている。しかし、この状態で敵が攻めて来ないというのは考えにくい。
「(敵の狙いは俺らサンライズだと思う。それならいっその事…)」
「ファイン?…そうそう、これ…」
すると、シードは何やらペースト状の緑色の何かを袋詰めしたものを口に咥えてきた。
「……何だその緑の?」
「アルトのために作ってみたんだけど、これを目の周りに塗ると目の疲れが取れるんだって…少しは役立つかなって思ったんだけど…」
シードは不安そうに言ったが、ファインは笑顔でそれを受け取った。
「そっかそっか!サンキュ、シード。アルトもこれで元気になるな。」
ファインは袋から素手でドロドロしたものを掬い上げる。植物独特の青臭さが鼻を抜けた。感触もハッキリいって気持ちが悪い。
「いい感触では無いな…。これなんの葉っぱだ?」
「オボンの実だよ。厨房にあったから、葉っぱだけとってきたんだ。」
「へぇ〜…」
ファインはアルトの目の周りに塗りつけていく。こう見ると、美容パックをしてるようである。仮装のようでファインは少し可笑しくなり、内心で笑った。
それにしても、シードがこんなこと出来るとは思ってなかった。
「こんなの何処で習ったんだ?」
「お母さん。僕が怪我した時によく薬作って塗ってくれたんだ…」
シードは過去を想起し懐かしさに浸る。同時に会えない辛さも込み上がってきた。ファインは塗りながら静かにその呟きを聞いていた。
「よし、塗り付け完了!」
「早く元気になるといいね。」
「だな。」
一方でファインらが看病してる間、こっちには縛り上げられた敵と対峙するアクタートとサンがいた。
「もう一度訊くわ。あんたたち何で私たちを狙ってるの?」
「けっ、知るか!クソババア!」
その言葉の直後に、サンの光速の拳が敵に向かっていくのアクタートは両手で抑える。
「サン、早まるな!」
「ははは♪こいつらの口からはロクな言葉が出ないみたいだから矯正してやるって言ってんのよ♪」
サンが笑いながら怒っているのをアクタートは抑える。そして、何とかしてサンを落ち着かせた。今度はアクタートが冷静になって質問した。
「お前ら、ホントに何も知らないのか?」
「いいからさっさと俺らを殺せ!」
「お前らに殺された方がよっぽどましだ!」
それにサンが口を膨らして突っ込む。
「私たちはあなたたちの命を取ろうとなんて全然思ってないわよ。」
「教えれば、警察に送るだけで勘弁してやるぜ。」
その言葉に敵の顔色は好転する。
「本当か!?なら、何でも教えてやる!」
「(何なんだ、こいつら…?)」
アクタートはよく分からない態度を不振がったが、あまり気にしないことにした。とりあえず、話を聞ければこっちもんである。
「おうおう、約束してやんよ。じゃあ、教えてくれ。」
「あぁ…俺ら、下っ端だから詳しくは知らないが…」
「ヴィー様はW王様W命令でお前たちを追ってきたみたいだ。」
アクタートは相槌して続ける。
「W王Wが何しようとしてるかわかるか?俺らにちょっかい出してくるのは何か訳アリだと思うけど。」
「知らん。なんせW王様Wには謁見もしたこともない。知ってるとしたら、ヴィー様ぐらいかも…」
「じゃあ、ヴィーについて教えろ。」
敵は互いに顔を見合わせて、キョロキョロ辺りを見回して躊躇しながらも口を開いた。
「ヴィ、ヴィー様は種族はスピアーだ。性格的には、はっきり言うと恐ろしい方だ。W恐怖Wと言えばあの方しか思い付かない…」
「冷酷でサディスティック。誰かが苦しむのをみて喜ぶ方だ。」
二匹はどこか怯えながら話していた。きっと嘘じゃないのだろう。二匹は続ける。
「あの方は失敗を許さない性格なんだ。もし敵にでも捕まりなんてしたら…」
二匹は俯いて縛られた身体を震わせていた。アクタートは話を聞いていて、少し可哀想に思った。
