終わり?
クリスマス当日。
相変わらず天候は吹雪(ホワイトアウトクリスマス)。外に出ることすら危険な為、両親は共に休業である。
吹雪のせいで想像以上に荒れていた部屋を掃除していたら、とうとう眠れなかった。まあ、熟睡しすぎで声をかけないと起きなかったであろうユキワラシを叩き起こせたからよしとしよう。そうでも考えないと眠くてやってられない。
ちなみに、罰として無理矢理掃除に付き合わせたニューラは現在爆睡状態である。どれだけしっかり眠っているかといえば、めざましビンタでも多分起きないぐらいだ。
クリスマスの準備は簡単だったのであっさり終わらせ、家族全員を起こしに向かう。あまりに真っ白な景色だから時間の感覚が飛んでしまいそうだが、朝八時。
「メリークリスマス! 起きろ!!」
フライパンとおたまを使ってガンガン音を立てて両親を起こし、寝惚け半分な母さん父さんを洗面所まで引きずっていく。朝ご飯をささっと作ったしコーヒーも用意済み。いつの間にかご飯を作るのが俺の仕事になっているのは理解しがたい。作る料理は当然母親のものの方がおいしいのに。
顔を洗って歯を磨いて、少しは眼の細さがマシになった両親を席に座らせる。半ば老人ホームのような感じになっている気がするが、これも通常運転。
リビングの方に目をやった両親が固まる気配があるが、あえて無視する。
「ねえ」
妹の分の朝ご飯を作っている途中に、母さんが呆然とした声をかけてくる。
「何? あれ」
「クリスマスの代名詞の一つだよ。それ以外になんかある?」
さも当然のように即答する俺がおかしかったのか、コーヒーを飲んでいた父さんが噎せた。最初のうちはビックリしていた母さんも冷静になってきたのか、だんだんと頬がにやけていく。
「流石に電飾以外の飾りはつけられなくってさ。あ、ちなみに灯り消すとすごく綺麗なんだよそれ」
そんな俺の言葉に、今度は母親がコーヒーを吹き出した。
「というわけです」
何がというわけなんだろう、と内心自分で自分に突っ込みを入れる。
「く、ふふふふっ。まさかこんな手でくるとは。夢にも思っていなかったわ……」
「ま、全くだ。くくく。これはお前の提案か?」
そう俺に問いかけてくる父の言葉に「いいや」と首を床に振る。
「そいつらが考えたことだよ。俺も初めて見たときは死ぬほど笑った」
そんな馬鹿な発想をした本人(人じゃないけど)たちは、今もにこにこ笑っている。
すると、ばたん、と音を立ててドアが開いた。この何をするでも騒々しいのは、間違いなく妹だ。
「あ……」
ぽかーんと口を広げて固まる妹に「メリークリスマス!」と俺と両親で口を揃えて言う。だが、妹はどこか上の空でその「クリスマスツリーの代わり」を見ていた。すなわち、ユキワラシ三匹が頑張って重なって、電飾みたいに結んだ雪の花を纏った、その姿を。
「あ、あれ……?」
思わず俺は疑問の声をあげる。家族三人して爆笑してしまったほどの楽しい光景を目にしているのに、妹は黙り込んだまま俯いてしまったからだ。
「どうした? なんかあったのか?」
近寄って声をかける父を後目に、ばっと妹はユキワラシたちに飛びついた。
……あ、まずい。絶対崩れる。
と俺が思った通り、絶妙なバランスで成り立っていたユキワラシツリーは積み木のようにばらばらと倒れてしまった。電飾代わりの雪の花がぷちっと小さな音を立ててちぎれる。ごろごろと転がったユキワラシ三匹が、ちぎれてしまった雪の花を見てちょっとだけしょんぼりとする。正直、かなりいたたまれない気持ちになってしまった。
にこにこじゃなくなってしまったまま妹の顔を見て、ユキワラシ三匹が同じようにぎょっとする。彼女の目の端は、透明な雫が浮かんでいたからだった。
「よ、」
こぼれる声は、いつもの元気な妹からは想像もつかないぐらいに小さかった。
「よかったぁぁ」
ぎゅーっと三匹のユキワラシを抱きしめて、終いには妹、大声で泣き出してしまった。プクリンのハイパーボイス並みのそれに思わず耳を塞ぐ両親と俺。耳(あるかは知らんが)を塞ぎたいのだろうが困った顔でなされるがままになっているユキワラシ三匹の図は、どう頑張ってもシュールにしかならないのだった。
「あ、あー!」
「ど、どうした」
耳鳴りが収まらないままの俺が、いつも通りのキンキン声になった妹に問いかける。
「一匹足りないよお兄ちゃん!」
「あ、あー……」
あれだけ楽しみにしてたのになんも気づいてないのか……。と俺は思わず呆れ顔になる。
「なあ、もっかい確認してみようか」
「え? う、うん」
妹と同じぐらいの目線まで姿勢を下げて、目をしっかり合わせて言う。
「今日は何の日だ?」
「クリスマス! で、わたしの誕生日!」
そう、ご明察。その通りだ。
「では、クリスマスといえば?」
「サンタさん!」
「誕生日といえば?」
「プレゼント!」
「で、今日でお前は何歳?」
「十歳! ……あ」
そう、彼女は十歳の誕生日を迎えた。それはつまり、
「……気づいたなら部屋に戻ろう。ずっと待ってるから」
「……うん!」
そういって、妹はリビングを飛び出していく。さっきまで泣き顔だったくせに、充血して真っ赤な目にはすでに嬉しそうな感情が宿っていた。
そんなこんなで、この日のイベントは一応成功で終わったようだった。
ちなみにあの後、心配かけさせてしまったユキワラシ三匹はというと、雪の花の電飾の修復を頑張っていた。……どうあってもユキワラシツリーで妹を笑わせたいらしい。
妹に良く似たユキワラシをパートナーにした妹が、さっそく俺にポケモンバトルをせがんできたので、結局俺の目の隈がひどくなるのは、……また別の話。