第二十話 見出す目標@
ここはW地底の湖W。デザイア世界五大湖の一つだ。辺りは涼しく、白砂が周りに点々と溜まっている。そして、真ん中には透明色の湖が広がっていた。その湖畔には二匹のポケモンが…
『うん、もう少しだよ…』
「良かったわね、あたしらのおかげ?」
『君ら何もやってないだろう〜?』
会話をしているのはミュウと感情を司る神、エムリット。和やかな雰囲気を醸し出す二匹だが、決してそんなことは話していない。
『今度、やっとミステリージャングルに行くことが決まったし…ファイン達には頑張って欲しいな。』
「ねぇねぇ!」
エムリットが湖の上で飛び回りながら上目遣いで訊ねる。彼女は感情を司る神であるせいか、その起伏が激しい。ミュウと彼女との付き合いは永いが、彼にとって彼女は一番生き生きとしているポケモンでもあり、一番面倒臭いポケモンでもあった。
『何?』
ミュウは静かに訊き返した。ここで無視したら、彼女は被害妄想に囚われて、辺りを木っ端微塵にするんだろうな。
「ミュウって…そのヒトカゲのことどう想ってるの?」
結構唐突な質問。ミュウは円らな瞳を閉じて少し考える。
「ねぇ、どうなの?彼を選んだのにもワケがあるんでしょ?」
エムリットはいつの間にかミュウの横に座って、顔を近付けていた。彼女の息遣いが耳から入って体を這った。ミュウは目を開けて言う。
『まだ、よくわかんない。』
「ウソ!絶対に何かあるでしょ?一心同体なんだしさ?」
『でも、ファインは僕を完全に信用してない。』
「ミュウは?」
僕は?どうなんだろう…。
『信用してる。そう思ってないとやってらんないよ…』
ミュウは大きな溜め息を吐いて、エムリットの横からユラユラと飛ぶ。そして、湖の上に映る自分の顔を何処となく悲しげに見た。
『彼はこの世界に起ころうとしているとんでもないコトから護ってくれるW人Wだ。僕の声が聞こえた唯一の…』
「あはは!やっぱりあなたヒトカゲのこと好きなのね!」
「どうしてそう…まぁいいや、ハァ〜…」
エムリットが口に手をやって少女らしく笑った。ミュウは茶化されて少し恥ずかしくなった。少しして笑いが止んだエムリットがまた訊ねた。
「で、彼には言ったの?あなたと調和(ハーモナイズ)することの意味…。」
「……。」
「まだ、言ってないのね。早く言った方がいいんじゃない?どうせ知ることになるんだから。」
『言える訳ないだろう…』
「悲しい?それとも、恨めしい?」
エムリットは無意味に思える言葉を連発する。ミュウは訝しみながら答えた。
「どっちでもないよ…」
「ふふん♪ミュウらしい答えね!」
そう言うと、エムリットは機嫌良さそうに湖の上に飛んでいってしまった。一匹残されたミュウはひんやりとした洞窟を眺めて、使命からくる遣る瀬無さと共に罪悪感も感じずにはいられなかった。
*
「先生、救急患者が到着しました!」
「症状はどうだ!?おい、手が空いてるものはいるか!?」
「先生、五分後に別の患者が来ます!」
ここはポケモン国際病院(Pokemon International Hospital)、通称PIH。様々な探険家たち御用達の病院である。トレジャータウンから数百メートル離れた場所にあるということもあり、リヴ率いる『プクリンのギルド』では随分世話になっている。
しかし、今日は院内全体が慌ただしい雰囲気である。それは…
「患者の名前はファインさんです!腹部に激痛、体の数カ所に掠り傷が…、痛がって喋れない様です!」
「…筋断裂の可能性があるな。そこのフシギダネの坊主、心当たりはあるか!?」
「……。」
「ちっ、病状ぐらい把握してろ!!…そっちのガラガラの兄ちゃんは分かるか!?」
「腹にW起死回生Wを食らった…最大威力でな…。」
「それはヤバイかもな…とりあえず、内科に運べ!」
医師はさっさと看護師に指示を与えて、看護師らはファインを乗せたベッドをガラガラと内科の病棟へと運んでいった。そして、指示をしていた医師は、ふぅっと溜め息をついてすぐ側にあった長椅子に座り込んだ。
「多分、あんたの仲間さんは大丈夫だ。ウチの病院は一応どこも天下一品だからな!」
笑いながら答える医師。緑の体躯に太い脚が二本、そして、腹部に黄色のラインが特徴のジュカインだ。そのまま、上から白衣を羽織っているようで、胸のポケットには安全ピンで止められたネームプレートが、『カイン』と書いてある。首から下げられた聴診器がいかにも医者らしさを醸していた、と思ったが…
「はぁ…さて一服…」
カインは右の裾の中から、マッチと木の欠片を出す。シードは微かにそれから独特の臭いが出ているのを感じた。
