第十七話 第一の刺客、現る!A
時間は前後するが、一方でファインとシードは涼やかな草原地帯に来ていた。
「広い所だね…。ん〜、涼しいや…」
「ここはW緑の草原Wってところだったかな。まぁ、文字通りだな。」
澄み渡る空が三百六十度に広がり、草花が風で揺れ、そして緑の匂いを微かに含んだそれが彼らを撫ぜる。シードは深呼吸して軽く伸びをした。
「おい、シード。ボーッとしてる暇はねーぞ。」
「あ、そ、そうだね。師匠を探さなきゃ…」
シードはファインに喚起され、目的を思い出す。一刻も早くボーンを見つける、それが今の自分達のやるべきことだった。
ファインたちは暫く、草原を小さい歩みで進む。しかしながら、十数分歩き続けても目的であるボーンと誘拐犯が見つかる気配は一切なかった。
「見つからねぇな…」
「うん、どこに…あっ!」
すると、シードが何かを見つけた。シードは蔓でその方向を指す。
「ん、あれは岩だな。」
「そうじゃなくて、その上に…」
広がる草原の奥に丘が見えた。そして、その頂上付近に白い岩がポツンと置いてあった。そして、よく見ると、その上に誰かがいる。
「おっ、誰かいるみてーだな。行ってみようぜ。」
「う、うん!」
ファインが走って、後ろからシードが付いてくる感じで緑を踏み込んで少し険しい勾配の丘の坂を登って行く。
「はっ…はっ…。」
「はぁ、はぁ…!」
息を切らしながらも二匹は何とか丘を登り切った。ファインは膝に手をやり、息を整える。
「結構、キツイぜ…」
「はぁ…ファイン、岩の上…はぁ…」
呼吸を荒らしながらシードの言葉通り岩の上に視線を向けると、一匹のポケモンがいた。そのポケモンはバネ状の脚が特徴のサワムラー。此方に背を向けて座って、呆然と空をずっと眺めているようだ。そして、岩の横にヤケに大きい布袋が口を縛られて置いてある。旅人なのだろうか。
ファインは不思議に思いながら、座っているサワムラーに話し掛けた。
「おい、ちょいと聞きてぇんだが…」
「ファイン、口悪いね…」
「敬語は慣れてないんだっ!」
「何だ?」
騒ぐ声に振り返るサワムラー。迷惑であるといった表情をして、形式的に返事をしてきた。ファインは薄々そんな気分を汲み取りつつも、咳払いを一つして口を開く。
「ゴホンッ…、すみませんが、ここにガラガラを連れていたポケモンを見かけませんでしたか?」
「知らんね。」
即座の返答に呆気なく一蹴される。ファインは羞恥を覚悟しつつ敬語で話したが、不甲斐ない結果になってしまった。
「あー、そう…。」
「ダメみたいだね…」
二匹は落胆して深い溜め息をつく。いまこの時でもボーンは見ず知らずの場所へと連れていかれていると思うと鳥肌が立った。ボーンが泣き叫んでいる顔が目に浮かぶようだ…。
「仕方ない、もうちょっと先行こうぜ。サワムラーのおっさん、すまねぇな。」
「ファイン、敬語戻ってる…。」
そう言うと、ファインとシードは歩き始めた−−−−−−その瞬間だった、
「いてっ!…あっ、」
「どうした、シード?」
「こら!それには貴重なものが入ってるんだ!」
ファインが振り返ると、シードが岩の横にあった袋に足をぶつけ痛がっている。そして、袋の持ち主であるサワムラーがそれを見て怒っていた。どんだけ、固いもの入ってんだ、とファインは思ったが口には出さなかった。ひとまず、シードを優先しなくては。
「おい、大丈夫か?」
「うぅ、痛いよ〜!骨みたいに硬いよ〜!」
「そっかそっか、骨みたいに…ん?」
骨みたいに…骨みたいに…骨…!
ファインの中にとんでもないインスピレーションが働いた!
「サワムラーのおっさん。」
「な、なんだ?」
「ちょいと、袋の中を見してくれないか?」
サワムラーは急にその言葉を聞いた瞬間、周章し始める。ファインは勿論、その瞬間を見逃さなかった。
「ダメだ!」
「ほほぉ、何故ですかい?」
「赤の他人に見せられるものではない!」
「赤の他人?本当に〜?」
ファインはジリジリと顔をサワムラーに近づけいて詰(なじ)る。サワムラーの顔から焦りが窺える。そして、ファインはそれを見計らって−−−
「シード、袋を開けろ!」
「え…」
「いいから早く!」
ファインはシードに袋を開けさせた!シードは蔓を使って器用にキツく縛られた紐を解いていく。
すると、その瞬間、サワムラーの足が動く!
