真っ白風景、座敷わらし - 座敷わらしはとても寒がり
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 気候は零を下回るほど寒い自然ながら、緑に恵まれた土地。家族全員して都会のめまぐるしい雰囲気が苦手な根っからの田舎者だったので、下見して一目惚れした場所。
 といっても現在の季節は秋だ。青々とした葉は全て燃えるような夕日色に変わっている。ざあっと肌寒い風が吹けば、はらりと多くの落ち葉が宙を舞う。その光景はなんだから日の光を閉じ込めた星が揺らめくようで。歩くたびにくしゃりと音を鳴らす橙の道は、なんだか強めに足を踏みしめたくなる。ちなみに、この日一番はしゃいでいた妹に至っては、落ち葉の山に飛び込んで葉っぱ塗れになっていた。
 そんな僻地の土地を借金までして買ったはいいものの、ここで困ったことになった。
 家を建てる場所以外の森までは流石に買えなかったので(それでも地主さんからは、ポケモンの探索や森に生えたきのみを取るのも勝手にやっていい、という許可はもらっている)、おまけに我が家族は言うほど裕福でもなかったので、交通が少し不便になる代わりに、少し安めの頂上部の一面を買い取った。
 ただ、その土地に行くまでは自分たちも過小評価していたのだろう。その森林の力強さを。
 我が家が出来上がる前のそこには、ものすごいでかい木が生えていた。大の大人が三、四人手を繋いで囲っても円にならないほど幹が太く、高さは三十メートル以上。少し揺らそうとすれば、人を気絶させられそうな量の落ち葉が降りかかってくる。かといって人に揺らせられる大きさでもないので、落ち葉が降るのは単純に風が要因だろう。
 家族全員であんぐりと口を開けて思考を宙に放ったのをよく覚えている。後、「工事費は余計に金がかかるわね」と母がボソリと呟いたのも。まだポケモンを連れて旅に出ることも出来ない年齢の妹は、とにかく楽しそうだったが。
「いいや、工事はしたくない。というか出来ないかもなぁ」
 とお父さんが続いてぼやく。なんで? と聞こうとして木の付け根を見て、すごく納得してしまった。
 そこには、秋に入ったばかりでまだ涼しいぐらいなのにガタガタと震える、藁帽子を被ったような見た目のポケモンたちがいたからだ。
「でも、この木を切るのはなんかもったいないよねー」
 本人には全くそんなつもりはないだろうが、暗に面倒な方法をのんびりと提案する妹に、家族全員がうんうんと頷いた。
「っていうか、ユキワラシの住処を荒らすのも気が引けるしなあ」
 ぼやくように呟いた俺の言葉に、妹も母も父も全員が首を縦に振る。
「じゃあもう、この木をちょっときれいにしてから家の飾りとして活用するのはどう?」
 母のぶっ飛んでいる提案には、信じられないことに家族の総意だった。
 なので意を決して、成り行きを怯えながら見守っているユキワラシに近づく。
「おーい、そこのユキワラシ四匹ー」
 ほか三人が動かずに俺に任せたのは、単純な理由。トレーナーをやっていて野性のポケモンの扱いを心得ている俺は、一番ポケモンに警戒されないからだ。
 逃げ出されない一定の距離を保ちながらもしゃがみこんで話しかける。びっくりして飛び上がったユキワラシに、モンスターボールを投げたくなる衝動を抑え込む。
「悪いけど、そこは俺らが家を建てるつもりなんだ。だからしばらくそこから離れてもらうことになるかもしれない。これは人間の我侭だ。本当にごめんね」
 人語を喋ることは出来ないが、言葉を理解できるポケモン。だからこそ俺の言葉にユキワラシはびっくりしているようだった。小さい水色の宝石のような目をまん丸にして(元から丸いけどそんな表現だ)固まっている。ガタガタと体を震えさせないユキワラシというのはなんだかシュールで、思わず妹が吹き出していた。
「でも、その木は勿体無い。その大木をバッサリ切るのはあまりに勿体無い。それに、土地を買っちまったとは言え、君たちを追っ払って住むのも後味悪くて嫌なんだよ」
 口に出せば出すほど我侭だな、人間の都合って。思わず嘲笑のような笑顔になってしまう。
「だからさ。もし君たちがこの木を離れたくなくて、でも俺らと一緒に生活する覚悟があるなら」
 ――新しい家で、のんびり暮らそう。
 初対面の人間のそんな言葉に、意外なほど快くユキワラシ四匹が頷いてくれたので、我が家に奇妙な同居人が出来ることになった。
 それが二ヶ月ほど前の、我が家が出来る顛末だ。

