第十三話 怪談
「おい、リヴ。ここって…」
「ん?バーだよ☆」
ファインが怪訝な顔をして辺りを見渡す。店内は木製のテーブルが設置されており、いくつかは探検家らしい風貌をしているポケモンらがキセルを蒸かしながら雑談に耽ている。
そう、ここは本来『パッチールのカフェ』という場所。まぁ、自分は行ったこと無いけど。カフェとかバーとかそういう喫茶店は苦手だ。
「いらっしゃいませ〜。あ、リヴさんじゃないですかぁー!」
「久しぶり!チール!」
ファインたちを迎えてくれたのはチールという名のパッチールだ。ファインはリヴが手招きするのを見て、一緒に席に着いた。
「ファインはここ自体来たことある?」
「無いかな。」
「じゃあ、紹介しなきゃね。『パッチールのカフェ』兼『パッチールのバー』のマスター、チールだよ!」
ファインもすぐに自己紹介をした。そして、二匹は握手し合う。
「よろしくです〜。ファインさん、噂はかねがね聞いていますよ〜!」
「あぁ…って噂とは?」
「『面白い電波なキチガイ野郎』とか『短気で付き合い悪太郎』とかいろいろありますよ〜。」
「あいつ…」
ファインの脳裏には自然とアクタートという名前のゼニガメが頭に浮かんだ。とりあえずこの煮えたぎる憤怒は心の奥底にひっそりと収めておこう、うん。あと、『いろいろ』という形容詞も気になる…
「ファイン、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。」
とりあえず笑顔で答える。…てか、そうそう、本題を忘れていた。ファインは深呼吸をして気を取り直す。
「さて、リヴ。お前に話だけど…」
「あぁ、そうだったね!いいよ、遠慮しないでドバァッて吐いちゃって。」
「その表現はやめろ、てかその満面の笑みから出る言葉じゃないぞ。」
リヴは「えへへ」と笑う。ファインは少し不安になりつつも、ゆっくりと口を開いた。
*
一方、ギルドでは…
「ぎゃああああああああ!!!!」
「きゃああああ!!シード、いきなり大声出さないでよ!」
「うぅ…ごめん。」
「いいビビりっぷりですね〜!怪談大会を開いた甲斐がありますよ!ハァハァ、ゾクゾクしちゃいますぅ〜!」
只今、ギルド内で怪談大会の真っ最中。夏ということで…という安易な発想から生まれたこの企画。ビビりのシードにとっては悶絶ものである。そして、この大会の進行役はチリーンのサマベルなのだが…
「ねぇ、サマベルってあんなだったの?」
暗い広場の中、サンが横にいるキマワリのロスナスに呟く。
「サマベルは夏のイベントに異常に熱くなるのよ。特に怪談はね。」
「そうね、あのビビりっぷりを見て興奮してるしね。変態っぽいけど。」
「ギャアアアアアアッ!!!!」
「シードさん、良い叫びっぷりですよ〜…。もっともっと喚いて泣いて下さ〜い!!!」
シードのヘタレとサマベルの怪談はマッチしてるのかミスマッチなのか…甚だ疑問である。サンは呆れてものも言えない。
「はぁ、あの子の性格どうにかしないとね。」
「サマベルの?」
「シードよ。あれじゃ、探検家やっていくには心許ないわ…」
すると、ロスナスは一瞬微笑んで、サマベルに言った。
「よーし、次は私が話すわ!」
「それじゃ、ロスナ、よろしくね!」
「ちょっと、ロスナス…」
それは彼に追い討ちをかけるだけ…と思ったが、案外ノリノリなロスナスを見ていると引き留めようにも出来なくなってしまった。サンは念のためシードの横にいるアクタートに注意する。
「アクア、シードのことなんとかセーブしてね!」
「オッケー!俺に任せとけ!」
『アクア、足震えてるよ☆』
ミュウの確信のある突っ込み!このヘタレ男子共はどうしたらいいのか…そう言えばファインは何処に?