「カイン先生!!」
横から女性の声が聞こえる。声の方を見ると、丸く卵のような体型でピンク色。ラッキーだ。
「チッ、見つかったか…」
「院内禁煙って言ってるじゃないですか!全く、後輩の私に何度も言わせないで下さい!」
ラッキーは腰に手を当て、カインを叱る。『ネームプレート』にはフォルトゥネと書いてある。
すると、カインは残念そうに木の欠片を渡した。
「あれ、今日は素直ですね?」
「そう何度も言われたら、分かるに決まってるだろ。」
カインは右手で頭を掻きながら言った。フォルトゥネは満足そうにそれを懐に入れた。
「分かればいいんですよ、分かれば!じゃあ、私は業務に戻りますね。あと…」
フォルトゥネはシードとボーンに向き返る。
「カイン先生が御迷惑をお掛けしました。でも、医師としての腕は一流なんですよ、フフッ!」
カインを軽くからかったかと思うと、微笑みながら軽く会釈をした。二匹も会釈をすると、彼女はさっさと仕事場に戻ってしまった。
「ったく、うるせぇ奴だ…」
というと、カインは左の裾からまたさっきの木の欠片を出す。そして、マッチを擦って点火させ、欠片に火をつけて口にへと運ぶ。彼は煙をハァーっと口から出して、リラックスしたのか、脚を広げて長椅子に寄りかかった。
「おい、さっき禁煙って言ってただろ。反省したんじゃないのか?」
ボーンは少し呆れ気味でカインに訊ねた。カインは右手に木の欠片を挟みながら言った。
「別に良いじゃねぇか。この木に害は無いんだからよ。ただの香木だ、香木。」
全くフォルトゥネの注意を聞いていないようで、二匹は彼女の苦労は何となく彼から汲み取る事ができた。このポケモンが一流の医者とはとても思えない。
呆然としている二匹が気になったのか、カインはシードの方に鋭い眼光を向ける。シードは勿論、それに戦いてまたもや俯く。
「おい坊主、さっきのヒトカゲ、お前の仲間さん何だろう?」
「……。」
「だんまりか…。まぁ、何があったかは知らねぇけどよ、ちゃんと救急を呼ぶ時は『いつ、どこで、どうして、だれが、どのようなのか』っていうのをちゃんと把握して欲しいな。今回はそこのガラガラの兄ちゃんがやってくれたからいいけどよ…。下手したら、命取りだからな。」
「……。」
シードは俯いて、目からホロリと涙が出る。それは怒られたから出た訳ではなく…
「グスッ、ごめん、なさい…」
「何で俺に謝んだ?今度、面会させてやっから、そんときにでも謝れ!」
…カインはもう一度、木を蒸かして上へと煙を吐く。香木特有の鼻から口に抜ける香りが漂う。シードにはキツかったのか咳き込みながら目に一層涙を溜めた。
「…。」
ガラガラガラッ!
「何だ!?」
突然、病院の鏡張りのドアが開いて白いベッドが入ってきた。先程、言っていた患者だろうか?
「先生!」
フォルトゥネがカインに駆け寄り、患者の状況を説明する。その背後をベッドが通り過ぎていった。シードたちがそれを見てると…
「ん、シード、あれって−−−」
「サンだ!」
何と運ばれてきたのは紛れもなくサンだった!まさか、自分達のように何かの戦いに巻き込まれたのだろうか。すると、ベッドが入ってきたドアから、二匹のポケモンが入ってくる。
「サン!!」
「落ち着け、アクタート!」
アクアだ!それと、後の一匹…?
「アクア!」
とりあえず、シードはアクタートを呼んだ。すると、アクタートもシードに気付いて近寄ってきた。
「シード!無事だったのか!…良かった。」
アクタートはシードを抱き締める。シードは突然の抱擁に狼狽しながら、口をパクパクとさせた。アクタートもそれに気付いて慌てて手を離した。
「す、すまねぇ…。つい、嬉しくて…」
「大丈夫、僕もアクアが無事で良かった…」
「そっか…。お、ボーンも無事みたいだな!」
「おぅ!でも…」
ボーンはファインを乗せたベッドが消えていった方向を見る。
「あれ、ファインは?」
「サンみたいに倒れちゃったよ、グスッ…」
シードは目に涙を溜めて言った。アクタートは、やはりといった感じで悔しそうに拳に力を入れた。
「…それじゃ、俺は森に戻らせてもらう。」
しんみりとした空気から一声を放ったのはカイロスのフリクト。すると、アクタートは帰ろうとするフリクトを慌てて肩を掴んで止める。
「ちょっと待て!」
「何だ?」
「いや…ありがとな…。」
「俺はただ森で暴れてるのが気に入らなかっただけだ。」
「へへっ、そうか。でも……ありがとな!」
アクタートは笑顔でフリクトを見送った。
−−−−仲間の一匹も助けられないヤツが粋がるな!
