第二十二話 見出す目標B
昼過ぎにPIHの中へと足を踏み入れる。病院独特の匂いが鼻を抜けた。さて、ファインたちの部屋は何処だろうか…。
アクタートたちは部屋の場所を探すために、とりあえず受付に向かう。
「あのー…」
呼んでみるが誰も気付いていない。アクタートはそれに少しイラっときたのか舌打ちをする。
「(何で、誰もいねーんだ…)あのー!すみませんー!!!」
「アクア、うるさいよ…」
シードがボソッと忠告する。アクタートは聞こえないふりをしてまた大声を出そうとすると…
「すみません、患者さんの迷惑になるので、大声を出さないで下さい。」
「(ほら…注意された…)」
アクタートの苛立ちは募り、声がした
「あぁ?そっちがいないから…ってお前昨日の!」
「あら、貴方は…」
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「そんなことでしたら、早く言って下さいよ〜!」
「あんたらがいなかったんだろうが…」
「何か仰りましたか?」
「いいえ!何も!」
アクタートたちを引き連れて行くのはフォルトゥネだ。昨日、ファインたちの搬送を手伝ってくれたラッキーでカインの後輩分である。とは言っても、フォルトゥネの方がしっかりしているという上下関係無視の組み合わせである。
「ファインさんたちの部屋でしたね。彼等の病状を簡単に言いますとね、ファインさんは腹直筋を少し損傷していました。自然治癒で治せるレベルです。しかし、サンさんの方ですが…」
「サンがどうしたんだ!?」
アクタートが血相変えてフォルトゥネに叫ぶ。すると、彼女は特に驚くこともなく後ろに振り返って歩き続けながら言った。
「サンさんは腹膜炎を起こしてるかと思いましたが、ただの打撲でしたね。安心して下さいね♪」
「そうか…良かった…」
「あと…」
フォルトゥネは笑顔で付け足す様に言った。
「院内では静かにして下さいね♪」
「お、おぅ…。すまん…。」
アクタートはただ笑って謝った。思ったよりキツイ性格なじゃなくて良かった…
そして、談笑しながら歩いてるとフォルトゥネがある病室の前で立ち止まる。
「ここです。」
確かに病室の入り口の横に名札がある。『ファイン』…あれ、ファインだけ?サンは?
「えと…」
「サンさんは隣の病室ですよ。いくら患者とはいえ男女を同室には出来ませんからね。」
フォルトゥネはクスクス笑ってアクタートが言うまでもなく答えた。よくよく考えれば当たり前のことだった、とアクタートは少し恥ずかしそうにした。
「じゃあ…まず、ファインさんでいいですね?」
「あぁ…」
フォルトゥネはガラッとドアを開ける。ファインの様子はどうなのだろうか…
「(ファイン…僕のせいで…)」
「ファインさん、入りますよ〜。」
フォルトゥネに続いてアクタート、シードと入っていく。一方、シードの頭には彼の安否しか入っていなかった。しかし…
「よっ!アクア!…おっ、シードもいるじゃねーか♪」
何とも元気溌剌なファインがベッドの上に座っていた。
「ファインさん、起きてたんですね。具合はどうですか?」
「ほら、この通り、ピンピン…痛ッ!!?」
ファインが元気をアピールしようと伸びをした瞬間、腹部を抑えた。フォルトゥネは慌ててファインに駆け寄る。
「ちょっとあなた馬鹿なの!?まだ完治した訳じゃないんだから安静にしてなきゃダメ!!」
「痛てて…判ってるぜそんなこと。てか、アンタ、口悪いな…。」
アクタートは至って元気なファインを見て、唖然とした。心配損と思えるほど元気なのだ。アクタートは驚きながらファインのベッドの横に行く。
「お前…」
「よ、アクア。色々、すまねぇな…間違った指示出してお前らまで危険な目に遭わしちまった。」
「い、いや、別にそんなのは気にしてないけどさ…。体は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫。塗り薬と鎮痛剤でここまで良くなるもんなんだな。すぐに退院するからな!!…って痛っ!!」
