第十八話 第一の刺客、現る!B
「話が通じないようだな。力ずくでやるしかないか。」
「アンタ話が早いねー。じゃあ、さっさと始めようぜっ!!!」
対峙するのはエビワラーのリンプ、そしてカイロスのフリクト。そして、今、戦いが始まる。
「いくぜっ!!WマッハパンチW!!」
ダッシュして素早く右、左とジョブを繰り出す!
「おっと!」
フリクトは迫り来るパンチを左、右と体を揺らして交わす!
「まだまだぁッ!!」
リンプは連続でWマッハパンチWを弾丸の如く繰り出した!
フリクトは体で交わすのがキツクなってきたのか手を使い、パンチを受け流し続ける。そして…
ガシィッ!!
「!!!」
「ふん、余り同じ攻撃ばっかしてるとすぐに慣れちまうぜ?」
フリクトはリンプの手を掴み、動きを封じる。リンプは抵抗を試みたが、細い腕からは想像出来ないほどの力が出ているためなかなか振りほどけない。
「ほぉ、結構やるじゃん。」
「これでも族長だ。なめてもらっては困る。」
そして、ここからはただの力比べだ。ジリジリと互いに押し合う。どっちもパワーは互角のようで同じ体勢のままだ。互いの足が地面を抉り、少し隆起している。周りのギャラリーも固唾を飲んで見守っていた。
「埒が明かないな。それじゃ、これでどうだ!!」
フリクトがその体勢を保ちつつ、頭の大きな鍬をリンプの両脇の下に入れる!リンプの手は腕が鍬によって上がってしまい、フリクトから離れた。
「ぬぁっ!?」
「どうだ、身動き出来ない…これでどうだ!!」
フリクトはそのままリンプを鍬で挟む!鍬はリンプの肋(あばら)に食い込み、リンプから苦悶の表情が垣間見えた。
「ぐぁっ…アァッ…!?」
「突起が食い込んで痛いか?すぐに楽にしてやる…」
フリクトは更に鍬の力を強める。それに伴い、リンプの口から唾液が垂れる。
「終わりだ…」
「っ!!?」
バキッ
何かが折れる音がする。フリクトはそれと同時に、鍬を離す。ボトンと肋が潰れたリンプが落ちる。
「ふん、大したことないな。まぁ、殺しはしねーよ。このままま警察(サツ)に出してやっから。」
フリクトは溜め息を吐きながら、リンプに近付く。そして、ひとまず身を確保するためリンプを担いだ−−−−−その瞬間、
「アンタってさ、意外と読み浅いね?」
「−−−っ!!!」
フリクトは急に背後に気配を感じ、振り返る。そして、リンプの拳が頬へと抉り込んだ!
「ぐはっ…!!」
フリクトは体ごと飛ばされ、地面で何回か跳ねた後、止まる。
「W身代わりWだ。そんな簡単にやられるかよ…」
「ゲホッ…ガハッ!!くそっ、一体いつから…」
フリクトは咳き込みながら膝で立ち上がる。そして、いつリンプの技が発動していたか思い起こそうとした。
『あれ、次はアンタが相手?』
『そんな所だ。』
あの時か…!?あの二匹を見送ってる時…脇見をしていた時…
「あれ、やっと分かった?」
「…チッ」
フリクトは舌打ちをして、顔を殴られてフラフラしながらも何とか立ち上がる。そもそも、フリクトに格闘技自体はあまり効かないので、問題は特にないのだが。
「ほらぁ、まだ戦いは終わってないよぉっ!!!」
フリクトが立ち上がった瞬間、突撃してくる。フリクトは向かってくる相手に素早く身構えた。
「へへっ!!」
「W守るW!」
咄嗟の攻撃にフリクトは薄い透明のバリアを張る!
「そんな技関係ねぇよ!おりゃぁっ!!!」
リンプはバリアに目にも止まらぬ速さでWマッハパンチWを連続で繰り出す。拳とバリアが擦れ合い、バチバチと火花を散らした。
「オラオラオラオラオラオラアァッッ!!!!」
「…くっ!」
確かにバリアのおかげで攻撃を守られている。しかし、この技は体力を消耗する。いつまでも出せる代物でもないのだ。フリクトは歯を食いしばり堪え続けた。しかし、
「ソイヤアァッ!!!」
バリンッ!!!
「くそ…!!」
ついにバリアが破壊される!そして、フリクトはバランスを崩してしまった。リンプはその瞬間を見逃さなかった。
「WドレインパンチW!」
「ガッ…!」
フリクトはもろにWドレインパンチWを食らってしまう。いくら効果今ひとつでも体力を吸われてしまうのは痛い。
フリクトはパンチを食らった腹を押さえて、左膝から崩れる。
「やっぱ、あんたさ…」
「…ハァ…ハァ」
「弱いよ。」
「…クソったれがっ!」
フリクトは最早意地で立ち上がる。
族長?管轄地?アクタートとサン?