すると、ギルドの梯子から誰かが降りてくる。見えたのは白い毛並みの大きな体のポケモン、そして次に緑の節々がハッキリしている…
「ようよう!待たせたな!」
「すまん、遅れた!」
「あら、チーム『かまいたち』の…」
上から降りて来たのはザングースのネルとストライクのシザーだ。前にも一度会っている。サマベルがかまいたちの二匹に気付き、近付いて挨拶した。
「ようこそ!来てくれて良かったです!」
「すまねぇな、心配させて。今日は楽しんで行くぜ。」
「ホントにこいつテンションだだ下がりでさ、こういう企画あって良かったぜ…」
話を聞く限り、シザーに何かあったようだ。三匹は話を続ける。
「御親族のことはお悔やみ申し上げます。」
サマベルが悲しそうに頭を下げる。シザーは少し沈黙して答える。
「対した事ねぇよ…。あんまり、叔父さんとは関わりなかったしな。」
「嘘つくなよ。基地に帰ってくるなり、俺やニーアに抱きついて来たじゃねぇか、号泣しながら。」
シザーはギクッとなって少し照れて、ネルに慌てたリアクションをとる。サマベルはそれを茶化すことなく少し微笑みながら二匹を見ていた。サマベルは続ける。
「あれ、ニーアさんはどこに?」
「ニーアは『オイラ、少し用事を済ましてから行くよ〜!』って言ってたぜ!」
ネルはニーアの真似をしながら言った。まぁ、チーム『かまいたち』のリーダーともあって仲間の状況把握はバッチリのようだ。
「そうですか…。とりあえず、先に怪談大会を楽しんでいて下さい!」
「サマベル〜!」
サマベルがそう言って、二匹を座らせたかと思うと、ロスナスが待ちくたびれたのか腰に緑の葉を当てている。
「サマベル、始めていいかしら?」
「あっ、待たせてごめんね!いいわよ、始めても。」
サマベルが申し訳なさそうに謝った。ロスナスは彼女に向けて笑ったかと思うと、ギルドのメンバーの前に出て向日葵のような顔を向けて怪談を語り始めた。
*
「なるほどね。ファインがどうしてポケモンになったか、僕が知ってると思ったんだね。」
「そうだ。で、何か分かるか?」
リヴは顎に手をやったかと思うと、目をカッと開く!
「あっ!!」
「な、何か知ってるのか!?」
「知らないや☆」
ファインは期待した自分がバカだったのだろうか、と疑問したが、敢えてそんな感情を抑圧することにする。
「なんだよ、期待させやがって…」
ファインはチールに出された赤いグミのカクテルを喉に通して、ひとまず気持ちを落ち着かせる。一方のリヴはセカイイチのカクテルを悠長に飲んでいるかと思いきや、それをカウンターにそっと置いてファインの方に向き直って口を開いた。
「大丈夫だよ!心当たりがあるから。」
「本当か!?」
「嘘じゃないよ〜。…あぁ、そうだね、ファインには特別に話しておこうかな。」
ファインは何だろうと疑問に思う。リヴは店内に散らつく白熱灯からの陰を顔に少し帯びながら口を開いた。
「今度、遠征があるんだ。」
「遠征?」
また新しい言葉を聞いた。一体何なのだろう…。
「遠征っていうのは簡単に言うとギルドで探検に行くことなんだ。でもね…」
「?」
リヴはそういうと、一枚の紙を出す。
「何これ?」
「チーム毎の収支明細書♪」
明細書!?そんなもの俺に見せていいのか!?
ファインは若干驚きながら、リヴから渡されたそれをざっと眺めた。そしてリヴはそのまま話を続ける。
「遠征にはそれなりの実力がなきゃ行けないんだよ。」
「そうなのか…。ん、サンライズの総計は1000ポケか…。」
「そうだね。新人だから仕方ないと思うけど、これ以上頑張らないといけないってこと☆」
ファインは明細書を見て納得する。今回の自分たちの実力じゃそれに同行できないのは明らかだ。残念だが次回に向けて頑張るしかない…。と、そんなことを思っていたファインだが、遠征先が気になったので、さり気なく訊いてみた。
「そっか、で、どこ行くんだ?」
「えとね、ミステリージャングルだよ。」
「そかそか…、ん?」
ミステリージャングル…。どっかで聞き覚えのある単語だが…
『あとこれは僕からの忠告だけど…』
『何だ?……っ!?』
『ファイン、君には底知れない力が眠っているんだ。だから、絶対に自分に酔わないでね。絶対に慢心しないで、それはきっと君の進むべき道を妨げるから。もちろん、それは力だけの問題じゃない。だから、絶対に−−−−』
そうだ、そうだ。W隠秘の森Wであの電波な少年が言っていましたね。…待てよ、ミュウをそこに連れて行けば…
「もう纏われずに済む!!」
「へっ?どうしたの?」
リヴはいきなり叫んだファインに驚きながら、理由を訊ねる。
「よーし!リヴ、俺ら頑張るぜ!絶対に遠征にいってやる!」
「…うん、その調子だよ!で、そのミステリージャングルなんだけどさ、そこにオカルティックなことに詳しい民俗学者さんがいるんだよ。彼に聞けば何か判るんじゃないかな?」
「民俗学者か…よし!」
ファインは拳を作り、気を入れた。絶対にメンバーになる!