「暴れんなつってんでしょ!?」
「冗談、冗談…ただボケただけだ!てか、ホントに口悪いな…」
「お前も結構悪ぃぞ?」
「うっせーよ…へへッ!」
ファインはおちゃらけて微笑する。アクタートはほんの少し安堵した。そして、あとは…
「…すまねぇ、サンのところ行っていいか?」
「わかった、行ってやれ。」
「ちょっと、アクタートさん!?」
アクタートはファインの返事を待たずして既に駆け出していた。フォルトゥネも彼を追いかける。すると、ファインは彼の後ろ姿を見て、ふと何かを思った。
「(そんなあっさり行かなくても……あぁ、ナルホドね…)」
ファインはニヤニヤと笑って、彼が出て行くのを見送った。そして、病室に残されたのはファインとシードの二匹と静寂だけ。ファインは溜め息を吐いたかと思うと、先程から遠くで立っているシードを手招きながら呼ぶ。
「シード、もっとこっちこいよ。」
「…う、うん。」
シードは俯きながら、ファインに近寄る。ベッドがシードよりも少し高い位置にある為、ファインは側にきた彼を見下ろす姿勢になった。しかし、ファインが見えているのは彼の頭上だけ。臆病者がまだ俯いているからである。
「おい、顔上げろよ。さっきから黙りこくってるけど、どうしたんだ?」
「…。」
シードはただただ沈黙を保つ。ファインはとりあえず、あの戦いについて訊いてみることにした。
「俺が気絶した後、結局どうしたんだ?まぁ、お前がピンピンしてるし、訊くまでもないと思うけどさ。」
「…勝ったよ。」
シードはボソリと言う。ファインは続ける。
「じゃあ、何でそんな暗くなってんだ?まさか、俺が心配でか?俺ならこの通り元気だ!」
「…当然だよ!ファインは仲間なんだから心配するよ…」
いきなり大声を出すシード。ファインは一瞬驚いたが、特に大きなリアクションもしなかった。素直にそう想っていてくれることが嬉しかった。
「そっか、ありがとな…」
ファインは微笑してそれだけを呟いた。そして、ベッドに腕枕をして寝転がる。頭が上下できるタイプのベッドなので寝心地は随分と良い。そのせいか、天井にぶら下がる蛍光灯の光が目に直接入ってくる。そんな光が隣の彼にも確かに当たっていた。
*
「サンッ!!」
ガラッとドアを勢い良く開ける。ファインの時とは打って変わっての形相だ。アクタートはピカチュウの足が遮断カーテン越しにチラリと視えたので彼女だとわかり、そのベッドに急ぐ。
「サ…ン?」
「…すぅ。」
そっと、遮っていたカーテンを開く。そこにサンは寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。アクタートはいっきに体の力が抜けて、思わず目が熱くなる。
「良かった…」
「いまは随分と容体が安定してます。安静にしていればすぐ退院出来ますよ。」
いつの間にか横にいたフォルトゥネが説明する。アクタートは目を擦って、サンの寝顔をもう一度確認した。
「本当に良かった…」
「…んっ」
すると、アクタートの声に反応するかの様にサンが目をゆっくりと開けた。
「アクア…?」
「え、起きた!?サン、大丈夫か?!」
「えぇ…ここは一体…」
「病院ですよ、サンさん。」
フォルトゥネが寝起きで思考がはっきりしないサンに言う。すると、サンは少しボーっとして、すぐにハッと何かを思い出し、ベッドから起き上がる。
「私、そう言えば…お腹殴られて、気絶しちゃって………って、アクア、貴方は怪我大丈夫!?甲羅にヒビが…」
「おぅ、フリクトのおかげで何とかなったぜ!」
アクタートはガーゼの貼ってある自分の甲羅を指差して言う。
「フリクト…前の依頼の……。そう、良かった…、今度お礼言いに行かないとね。」
サンは微笑して言った。アクタートもそれに釣られて顔が綻ぶ。何はともあれ良かった…。
「そうだ…ねぇ、ファインは大丈夫?」
「お、おぅ…隣の部屋にシードといるぜ?」
「シードも入院?」
「お前とファインだけだ!…ったくよ。…そうそう、ボーンが宜しく言っといてくれってさ。」