「させるかあああぁぁっ!!」
「ファイン、袋の中に−−−うわっ!!」
シードが袋の中を見たかと思うと、サワムラーの脚が伸びてシードを蹴り飛ばす!シードはそのまま袋から蔓を離してしまい、後ろにバランスを崩してしまった!つまり…
「うわっわわわっわあああ!!!」
「シードっ!!!」
ファインの叫びも虚しくシードは背後にあった坂道から転げ落ちてしまった!ファインは舌打ちをして状況の悪さを把握する。
「畜生、遅かった…。あれ、袋は!?」
シードが持っていた筈の袋が忽然と消えてしまった。一体どこに…
「お前の目は節穴か?」
「…!!やっぱり、サワムラーのおっさんが…。それにボーンも…。」
ファインがサワムラーの方に向き直すと、サワムラーは岩の上で悠然とたっていた。ボーンの頭が飛び出している袋を抱えて…
「やっぱり、お前が犯人か!」
「ふん、遅いな…」
なるほど、袋にボーンを隠してひっそりと誘拐するつもりだったのか。ファインは今まで気付かなかったことを後悔する。しかし、今はそんなことより目の前に確かにいるボーンを救助するのが先決だ。シードはきっと無事だろう、今はそう信じるしかない。
ファインはいきなり不利な状況でも必死に冷静を保とうとした。しかし、それはこの後、儚く崩れてしまう。
「ボーンを返せ!」
「そんな素直な奴今まで見たことあるか?」
「まぁ、きっとないだろうな!仕方ない、力ずくだ!」
ファインはそういうと、空気を鼻から勢いよく吸い込み肺に溜める。そして、一気のそれを吐き出した!
「W火炎放射W!!」
紅蓮の炎がファインの口から勢いよく噴出される!それは、サワムラーに向かって確実に向かって行く!!
「依頼のお礼にもらったW火炎放射Wだ!食らえ!」
「ふんっ!」
すると、サワムラーは脚を横に振り上げ、向かって来る火炎を切るように蹴る!
「なっ…!」
「まぁ、落ち着け。さっきはいきなり悪かったな、怒鳴っちまってよ。」
「…。」
ファインは呆然とする。W火の粉Wよりも強い筈のW火炎放射Wがいとも容易く破られてしまった。ファインは自分の目の前にいる敵が思ったより強いと感じた。
サワムラーの方は、そんなファインの様子を目を細め、見ていた。
「とりあえず、自己紹介をしとこうか。俺はムラー、サワムラーのムラーだ。お前は?」
「…ファインだ。」
ファインは少し間を置いて名乗った。ムラーは特に興味なさげに相槌だけを打つ。
「おい、ボーンをさっさと返せ!」
「俺に勝ったらな。まぁ、こういう犯罪行為なんてしたくないけどさ、俺らが用があるのはあくまでもお前らなんだよ。」
ファインはいまの発言に不穏な空気を感じる。
「『俺ら』…?『俺ら』ってどういうことだ!?」
「おっと、口が滑っちまった。…お前らのお仲間も今頃俺の仲間に遊ばれてるんじゃないのか?」
「畜生!集団かよ…」
迂闊だった!まさか、集団での行動とは思わなかった…。これじゃ、戦力を分散させてしまっただけじゃねぇか!俺の馬鹿野郎…。
ファインは自分の判断ミスを悔いた。そして、心の中でサンとアクタートの無事を密かに祈るのだった。
「じゃあ、始めようか。」
そう言うと、ボーンが入っている袋を肩にかける。両手が塞がってしまうことを防ぐ為だろう…。
「ぜってぇ…ボーンを取り返してやる!」
勝ち負けなど問題じゃない。とにかくボーンを取り返したら、逃げる。これがきっと最善策なはず…。
ファインは頭の中で即席で練った作戦を吟味しつつ、手を広げた。
「W切り裂くW!!」
ファインは跳び上がり、ムラーへと鋭利な爪で襲いかかる!
