第十九話 第一の刺客、現る!C
バシイイィィッ!!!
ファインは思わず目を瞑った。死を覚悟した…!
「……?」
だけど、いつまでたっても敵であるムラーの拳が来ない。ファインは恐る恐る目を開ける。すると、意外な光景が目に映った。
「クソッ…なんだこの蔦は!!?」
目前にいたのは、死の拳ではなく、緑の蔦に腕を絡めたムラーだった。蔦が拳を止めているらしく、ファインの目の前で拳がプルプルと震えていた。
「ファイン…!!」
ふと、覚えのある声が耳に入ってきた。ファインは痛みに苦しみながら声の方向に振り返る。そこは不覚にも自分の頭の側だった。
「ファイン…大丈夫!?」
…シードだ。
蔦をムラーに絡めているのはシードだった。
彼は心配そうにファインを見下ろす。心なしか、目が潤んでいるようにも見えた。
「すまねぇ…ヴッ!!」
「ファイン、喋らなくてもいいよ!大体、分かったから…。後は…」
シードは少し躊躇したが、やがて意を決して言った。
「ファイン、僕に任して…!」
「す…まん……」
ファインはそのまま意識を失った。シードは一瞬、死んでしまったのではないかと思ったが、微かに呼吸音が聞こえてきたのでその心配はなくなった。でも、ファインの状況は決して芳しくはない。ひとまず、こいつを何とかしないと…。
シードはファインを戦いに巻き込まないように自分の立ち位置を変えてファインから離れる。もちろん、相手の様子を見ながらだ。
「くそ…小癪な真似を…!!」
ムラーは怒りに任せて蔦を無理矢理自分のところへと引く!シードは急に引っ張られたため、前傾になり転んでしまう。
「うわっ!!」
シードは転んだ拍子に蔦を緩めてしまった。ムラーはすかさず蔦を解いて、蔦を地面に叩きつける。
「イタッ!」
「うぜーんだよ、ガキが。」
ムラーは相当怒り心頭のようだ。ファインへのトドメを刺すのを邪魔したせい…だということは言うまでもない。シードは叩きつけられた蔦を労わりながら、ムラーへと視線を移す。
「ひっ…」
「お前だな、邪魔しやがったの…」
さっきはファインを助けるのに必死だったのでよく見えなかったが、ムラーの目は血走り、眉間に皺を深く寄せていた。それはシードに恐怖を与えるには十分過ぎた。
「(あれ…、体が…動かな……い?)」
シードは急に動かなくなった体を不思議に思った。今この瞬間まで身軽だった体が急に重くなった、何で?
おまけに身体は微かに震えていた。もしかして僕…
−−−−−怯えてる?
「覚悟しろよ…」
「え…」
ムラーがシードに近付く。シードの震えは更に増した。口をあんぐりと開けて、呆然としていた。そして、目の前にムラーが立ちはだかる。
「すぐ殺ってやるからよぉ…」
「…っ!」
声が出ない。自分を見下ろすプレッシャーが計り知れない。僕、強くなったんじゃないの?どうして、こんなに震えてるの?
ムラーは怯えるシードの前でW起死回生Wの構えに入った。
「お前、結構弱そうだしこれでいいや。」
拳が墜落してくる。
「…ん"っ!?」
シードの頭蓋に衝撃が走ったかと思うと、彼は地面に顔をめり込ませていた。
「うっ…ぺっ、ぺっ!!」
顔をゆらゆらと持ち上げ、口に入った土クズを嫌そうに吐き出す。と、その瞬間!
「がっ!?」
「さっさと逝かせてやるよ…」
ムラーはシードの首元を掴んで上へと持ち上げ始めた!シードは抵抗して足をバタつかせたり、手でムラーを振りほどこうとするが、格闘ポケモンであるムラーの握力に敵うはずもなく徒労に終わってしまった。
「ふんっ!!」
ムラーは更に握る力を強めた!