「ちゃんと、ボーンも助けられたのね…ホッ…」
サンは全員無事なことを知り、全身の力が抜けてそのままベッドに寝転がる。そして…
「ねぇ、アクア?」
「…何だ?」
「アリガト♪」
「うっ…よせよ、照れるぜ…。」
サンはアクタートの照れ姿を見て笑う。アクタートもその彼女の姿を見て笑った。
「ハハハッ!(今度は絶対に守ってみせる…)」
「フフッ!(私、生きてたんだ…)」
「アハハっ!(全くカイン先生の禁煙を始めないと…プン☆プン!)」
それぞれの苦悩も知らずに。
*
「……。」
「……。」
「本当にそれだけか?」
「え…?」
「俺を心配してただけが理由かっつってんだ。」
「……。」
ファインの問いに戸惑うシード。彼の言う通り、懊悩させている原因はそれだけではないのだ。
「話せよ、別にからかわねーからさ。」
「うん…」
シードは躊躇しつつも話し始める。修行始めた時の心境、今回の誘拐事件への意気込み、そして失望と自己嫌悪…。アクタートに話したのと同じように話した。シードは話す度に嗚咽を漏らし、涙で頬を濡らした。
「…そうか。」
「僕は何も変われちゃいなかったんだ…!何も!全部!」
「……。」
「本当にそうなのか?」
「そうだよ!絶対に…!」
「…ばーか、嘘つくなって!」
そう言うと、ファインは傷口を刺激しないようベッドから起き上がり、掛け布団をどけてベッドの端に座った。そして、シードの頭を足でポンと蹴る。
「いたっ!急に何するの!?」
「はははっ、すまねぇ!でも、やっぱりお前は変わったな!」
「え?」
ファインは微笑みながらシードを見下ろす。シードには何がなんだか解らなかった。
「どこが?嘘ならやめてよ…」
「いや、変わったって。」
「何処がって言ってんじゃん!!教えてよ!!!」
シードらしからぬ形相に変貌し、ファインに責めよる。ファインは思わず後ろに仰け反ったが、笑いだけは崩さずにシードに言った。
「それそれ、お前、怒るようになったよな!」
「怒るようになった…?」
「あぁ、出会った頃のお前なんて怒って本音言えるようなヤツじゃなかったしなぁ…」
シードは落ち着いたのか後ろに下がる。ファインは続けた。
「変わらないヤツなんかいねーよ。皆、日々変わってんだ。
ただ、それが甚大か些細かってことの違いはあると思うけどなー。」
「ねぇ、ファイン…僕は………。えっ!?」
ファインが急にベッドから下りて、シードの頭を撫でる。
「まぁ、結果はともかく、俺はお前が敵に立ち向かった勇気を評価したいぜ!」
「ファイン…」
「お前がさ、あの時、『任せてくれ』って言ってくれた時、すげぇ安心した…。俺がシードをサポートしなきゃって思ってたが、どうやら傲慢だったみたいだな♪」
ファインはニカリと歯を見せて笑った。そして…
「ありがとな、シード。お前はな…」
「ファイン…」
「俺にとってのヒーローだ!」
夕凪が病室な窓から入ってきて、二匹の顔を撫ぜた。頬に流れ続ける雫は風に吹かれてひんやりしていたはずなのに、不思議と暖かいものへと変わっていった。
そして…
「あぁ…無事で良かったな、シード。」
「うん!!そうだね、アクア♪」
「…てか、随分と元気になったな。」
「うん、何かホッとしたんだ…」
 シードは空を見上げた。まだ昼過ぎの蒼い空。久しぶりにそれを見たような気がする。涼しい初夏の風を顔に受ける。そうだ、師匠にもお礼言いにいかなきゃな。
「(もっと頑張らなきゃ…皆の為にも……何より自分の為にも…!)」
僕は変わっていける…そう信じて…
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「只今、戻りました〜…アブっ!!?」
「うるさい、御前では静かにしろ。」
「ムラー、相変わらず良いキックだぜ…」
ムラーがリンプの馬鹿げた態度に腹を立て、リンプの顎を蹴り上げる。リンプは後ろに仰け反ってフラフラと立つ。そう、彼らはサンライズとの戦いから帰ってきたところだった。リンプとムラーが王の前に立つ、任務の報告をする為に。すると、王が奥の暗闇からぬぅっと出てきて玉座へと座る。