「(ホントに怖いやつなんだな…)つまり、このまま帰ったら罰でもくらうのか?」
「食らうんじゃない!食われるんだよ、もうあんなの見てるこっちも無理だ…。でも、食わなきゃ俺らは生きていけない…」
「もう、知ってるのはこれぐらいだ。早く警察に送ってくれ…」
切実に願うその声に少しは許したくなった。でも、やはりこいつらはテロ紛いのことをやったんだから簡単に容赦してはいけないんだと思う。
「わかった、わかった。でも、この一件が片付くまで多分帰れないと思うぜ。」
「出来るだけ早くして欲しいんだ!ヴィー様に見つかっては元も子もない…」
「だから…」
その時だった。
ガチャリとドアを開けて入ってきたのはファインだった。
「お前ら、何か訊けたか?」
「おぅ!敵の特徴とか色々な!他も色々あったけどさ…」
アクタートは親指を立てて笑みを向けた。そして、サンは心配そうにファインに訊ねる。
「で、ファイン、アルトの具合はどうなの?」
ファインは答える。
「ぐっすり眠ってるよ。いまシードが側にいる。…でさ、ちょい話いいか?」
「「?」」
サンとアクタートは敵に忠告をして、ファインと別室に移った。ドアがちゃんと閉まったことを確認して、ファインは壁に寄りかかって話し始める。
「じゃあ、単刀直入にいうぞ。今から、敵の所に乗り込む。」
「おいおい、俺らだけでか!?」
「リヴを呼びに行って、一緒に行った方がいいんじゃないの?」
二匹の反応は至って尋常である。だけど…
「これ以上、村を滅茶苦茶になんかされたくないんだ。俺たちを狙ってきたんだから、これは自分たちの力で始末つけなきゃいけないと思うんだ。」
ファインは真剣な眼差しで彼らに言った。二匹は少し困ったような顔を見合わせる。
「…うーん、」
「確かにそうだな…」
「どうだ?」
しかし、二匹の躊躇いはすぐに吹き飛んだ。
「私は賛成!さっさと決着つけて無事に帰りたいもの!」
「そうだな、ミュウのこととかお前自身のこととか、用事はすんだしな!まぁ、本来の遠征の目的から外れてる気がするけど…」
「サンキュ。よし、留守はシードがやってくれるらしい。久しぶりに俺らで踏ん張ってみようぜ!」
三匹は山より高い勇気を胸にして決着の場に急いだ。
「アクタート様の攻撃でレッツ快進撃だ!」
「女だからって甘くみないで欲しいわ!村を滅茶苦茶にした罰でも食らわせてあげるんだから!」
「(そういえば…アルト助け出した時から、またミュウがどっか行ったな。全くこんな時に…)」
・
・
・
・
一方、噂のミュウは再び湖へと飛んで行っていた。彼はあることに気付き、それを打破する為にそこへ向かっていた。
「(上から見たけど、あの敵の数…ファインたちだけじゃ絶対にやられる!)」
あの後、ミュウは村を空から展望した。地上には数十匹の虫の大群がいたし、空中には数隊列の虫ポケモンが待機してた。相手はフェアプレイとかそんなものは全く望んでいない。強弱に関係なく、容赦なく襲い掛かってくる敵であることは間違いない。そして敵は頭がキレる、完全な頭脳型だ。
「(でも、きっと…あれがあれば!)」
ミュウはテレポートを挟みつつ、湖へと全速力で向かって行った。
*
「(アルト…)」
シードはベッドの前で心配そうに看病していた。時たま、敵の様子を確認しようとドアを開けて覗いているが、毎回こちらを睨み付けてきてちょっと怖い。
「(自分から残るって言ったのに…一緒に行った方が良かったかな。)」
カーテンを閉め切っているので、部屋は薄暗い。唯一、殆ど無傷な建物でもこんな環境だと少し気が滅入る。
「(きっと、ファインたちが倒してくれるよね。)」
シードは心の中でそう思った。−−−−−−時だった。
トントン。
「っ!?」
誰かきた。リヴかな?