「ああァ"…あ"ァッ!」
「ひひひ…良い声出すじゃねぇか、壊し甲斐があるってもんだ!」
ムラーの本性が垣間見えた瞬間だった。首に指がギチギチと食い込む。シードは呼吸困難から朦朧する意識の中で、これがサディストっていうものだと心で思った。
「んっ…あ…!」
「そろそろ最期にしてやるよ!!」
首を絞める強さが更に増す。シードの身体から段々と力が抜けていく。それは抗うことすら出来ず、自然に身体が行っているようなものだった。力を入れようとしても、身体がそれを拒絶するのだ。
「(これ…ヤバイって…)」
「くひひひひくっはっはははっははははっは!!!」
目の前に狂ったかの様に叫び散らす敵がいる。僕は今からこいつに殺められるのか…。ん、あれ…は…?
シードはふとムラーの背負ってる袋に目が入った。厳しい状態だったが、何とか眼球や焦点をそれに合わせた。
「(し、師匠…だ……)」
すると、突如シードは罪悪感に襲われた。『僕が助けなきゃ』、『僕に任せて』。さっきまでそう思っていた自分が恨めしく思う。シードは重力に従い、目を閉じた。すると、走馬灯のように今までの日々が思い出される。あれ、こんなこと前もなかったっけ?そう、あれは−−−−師匠に出会った日…
『よーし、これからお前の先生をやるからな!一週間だけど!あと、形だけでいいからわいのことは師匠と呼べよ。』
『は、はい…師匠…』
『相変わらず気弱だな、わいは結構期待してんだが?』
『期待?僕に?』
『そう、お前に。お前はわいに歯向かった数少ない男だからな。』
『…?』
『わいは…自分で言うのもなんだが、結構名の知れた格闘家でのう。まぁ、わいが指導するからには、こっちも生徒を選ばせてもらうんだ。その為の試験がさっきやったヤツだ。』
『…。』
『内容としては、わいと一対一(サシ)で勝負して"本気で強くなりたい"という意志を感じるかどうかだ!』
『うーん、曖昧ですね…』
『まぁ、大体わかるんよ、経験で。とにかく、お前からはそういうものが感じられた。どうしてわいがそれで合否を決めるか理解できるか?』
『…わかりません。』
『…そうか。まぁ、一週間しかないからお前には教えちゃる!それはな−−−−−
−−−−師匠が言ってた。それは…
『確固たる目的だ。』
『…。』
『目的があればどんなポケモンも生きていけるんだ。自分を傷付けてまでも果たしたい目的だ。別にコトの善し悪しは関係ねーよ。』
『確固たる目的…』
『お前にはあるか?それが、』
『僕は−−−−−−』
「ひひくひっひっはははは!!」
「……っ」
あたまのなかでししょうのこえがきこえた。でも、いまのしこうじょうたいじゃなにもわから…
「シードオォッ!!!」
「っ!!?何だ!?」
ムラーの後ろから急に声が聞こえる。それは…
「あっ?わいは一体何で…あっ、あんちゃん、さっきわい殴ったヤツか!?さっさと離さんか!」
ボーンだった。この状況にも関わらず、騒ぎ立てる。
「し…師匠?」
「目ぇ覚ましたか。それにしてもうるせぇ…」
すると、ムラーは背負ってる袋を肩から降ろす。そして、紐の部分を掴んで振り上げたかと思うと勢いよく振り下ろす!
「ふんっ!」
「おっと!!」
すると、振り下ろした瞬間、ボーンはひゅるりと袋から抜け出して地面で受け身をとった。そして、ムラーがボーンに注意をそらす。その時にシードは敵の手の力が抜けたことを見逃さなかった。
「ん…(今なら…!)」
すぐさまシードは蔦を出して、ムラーの腕を掴む!
「−−っ!?しまった!」
「よし、シード。ナイスだ!」
ボーンが指を鳴らして会心の笑みを浮かべた。シードはそのまま蔦でムラーの腕を掴んで、力ずくで締めてくる首を解放する。
「やった!」
「シード、そのまま、腕を掴んで投げ上げろ!」
シードはコクリと肯いてムラーを上へと投げ上げる!ムラーは体が上下逆さまのまま空中に放り出されて身動きが取れなくなってしまった!
