1章
出会いと、出会いと 1

「キッサキシティ、ですか……」
「うん。黒美のルーツはそこ。十二歳の頃までずっと暮らしていた場所だよ。何より、記憶の神様が居るからさ。そっちに頼み込むっていう手もありだね。オススメしないけど」
「旅初心者の黒美さんには厳しい道のりになりますねー。ロキさんのフォローが命ですよ」
「任せてよ。基本吹雪で何も景色が見えないけど、道は覚えてるんだ」
 跳ねる水滴で霧がかかるほど激しい雨がいつでも降っている二百十五番道路。その中を、三つの傘がてくてくと進んでいた。レースのついた雨よけにも日よけに使えるシックな黒色の傘、シンプルな白色の大きめの傘、それと普通の小さなビニール傘。それぞれ前から黒美、リナリア、そしてロキの使っている傘だ。どうやらロキは外が雨であろうがモンスターボールの中に入るのは嫌らしく、傘を差してでも外に出ている。その結果、若干水分に体力を持っていかれるのか、随分と疲れた表情をしていた。そこまで雨が苦手なら素直にボールに入っても大丈夫なのに、とリナリアは思う。
 ……ちなみに、旅に慣れているリナリアはともかく、黒美はそうではない。むしろ体力もやっと復活したばかりの、インドアなぐらいの少女だ。なので、何度もつんのめったり扱けたりしている。ロキとリナリアの必死のフォローもあり、泥沼に顔面から突っ込むような事態は避けられてはいるのだが。
「……うう。服貰って早々こんな場所だなんて……」
 それでも勿論、縁特製のゴシックロリータの方は無事ではなく、既に泥まみれだった。真っ白なワンピースを幾ら汚そうが平然としているリナリアや、水が苦手なくせにむしろ率先して泥まみれになって遊んでいるロキとは違って、黒美は涙目である。
「ああ、大丈夫ですよ黒美さん。別に汚れたって」
「……だ、だってえ……」
「その服の生地、ご丁寧に汚れの取れやすい代物を使ってます。質感が良すぎるから汚してしまうとまずいように感じますけど、実は洗濯機に放り込めてしまう代物です。……まあ流石にクリーニング屋さんに頼むとは思いますが」
「……そ、そうなの? でもやっぱ嫌……。せっかく縁さんから貰った服なのに……」
 しょんぼりと項垂れる黒美の姿に、リナリアのテンションまで引き下げられそうになる。
「あ、あー……。話の続きしていいかな……?」
「え、あ、はい! 大丈夫ですよ!」
 何か人を乗せて動けるポケモンがいればなあ、とリナリアが思い始めた頃に、足元で呆れ顔で仁王立ちしていたロキに現実に引き戻される。
 勿論、こんな面倒な道のりを歩いている彼女たちは人を乗せられるようなポケモンはいない。空を飛ぶポケモンはいるが、「そらをとぶ」という秘伝の技を使えるポケモンがいないのだ。
「といっても、流石に今の黒美にキッサキまでの旅ができるとは思えない」
「そうですよね。というかテンガン山通り過ぎましたもんね」
「というか、僕らには居ないんだよね」
「……何が、です?」
「ロッククライムできるポケモン」
「……あー……」
 すっかり忘れていた、と言わんばかりのリナリアの口ぶり。
「ろっく、くらいむ?」
「ああ、黒美には分からないか。岩壁を登るポケモンの技だよ。テンガン山からキッサキシティに続く二百十六番道路に向かうには、高い岩壁を登らなきゃいけないんだ。正直、それは技を覚えたポケモン以外にはとてもじゃないけど無理」
「あ、あれ? でもそっちの道は……」
 そっちの道は、確か二百十五番道路、どこまでも雪原と吹雪の続く道のりではない。そっちは、テンガン山の頂上へと向かう道のはずだ。
「うん。違うところに向かっちゃうんだけどさ。“かいりき”使えるなら本当はいけるんだけど」
「それなら、私のパートナーに任せればいいのですよ?」
「いや、それがさ……。とりあえずこれを見てみてよ」