「オラオラオラッ!」
両手を素早く交互に動かしてムラーに隙を与えないように攻撃をし続ける。一方、ムラーは手を交差させて防御の姿勢を取って攻撃を受け止める。
「ほぉ!なかなかやるじゃないか!…そらっ!」
すると、ムラーは急に重心を後ろに傾ける!そして、右足を引いて、バネの様にファインの腹を蹴る。
「ぐっ…!!?」
ファインは強い衝撃を受けたが、両足で着地して蹴られた勢いで後ろに滑り衝撃を和らげる。何とか受身は取れた。ファインは蹴られた腹をさする。やはり、少しは痛む。
「いてーじゃねぇか!」
「戦いとは基本的に傷を負うものだ。仕方がない。」
至って余裕を見せるムラー。さっきの慌てぶりはいずこへと行ってしまったようだ。
「くそっ!」
ファインは舌打ちをしつつ、ダッシュして再び攻撃を試みる!彼は腕を大きく振りかぶった!
「ふっ、同じことだ!!」
「それはどうかな!?」
「っ!!」
すると、ファインは攻撃のモーションを止め、一気に息を吸い込んだ!ムラーはすぐに何が来るか勘付く!
「W火炎放射Wか!」
「遅ぇよ!!」
ムラーが気付いた時にはファインは目前に迫っていた。ムラーの目の前で灼熱の炎を繰り出す!ムラーは体を丸めて火炎放射を受け止めるが、しかし、この距離では大ダメージは免れまい。ムラーは炎の勢いで後ろに飛ばされる。
「ぐあっ…!!」
火炎が周りの風景とともに、ムラーの皮膚を焼く。ムラーは煙を出してそのまま横に倒れてしまった。ファインは手応えの良さにガッツポーズをする。
「よっしゃ!…って、ボーンに当たってないだろうな!?」
と、ニヤニヤしながらファインは言う。そう、ファインはボーンを心配しつつも、内心はバトルに勝利したことで有頂天だったのだ。ムラーは焦げた草の絨毯に倒れ込み黒い煙をプスプスとさせていた。早速、ファインはボーンの入った袋を取りに行こうと、右足を一歩前にだした−−−−その瞬間、
「くくく…」
「!?」
ムラーから笑い声が聞こえる。とても不気味な笑いだった。何よりも皮膚がいくらか焼け焦げているというのに、気を保っていることに驚いた。ファインは驚きで唖然としていた。
「どうして、あれで決まったかと思ったのに…」
ムラーは手を熱せられた地面に素手で着く。そして、鉄板で油物が焼けるような音が響かせながら立ち上がった。ファインはその音と視覚の生々しさに不快感を催す。ムラーはまるで無痛なのか呻くこともなく立ち上がった。
「…・。」
「(一体どうして…。でも、ボーンは無事みてぇだな…)」
W火炎放射Wを受けたが、ムラーが肉壁となり、背負わられていたボーンは火から逃れられたようだ。しかし、ボーンの安全が保証されたわけではない。いまだに敵の手中である。
それにしてもまだ立ち上がる体力があるとは思わなかった。でも、もうあの様子だとあの状態を保つだけでも厳しいだろう。
「まさか、あれだけ食らって立つとはな。予想外−−−」
「くっ…くっはっはははっ!!!」
急にムラーがゲラゲラと笑い出す。笑い声は草原の一帯に響いた。異様な行動にファインは怪訝な顔をする。
「くっはっははははっははは…はぁ……。」
今度は急に止まった…。何だよ、一体……
「おい、何が可笑しい!?」
ファインは有利な立場でいるはずなのに、何故か焦燥感が体中に冴え渡る。すると、ムラーはしばらくの沈黙を破って答えた。
「俺を怒らせたな……WヨガのポーズW」
ムラーは突如奇妙なポーズをとる。脚を上げたり、腕を変な方向へ曲げたり…。そう、WヨガのポーズWは攻撃力と防御力を上げる技。しかし、ファインには馬鹿げた行為にしか見えなかった。何故なら…
「おいおい、お前、もうフラフラなのに今更そんな技を使うのは不覚だと思うぜ!」
確かにムラーはファインの言う通りフラフラと今にも倒れてしまいそうで、あと一発攻撃が当たれば確実に倒せる。それほどなのだ。しかし、ムラーの魂胆はそこにはなかった。
「W堪えるWだ…。」
「…W堪えるWか!なるほど、だからさっきの攻撃を……」
そんな技を使って来るとは思わなかった。ファインは驚いたが、すぐに冷静になる。
ムラーの肢体はボロボロで焼け焦げた皮膚がハラリと落ちたかと思うと、傷口から紅く光沢持った血と体液が混じったようなものが焼かれこびりついていたり、流れている。
そうだ、つまりムラーはほぼ瀕死状態。気を保つのもやっと…なハズ。
ファインは深呼吸を一つする。そして、再びムラーを見据えた。イケる…!