あぁ……俺は…。
すると、状況報告を受けたカインがこちらに向かってきた。そして、香木を咥えながら説明を始めた。
「さっきのヒトカゲのお仲間か?カルテに『サンライズ』ってチーム名にあるからよ。」
「あぁ…」
「…検査しねぇとわからないが、見た所、ピカチュウの方は、腹膜炎を起こしてるかもしれない。かといって、ヒトカゲの方も命に別状は無いといっても芳しい状態じゃないしな。とりあえず、二匹とも検査入院だ。」
「にゅ、入院!?」
アクタートとシードは目を見開いて驚く。確かに激闘だったが、入院と実際に聞いてみるとインパクトは結構凄い。
すると、アクタートは混乱した様子でカインの白衣の裾を力強く掴む!
「先生!!」
「どうしたんだ?いきなり…」
「サンは…サンは助かりますか…?」
アクタートは声を震わせ、カインに訴える。カインは少しぎょっとしたが、すぐに落ち着きアクタートに言った。
「…大丈夫だ。ウチは一流の医者ばっかなんだぜ?心配すんな、絶対に助けてやるからよ…(こいつ……。)」
「ありがとう…ございます…!」
アクタートは目を潤ませながら、カインに礼をした。
「とりあえず、今日は帰れ!色々、検査始めるしよ。面会は明日から出来るはずだしな。」
「そうか…。で、あ、あの…費用っていくら掛かりますか?」
アクタートがおずおずと訊く。仲間の安否と金を天秤にかけるのは非常に羞恥の極みと彼は思ったが、この資本主義社会において金融はなくてはならない。というか、仕方がない。
しかし、カインはとても意外なことを言う。
「…費用?お前らは無料(タダ)だぜ。」
「そうか…タダか……。…タダ!?えっ!?」
カインは溜め息と共に香木に煙を吐いた。そして、短くなった香木を携帯灰皿に押し付けて火種を消しながら言った。
「お前ら『プクリンのギルド』にいる探険家には医療保証とかついてくるんだぞ。知らなかったのか?」
「い、いりょーほしょー?」
アクタートはポカンと口をあんぐり開ける。カインは頭を掻いて面倒臭そうに答えた。
「俺らは…んーと、ギルドマスター、いるだろう?リヴだっけか?そいつから色々、援助金貰って活動してんだ。
トレジャータウンを初めとして、ウチの病院、警察署とか諸々の施設はそのおかげで成り立ってる。
そんなことがあるから、お前らがタダで病院とか使えんだ。」
「へぇ〜…」
アクタートはそんなことがあるのか、と驚く。かと言って、謎めいたギルドのシステムについて一つわかったことで、納得もしていた。自分のいるギルドについてはある程度知ってないとな、情けない。
「今日はありがとうございます…」
「おぅ。まぁ、とりあえず帰って休め。お前も結構大変だったらしいな。」
そう言うと、カインはアクタートの甲羅のヒビ割れを指差す。しかし、先程、フリクトに手当をしてもらったので今は特に問題はない。
「(ヒビに樹液塗りたくられただけなんだけどな…)」
患部を包む包帯から樹液のかすかな香りがしてくる。『塗っとけば治る』というフリクトの言葉をに従っただけだが、どうも信用性に欠ける…。まぁ、あいつは嘘つかなそうだし…
「どうしたんだ?」
「い、いや!何でもないって!」
「そうか?まぁ、何か体調に変化あったらまた来てくれ。…じゃあ、俺は仕事に−−−−」
「先生…?」
急に横からフォルトゥネが笑顔でカインを見つめる。しかし、その笑顔には何処かおぞましさが…
「さっき、香木吸ってましたね?」
「(ギクリ…)な、な訳ねーだろ!ほら、何処にもないって!」
カインは手を上に挙げて何も無いこと証明しようとする。すると、彼女は…
「ちょっと失礼。」
「ひっ!脇やめろ!くすぐってぇっ!」
フォルトゥネがその瞬間、カインの脇をパンパンと叩く。カインはむず痒さに顔が引きつる。すると、何処にしまっていたのか白衣からボロボロと香木とライターがいくつか落ちてきた。
「せーんせーい〜〜?」
「畜生!よし、此処は逃げる!じゃあな坊主!ギルドには連絡しといたから!」
「ちょっと待ちなさい!!!」
カインは右手を挙げて、アクタートたちに別れを告げると一目散に病院の奥に逃げていった。フォルトゥネも一礼を彼らにして、喫煙犯の後をすぐさま追いかけていったのであった。
「はぁ、大変そうだなー…」
「まぁ、良さそうな先生じゃないか…」
アクタートは溜め息を吐いて、やれやれと呆れながら言う。ボーンはそれに微笑する。そしてアクタートが、帰るか、と言うと三匹は病院を後にした。
*
『ヴっ…!』
「ミュウ、大丈夫!?」
『う、うん…急に苦しくなった。ファイン…』
「この命は"あなただけのモノじゃない"のよ!やっぱ、互いの為に話し合った方が…」
『大丈夫…だ…!んっ…!』
「ミュウ…」
『ミステリージャングルに行った後、また会おう…。今度は後の二匹とも一緒に…』
「…うん。」
to be continued......