真っ白風景、座敷わらし - 座敷わらしはとても寒がり
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 結局あの後も試行錯誤してみたが、お目当てのモミの木は買えなかった。というか、麓に出かける前に運べないことに気付けという話。さらに言えば、もっと早く買え、と言う話でもあった。
 景色が真っ白になる前に家に帰宅。例え吹雪でも雪タイプのポケモンだし主食は雪なので何も心配はしていないが、ユキワラシたちはまだ家に戻っていなかった。
 ホワイトクリスマス。と言えばちょっと響きがよくなるかもしれないが、雪国なので「ホワイトアウトクリスマス」なんて恐ろしい単語が正解。
 そう、つまり今日はクリスマスだ。モミの木を色取り取りの飾りを付けて、赤い不審者――じゃなくて子供好きな優しいおじさんを待つ行事。子供たちからすれば、欲しいものをサンタさんから貰えるかもしれない一大イベントである。まあ、もちろん我が妹も例外ではないわけで。
 モミの木は手に入らなかったものの、おいしいケーキで機嫌は相殺されたようで、嬉しそうに頬張っている。その代償として俺の取り分が半分になったのには文句の一つでも言いたいところだけども。まあ、今日は妹にとっては特別な日だし、構わないかな。
 ハーピーバースデイ。妹の誕生日はクリスマスなのである。今日はイブなので一日早い誕生日ケーキだ。どうせあの母さんのことだから、手作りケーキは別に作ってあるだろうけど。
 ちなみに、俺の取り分が減ったのは俺が小食でかつ妹に半分持っていかれたというのも理由だが、それとは別にもう一つ理由がある。ここには居ない家族の取り分を俺が残しておいたからだ。もちろんユキワラシたちのことである。
 ユキワラシたちは、凍らせたケーキが大好物だ。ケーキ、というよりは全員甘いものが大好物のようで、人間が辟易してしまうほど甘いモモンの実をバリバリと食べる。何故バリバリなんて硬質な擬音なのかと言えば、凍らせた上で食べるから、なのだけど。
 そんな大好物があるというのに、呼んでも戻ってこない。木霊が響く山だから聞こえているはずなんだけど、それでも帰ってこない。流石に少しだけ不安になったので、相棒である雪と冬が大好きなかぎづめポケモン、ニューラに捜索を頼んでいる。三年ぐらいの短い期間だが、俺の旅にずっと付き合ってくれてきたパートナーなので実力は十分。何度も迷子になった俺が頼った嗅覚もある。もし野生ポケモンにユキワラシたちが襲われていたとしても、すぐに気付いた上で追い払ってくれるはずだ。……それでも心配なものは心配である。
 根本が能天気な両親はともかく、妹もユキワラシが戻ってこないのは気が気でなかったようで、何度も「ユキワラシたちはどこー?」と家を探し回っていた。誕生日前はせめてご機嫌であって欲しいので、彼女を安心させるためにもニューラに向かわせていると伝えた。
 そんな彼女は気が抜けてしまったのか、ケーキを食べた後はソファーで眠りこけてしまっている。
「……まあ、その方がこちらとしてはやりやすいけどね」
 夜になっても結局起きなかった妹を部屋に運んだ後、俺は自室へと繋がる階段を登る。三匹のユキワラシがどこに行ったかが全く分からないのはやっぱり心配だが、こんな吹雪の中で無理に身動きするほうが危険だ。我慢して待つしかない。
 そういえば、とふと思い出す。
 地主さんから聞いた話だが、この山では雪に紛れて見えなくなるほど真っ白で綺麗な花が咲くらしい。なんでもおしべとめしべが輝いて、夜になると花畑全体が輝いてなんとも壮観なのだとか。クリスマスツリーの飾りとしては文句ない逸材だろうけど、吹雪の夜にしか咲かないという悪条件もあり、花屋でもほとんど見かけない代物だ。電柱もほとんど無いゆえに夜道は真っ暗、おまけに吹雪で視界は真っ白。そんな状態で真っ白な花畑を探しにいけるポケモンなんて、住み慣れたこおりタイプのポケモンぐらいだろう。
「ん? もしかしてそういうこと?」
 部屋の中で相棒の帰りを待ちながら、一人頭の上でぱっと電球を光らせる。寒い中無理をしてまで外に出る理由が、少しだけ分かったような気がした。
 不意に、こんこん、と窓をたたく音がする。そっちを見れば、器用にも窓に捉まって桃色の長い爪でノックを繰り返す見慣れた真っ黒な猫の姿があった。
「お、やっとお帰りか」
 やっととはいうが、半日足らずでの捜索完了。見事な仕事っぷりである。
「……、えーっと……」
 不用意に窓を開けようとして、周りの風景にびっくりして手を止める。
 外は真っ白。風は轟々。時たま一メートルぐらいの長い木の枝が吹き飛んでいくのが見える。……正直、開けたくない。でもニューラは、どうしても窓から入ってきたい、と言わんばかりの顔をしている。何故窓から入ってこようとするんだ、君は。
 とは言っても、ユキワラシたちを探してお疲れであろうニューラをこのまま放置するのは居た堪れない。ので、風に吹っ飛ばされないために机の上にあるものを片っ端から片付けた後に、思い切って窓を開放した。
「ってうわあああ!?」
 仰天して体が引くほどの、想像を遥かに超える雪と風が舞い込んできた。ただ、俺がパニックになっている間にニューラがさっさと窓を閉めてくれたので、被害は軽めに済んだよいだった。……ベッドは雪塗れになったけど!