フリクトは急に目的がぼやけてきた。既に彼の心を満たしていたのは悔しさと雄の意地。それだけだ。
「まだ、立てるの?」
「…すまないな。」
リンプはフリクトの異変に気付く。先程とは明らかに目の色が違う。それは殺意とは違うが、ただリンプをぶっ飛ばしたい、そんな感情が見て取れた。誰の為でもない、自分の為に…
「お前をぶっ倒す。」
「おぉ、スゴイぜ。アンタからすげぇもんを感じる。滾(たぎ)ってきたぜ…」
リンプは冷や汗を垂らし、フリクトを睨む。そして、何か決したように懐から一枚の布を取り出す。
「俺も全力で行くぜ…」
リンプの取り出した布はW拘り鉢巻W−−−−技が一種類しか使えない代わりに威力が格段に上がるアイテム。
リンプはグローブにも関わらず器用に二メートル弱はあるそれを頭に巻いた。キツく縛る。余った部分が風でフワリと舞って靡く。
「準備は出来たか?」
「あぁ…万全だ!」
二匹は身構える。彼らはもう敵か味方というそんな安直な関係ではなくなっていた。彼らは互いに"好敵手(ライバル)"になっていたのだ。
「いくぜ…」
風が一陣吹き抜ける。木の葉が一枚舞い、ひらひらと落ちる。そして、葉が地面に落ちた瞬間だった。
「尋常に勝負っ!!!」
「おぅ、かかってこいっ!!!」
リンプの拳とフリクトの鍬が交じり合う!
「W炎のパンチW!!」
リンプの拳に灼熱の炎が纏う!深紅の火炎がフリクトに降りかかる!このまま喰らえば大ダメージは避けられない。
「俺はこれだ!」
しかし、フリクトが選んだのは『攻撃』。パンチに向かって走り出す!
「Wシザークロス!W!!」
フリクトの二本の手が急に伸びる、というよりは緑の光が手の先端へと集約されて、刃の様な形を作りだした!それはまるでの二刀流を飾る武士のようで…
「WシザークロスWだと?へっ、面白いじゃねぇか!!」
リンプは口角を上げて、立ち向かう。
「「喰らえッ!!!」」
 一閃。二本の刀を交差させたかと思うと、一気にそれをリンプへと斬りつける!しかし、リンプもそれを安易に受ける訳がない。
「(くそっ、威力が…!)」
しかし、リンプの力で二本の攻撃を受け止めるのは困難を極めた。リンプは受け止めきれず、刀が彼に襲いかかる!
「ぐっ…!」
「ふっ…」
刀がリンプの腹部を斬りつける。肉が裂け、深紅の血が噴出した。リンプは傷を負った腹を押さえて、バックステップで距離を取る。
「傷口を塞がないと、腹圧で内臓が飛び出るぞ。」
「へっ、そんなことは分かってんよ!(面白ぇ…久しぶりだ…)」
リンプは痛みで顔を歪ませていた。しかし、彼の心は湧き上がる高揚感と爽快感で支配されていた。
強い奴と戦えている、互角に、楽しい…!!
リンプは頭につけていた鉢巻で細身の腰に出血する傷を塞ぐように巻きつける。力強く締めたときに血が滲み、激痛が走ったが、歯を食いしばって何とか耐えた。
「用途間違ってるんじゃないのか?」
「すまねぇな、持ち合わせがこれしかなくてね。別に鉢巻の効果が無くなる訳じゃねぇから安心しな…」
再び睨み合う。一方のフリクトは少し余裕ぶっているが、決してそんなことは無かった。
「(右手が動かないな…。さっきのパンチか…)」
なんと、先程リンプのW炎のパンチWを抑えていた腕が焼け焦げて動かなくなってしまった。虫の身体にとって炎は天敵以外の何物でもない。
それでもフリクトは深呼吸をして、リンプを見据えた。
「いくぞ。」
フリクトが真っ先に飛び掛かる!
「WシザークロスW!!!」
フリクトは刀で一気に斬りかかる!素早く手や腕を動かして、リンプを牽制する!