「…待ってたぞ。どうだった?」
「はっ、王様、長くなりますが宜しいでしょうか?」
ムラーは片膝を着いて忠誠の姿勢を取る。リンプも空気を読み跪く。ムラーは事の経緯を話し始める。
「…ということなので御座います。身勝手な振る舞い、どうか罰を…」
「別に殺してはいないのだから問題はない…、まぁ、許してやろう。」
「寛大な措置を有難うございます。」
「(はぁ…こいつの忠誠心は何処からくるんだ…?)」
リンプにとってムラーのこの姿は余りに不自然なものに見えた。普段が逆な性格ゆえ、違和感しか滲み出てないような…
「リンプ、お前もさっさと報告しろ…」
「あ、あぁ。王様、俺はゼニガメとピカチュウとの戦闘だったのですが…」
リンプも慣れない敬語で話し始める。王は話を聞いて、相槌を打つ。
「カイロスのフリクト…か。」
「はい、メチャクチャ強かったです!」
「ワンダー、そいつの情報は分かるか?」
王が横の暗闇にそう話す。すると、闇から出てきたのは一つ目と大きな口でもある腹部をが特徴のヨノワールだ。
「はい…実は…」
ワンダーと呼ばれているヨノワールは王に耳打ちをする。すると、王の顔が笑いに引きつる。
「ハッハッハ!!!そうか、これは面白い俳優達だ…。そう言えば、アイツはそいつと面識があったな…呼んでこい…」
「御意。」
ワンダーはそう言うと、闇に溶けて消えてしまった。王は再び死闘を果たした二匹の前に向き変える。そして、脚を組んで言った。
「よし、お前達は自室に戻って休め。それと次の命令があるまでは通常業務に戻るがよい…」
「御意。」
「はい、わかりました〜。」
そして、リンプとムラーは謁見の間から出て、城の無駄に広い廊下を歩く。
伝説のポケモンであるW時や空間の神様Wが普通に歩けるぐらい横幅があるだろう、多分。そして、辺りは黒光りしてお世辞にも明るい場所とは言えないほど暗い、というより黒いと言った方がいいだろうか。廊下は端から端まで黒が基調となったカーペットが引かれている。壁は一面のステンドグラスで光が入る度に色を帯びて廊下に投射されるが、全てその黒に吸い込まれてしまっていた。
廊下を無言で歩く二匹。ムラーが前でその後ろをリンプが付いていっている。すると、リンプは頭の後ろに手をやって溜め息を吐いた。
「どうした?」
 ムラーはその行動が気になったのか、リンプに訊く。リンプは思わずギョッとした。なぜなら、ムラーはこういう風に他人を気にかけるポケモンじゃないからだ。
「どうしたかと訊いてるんだ。お前には耳が無いのか?」
「…うっせーよ。別に仕事終わったから、食堂で何食おうか迷ってただけだ。」
咄嗟に思っても無い事を言う。ムラーはそれを鼻で嗤う。
「ふっ、食い意地の張ったヤツだ。確かに
空腸では早く体を治せるはずもないな、俺も行く…」
「珍しくノリいいな、おい♪」
「利害が一致しただけだ。それに次の作戦を考えておこうと思ってな…」
ムラーはそう言うと、急に立ち止まって、天井を見上げる。リンプもつられて上を見たが、もちろん天井も黒。一応、僅かに明かりがあった。しかし、それが必死に周りに飲み込まれないよう輝いているという奇妙な光景だ。その様子はどことなく身近な切なさを帯びていた。
「どうかした?」
リンプは訊ねる。ムラーは上を見たまま話し始めた。
「サンライズ…」
「…が、どうした?」
「次はな、ちゃんと殺してやろうと思ってな…」
「お前がさ、殺したくなるほど強いヤツって珍しくね?」
「いや弱いんだ…少し刺激した瞬間、今にも破裂しそうな…」
「弱い…?」
「リンプ、俺は『拷問』がそんな好きじゃない。」
「……。」
「俺はな、『尋問』が大好きなんだ…クックック…」
ムラーはそう言うと、歩みをまた始める。そして、リンプは立ち止まったままムラーに聞こえないように小さく呟いた。
「お前、昔と変わったな…」
リンプは少し微笑んでムラーに付いていった。
−−−−まだ、物語は最初の最初である。
to be continued......