「あーもう! どうして窓から入ってくるんだ! ……え? 他の家族に気付かれたくなかった? んなこと言ったってもう家族は全員寝てるよ」
 サンタ役をやる気がまるでない駄目両親も爆睡である。
「玄関から入ってきたら家族が起きる可能性があるって? 熟睡したらあの三人はバンギラスが山を割っても起きないってば」
 そんな俺の言葉にもニューラは首を横に振る。念には念を込めて、か。
「まあいいや。それでどうだった? ユキワラシたちは」
 ニューラの黒毛に被った雪を払いながら、訪ねてみる。するとニューラは手に持っているものを差し出してきた。雪のように白い花が、ちょうど頭に嵌るほどの大きさで輪っかに組まれている。
「これは、花冠?」
 俺の言葉に、ニューラは頷く。
「もしかしてこれ、ユキワラシたちが?」
 頷くニューラに、俺の今までの推察が確信になった。
 それはいつかに話を聞いたことがある、真っ白な花だった。今は少し弱まってしまっているが、確かに雄しべと雌しべが光を放っている。もしこの森のどこかにこの花の畑があってそれが一様に輝いているのだとしたら、それは大層美しいのだろうな。
「なるほどなあ。にくいことするなあ。あいつら」
 頷くニューラもどこか嬉しそうだった。そういや妹の誕生日も教えてたし、日にちを気にしている節もあった。ずっとこれをプレゼントしようと画策してたのだろう。
「ん? じゃあなんであいつらは帰ってこないんだ?」
 するとニューラは下の階をその爪で指し示す。どうやら奴らは一階の前に、って。
「じゃああいつら、玄関の前にいるってこと?」
 その言葉に「あ」と人なら間抜けな声を出しそうな顔をするニューラ。
「……さてはお前、俺に玄関を開けてもらうのを忘れてたな?」
 有能なのに詰めが甘い相棒は目を逸らす。図星らしかった。いつまでも開かない玄関の前でガタガタと震えるユキワラシの姿が容易に想像できる。いや、ガタガタ震えるのは通常運転だけどさ。おそらくニューラは、窓から入って俺に玄関を開けるように伝えるつもりだったのだろうが、本当に大事なところで気が抜けている。
「そんなところまで俺に似なくてもいいのに」
 慌てて家の入り口まで向かいながら、俺は小さく苦笑をこぼした。

 家に入ってきたユキワラシは本当に寒そうだったので、とりあえず雪を払ってから毛布でくるんでやった。お疲れだったのだろう。三匹のうち二匹はあっという間に寝静まってしまい、もう一匹も既にうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
「なるほどね。この子たち、ほんとに頭いいなあ。俺には思いつきもしなかった発想だ。……いや、確かに似てるかもしれないけどさあ」
 “光り輝く真っ白な花が何個も結ばれているもの”を手にして呆れ顔になっているニューラと、そんな発想を実行して見せたユキワラシたちがおかしくて、俺は一人で大笑いを堪えていた。家族が寝ている手前笑いは押し殺すしかないが、それがしんどいほどおかしかった。
「こりゃいらないや。あんなものいらない」
 “買えずに悔やんでいたもの”がどうでもよくなるほど、愉快な考えだった。
「うわー、今すぐにでも家族起こして見せたいわ、これ。くくくく」
 どんな反応を見せるかが今から楽しみだった。
 さて、ユキワラシたちの楽しい頑張りも知れたことだし、俺は俺の仕事を済まそう。
 俺がニューラを連れ歩くときに持っているのと同じ紅白の球を取り出して、俺はやっぱりちょっとだけ笑い堪えきれずにいるのだった。

鳩平欠片 ( 2013/05/06(月) 01:07 )