「同じ手は喰らわねぇよ!」
リンプは目を光らせたかと思うと、右左とフリクトの攻撃を躱す。フリクトが腹を狙う。リンプはそれを拳で流す。そして、すぐさま別の刀が刃向うが、リンプは予期していたかのようにそれも受け流した。 
「ぐあっ…!」
フリクトの左手に火炎が移る。
「くっ!」
刀がリンプの脇腹を裂く。
一進一退の譲らぬ戦況。それに興奮していたのは、この二匹だけではなかった。
「…族長!頑張れ〜!!」
叢の中から一声があがる。そう、この戦いを観ていたギャラリーの一匹だ。そして…
「頑張れ〜、族長!!」
「エビの野郎も頑張れっ!!」
「そこ殴っちまえ!!」
一匹をきっかけに数珠繋ぎのように歓声が上がった。そこは森の中ではなくもはやコロシアムを思わせる歓声だった。
ワアアアアアァァッ!!
・
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「何だ…?」
一方、木陰でサンの看病をしていたアクタートが辺りの異変に気付く。沸き上がる歓声がこの状況で何を意味してるのかさっぱり分からなかった。
「…。」
アクタートは傷だらけのサンもだが、歓声のする方向も気になった。そして、彼女を一瞥して立ち上がる。
「(戦況が変わったのか?)」
ゆっくりと歩いて歓声の響くギャラリーのところへと向かう。
「族長、強え!」
「でも、あのエビワラーも引けをとってねぇぜ!」
ギャラリーの声がふと耳に入る。アクタートは足を速めて、ギャラリーの間隙へと入っていった。
「ちょ、いきなり何だよ!」
「割り込みはやめろ!!」
「すまねぇ!」
文句を言われながらも、群衆をグイグイと掻き分け前方へと急ぐ。そして、やっとのことで最前列まで身を乗り出した。すると、アクタートはとんでもない光景を目にした。
「(おい…フリクトッ!!)」
目前にいたのはボロボロになりながら戦う二匹、リンプとフリクト。リンプの左目は腫れて視界が殆どない。フリクトは歯を折られて血が飛び散っている。
「フリクト!!」
アクタートは思わず叫んだ。一体、どうしてこんな状況になったのかと。
すると、フリクトは此方をチラリと見たかと思うと、口角を上げた。そして、すぐリンプに向き変える。
「余所見してんじゃねぇよ!!」
バシッ!!
「するか!!!」
ザクッ!!
二匹の戦いは既に非常に激烈な状態だ。それに関わらず周りの熱狂さも加わりヒートアップを続ける。アクタートも自然とこの雰囲気に吸い込まれていった。
−−−−どの位、戦っただろうか。二匹はズタズタのボロボロ。身体には無数の切り傷、裂傷。彼らからダラダラと血が流れて地面に垂れ、紅く染み込む。彼らは今にも膝を着いて倒れてしまいそうだった。
「ハァ…ハァ…」
「ゼェ…ゼェ…」
息を荒げて、互いを見据える。虚ろとしている眼差しで互いを見据える。彼らを支えているのは、ただのプライド。それだけだった。
そして、今まさに死闘の終わりが来ようとしている。ギャラリーも静かに行く末を見守っていた。
「もう……ハァ…フラフラだ…。多分、気ぃ抜いたら…ハァ……ぶっ倒れる…」
「俺もだ…ゼェ…次で…ゼェ……決めようか…。」
二匹は構えた。
そして、間もなく走り出す。
リンプ、右腕を振り上げる。
フリクトは鍬を向ける。
拳に炎を纏う。
鍬大きく広げる。
そして−−−−−−−
二匹の技が交錯する!
ガキンッ!!!
「……。」
「………。」
グシャッ!!
鮮血が辺りに広がる。そして、傷を負い倒れていく。
「ふ……楽し…かったぜ……くっ…」
「………WハサミギロチンW、決まったか…」
     ばたりと倒れたのは−−−エビワラーのリンプ。そして、勝者は…
「フリクトの勝ちだ!!!」
     アクタートは真っ先に叫ぶ!
「うおおおおぉっ!!族長の勝ちだ!!!」
「ヒューヒュー!!!」
     一旦静まったはずの森林が一気に隆盛を取り戻す。皆の声は勝者を称えるものばかりだった。その勝者はただ呆然と拍手のシャワーを浴びていた。
「(何とか勝てたか…)」
ドクンッ!!
