第一話 始まりの日の始まり
『僕を助けて…』
誰かの声がする。
『僕を助けて…』
それはとても悲しげで、決して喜びなどという正の感情ではない。
『苦しいよ…、ここから出してよ…』
分からない。何で苦しんでいるのか、それが何処にいるのかも。それにお前は誰だ?
『僕はーーーー』
ダメだ。聞こえない…意識が……遠のく…
*
まだ夜が明けきっていない頃、ギルド内に響く爆音で彼らの一日は始まる。
「はやく起きろろおおおお……ってアクア、もう起きてるじゃないか!珍しいな!」
「ちゃーす、ノイザ!まぁね、今日は、やけに目が早く覚めちまったぜ。ん、なんか顔濡れてるし…水?」
「ハハッ、涎じゃないのか?お前、寝言呟いていたらしいしな!」
爆音を発したのは朝の目覚まし係であるドゴームのノイザ。そして、アクアと親しげに呼ばれ、顔に涎らしきものを垂らしてるのはゼニガメのアクタートである。
すると、ノイザの後ろからひょっこりとピカチュウが出て来た。
「ん、あれ、アクア起きたの?」
「サン!お前は相変わらず早えな、おはよう。」
「ふふっ、おはよう!私は一応、早寝早起きを心掛けてるからね。」
「へぇー、ババ臭えな…グホッ!!」
サンから突如放たれたメガトンパンチがアクタートの顔にジャストミートする。アクタートは顔を押さえて苦痛に顔を歪ませていた。
「もう一度、言ってみなさ?い♪」
「すみません、サンお姉さま…」
「お前たち相変わらず仲良いよな…」
一悶着終えた後、サンがアクタートを散歩に誘った。彼女は毎朝、海岸を散歩するのが日課となっている。アクタートがこの趣味に付き合うのは今日が初めてのことだった。
「朝ってやっぱ空気が違うんだな。」
「でしょ?朝礼前はいつもこうしてるんだ。私はこの朝の空気が好きなの。それより、早くしないと始まるわよ!」
「始まる?」
サンが小さな手でアクタートを引く。小柄な足をテクテクと走らせ、緩やかな砂利道を下り、急いで海岸へ向う。
「こっちよ!」
「?」
海岸に着いたかと思うと、すぐ側にある険しい岩場を登って行く。サンは手馴れているせいか、周辺の凹凸などもろともせずにさっさと上に行ってしまった。
そんな彼女を見たアクタートは深い溜め息を吐く。実は、彼はゼニガメなのでサンのように身軽ではない。つまり、クライミングは得意ではないのだ。
彼は渋々登り始める。しかし、サンの熱い激励とこれから始まるモノに期待の支えもあってなんとか登り切ることが出来た。
「ふひー、朝から疲労困憊だ…」
「ほら、水平線を見て!」
サンが水平線を指差す。その方向には朧げだが、仄かに光が浮かんでいた。そして、アクタートは驚愕することになる。
…光から出て来たのは太陽だった。
光が黒の空を照らして青へと色を変える。周りの散らばっていた星たちは薄れ、そして消えていく。そして、太陽が海に光の塔を描いていった。とても美しい日の出だ。
「すげー…」
「ホント、すごく綺麗よね…」
サンとアクタートは暫くこの情景に感動していた。しかし、太陽はまもなく登り切ろうとしている。諸行無常とはこのことだ、と嘆いたが、それと同時にこの時間をこの世界と共有出来たことに誇りを感じた。
アクタートは呆然として眺めていたがはっとし我に返る。彼はサンの感想を聞くために横に振り返ると、
「ん?おい、サン、泣いてんのか?!」
「あぁ、ごめん。ちょっと感慨深くなっちゃって…」
サンは手で涙を拭っている最中だった。アクタートは、いつも自分の体にパンチを喰らわせてくるおてんばなサンから想像出来ないことだった。
「お前が泣くなんて珍しいな。あの時以来じゃねぇか?」
「ばーか、あの時のとは全然違うわよ!」
「ハハハッ、そうでしたね?!」
アクタートとサンは笑い合って冗談にした。あの時については後ほど語ることにしよう。
すると、サンがふと左へ振り向き浜辺を眺め、急に岩場から下り始めた。アクタートは突拍子の無い行動に思わず狼狽えてしまう。日常茶飯事なのだが、こればかりはどうにも慣れない。
「お、おい!いきなりどうしたんだ!?」
「アクア、これなんだろ?」
アクタートは再び険しい岩をせっせと下りてサンの元に近づいていく。アクタートはサンが指差したものを見ると、彼女同様、妙な気分になった。
何故かというと、いかにもポケモンだと思われるものが浜辺に頭から突っ込んで埋まっているのだ。これは、珍百景の一つにでもなるのではないか、と言うほど奇妙な光景だった。
「シュールだな…。これポケモンか?」
「私もそう思うんだけど、これってヒトカゲよね?尻尾見る限り、」
「ん…」
「「!!!!!」」
