第二十一話 見出す目標A
外に出ると、西日が眩しく彼らを照りつけてきた。三匹はヤミカラスが鳴きながら飛んで行くのを眺めながら帰路に立つ。
今日も一日が終わる、と表現するだけなら容易いが、初めてこんな事態になったともあってそんな安直には思えなかった。しかも、さっきから、シードはだんまりだ。余程、ファインが心配なのだろうか。
夕暮れ道を歩いて数分、トレジャータウンに着く。プクリンの形をした入り口を見て安心したのか疲れがどっと出た。
「ふぅ…じゃあ、この辺で別れるか。今日は色々と迷惑掛けてしまったな。すまない、そしてありがとう。」
ボーンがギルドに繋がる階段の前でそう言った。アクタートも、どういたしましてと返す。一方、シードは顔に陰を帯びたままだ。ボーンは彼を一瞥して、そのまま彼らに背を向けて道場へと戻っていった。すると、アクタートは『忘れ物』をふと思い出す。
「おい、ボーン!」
アクタートは走ってボーンを追いかけた。ボーンは不思議そうな顔をして走ってきたアクタートを見た。
「どうした?」
「これ…お前の骨…」
アクタートはリンプが持っていた骨をボーンに差し出す。ボーン自身も忘れていたようで、焦ってそれを静かに受け取った。
「よし、これで任務完全遂行だな!報酬は無いけど何か清々しいぜ、へへっ!」
「アクタート…」
すると、ボーンはアクタートの顔に自分の顔を急に近づける。アクタートは突然の行動に驚いたが、耳に入ってきた言葉にそんな気持ちはすぐに冷めることになる。
「アクタート、シードを…励ましてやってくれよ…」
ボーンはそれだけを耳打ちした…切実そうに。そして、彼が顔を離すと愛想笑いを浮かべて道場へと帰って行った。アクタートには少し悲愴感が溢れ出る背中に見えた。
「……シード、帰ろうぜ!もうすぐで飯だしよ!」
「…うん。」
そう言って、二匹は松明の火が照らす暖かなギルドへと帰って行った。
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ギルドに入ると、すぐに皆が心配そうに駆け寄ってきた。真っ先にファインとサンのことを訊かれたが、アクタートはわざとおちゃらけた様子で、大丈夫、という旨を伝えた。シードも皆を心配させないようにか引きつった笑いで言葉を濁していた。
そして夕飯も終わり、すっかり暮れた黒い空に星が点々と輝いている。風呂、そして就寝時間となり、互いにお休みと言い合いながら、それぞれの寝室へと向かって行った。アクタート、シードも同様にいつもの部屋に戻って行った。
「今日は疲れたし、早く寝ようぜ。」
「う、うん…」
月明かりが入る部屋に敷かれた藁の布団が三つ。丁度彼らのサイズで意外とふかふかして寝心地がいい。アクタートは自分の藁を両手で整えてゴロンと自分の体の半分はあるであろう尻尾を挟まない様に寝転がる。溜め息を吐いて、体の力を抜いた。本当に今日は疲れた…
「…。」
シードも無言で藁の布団を整えた。すると、自分のを整え終えたかと思うと、本来ファインが眠るはずの藁をせっせと整え始めた。アクタートは黙って、その様子を静かに見ていた。
「…。」
「…ッ」
「……。」
「……グスッ…。」
シードから啜り泣く声が聞こえた。
−−−『シードを励ましてやってくれよ』
ボーンとの別れ際で聞いた言葉が頭に響く。シードに何かあったのか…?
アクタートが意を決してシードに訊ねた。
「なぁ、シード…」
「……」
「シード?」
「……何?アクア…」
「いや…今日、何かあったのか?」
「……敵と戦った。」
俺はどうして当然のことを訊いてるのだろう。問題はそこじゃなくて…
「ファイン、やられちまったからそんな様子なのか…?」
「違う…」
どうも的を射てていないようだ。アクタートは続ける。
「ボーンに何か言われたか?」
「違う…違う……」
シードの声が震える。アクタートは更に続けた。
「シード、お願いだ、答え…」
「違うッッ!!!!!!!」
シードの怒号が部屋中に響く。いや、ギルド中かもしれない。アクタートはこんな声が彼から出るとは思わなかった。アクタートは驚き、呆然とする。
「あ…シード……すまねぇ…」
「…っ!ご、ごめん、アクア…いきなり怒鳴っちゃって…僕…」
「いや、俺が悪い。お前が怒鳴るのなんて初めて見たからさ…」
アクタートは寝返りをうってシードに背を向ける。シードはファインの布団から自分の布団へと移って寝る体勢をとった。
暫くの沈黙の後、シードがゆっくりと口を開いた。
「アクア、寝ちゃった?」
「・・・?」
「そのまま寝ててね。これから独りゴト言うから…」
アクタートは返事をしようかと思ったが、彼の気持ちを察して閉口を保った。そして、シードは語り始めた。
「僕が…いけないんだ…」
急に自責するシード。アクタートはただ黙って聞く。
「僕は強くなりたい、臆病な自分を治したいって思って、ボーン師匠の修行を受けた…」
修行の件は半強制的だった気もするが、シード自身もは既にそれを自覚していたし、治したいと思ってたようだ。シードは続ける。
「一週間の修行は厳しかった。でも、これで自分が変われるなら…って思うと、そんなことは大したことじゃないなって思えた。」
「……。」
「師匠が言ってたんだけどさ。『確固たる目的』を持てよ、って…。だから、僕は父さんや母さんを見つけたいって強く願った。あと、皆と同じぐらい強くなりたいって…。」
シードは身体を丸める。声が少し吃った気もした。
「そして、師匠が攫(さら)われた今日、僕が助けるって…つよくなった自分をアクア達に見せたかった。もう…臆病な、自、分じゃ、ないって、うっ…」
     シードの啜り泣きが耳に入る。悲しいと言うよりも…なんだろうか、悔恨に近いものだった。
「で、いざ闘いになったら僕は恐くて恐くて恐くて恐くて!…動けなかった。足が震えて、何も、出来なかった…!」
アクタートも悔しい気持ちはすぐに共感が出来た。仲間…いや、サンを助けることさえ出来なかった…
「挙句には攫われたはずの師匠に助けられた…!
