第二十四話 とある事件のA
「疲れたあああ〜!」
「サン、黙れ。」
暫くして、サンはいつものように疲労に喘ぎながら重そうに足を上げる。ファインは溜め息を吐いて呆れる。
「ちょっと休まない?」
「サン、もう少しだから…ほら、おんぶしてやろうか?」
ファインは後ろに振り返り、手を差し伸べた。サンはそう言われて、顔を赤くする。
「ば、バッカ!まだ歩けるわよ…!フロウさん、行きましょ!」
「はいはい。」
そう言うと、サンはむすっとしながら上へとファインを抜いて登っていった。
「全くなんなんだ…」
「ファイン、どうしたの…?」
「いや……何でもない。」
ファインはやれやれと頭を掻いて、よく分からない不服な気持ちが芽生えた。折角、人が親切にやってやったのに…
すると、後ろのアクタートが口を大きく開いて…
「ファインの馬鹿野郎!!」
「あぁ?アクア、今なんつった?」
突然の罵倒にファインは眉を顰める。しかし、アクタートは地団駄を踏んでファインを悔しそうな…いや、羨望の眼差しで見つめて…いや、睨みつけていた。
「畜生、畜生!ファイン、お前ってやつは……うわあああああ!!」
「何だよ!?俺が一体……って行っちまった…」
「ねぇ、ファインって憎まれ役なの?」
「シード、お前も何言ってんだ…」
ファインは理不尽な扱いに肩を落とすしかなかった。その時、フロウが先走るアクタートとサンを見て、俺に振り返って意味深な微笑みをかけたのはここだけの話である。
*
「登ったどぉー!!!」
やっとのことで階段を登り切る。結局、百は軽く超える段数だった…。アクタートは両手を挙げて、背伸びしながら達成の雄叫びを放った。
−−−−しかし驚いたことに、目の前に墓石なぞ一つも無かった。
「この林道を抜けると目的地です♪」
「ははは……」
「わたしもう無理…」
「登って…なーい…。」
サンライズの皆はただ苦笑した。
疲労が応えつつもフロウに連れていかれて、林道を歩いて行く。
整備された道であるのは間違いないが、辺りは自然に溢れていた。工業が盛んとはよく言ったものだ、とファインは思った。
「あ。」
「どうした、ファイン?」
「いやー……一つ気になってんだけど…」
すると、ファインはフロウに向き直る。そして、一拍置いて口を開いた。
「フロウ、どうして俺たちを警護なんかに付けたんだ?」
「…あぁ、やっぱ気になりましたか?」
フロウは淡々と答える。ファインは続ける。
「まぁ、対して危険な感じもしないし…なんていうか警護っていうのは大袈裟かなって。」
ファインは素直に自分の思ったことを言った。しかし、フロウは黙ったまま歩き続けた。結局、ファインも切り返すタイミングを失い、雰囲気をただ冷ましてしまっただけとなってしまった。
そして、無言のまま歩き続けて数分…。
「皆様、お疲れ様です。到着ですよ。」
フロウは手を向けると、その先には夥しい数の白い墓が広がっていた。青い空が妙にマッチングする光景である。
「すげぇ数だな!」
「墓地なんて始めてきたわ…」
「よ、夜に来なくて良かった…」
そう言えば、このチームはビビりばっかだった。シードとか悲鳴は必至だっただろな。ファインはそう思って心の中で笑う。そして、一同は墓地の奥に進むフロウの後に続く。
しばらくしてファインが訊ねる。
「訊いちゃ悪りぃかもしれないが…誰の墓参りなんだ?」
「姉です。私の姉ゼーラです。」
フロウは意外とすんなりその名を口にした。その後は黙ってフロウの後に続く。左右に過ぎていく十字架の形をした墓が俺らを深奥へと見送っているようだ。墓地は『生死』について考えうる場所にはなるだろうか……。とりあえず、ファインは夜に来なくて良かった、と思った。
「この墓です。」
「ゼーラ…此処に眠る…か…」
「あれ、ファイン……アンノーン文字読めるの?」
アンノーン文字?『英語』じゃないのか?ん、まず、『英語』ってなんだ…?
