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ざっくりと裂けていた腕は、ある程度止血出来ていたとはいえ、結局縫う羽目になった。しれっとした顔で、嫌です、なんて後藤が言うものだから、若い医者は困った顔をする。
公共の場ではポケモンたちをモンスターボールに戻すのが礼儀であるため、がたいのいいリザードンは流石に戻した。が、なんとなく心もとない感じを覚え、ブラッキーが後藤の足元に控えている。
そのブラッキーがくう、と小さく喉を鳴らした。
後藤が横目で見ると頭を足に押し付けてくる。
後藤は医者よりも困った顔をした。
痛いのは嫌いだ。もし他人が擦りむいて怪我をしたら、どんなに痛がろうが傷口を流水で洗って、きちんと消毒をし、清潔なガーゼを当てる。――それでも自分は嫌だ。
「後藤さん。いい大人なんですから」
年下らしいその医者は今度は少し呆れたように眉を落とす。
「はぁ……」
一瞬論破しかけた。もっと他の治療方法があるのではないかと問い、更には縫い合わせるという余りにも原始的な治療方法がもう数百年にも渡って使用され続けている事には問題を感じる。しかし、それをして傷が治るのかといえばそんなわけはない。
またひとつ溜息をついて、後藤はしぶしぶ頷いた。
「判りました」
「では処置室の方へ」
にこにこと看護師が手招く。比較的若い女性で、とてもきれいだった。今となってはそんなことどうでもいい。
――縫われる。
頭にはそれだけだ。
けれど、そこまで怯えていた割には麻酔が痛かった以外大した痛みもなく、見るのはよくないと思いつつ、縫合されていく様子をまじまじと見つめきって、十分足らずでその処置は終わってしまった。
「お大事に」
なんとも言えぬ無表情を浮かべている後藤に、医者は薄く笑いながら言われ、ぺこりとひとつお辞儀する。
自分の腕に目をやると、なんとも頑丈に包帯が巻いてとめられていて、更に布で肩から吊るされてしまった。
ずっと足元にいたブラッキーは、暫く後藤から体を話していたのだが、やっと足にすり寄ってくる。後藤は頭をぐりぐりと撫でてやった。もしくは、撫でさせてもらった、と言うべきなのだろうか。
待合室で会計と薬の処方箋を待ちながら、時計に目をやる。ポケモンセンターを出てからもう二時間も経っていた。朝からつばさのジム戦を待っている間にひともめしていたため、朝食もとっていない。それはお腹もすく訳だ。
「ごめんね。お腹すいたよね」
膝の上に抱いているブラッキーと、それから白衣のポケットにいるポケモンたちに謝った。例にもれず無表情ではあったが、つばさにかけるもの以上の柔らかさがある。ポケモンたちは顔で喜怒哀楽を表現できないが、ほんの少し変わる空気とか、その瞳で何を訴えているのかは判った。後藤はそれに答えるようにブラッキーに微笑む。
「今日はおいしいものを食べようか」
タマムシには多くの有名店が立ち並ぶ。その中にはポケモン用のフード専門店なんてものも数が少なくない。栄養価や手軽さだけを考えればポロックが有力だが、最近は人の食べ物同様、色々な味や見た目の美しいものが目立つ。それを好むポケモンも多い。
また遅くなってつばさに心配される事も頭には残っていたが、ポケモンたちのご飯を買ってやる事の方が彼の優先事項となった。