「ヴィー様、此処ですか?」
「あぁ、そうだ…ここにいる。もう此処しか探していない所はないからな。」
聞き覚えのない声。明らかにリヴとはかけ離れた低音の声。
「(リヴじゃない…じゃあ、敵!?)」
バコォンッ!!
ドアが大破する!慌てて、部屋のドアに付いていた窓から覗くと、埃が舞い、その中から出てきたのは、スピアーとへラクロスの二匹だった。
「さーて、どこにいるかな〜?」
シードの身体が強張る。
「(か、隠れなきゃ…!!)」
でも一体どこに!シードは恐怖で固まる身体に鞭打って、アルトの寝ているベッドの下に隠れた。
「(種がちょっとキツいかも…)」
しかし、もう他に隠れる時間は無かった。ガチャリとシードのいる部屋に入ってくる。ベッドの下から足下だけが見える。黄と黒の縞、節足が見えた。
「誰かいますぜ。」
此方に気付かれた!そうだ、アルトが…!
すると、黒い節足が此方へとじわじわ近づいてきた。心拍数が自然に上がっていった。
「すやすや、眠ってんなぁ…。ヴィー様、こいつどうしますか?」
「…」
すると、ヴィーは部下の言葉など気にすることなく前進する。シードは冷や汗を床に垂らしながら、じっと観察する。
「(スピアー…ヴィーって奴は隣の部屋に…。あそこにはこいつらの部下がいるはずだけど…)」
逃がされてしまう、シードはそう思い緊張を高める。見つかったら、戦うしかない。僕でも戦えるってことを嫌でも証明しなければいけない。
ガチャリ。ドアが開く音がする。
「ヴィ、ヴィー様!?」
「な、なぜ…!?」
敵の声が聞こえる。ヴィーの登場に驚きを露わにしているようだ。
「何でって、お前らがいないから探しに来てやったんだよ。」
意外と部下思い、そう思った。だが、部下の反応はそれに裏腹なものだった。
「お、お許しを!決して無駄にこうなった訳ではありません!!」
「隣の部屋のペラップ見ましたか?!あれは私たちがやりました!!」
「あぁ、さっきのか…生きてるのか?」
それに付き添いの虫ポケモンは答える。
「さっき眠っているのを確認しました。」
「ふぅん…」
「ひっ…!ヴィー様、お願いします!!アレだけは、アレだけは止めてください!」
「な、何の命令でも聞きますから!!!」
慌て怯える敵の声が壁越しに聞こえる。身体を縛られているせいか、バタバタと床を鳴らす音が耳についた。
すると、ヴィーの高笑いが聞こえる。
「ハッハッハ!大丈夫だ、安心しな…」
「じゃあ、御容赦下さって…」
次の瞬間、シードはヴィーの言葉に戦慄することとなる。
「ほら、よく命は受け継がれていくものって聞くだろ?WいただきますW、WごちそうさまWとかその典型だとW王Wもおっしゃっていたし…」
「ヴィー様…?」
そして、ヴィーは宣告する。
「お前らも仲間にちゃんと、WいただきますW、WごちそうさまWと言ってもらえるだろうから、安心しろよ。いつもお前らがやっていたことを今度はただお前たちがやられるだけだからさ…。…殺れ、ヘラクロス。」
「そんな…やだ…止めて…ぐっ…!?」
「おいっ!おい、止めやがれ!これでも仲間だろぅ!?」
「W仲間Wっていうのは、自分自身を犠牲にしてでも守るべき存在って世間一般で言ってるじゃないか。
自分の為だけに生きるなんて我が儘だと世間一般で言ってるじゃないか。
じゃあ、腹すかせた仲間の為、俺の私欲の為にお前らが命を投げ出すのは全然理に適ってると思うんだが…。」
「じゃあ、お前も俺らの為に命を投げ出せよ!」
ダンッと威嚇するように床が強く叩かれる。シードは思わず声を出しそうになったが、我慢をした。
「おいおい、勘違いするな。」
「何だ!言ってみろよ!」
「俺はW仲間Wの一般論を言っただけだぞ。誰が、俺はお前の仲間だと言った?お前が『仲間だろぅ!』とか言ってやがったから、仕方なくW仲間Wの説明をしただけだ。」
「畜生!!俺たちを何だと思ってるんだ!!」
「お前らを?…そうだな。」
「言ってみろよ!」
「部下だ。」
「はっ?」
「お前らは下僕(ぶか)だ。」
「何が…」
「恐ろしいほど奴隷(ぶか)だ。」
「…っ!」
「悉(ことごと)く虫(ぶか)で−−−」
そして、ヴィーは一拍置いて言い放った。
「結局、家畜(ぶか)なんだよ…」
「うっ…この外道がぁ!!鬼畜がぁっ!!」
涙声が確かに聞こえた。しかし、ヴィーは容赦ない。
「ありがとう、その通りだ。俺の夢はW悪者Wだったから、頑張って夢叶えたんだ。努力の賜物だろ?」
「ぐぁ…かっ…!」
「やめろ…もう、こいつ俺の友達なんだ、止めてくれ…!」
「あっそ。」
バキッ!