ファインは顎に手を当て考える。
「ファイン?」
「待て…今何か思い出せそう…。」
「人間の頃の記憶か!?」
とは言ったものの、なかなか頭に浮かび上がってこない…。ダメなようだ…。
「ダメだ…思い出せない…」
「ファイン、そんな無理に思い出さなくてもいいんじゃないの?」
「サンの言う通りだぜ。こういうのはいきなりピカーっと閃くもんだ。うんうん。」
そういうもんなのか…?
ファインは心に靄がかかったように不快な気分になった。もしかしたら、墓地という天地を繋ぐ場所にいるせいかもしれない…いや、関係ないか…。
「どうしました、皆様?」
「いやいや、コッチの話だよ!」
フロウを迂闊にも置いてけぼりにしてしまった。依頼主を放っておくのは探検家としてあるまじき行為…。リヴにばれたら叱られるだろうな。ファインは話を戻す。
「で、どの位此処に来てんだ?」
「私ですか?…年に二、三回ですね。」
「そっか…」
フロウは他愛も無く言う。
周りを見渡すとちらほらとポケモンがいる。みんな白い花を墓石の前に置いて両手を胸の前で合掌させて拝んでいた。
「皆誰かを亡くしたのね…」
「そうみたいだな…」
サンとアクタートがボソッと呟く。二匹が何を思ってそれを口にしたのかは知る由も無い。
「皆、淋しいのかもしれません…」
フロウは突拍子もなく呟いた。彼女は墓の前に座って、同様に拝む。そして、目の前の白い墓を一回、二回と撫でた。フロウは沈んだ眼を墓に向けたまま話を続ける。
「私が貴方たちに頼んでまで一緒に此処に来たのは淋しかったからなんですよ、きっと…」
それは先程、ファインがした質問の答えだった。フロウは続ける。
「淋しかった?あんた独り身なのか?」
「ちょ、ファイン…そんなデリケートな問題…」
サンが止めようとしたが、フロウが彼女に向けて首を横に振る。サンは「ならいいけど…」と呟いて、ファインを止める手を離す。フロウはそれを確認して答える。
「…いえいえ、夫がいます。でも…今は単身赴任中で家にいないんですよ…。」
「そうか…」
「あと…」
フロウは立ち上がって、サンライズに向き直る。皆はその彼女の真剣な眼差しに思わずギョッとしてしまった。
「貴方たちに頼みたいことがあるのです。」
フロウは真剣な、かつ別の感情を含んだ声で言ってきた。一方で、探検家である四匹に断る理由もない。とりあえず、彼女の話を聞こうという考えに至った。
「いいぜ、言ってみてくれ。」
「ありがとうございます…。では、頼みの前に聞いて欲しい話があります。…知っていますかW十七年前の事件Wを…?
*
「あぁ、話だけは訊いたことあるな…」
「僕も父さんから聞いたことある…」
シード、アクタートの二匹は既に知っているようである。しかし、残りの二匹は首を傾げている。
「知らないな…」
「私もー…」
「結構な大事件だったんだけど…まぁ、最初から説明するわね。」
フロウは面倒な感じで呆れにも似たトーンでそう言った。横からアクタートがクスクスと非常識だと嘲る声が聞こえた。元人間であるファインはそんな事件も知らないのは当然であるのだが…。そこで純粋な怒りを後でアクタートにぶつけようと素直に思った。だって人間だもの。
「アクア、覚悟しろよ。」
「…!?な、なな何をですかい!?」
「ちょっと騒がしいけど、説明始めるわね。W事件Wというのは私の住んでいる街…いや、村のデルタアで起こった市民大虐殺事件のこと…」
思わずファインは、
「大虐殺だって!?」
と叫んでしまった。フロウは少し訝しくこちらを見て、指で『静かに』と忠告する。ファインは自分で口を抑えた。
「…ここの墓は全部、その大虐殺で亡くなった方達が埋葬されています。」
「うっ、すまん…。続けてくれ。」
何となく話の流れでその展開は読めていたが、その衝撃は決して弱いものではなかった。フロウは空を見上げ、水タイプらしく潤った目で遠くを見ていた。
「…私がまだとても小さかった頃です。事件の前日、私は祖父母の家に遊びに行くことになったんです…