「ウガッ…!ゲホッ、ガハッ!!!」
「フリクト…!!」
フリクトは急に脇腹を押さえて跪く。苦しそうに渇いた咳を漏らした。アクタートがそれに気付き、叢を乗り越えてフリクトの元へ向かう。
「フリクト、大丈夫か!?」
「うっ……、ふぅ…。大丈夫だ、問題ない。それより−−−−」
フリクトは叢の方に目をやる。アクタートは続ける。
「サンは大丈夫だ。」
「そうか…ヴっ!!」
「何が『大丈夫だ』だよ!?ほら、これ食え…」
アクタートはオボンの実を一つフリクトに渡す。フリクトは黙ってそれを手に取り頬張った。
「…もう大丈夫だ。」
「そうか…」
アクタートは不安が残りながらもひとまず安心した。さて、問題はこれからであることを忘れてはいけない。
「おい、お前の仲間は大丈夫か?」
「あっ!そうだ、ボーン!!」
アクタートはフリクトの言葉にハッとしてシードのことを思い出す。すぐさま倒れているリンプの元に寄る。血の池が辺りに出来ており、アクタートは鉄臭さに鼻を覆う。
「うっ…おい、リンプ!ボーンは何処だ!?」
「……。」
気絶してしまったか?それとも死んだのか?アクタートがそう思った瞬間だった。
「…ねぇよ。」
「ん、何だ!?」
「此処にはいねぇよ!!!」
次の瞬間、リンプの懐から青く輝く玉がでる−−−−−不思議玉だ。
「ひとまず今回は見逃してやる…。だけどな、次会う時はな、フリクト、お前を倒す!」
そして、不思議玉が眩く光り始めた!!その場にいる全員が目を押さえる!
「なっ!!」
「W光の玉W!閃光弾の代わりか!?」
光の強さが最高潮に達して、辺りを白く包み込む。そして、暫くすると、光が弱まっていつも通りの景色になった−−−と思った。
「うげー、目が眩む…」
「…ふっ、逃げられたか。」
「ふ、フリクト、今何つった?!逃げたって!?」
光が消えると、リンプの姿が忽然と消えていた。残っていたのは戦いの激しさを物語る血溜まりだけだった。
「チクショー、逃げられたか…。まだきっと近くに…」
アクタートが追いかけようとすると、フリクトが横から手を出してアクタートを止めた。
「深追いはするな。もうこの辺りにはいない。それに、あいつはお前の仲間さんを持っていないと思われる。」
「な、何でだよ!?」
アクタートは驚愕し、疑問を投げ掛ける。フリクトは続ける。
「いるなら人質として使うとかする筈だ。俺ならそうする。」
「じゃあ、一体どこに…」
「あの〜…」
アクタートが途方に暮れていると、一匹のキャタピーが近付いてきた。
「な、何だ?」
「あなたたちってガラガラの道場に行ってた方ですよね?」
「そ、そうだけど…見てたのか?」
アクタートは訝し気に返答する。キャタピーは続けた。
「はい…。実は僕、ガラガラが攫われるの見てたんです。」
「マジか!?で、どうなったか分かるか!?」
アクタートは突然の証言に慌てながらキャタピーに顔を近付け訊く。キャタピーは少し驚きながら、話し始めた。
「あ、あの時、フシギダネさんを連れて行ったのはあのさっきのエビワラーと−−−−−」
キャタピーは一拍置いて言った。
「サワムラーの方なんです…」
「っ!!!共犯者がいるのか!?」
「アクタート…」
フリクトが異様な低音で訊ねる。アクタートは不安気味に答えた。
「な、何だ…?」
「お前の仲間、ヒトカゲとかいたよな?」
アクタートの頭にはすぐファインが浮かぶ。
「あ、あぁ…」
「もしかしたら…そいつはこの状況の様になってるかもしれん…」
フリクトは辺りに眺めて言った。辺りは、血、血、血。真っ赤な地面が広がっている。アクタートは背筋が凍った。フリクトは続ける。
「リンプ、やつがあの強さということはもう一匹のサワムラーも…」
「やめろ!!!」
アクタートはフリクトの言葉を遮る。彼は歯を食いしばってうつむく。フリクトは溜め息を吐いてただ黙る。少しして、アクタートは顔を上げて言う。
「ファインの元に行く!」
「やめとけ。」
呆気なく、フリクトに一蹴されてしまった。アクタートは口を咎らして言う。
「何でだよ!仲間を助けに行っちゃ−−−−」
「仲間、一匹助けられなかったヤツが粋がるな!」
アクタートの胸にグサリとこの言葉が刺さる。彼は、事実を突きつけられ肩を落として萎えてしまった。
「……。」
「今はあのピカチュウの安全を確保することが先だ。この近くは俺の家がある。そこに運んでやるから…」
「わかった、そうしてくれ…」
フリクトは意外と素直な、もしくは素っ気ない返答に呆気にとられたが、すぐに気持ちを切り替えて、周りのギャラリーに指示を始めた。ここは族長のリーダーシップが発揮されているとでも言えるだろうか。
「お前も村に来て休め。」
フリクトはアクタートの左肩をポンっと叩いて作業に移った。アクタートは肩の残った感触を消すかのように右手で自分の左肩を掴んだ。力強く、砕けてしまうぐらい。
「畜生…俺は…、」
アクタートの目から落ちた雫が血溜まりにすっと溶け込んだ。
 
to be continued......