僕は強くなったかと思った!でも本当は何も変わってなかったんだ!そのせいで、ファインもボロボロになって…。全部僕のせいだ!
     そう、臆病のままだったんだよ…僕はダメだ……父さん、母さん、ごめんね。僕、無理だよ…。」
アクタートはただただ黙って聞く。もう本当は耳を塞いで眠ってしまいたかった。シードの言葉は何故か悔しさだけでなく色々と共感が出来たから。悲しくなった。母ちゃん…
「…おやすみ、アクア。」
いきなりシードはそう告げると、寝息が聞こえてきた。何を思って眠っているのだろうか。そんなことを思案している内にアクタートも瞼が重くなる。そして、空(から)の藁の布団を一つ残して夜は過ぎていった。
翌日…
「起きろおおおおおおおおーーーーーーっっ!!!!」
ノイザの喧しい声が聞こえる。大声に起こされて、目を開けると太陽の眩しい光が窓から差し込んでいた。思わず手を目に掲げてしまう。
「もう朝か…」
「アクア、早くしろ!朝礼始まるぞ!」
「あぁ……って、シードは?」
アクタートは藁の布団で寝ていたはずのシードがいないことに気付く。アクタートがキョロキョロと探す様子を見て、ノイザは背中に手をやって答えた。
「シードはもう朝礼に向かったぞ?お前が最後だから早くしろよ…」
そう言うと、ノイザは振り返って広場の方へと向かって行った。アクタートはまだ重い瞼を擦り、だるそうに立ち上がった。
広場に行くと、既にギルドの皆が整列している。どうやら本当に自分が最後のようだ。皆が自分が来たことに気付き、少しざわざわとする。
「(あ、シード…)」
サンライズが並ぶ列にはシードがポツンと一匹俯いて立っていた。するとアクタートに気付いたのか、シードはこちらを少し見たが、すぐに目を逸らして、また俯くのだった。アクタートは気まずい感覚の中でシードの後ろに並んだ。
「よーし、朝礼を始めるぞ♪親方様、朝の御言葉を…」
「ぐぅ……ぐぅ……」
「はい、誠に有難き御言葉です…」
毎朝のこんな流れで朝礼が進む。リヴが寝ていることなど誰も気にしていない、というより気にしないと言った感じだ。
「では、最後に朝の誓いの言葉、いくよ♪せーの…」
「ひとーつ!仕事はゼッタイサボらない〜!」
「ふたーつ!脱走したらオシオキだ!」
「みっつー!皆、明るい楽しいギルド〜!!」
「さーて、皆、仕事に掛かるよ〜!」
「「「おおぉーーー!!」」」
こうして一日は再び始まった。皆は散会してそれぞれの持ち場に向かう。
…それにしても今日はやる気が出ない。
「はぁ…」
「おい、アクア、シード。」
と、溜め息を着いたと同時に、アルトがカラフルな羽でクイクイと二匹へ手招きをする。二匹は不思議に思って彼の方に向かった。
「何だよ、アルト。」
アクタートが面倒臭そうにして訊く。すると、アルトは咳払いを一つして言った。
「お前たち、今日は休め!」
「え、どして?」
「詳細は昨日親方様から聞いてるよ。皆も随分お前らのこと気にしてたが、親方様があまり突っ込むなと言ってたからな…」
「でも、遠征が…」
「そんなこと関係ないよ!とりあえず、今日は休め!…な?」
アルトが念を押すように言った。確かに今日は昨日の反動もあったせいか、非常にやる気がない。しかし、かといっても仕事を休むことになるのは…
アクタートは戸惑いながらシードにその是非を訊こうとしたが、今の彼の状況を思い、行動を止める。仕方なく独断で決めることにした。
「分かったよ…今日はちょっと行きたい所もあるしな。」
「ファインたちがいる病院か?」
「まぁな…」
アクタートは呆れたような笑顔で答えた。アルトは、そうか、とだけ言って親方様の部屋へと戻って行った。
そして、アクタートはまだ俯くシードに向けて言った。
「よし、ファインたちの見舞いいくか!」
「…うん。」
to be continued......