鈍い音が響いた。ドスンと何かが落ちる音がする。シードは既に身体が震えていた。
「(敵のポケモン、本当に…)」
一方ヴィーはそのやり方に舌打ちする。
「おい、何、殺してんだ?仮死にしなきゃ駄目だと言ったら、何回言ったら気が済む!」
「すみま…うぐっ!?」
ヘラクロスの潰れた声が聞こえる。ヴィーが何かやったことは間違いなかった。
「踊り食いを観るのが一番面白いつってんのに…まぁいい、今回はドクケイルもいるしな。特別に勘弁してやる。」
そう言うと、ヴィーは家畜(なかま)の屠殺に唖然とするポケモンに近付く。恐怖のあまり、死体と一緒に縛られたまま後退りする。
「来るなッ…!」
「さっきから気になってたけど、上司に向かって呼び捨ては御法度だよ。どっちにしろ、皆の腹の中ルートを通りざるを得ないな。」
「来る…な…!」
「ほら、大丈夫だって。お前の命は皆の血肉になって生き続けるんだからさ…」
ドスッ。
その言葉のあと、敵の声は全く聞こえなくなった。
身体の震えが止まらない。
しばらくすると、家畜(なかま)を抱えたヘラクロスとヴィーが部屋から出てきた。
「そこのペラップどうしますか?」
身体の震えが止まらない。
ヘラクロスがそう聞いた。今度は自分達が…。
「うーん、どうしようか…」
身体の震えが止まらない。
まるで次に遊ぶ玩具を選んでいるようだ。ヴィーは答えた。
「止めとこう。W王Wもそんなに暴れちゃ嫌だとかいってたからなぁ…。それにさ…」
身体の震えが止まらない。
ヴィーは急にしゃがみ込んだかと思うと、ベッドの下を覗いてきた!シードは心臓が飛び出しそうになり、口を一層押さえる。紅くギラギラした目が脳裏に焼き付く。
「なーんてね…」
身体の震えが止まらない。
すると、ヴィーは特に反応せずにまた立ち上がった。気付かなかったのか、シードはそう思った。そして、彼は鉄臭い赤い線を背後に描きながら出口へ向かう。
「やっぱり、臆病者は最後にとっておくに限るね。サンライズは俺のファイナルディナーだよ…。なぁ、臆病者君?俺のW仲間W論、どうだった?」
そして、ヴィーらは宿を静かに出て行った。
身体の震えが止まった…
その言葉のせいで考えるのを放棄した。動くことを身体が拒んでいる。
「(倒されなかったんじゃない…。)」
シードは恐怖のあまり涙を頬にダラダラ流していた。今までのことなど序の口と思えるぐらい怖かった。
「(倒さなかったんだ…)」
シードはそのまま声を上げて咽び泣いた。屈したことへの悔しさと、純粋極まりない恐怖によって打ちのめされてしまった。
「(僕、ホントに駄目だ…)」
そのまま、宿には沈黙しか残らなかった。何も知らないで寝てるアルトが羨ましかった。
to be continued......