 ― ― ― ―

 この世界にはポケモンという生物が居る。
 いつどこからやってきたかいつどうやって生まれたのかはどんな偉大な研究者が解明しようにもどうしようもないのだが、とにかく居ることには居るのだ。
 人に良く懐く可愛らしい生き物(というのは俺の見解だが)で、そして人には出来ないことを平然とやってのけるすごい奴ら。その“すごいこと”を悪用するクソッタレも割と結構いるのだが、それは置いといて。
 そんなクソッタレに悪用されてしまうぐらいにポケモンは人懐っこいことが多くて、だんだんその人の心に影響されて性格も変化させていったりすることも多い。悪人のポケモンも悪い顔になっていったりするのもそれが理由だ。
 ちなみに、俺に影響されたユキワラシはといえば……。ものすごく気の抜けた顔になってしまった。この子の顔を同級生や友人に見せるたびに「良く似てる」と大爆笑されてしまう。妹に影響された子は、きっとユキメノコになっても優雅さの欠片も出ないんだろうな、という快活な表情に。母に影響された子は、なんだか気の強そうな感じに。父に影響された子は、なんだか大雑把そうな感じに。言うならばそれは鏡みたいだ。
 ちなみにここ最近、俺に似たユキワラシはヒーターがお気に入りで、毎回溶けそうになっては他のユキワラシに救助されている。いや、俺はあそこまでのんびりしてないと思うんだけど……。
 ユキワラシという種族はどうやら氷タイプの割に寒がりのようで、暖かい場所で日向ぼっこしている姿が結構見受けられる。聞いてみればやっぱり冬が嫌いらしく、俺たちが家を作るのを譲歩したのも家でぬくぬく出来るから、という理由らしい。雪女や氷鬼になるとは思えないポケモンである。
 ヒーターや暖房が頼もしく感じられる季節故、ユキワラシはソファーの上などで一箇所に集まって寝ていることが多くなってきた。正直とても和む光景で、見ていると思わず頬が緩んでしまう。……ただ、夜寝ている時に布団の中に潜り込んでくるのは本当にやめて欲しい。寒いから。
 そんなこおりポケモンらしくないユキワラシたちだが、今日は珍しく四匹全員でお出かけのようだ。さっきから家を探しても居ない。どうせなら“飾り付け”を手伝って欲しかったのだけど、まあいなければ仕方がないし、さっさと終わらせてしまおうか。
 そういえば、少し前の吹雪の夜にも姿を見かけなかった記憶が残っている。帰ってきたユキワラシたちにどこに行っていたのかを聞いても教えてくれなかった。けども、一匹の藁帽子のような頭に花びらが付いていたので、恐らくは花畑にでも行っていたのだろう。とはいえ、こんな吹雪いてばかりいる山に花畑があるとはとても思えないのだけど。
「……、やっぱ無理でしょこれ」
 まあ、彼らはあの山の昔からの住民。居なくなったからと言って心配することも無いだろう。そんなことより今はこっちが問題だ。と山の麓のお店に家族で出向いた俺が、思わずため息を吐いた。
 あれだけめんどくさい立地にしたのだ。自力で木を運んで行こうなどというのは、火を見るよりも明らかに無理なことだった。それも二メートル近い、車にも乗せられないモミの木だ。
 おまけに、鉄骨なんかを楽々運べるゴーリキーやドテッコツみたいな力持ちどころか、人型のポケモンどころか、そもそも二足歩行のポケモンが俺の手持ちには居ない。つまり、大荷物は致命的だった。
「車にも乗っけられんし、トラックじゃ家まで向かえないし、正直厳しいなあ」
「あのおおきな木に飾りをつけるのはー?」
 モミの木の高い部分を触ろうとぴょんぴょん跳ねる妹が言う。
「名案ね。でも雪もしっかり降るし、飾りが埋もれてしまうと思うの」
「うーん……」
 いや母さんの言葉以前に、あんな馬鹿でかい木を飾り付けるとなったら飾りどころか電飾までえらいことになってしまう。というかそんなに長い電飾なんて普通のスーパーには置いてないと思うし、何より電気代が怖い。
 そもそも電飾の問題じゃなくて、三十メートル近い木の上での作業はごめんだという話だ。やるのも、家族にやらせるのも。
「本物のモミの木じゃないとどうにも安っぽくなってしまってなあ」
 植物には人一倍こだわりを持つ父がぼやく。プラスチック製のものを買うのは家族全員反対だった。
「それに」
「それに?」
「今日はこの辺一体で吹雪の警報が出ている。早めに帰らないとホテル泊まりだ」
「……さようで」
 それは困る。あの寂しがり屋なユキワラシたちだけを家に残すわけにもいかないし、さっさと帰るが吉か。
「それじゃあ、今日は諦めるしかないわねえ」
 今日は、と引き伸ばしたが良いが、正確には「今年は」だろう。この辺一体は吹雪いてしまうと二日三日は家から出られない。妹もポケモンスクールにはいけないし、俺も辺りの探索してポケモン図鑑の充実を図れない。母も父も仕事に出られない。といっても、ユキワラシたちと一緒に家でのんびりするのは別に嫌ではないのだけど。
「えー……」
「そうねえ。それじゃ、ケーキだけでも買っていきましょうか」
 そんな母の言葉に、未練たらたらだった妹が目の輝きを取り戻す。現金な子だった。


鳩平欠片 ( 2013/05/06(月) 01:04 )