突然、埋まっているものが動き始めた。足と尻尾をばたつかせもがき苦しんでいる様子で更に奇妙さが増していくだけだった。
「なんか、苦しんでないか?」
「そうみたいね、助けてあげれば?」
「丁重にお断り致します。」
アクタートとサンが無意味な遠慮を繰り返していると、激しく動いていたものがピタッと静止する。彼らは段々と状況の危うさに気付き始めた。
「おい、動かなくなったけど…」
「早く助けましょう!尻尾の炎が小さくなってるわよ!」
二匹は埋まっているポケモンの足を掴み、しっかり固定して合図と共に引き抜く準備が整える。
「いくわよ、せーの…」
「ホイっ!」
合図と同時に思いっきり引き上げる。穴からは上手く抜けた。しかし、予想もしない出来事が起こってしまう。
「抜けたっ!って、ちょちょちょっと!」
「ヤベ、力入れすぎた…」
無事に抜けたポケモンは彼らの手からすっぽ抜けて、背後にあった海へと水飛沫をあげて望まないダイブをした。
「やっべぇ!」
アクタートが海へと飛び込み、ポケモンの落ちた場所へと急いで泳ぐ。クライミングでは劣る彼だったが、水泳に関してお手の物である。
アクタートはポケモンが沈んだ場所へと潜る。そして、肉眼でそれを確認して海面へと運び上げ、終いに浜辺へと運んだ。サンが流石とアクタートを褒め讃える。
「ゲホッ、ゲホッ…」
「やっぱり、ヒトカゲよね!ちょっと大丈夫?あなた、浜辺に埋まってて苦しそうにしてたのよ。」
「まぁ、半分は俺らのせいだけどな…」
ヒトカゲはサンに抱きかかえられる。ヒトカゲは辺りの様子を把握する為かキョロキョロと眺める。そして、視界にアクタートとサンが入り込む。
「ゼニガメ…ピカチュウ…?」
「あなた、大丈夫?アーユーオーケー?」
ヒトカゲはむくりと立ち上がり、アクタートとサンを凝視する。
「ゼニガメとピカチュウが目の前にいる…それにしては随分、大きなゼニガメとピカチュウだな…」
「おーい、だいじょーぶ?」
「ん、俺?別に、大丈夫だが…溺れかけたけど、」
ヒトカゲは状況把握が未だに出来ずに、周りを首を振って見ている。アクタートとサンは不審に思ったものの、思い切って尋ねてみることにした。
「ねぇ、あなた、ヒトカゲでしょ?この辺じゃ見かけないし…。名前なんていうの?」
ヒトカゲは不思議そうな表情をしたが、暫くして答える。
「俺は、ファインだ。ていうか、頭痛え…。というか、何でポケモンが喋ってるんだ?」
アクタートとサンはぽかーんと、ファインを見つめる。
「あなた、ホントに大丈夫?『喋る』とか当たり前じゃない。ちょっと怪しいなぁ…」
「サン帰ろうぜ、変なヒトカゲなんか置いっててさ。」
ヒトカゲ?何を言ってるんだ、こいつらは?
「お前たち何言ってんだ?
ーーーー俺は人間だ。」
辺りが急に静かになる。アクタートは意味不明といった表情を浮かべた。横にいたサンは呆気に取られた顔から徐々に顔がにやけて…
「キャハハハハハッ!!人間って、人間って!何の冗談よ!!お腹痛い!!」
と、大笑いを決められた。ファインはこんなに笑われるとは思っていなかった。しかし、こういう時こそ冷静に、冷静に。
「俺は人間だ。お前たちこそ、ポケモンくせになんで喋ってんだ?」
「ファインだっけ?よく自分の顔見てごらん。」
ファインは怪訝ながら、アクタートに言われた通りに海面へと近づいて覗き込む。そこにはなんともプリティーで愛くるしい顔のヒトカゲが映っていた。
「ん、ヒトカゲ?」
ファインは後ろにヒトカゲがいると思い、後ろを見る。誰もいない。いや、サンとアクタートしないない。
「おっかしいなぁ…って、え?」
再び海面に向き直すとプリティーで愛くるしい顔のヒトカゲが再びそこに映っていた。ファインは試しに腕を挙げてみる。すると、面白いぐらい同時に海面のヒトカゲが手を挙げるではないか。続いて、足をブラブラさせる。同様に、面白いぐらい同時にあっちも足をブラつかせていた。
「この鏡凄いな、向こうにいるヒトカゲが全く同じ動きするぜ。だってよ、この尻尾も…」
え、尻尾?
「ん、ん、?んんんんんん???!!」
ファインは恐る恐る自分の手を見る。そこには、オレンジの小さい手があった。次に、足元を見ると、白い腹と丸っこい足が見える。最後に尻尾をみる。先に炎が点いており、まるでヒトカゲのような……。最後に海面を震えながら見るとーーーーー
なんともプリティーで愛くるしい顔のヒトカゲが映っていた☆
「俺、俺、俺……
ヒトカゲになってるううううううううううううううううう!???!!」
雄叫びと共に、太陽は一日の始まりを告げた。
......to be continued