彼は気持ちを一新させて、遠征メンバーに選抜されるように一層下積みを頑張ることを決心したのだった。
*
「これは実話。私が喉渇いて夜に起きた時なんだけど…」
ギルドではロスナスの怪談が始まっていた。どうやらノンフィクションのようで皆も息を飲んで聞いている。
「私が起き上がって、ギルドの広場に行った時ね…
『喉渇いちゃったわー…』
お水を飲むために食堂に向かっていたの。そのとき、
『…ろ…れ』
『!!』
急に誰かの声がしたの。多分、下から聞こえた気がしたけど…。で!とりあえず、お水は飲みにいけたんだけどね…
『あぁ〜、美味し♪』
水道の蛇口を締めて、帰ろうとしたの。皆わかってると思うけど、自室と行き来するには広場を通らなきゃいけない。で、また広場を通ろうとしたら、
『…ろして…』
『だ、誰…?』
また、あの声が聞こえたの!だけど、すごく掠れた声だったから聞き取りづらかったわ…。でもね、
『グアアアアアアアァァアアァッッ!!!!!?』
『!!!!?』
いきなり、唸り声みたいなのが聞こえたの。そして、
『誰!?一体、誰なの!?』
『…ろしてくれ』
『えっ?』
『コ…ロ……シ…テ…ク……レ…!!』」
「ギャアアアアアアアアッ!!!」
「キャアアアアアアッ!!!?いきなり大声出さないでっていってるでしょ!!シードの声が一番ビックリするわよ!!!」
「だってぇ…だってぇ…うぅ、こわいよぉ…」
シードがビビり過ぎて涙目になって横に居るアクアにしがみついている。サンは口を"へ"の字に曲げて言った。
「アクア、セーブしてって言ったでしょ!」
「おい、アクア、気絶してるぜ…」
ドゴームのノイザがとんでもないことを言う。サンは呆れるしかなかった。
「全く、気絶してないシードがまともに見えるわ…」
ガタリッ
急に不穏な物音がする。
「何だ、今の音…?」
ノイザが気付いた。勿論、それ以外の皆も気付いている。サンは耳を澄ませて位置を探る。
「リヴの部屋から聞こえるけど…」
『コロ…レ…』
「ひっ!ロスナスが話してた声と一緒だよ!!『殺してくれ』って!!」
「やっぱり、あの時の声はホンモノ…!」
「ま、まままさかホンモノの幽霊!!!キャーーー、どこどこ!!?」
ロスナスが語っていた声が今ここで聞こえている。サマベルの異様な興奮の叫びも聞こえている。
一体、何が…。ギルドの皆に戦慄が走る。
「おいおい、シザー、お前の叔父さんの霊じゃないのか?」
「そんなこと、い、い、言うな!!」
かまいたちの二匹もビクビクしている。周りを見て、サンは−−−−決心した。
「よし、リヴの部屋を開ける!」
「お、おい!マジか!や、やめとけって!!」
ノイザがサンの腕を引っ張って止める。しかし、サンはそれを振り切る。
「そんな変な噂漂うギルドに居たくないわよ!だから、まやかしだって証明するの!それに…」
サンは気絶するアクアと咽び泣くシードを一瞥した。そして叫ぶ。
「シード、ちゃんと見てなさいよ!」
サンはそう言って、足を振り上げて、ドアに向ける。
「いくわよ!どおおおおりゃああああっっ!!!」
バンっとドアが勢いよく開いた!ドアが勢い余って開閉を繰り返していたが、やがて収まる。サンは固唾を飲んで中に入った。
「サマベル、火頂戴。」
「はいはーい!」
サマベルが上機嫌にどこからともなく松明を渡した。サンはお礼を言って受け取り、親方部屋のキャンドルに松明を近づける。
「いくわよ…?」
皆は無言で肯いた。サンはそれを合図に火をつけた!!
「っ!!」
「これって!!」
「あぁ…ごめんなすわぁい…」
なんと、皆の前に居たのは床でゴロゴロ寝転がっているアルトだった!