『ゼーラおねぇちゃん!行ってくるねー!』
『行ってらっしゃい。私も後で向かうから…』
姉はまだやり残していることがあったようで、私が祖父母の家に行ったその翌日にくるはずでした…
『お姉ちゃん、遅いなぁ…。昼には来るって言ってたのに…』
『フロウちゃん!ちょっとこっち来なさい、フロウちゃん!』
そう思っていた時に、祖母が慌ただしく私を呼びつけました。私はすぐに祖母の所にへと向かいました。
『おばあちゃん、どしたの?』
『これ、フロウちゃんの住んでる街じゃないかい?』
祖母が指差したテレビにはニュースの報道が流れていました。そしてテロップに大きくこう表示されていたのです…
『夏の悲劇、近代都市デルタア大虐殺…?』
テレビの画面には警察が私の見慣れた景色の中では無惨に破壊された街が映っていて、色んなポケモンが白いチョークで何やらコンクリートに描いていたり、救護隊員が担架の上に、土嚢のような…寝袋のようなズタ袋を乗せて運んでいました。そして、レポーターがマイクを片手に周章しながら話始めました。
《昨夜未明、近代都市デルタアで悲劇が起きました!その時に此処にいた市民を"全員"皆殺しにするというものです!死因は殆どが鋭利なもので引き裂かれたという情報が入っています!警察は複数の犯人集団がいると見て、調査を…》
その時に、私の足はこの家に一つしかない電話に向かっていました。すぐに受話器を取り、自宅に電話を掛けました。
『お姉ちゃん、出て…!』
プルルルルル…プルルルル…
『早くッ…』
プルルルル…プルルルル…
プルルルル…プルルルル…
『出てよ!お姉ちゃぁんっ!!』
プルル、ブツっ
《…ハイ、ドチラ様デショウカ?》
繋がった。そう思って、安心したのも束の間です。声の主は野太くいかにも女の声ではなかったんです。
『お姉ちゃん…?お姉ちゃんは!?』
《オ姉チャン?…チョット、鑑識サン、コノ家ノ表札見テキテモラッテモイイデスカ…》
そんな声が聞こえて数秒後、電話から声が戻る。
《スミマセン、貴方ハふろうサンデスカ?》
『は、はい…あの誰ですか…?』
《此方ハ警察デス。私ハまぐてぃーん巡査デス。》
『こ、こんにちは…。あの、お姉ち…ゼーラは!?』
《にゅーすハ観マシタカ?》
質問に質問で返すということに腹が立ちました。だから、まだ子供の私は大声で言ったんです。
『お姉ちゃん、お姉ちゃんは無事なんですか!?教えて!!』
《貴方ノ、オ姉ネエ様は……》
−−−−それから、二日後です。姉が死んだという電報が来たのは。」
「…。」
サンライズは黙々話を聞き、悲哀にも似た溜め息を零す。
『誰かを失う』という体験はファインには分からなかった。記憶が無いのだから当たり前ではあるのだが…。でも、こいつらが、もし、万が一、例えば、死んでしまったとしたら…俺も目前の彼女のような目になってしまうだろうか。横にいるシードが不安げな顔で自身の肉親を偲んでいるのが何となく分かった気がした。
「私は許せません…事件を起こした犯人を…!」
憎しみ、怒りに満ちた彼女の眼は俺の見た夢を思い出させた。だけど、何も分からない…一体誰の声だったんだ…?
「犯人って誰なの…?」
サンが事件の真相を追及する。フロウは沈んだ目で、
「姉の恋人の友達です…。そして、姉の恋人は事件以来失踪しています。」
と、答えた。サンは思わず絶句する。
「嘘…」
「犯人は今どこいるんだ?」
「服役中です…」
なら、大丈夫…と思った矢先、フロウは真剣な面持ちで口を開いた。
「では、本題に入ります。貴方達に…」
「……。」
「事件の捜索をして欲しいのです!」
その言葉に驚き以外、何も無かった。
「捜索…?!どうしてだ、犯人は捕まってるんじゃ…」
ファインがすぐに反論しようとしたその時…!
「おい、」
「あんたら」
「何してんだ?」
「誰だっ−−−−!?」
聞き慣れぬ声が背後から聞こえた。
to be continued......