「くっ…!」
「シード!そのまま叩きつけろ!!」
シードはボーンの指示通り、一気に力を下へと向けた!
「えぇい!!!」
「−−−っ!?」
ドゴオオォオオォンッ!!!
ムラーが地面に叩きつけられ、爆音が鳴り響き、砂埃が舞う!!地面はファインが焼き払ってしまったため、草などは一切生えていないため、硬い地面に直撃だ!
「…た、倒した!?」
「まだだ…」
シードはそっと蔦を戻す。舞っている砂埃を吸って喉がむず痒くなる。しかし、それもだんだんと消えて朧気な部分がはっきりしてきた。
「うっ…」
「−−−っ!!(立ち上がった!!)」
「(シード、油断するなよ。)」
ボーンはシードの元に近寄って耳打ちをした。戦いはこれからが本番か…。完全に敵を怒らせてしまったのだから。
「…あぁ、痛ぇな。」
フラフラと立ち上がるムラー。口調、重低音の声から明らかに怒りに満ちている。シードはそれに恐怖したが、今にも逃げ出してしまいそうな足を必死で引き止める。
「(ここで逃げちゃダメだ!そしたら、僕は本当に臆病なだけのポケモンになっちゃう…)」
シードは横にいるボーンを見る。すると、ボーンはそれに気付き、シードの恐怖心に感づいたのか彼の肩に手を乗せる。
−−−『大丈夫だ、お前なら出来る。』
何故かそういう風に言ってくれているようだった。ハハハ…師匠を助けに来たはずなのに、逆に励まされているよ。シードは情けないと思いつつも、恐怖心は静かに消えていっていた。
「(…僕が倒す!)」
シードは強く心に誓った……はずだった。
「くっくっく…イイ眼してんなぁっ…!すぐに壊してやるよ…!」
すると、ムラーは数メートルは離れていたのにも関わらず、一瞬でシードの前に躍り出た。左脚をシードの前に力強く出す!
「(早いっ!!)」
目の前にはムラーが、シードはそれに容易く反応できる筈もなく、一瞬だがムラーに見下される。
「遅い!!WローキックW!!」
すると、ムラーのスピードについていけなかったのか彼の右脚が遥か後方に見える。シードはその瞬間、何が来るのか本能が感じる!
「うわっ…」
右脚がシードに空を横に切りながら剣のように突っ込んでくる!
     シードは咄嗟に蔦を出した!
「うっ…!!」
蔦で押さえるもすぐに弾かれ、蹴りを喰らってしまう!攻撃は左前脚を直撃した。グキリと鈍い音が聞こえる。
「今のは折れたか?」
「ひっ…痛いっ痛い!嘘…」
左前脚に激痛が走る!そして、神経から直接脳にまで響く電撃のような痛みが体中にを襲う!シードは立っていられずそのまま跪いた。ボーンは慌てて近付く。
「シード!大丈夫か!?…おのれ、わいの愛弟子になにさらすんじゃ!!!」
「弱いな、お前の愛弟子さんよ。じゃあ、その師匠も弱いのか?」
鋭い眼光で睨みつけるムラー。ボーンもそれを強がって睨み返す。しかし、正直、こちらの分は最悪だ。
「シード、まだ戦え…」
ボーンはシードの肩に触れる。すると、カタカタと何かの感触を覚えた。
「シード?……!」
「むり…だ……む…りだ…」
それはシードの異様なまでの体の震えだった。ガタガタと震え、呂律が回っていない。そして、依然として自分たちを睨む敵の眼光。
シードは完全に怯えてしまった。
彼は瞳孔を揺らし、涙をボロボロと零しながら目の前の恐怖に気圧されていた。
「おい、シード!ここで屈してはダメだ!」
「やだやだやだこないでこないでこないでこないでいたいのはやだ」
ダメだ、完全に怯えている。
シードは更に俯き、頭を抱える。シードの視界から敵が消えた瞬間だった。
