2-1
翌日。研究所の近くの草むらまで、後藤とつばさは足を延ばしていた。
「研究所においてないんですね。驚きました」
つばさは慣れた風にずんずんと前へ進んでいく白衣の背中を、なんとか追いつこうと危なげな足元でひょこひょことついていきながら言う。
「大切にしている子をいざ手渡すとなると、きっと躊躇うだろうから置いてないんだ」
それより寒くない、と後藤は訊いた。
「少し寒いかな。でも大丈夫です」
昨晩降った雪がうっすらと残る中、裸足で赤い鼻緒の下駄を履いているつばさを気遣ったのだろう。ストールを巻いているとはいえ、流石に薄着だ。
「旅に出るなら後で上着を一緒に買いに行こうか」
後藤は着ていた白衣をつばさにかけてやり、そう言った。
比較的背の高い後藤が羽織っていた白衣だ。身長が百五十あるかないかのつばさにとっては大きすぎて地面を擦りそうになっている。
本当は余計に歩き辛くなったのだけれど、無愛想な後藤がこんな気遣いをしてくれた事が少しだけ嬉しくて、つばさはその白衣をぎゅっと握った。
「ありがとうございますっ!」
「うん」
それにしても白衣を脱いだだけで、後藤は何処か刑事のような雰囲気に変わる。白衣との不釣合いさは、やはりこの雰囲気からだったのか。
「――きゃっ」
次の瞬間、急に後藤に腕を掴まれて、つばさは思わず小さな悲鳴を上げた。
「動くな」
後藤の目つきははっきりと変わり、腕を掴む手にも力が篭っている。
逆の手でスーツのポケットからモンスターボールを取り出すと、中心のスイッチを押し、真上に放りなげた。
飛び出して来たのはハクリュー。大きさや、首にかかる玉の美しさからして、十分に育っているのが見て取れる。
「つかまって。絶対に放すなよ」
つばさは後藤に抱え込まれる形になり、後藤は想像も出来ないような跳躍を見せた。
とんっ、
軽く地面を蹴って、鉛直に飛び上がったのだが、なにもクッションのないような場所で、一米近く飛び上がったのだ。
そのままハクリューに跨り、地上十数米まで上昇すると、先ほどまで立っていた場所を見下ろした。
「も、もしかして……」
つばさは漸く後藤のとった行動の意味を理解したのか、青い顔で地面を恐る恐る見る。
「五秒前、三、二、一」
なんの感情も篭っていないような声で後藤がカウントを終えると同時、空気を大きく振動させて五米ほど火柱が立つような爆発が起こった。
「地雷ですか……」
総称して地雷と呼ばれているが、踏んだら爆破する仕様になっている故意に埋められた爆弾ではない。
核弾頭が地面にめり込んだ際、地表深くに刺さりこみすぎて、マントル対流を刺激し、マグマが活性化してしまった為、今となって爆発的なエネルギーが発生するという異常事態が各地で起こっている。これが原因での死亡事故――尤も、ある意味では人為的なものであるから事故ではなく殺人と呼ぶべきかも知れないが、その死者の数は計り知れない。
ポケモントレーナーになりたがる人が少ない原因の一つにこの事もまた上げる事ができる。何故なら、この“地雷”は既に街へと戻った地域では殆ど発生しないものの、未開拓である、つまりはポケモンの住処に多くあるからだ。だからポケモンを探して、山深くに入り込むのは非常に危険であり、しかしポケモントレーナーにとってはその場所へ行かない訳にはいかず――。
「僕はその場を見たわけじゃないけど、あの核戦争がなければ――とは、ポケモンを愛するものにとって一概には言えないんだけどね。それでも、ポケモンがいなかったとしても、美しい動物と呼ばれた生き物たちが住んでいたらしい地球は、そっちの方がよかったのだろうけど」
他の書物同様、動物についての写真や文献も、大半が戦争で焼きついてしまっている。
終戦後、何人もの動物を愛する人々によって新たな資料が作成され、後世へと引き継がれていっているものの、映像が残っていない事は致命的だ。ポケモンを研究する学者たちは、その元となった動物も研究したがるのだが、どれも上手くいっておらず、決定的なものは何もない。
「動物――ですか」
「変わりにポケモンがいる。今の現実を受け止めて、動物じゃなしに、もっと多くのポケモンが見たいんだ。同時に友人の手助けもしないといけないしね。案内したい場所がある。このままリンに乗っていこうか」
後藤はハクリューに指示を出し、それに従って真っ直ぐ北に向かった。