「何よこれ…」
「ああぁっ!!親方様!そこはやめて下さい!!ぎゃあああ!!殺さないで!!」
「あぁ!」
ノイザがアルトのでっかい寝言を聞いて閃く。
「さっきの声はこいつのだよ。断片的で分かりにくかったけど、『殺さないで〜』って言ってたんだ。」
「なるほどな、ガタンっていう音は多分、あっちから落ちたからなんだろうな。」
ネルがリヴがいつも座っている場所の隣にある止まり木を指差した。そう、全ての謎は解けたのだ!
「うぅ…ごめんなさい、親方様〜…」
「アルトも大変なんだな〜。」
ネルがアルトに近付いて横に座り込んで呟く。ネルが溜め息を吐いた。その瞬間…
「まぁ、これが事実だし。仕方な…」
「どおおおりゃあああああ!!!!」
ネルの目前に黄色の足が通り過ぎたかと思うと、目の前にいたオウムが宙を舞い、部屋の奥に勢いよく叩きつけられた!!
「グエエッ!…ぐぅ…ぐぅ…」
アルトは壁からずり落ちて深い眠りへと落ちていった。
「ヒュー…、やるねぇ、サンお姉様。」
ネルが冷や汗を垂らして言う。アルトを蹴り上げたのはサン。彼女は息を荒げて、叫ぶ。
「もう!嫌!なんなのよ一体!うわあーーーぁん!」
サンはホッとしたのか泣き始めてしまった。彼女も内心は怖かったのだった。
「お、おい!サン、大丈夫か?」
ノイザが心配して駆け寄る。サンはただ泣きじゃくるだけだった。
「シードのバカ!アクアのバカ〜!!ファインは一体全体どうしたのよ〜!!!」
あとはただ、サンの声が響くだけだった。
そして…
「今日は参加して頂きありがとうございます!」
ギルドの前に一旦集合する皆。主催者サマベルが笑顔で皆にお礼を言う。すると、ファインとリヴがギルドに戻って来た。
「お、随分騒がしかったけど何があったんボグヘェっ!!!」
ファインは帰ってくるなり、サンに鉄拳を食らう!ファインはむくりと起き上がり、勿論、その理不尽さに怒る。
「いきなり何すんだ!!」
「何よ!一人で呑気にリヴと話して!もぅ〜〜!!」
「ねぇねぇ、何があったの?」
『実はね…』
怪談は終わったのにも関わらず、未だに痴話喧嘩が続く。それを見ていたかまいたちは呆れながらサマベルに言った。
「まぁ、騒がしい。じゃ、俺らは帰るな。」
「そうですね。今日はありがとうございます。」
「お礼を言うのは俺の方だ!ありがとな。」
シザーは笑顔で礼をした。そして、二匹は振り返って基地へと歩みを始めた。
「シザー、どうだった?」
「うん、気分転換になったよ。」
シザーは夜空を見上げながら満足そうに言った。ネルもそんな彼を見て安心した。
「ふっ、お前は何となく身内の不幸が多い気がするぜ…」
「まぁな…」
「おーい!!ネル〜、シザー!!」
前方から茶色のトゲトゲが目立つサンドパンが迫ってくる。ニーアだ。
「おい、ニーア、何処行ってたんだよ?」
「ネル、そんな場合じゃないよ!シザー、これ見て!」
「ん?」
シザーはニーアから一通の封筒を受け取る。裏表を確認すると…
「サム兄さんだ…!」
「「!!」」
シザーは不安を感じつつも、封筒を開ける。中には手紙が一枚だけ入っていた。それを広げて黙読する。すると、シザーが一瞬よろめく。
「兄さん、まだこんな事を…。」
「おい、シザー!!大丈夫か!顔が真っ青だぞ!」
ネルとニーアがシザーを支えて態勢を整える。
「帰ろう…。」
「あぁ…」
「シザー、荷物持つよ。」
三匹は暗い夜空の下、悲しげに基地へと帰っていった。
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「あぁ、懐かしい…」
「どうしました。ヴィー様。」
「ただ、昔を思い出しただけだ。」
「随分、嬉しそうですね。」
「俺の運命の日だったからな…」
そう、あの日からだ。俺たちが憎み合う関係になったのは・・・。
「W王様Wも良く働けば給料を上げてくれると言ったしなぁ…そろそろ行動を始めようか。」
「ヴィー様の仰せのままに…」
そういうと部下のビードルは去っていった。残された彼は深紅の目を爛々と輝かす。
「綺麗な紅色だったなぁ…くひひ…。」
不気味な笑みを浮かべる彼は夜空の下で悠然と何かを見据えていた。
to be continued......