第十話 雨後
燃えている、森が。
それは容赦なく広がり続け、美しき自然の緑は深紅へと変貌を遂げる。それを雄大に目下する青の空は灰色の煤煙に侵食されてしまい本来の天候を紛らわす。
「何で……僕が、いない、間に…」
深紅の森の前に立ち尽くす彼は自分の住処である此処の哀れな姿に呆然としていた。
「お父さーーーーん!お母さーーーーーん!!」
父を呼ぶ。母を呼ぶ。しかし返事は無い。そこに立つ彼は跪き、涙を流す。
「うぅ……父、さん…母さ、ん…」
*
「青い空!白い雲!そして
燦々と照る太陽!久しぶりのピーカン晴れよー!」
サンがテンションを上げてはしゃぎ回る。一方のファインとアクタートは朝食を貪りながら彼女を見ていた。
「全く、サンはどうしてテンション高いんだ!?」
「一週間振りの晴れだし仕方ない。アクア、ミルクとってくれ。」
アクタートはミルクが入っている大ジョッキをファインに渡す。そして、ファインが自分のカップにミルクを注いでその取っ手に手をかけようとしたその瞬間、サンにそれを奪われる。
「あ、」
「んく、んっ、んっ…プハー!さーて、久し振りに依頼を熟すわよ!こんなんじゃ何時までも有名になれるわけがない!目指すはチーム『レイダーズ』やチーム『チャームズ』よ!」
口周りに白いヒゲを付けて語りだすサン。勿論、ファインも彼女言った二つのチームの名ぐらいは知っている。度々、噂話が聞こえるからきっと良くも悪くも名を馳せている探検隊なのだろう。
ファインはサンから飲まれたグラスを無理矢理取り返し再び注ぐ。そして、取っ手に手をかけようとしたその瞬間又もやサンに奪われる。
「あ、」
「んく、んっ、んっ・・・プハー!やっぱ、ミルクは美味しいわね。」
ファインは大ジョッキを片手にグラスにまたまたミルクを注ぐ。そして、
「よお、ファイン、ありがとな。んく、んっ、フー!」
「あ、」
「でさ、依頼って何やんの?」
アクタートは白いヒゲを付けてサンに質問する。
「それがねー、まだなのよ!何かひょいっと良い依頼飛び込んで来ないかなー。」
サンはテーブルに肘を付いて考え込む。ファインはアクタートに取られたグラスを若干憤りながら取り返し再びミルクを大ジョッキからいれようとする−−−−−が、
「あれ、もう無い…。」
「おい!サンライズ!」
すると、広間からアルトの声が聞こえた。
「あー、アルト、おはよー。」
「あぁ、おはよう。今日はお前たちに頼みたい事がある。」
アルトはどうやらサンライズに頼みごとがあるようだ。
「頼み!?大歓迎だわ!で、内容は?」
アルトは腰に手をやって答える。
「一週間程前にW
闇夜の森Wに不審火が放たれたらしく大規模な火事が起こった。そこで生存者の確認、原因の調査をして欲しい、と親方様が…」
「リヴから直々か!これはやらなくちゃだな!」
「よーし、早速いくわよー!おー!」
「お前たち、口を拭け!」
「ミルク…」
元気発剌な二匹は拳を上げて喝を入れると口を拭って準備に向かう。アルトは残った一匹の変わった様子に気付く。
「ん、ファインどうした?二匹は行ってしまったぞ。お前も早く行け。」
「ミルク、おかわり!」
「え!?」
*
一方、二人は準備を終えて何時まで経っても来ないファインをギルドの入り口で待っていた。この雨の多い季節には珍しい快晴の今日は探検家にとって気晴らしとなり得る日だ。先程のトレジャータウンでもいつもより探検家が多かったと思うし…。しかし、サンは腰に手をやって足を一定のリズムを地面で刻み、どこか苛立っている様子である。
「全く、ファイン遅いわね〜!」
「おい、来たぞ!」
「すまねぇ、遅くなった!」
ファインはギルドの階段を駆け足で降りて来る。そして、
「おっそーーい!!」
「すまないって言ってるだろ!そんな大声出さなくてもさ…(お前らにミルク取られたからなんだがな)」
サンは溜め息を吐いて、何やら説教じみたことを始める。あぁ、やばい。これが始まると…
「いい、ファイン?探検家にとって、」
これが始まると、数時間はこうだ!早く現地に行って気を紛らわさせなくては!