「くははははは!!!!これは傑作だっ!!!恐怖に怯え、震え、咽び泣き、更には現実逃避か!!これ程までに壊しやすい奴はいなかった!!」
ムラーが大声で高らかに
嗤う。明らかな侮辱だった。ムラーは続ける。
「俺は意地っ張りで気が強い奴を堕とすのが好きだ!!!でも、お前みたいな脆く、柔弱な奴を見て今度はそんな奴を二度と這い上がれない様にしてやりたくなったよ!!!さぁ、どうしようか、くふふふ、はははははははっは!!!!!」
「これはヤバイな…あんな狂った奴の相手をするか?それとも…」
ボーンは思った。多分、シードたちは自分を助けに来たはずだ。なら、その目的は果たした訳であって、無理に戦う必要は無い筈だ…。
「(悔しいがここは逃げさせてもらう…)」
ボーンは震えているシードを抱えて、ファインの元に寄る。ムラーはその行動を異様に思った。
「いきなりどうした?死ぬならその弱小トカゲも巻き込むのか?」
「これなーんだ?」
ボーンは青くキラキラ輝く玉を出してムラーに見せつける。ムラーは当然驚いた。
「…っ!貴様、何処からそれを!?」
「あんちゃんがわいを入れていた袋の中にいくつか入ってた奴の一つだ。」
ムラーは戦いの最中どこかにいってしまった袋を探す。すると、後方にそれがあった。よく見ると、青い玉、不思議玉が外に幾つか転がっている。
「お前みたいなやつもW穴抜けの玉Wなんか持ってるんだな。」
「…。」
「やっぱ負けるかも…とか思ってたり?」
「くっ!お前、黙って聞いてりゃ調子に乗りやがってっ!!!!」
ムラーは猛スピードでボーンに近付く。ボーンはその瞬間、不思議玉を掲げた!
「W穴抜けの玉W!!」
「くっ!!!」
一瞬、光ったかと思うと、ボーンたちの姿が煙のように消えてしまった。
ムラーは舌打ちをして、地面を蹴る。
「クソが…っ!」
ピピピ、ピピピ、
ムラーの右腕についている通信機から音が聞こえる。少しのノイズがあった後、誰かの声が聞こえてきた。
≪ザ…ザザッ…こ…ら…リンプ!≫
「どうした?電波が悪いな。」
≪ガチャガチャ…ザザザッ……あーあー、聞こえる?≫
「あぁ、聞こえてる。そんなバカな声なんぞお前しかいるまい。」
≪おいっ!もう一度言ってみやがれ!≫
通信相手はリンプ。アクタートとサンの相手をしていたが、乱入したフリクトにやられてしまった。
「そうか…乱入した奴にやられたか、無様だな。」
≪な、なななんで知ってんだよ!?≫
「天の声ってやつかね?」
≪…頭打ったか?≫
心配というより、邪険にするような口調でムラーに言う。ムラーは冗談を言ったことを少し後悔をした。
「俺だって冗談ぐらいは言うんだ。…ったく、いつもお前の冗談に付き合ってやってんだから別にいいだろうが。俺は今、怒りを抑えるので必死なんだ…」
≪おぉ、怖い怖い…。こっちはお前の言う通りやられちまったよ。お前もか?≫
「…。」
≪その様子だと言うまでもないか…≫
リンプは溜め息を吐いて言った。息が通信機を通じて、ムラーにも届く。異常な程の怒りをリンプにぶつけたくなったが、ムラーは深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「…とりあえず、W王Wに報告だ。」
≪あいよ…≫
ブツリと通信が切れる。ムラーは右腕をダランと下ろして、戦いの跡を眺める。澄み渡る青い空、流れる白い雲、そして地面に広がる赤い海と鉄の香り。一歩離れれば、煌めくほど綺麗な緑の草原。
「…次は殺してやる。」
ムラーは緑が映える草原の上で今まで感じたことない高揚ともとれる破壊欲を噛みしめるのだった。
to be continued......