「いくぜ!!」
「…来い!」
真っ先に先制を繰り出したファイン!しかし、明らかにスピードが速い!これで終わらせる!
「これで終わりだ!!」
ファインは、ムラーから数メートル離れた場所でジャンプ!そして、鋭利な爪を振り上げ、走った勢いでそのままムラーを切り裂こうとする!
「食らえ!!!」
−−−−その瞬間、ファインは時間が急にゆっくりになったような錯覚に囚われた。今自分は勝利を得ようとしている。だけど、この瞬間、そんな安易なことでないと思ってしまった。
何故なら、ファインには見えてしまったのだ−−−−−ムラーのおぞましい不敵な笑みが。
「W起死回生W」
その言葉がファインの耳に確実に届く。速すぎたせいだろうか。とてもゆっくりと空気の壁を突き破って敵の拳が此方に向かって来る。ファインはガードしようと思ったが振り上げてしまった腕はなかなか戻ってこようとはしなかった。
「−−っ!」
W起死回生W−−−−体力の低下に伴い、威力が上がる。そして、瀕死に近いと最高威力を叩き出せる技。そう、ムラーのように。
メキッ
拳がファインの腹に抉り込む。嫌な、不快な音が骨伝導と共に聞こえた。そして、
ズドドドドオオオオォオオォンンッッ!!!!
爆音と共にファインは吹き飛ぶ。勢いを失い、背中から地面に落下。草の上でザザザザと暫く引きずられ、やがて止まった。
「…ア"っ……。」
体が動かない。手足を動かそうと力を入れると、腹部が強烈な痛みに襲われる!声に出そうにも出そうとすると、痛みは更に増すだけだ。ファインは仰向けになったまま、ただ嗚咽を漏らすしかなかった。
「ふっ、ざまぁみろ。」
「…!」
ムラーがよろよろと右腕を抑えながら、ファインの方に寄ってきた。冷ややかな目でファインを見下す。
「お前、W堪えるWが来たらこの攻撃が来るのも分からなかったのか?」
「ハッ…ハァ……」
「俺の質問に答えろ!!」
ムラーがファインの腹を踏み付ける!
「グアッ!!!…ア"ァッ!!」
「おっと、危うく殺すところだった。王様の命には背けないからな。」
『王様』…ファインのぼんやりとしてきた思考に響いた言葉。俺はここで死ぬのか……『王様』とかいう奴の命令で…。
「まぁいい、もう少し遊んでやるよ。」
そう言うと、ムラーは懐(ふところ)からオボンの実を取り出してガツガツと食べ始める。果汁がファインの顔に飛び散る。ムラーは口から果汁を垂らしながらもオボンの実を食い切る。彼の体力はそのおかげで徐々に回復していく。
「あぁ、美味い…。これでおれも元気になってきたよ…おらっ!」
「ぐふっ…がっ…!」
ムラーは再びファインに一蹴り入れる。ファインは耐えがたい声を漏らす。すると、ムラーは急にキョロキョロと周りを見渡し始める。何を探してるのか…
「あのフシギダネはどこ行った?」
     ファインは予期した。次はシードだと……!
ファインは腹の激痛に耐えながら、ムラーの足を掴む。
「や…めろ…ア"っ…!」
「何だ、まだお前動けたのか?」
ムラーは這いながら仲間の心配をする−−自分のことを厭わない−−ファインを見て、心を擽られた。あぁ、壊したい。こういう英雄もどきを。そのとき、ムラーの頭の中に王の命などとっくに消え去っていた。
「そんなにあいつが心配か…?」
「う…さい…!シー…は絶対…ん"…」
ムラーはファインの必死の言葉を無視して、WヨガのポーズWを始めていた。
「体力回復しちまったが、WヨガのポーズW後のW起死回生Wの威力ならいまのお前さんには十分だな。」
「やれる…もんなら……やってみやがれ…ゲホッ、ゲホッ!」
咳き込みながらも強がるファイン。ムラーの心がとうとう沸点に達する!
「やってやるよっ!!!死ねぇええぇえ!!!!」
ムラーの拳が繰り出される!ファインは最期を覚悟した。
to be continued......