「さぁ、アクア、さっさと
闇夜の森に行こうぜ。生存者がいたら大変だ!」
「お、おぅ、」
「ちょっと、まだ話は終わってないわよ!」
三匹は久しい晴れの空の下、久しい探検に出かけるのであった。
*
『ここが最後か・・・・。サイコカッター!』
ミュウはとある湖にいた。湖の名は霧の湖。遥か上空に位置する湖で、中央の巨大な岩の柱がこの湖を支えている。湖から漏れ出す透明な水は滝のように流れている。これは元々、地下にある水源から中央の巨大なそれをパイプ代わりにして吸い上げられて湖が出来ている。故に、ある意味でこの湖は永久機関のようなものとも言えるだろう。
ミュウは技で隠秘の森にあったような祠の蔦をサイコカッターで切り落とす。
『ホント、定期的にお手入れして欲しいよ。まぁ、もう終わったしいいけどさ…』
ミュウはどうやら祠の蔦を除去しにきただけらしい。彼の目的は何か。それは今のこの世界で彼自身しか知らない。
すると、湖から輝かしい光が現れる。それはミュウと同じだったように段々と光を弱め姿を現す。
「あら、何か久しい声がするかと思ったらミュウではありませんか。」
『やあ、久し振りだね、ユクシー。』
現れたのは知識の神と謳われるユクシー。彼女はこの五大湖の一つである霧の湖の守護者だ。つまり、この湖にも時の歯車が眠っている。
『僕が此処に来た理由はもう承知してるよね?』
「近付きつつある悪しきものについてですよね?」
『うん。まぁ、後はこのほこらの蔦を取りに来たんだけどね。あと、ちゃんとお手入れしてっいう忠告もあるけど…』
     ミュウはさっき蔦を払った祠に方を見る。ユクシーは微笑んで、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、ミュウ。しかし、私たちも日に日に悪しきものによって力が抑え込まれていってるみたいなんです。こう実体を保ってるだけでも結構力を使うんですよ。そういえば、エムリットとアグノムに会いましたか?」
『うん、二匹も同じ用で訪ねたよ。元気そうだったし、いつも相変わらず。』
ユクシーは何かに安堵したようで、胸を撫で下ろす。ミュウはその様子が気になった。
『どうしてそんなこと訊くの?』
「実は最近、彼らとテレパシーでの連絡がとれないので…。」
テレパシーとは意思疎通を何のメディアも通さず互いの意思の力だけで行うというものだ。ユクシー、アグノム、エムリットの三匹はその能力を使ってお互いに状況を報告している。以前は雑談を交わすぐらい容易に出来たが今はそんなこともままならなくなってしまった。
ミュウは少し考え倦んで答えた。
『それってやっぱり力が劣ってきているってこと?』
「多分、それもあると思います。でも、私はテレパシーをした時にあるものに気付きました。」
『あるもの?』
ユクシーは一呼吸いれて答える。
「私たちのテレパシーを阻害する何かがあったんです。」
ミュウは特に驚かなかった。彼にとってそれも可能性の一つに既に入っていたのだから当然である。しかし、ミュウの求めるものは、それが悪いかどうかという単純明快なものではない。ミュウは引き続き訊ねる。
『それって何かわかる?』
「詳しくは分かりませんが、邪な力だったことは良く覚えています。テレパシーをしようとすると、それが壁のように立ちはだかってくるんです。」
『そう…』
ミュウが俯いて考え込む。ユクシーはその様子を見て補足する。
「おそらく、あなたの追い求めているものではありませんよ。」
『え〜、それいま言っちゃうの??はぁ…』
「フフフ、あなたが探しているのはこれ以上に高い思念を持っていますからね。それにしても、アグノムとエムリットが元気で安心しました!私にとって良い知らせです。ミュウも早く見つかるといいですね。」
ユクシーは笑って返す。一方のミュウは頭を指で掻いて残念そうに苦笑した。
『うん、頑張ってみる。一応、協力してくれそうなヤツは見つけたからさ。じゃあ、今日はこの辺でお暇させてもらうね。君も実体化しているのはキツイでしょ?』
「はい、正直言うと少し辛くなってきましたね。ところでミュウは辛くないのですか?」
ミュウは腰に手を当てて何故か偉そうに答える。
『これは実体じゃないからね、あくまでも意識を飛ばしてるだけ。それをするのを楽にするために今日は此処に来たんだから…』
「ごめんなさいって言ってます。だから、許して下さいよ。」
ミュウはユクシーに背を向けて少し顔を膨れさせた。しかし、ユクシーが一生懸命謝罪をしているのを見ていたらそうしないわけにもいかなくなった。
『じゃあ、これからはよろしくね!それじゃ、またね。』
「はい、また今度会いましょう、絶対に−−−−」
ミュウが次に後ろに振り向いた時にもうユクシーの姿はなかった。話していたせいか、此処がとても静かな場所であることに今更ながら気付く。湖の漣とバルビートたちの鳴き声だけが仄かに微かに聞こえるだけだ。しかし、今のミュウにはそんなことはどうでもよく、今の自分の中にある安堵をひしひしと感じていた。今日はゆっくりできそうだ。
『これで前準備が終わったかな。とりあえず、ファインたちのところに帰ろうっと。』
ファイン、自分を享受できた唯一のポケモン−−−−−−いや、人間。もしかしたら、彼ならやってくれるかもしれない。
『まぁ、多分なんとかなるよね。多分…ね。』
ミュウは空を見上げてまだ見えない未来に期待と不安を募らせていた。
to be continued......