 そういってロキは、黒美のバックから器用にも一枚の新聞を取り出して広げる。一昨日の新聞だ。
 結局リナリアも黒美も一文字として読まなかった代物だが、ロキはご丁寧にも全部読んでいたらしい。その用意周到さよりも、本当にロキが人間染みていることにリナリアと黒美は驚く。
「えーと、何々……? ――テンガン山で落石!?
 先日×月××日。テンガン山で大規模な落石が発生した。幸い旅のトレーナーもおらず、怪我人も出なかったようだが、巻き込まれて負傷したポケモンたちがポケモンセンターに運ばれることになった。尚、運ばれたポケモンたちにも死亡したポケモンはおらず、近隣住民は胸を撫で下ろすことが出来たようだ。
 しかし、その落石事故によってキッサキシティまで向かうことの出来る道が埋まってしまい、現在は封鎖されている。落石の処理には一ヶ月以上かかるようで、キッサキシティに向かうトレーナーは近隣の街に足止めされる憂き目にあっているようだ……。―― と。なるほど……」
「そういうことだから、今キッサキに行くのは、無理! ただ、一箇所に長居するのも危険だし、ロッククライムで登れる場所から二百十五番道路まで通じる道を僕は知ってる。というわけ」
 断言して、ロキは止めていた歩を進める。「……わっ、と。ま、待ってよロキ!」すたすたと速いペースで進んでいってしまうロキに、どうやら黒美はついていくだけで必死のようだ。そんな二人のなんとも言えない距離感に笑いながらも、リナリアは話を続ける。
「でも、なんでトバリシティなんですか?」
「勿論、ギンガ団をぶっ潰すためだよ」
「……、ロキ」
 冗談だから睨まないでよ怖いよ、とロキを黙らせるほどにまでなった最近の黒美の睨みは、もはや凄みがあるように感じる。記憶を失くす前は、案外黒美さんは気の強い人だったのかもしれないな、とリナリアはちょっとだけおかしくなってまた笑った。
「……まあ、この付近で一番大きい街がトバリシティ。身を隠す場所には困らないし、何よりギンガ団(あいつら)馬鹿だから、案外灯台下暗し、って感じで隠れられるかもと思ったんだよ。後は、勘かな」
「勘ですか?」
「うん。なんかそしたら運よくロッククライムの使えるポケモンに出会える気がしたんだ」
「……ロキさんって、意外と無計画ですよね」
「うん。自覚してる」
 事も無げに肯定して見せたロキに、リナリアは思わずため息を吐いた。
「まあいいです。もう到着しちゃいましたし」
「……お風呂に入りたい」
「そうですね。私も久しぶりに長い距離歩いたので疲れました。もう日も傾いてますし、今日はポケモンセンターの部屋を借りてゆっくり……」
 へとへとに愚痴る黒美に苦笑しながら自動ドア式のゲートに入ったリナリアが、そのまま動きを止めた。「な、何?」と狼狽した黒美を口止めして、リナリアは一歩だけ下がる。

「――そう言わないでさあ」
「――俺はごめんだっつってんだよ。しつこい野郎は嫌われるぞ? ……じゃねえな……」

 険悪な雰囲気の話し声。見ると、一人の少女が大柄な男性五人に囲まれていた。恐らくは脅しに近い形のナンパの類だろう。
「……ああ、こういう小物が多いのもこの街の特徴だったね」
 毒の混じった小声で言うロキに、リナリアも嫌そうに小さく首肯した。
「まあ、こちら泥まみれですし絡まれることも無いでしょう。無視して行きましょう。目立つのは危険です」
「そうだねリナリア。……黒美、行こう」
「……え? あ、うん」
 ちょっとだけ他人事のような態度を取ることに躊躇した黒美が、上の空のまま通り過ぎようとしたその時だった。


「……いい加減にしねえと怪我するっつってんのが、分からねえのか?」


 その場に居た誰もが、気温が急激下がったように体感した。否、錯覚した。ぞっとする怒気を孕んだ声を聞いて誰よりも早く動いたのは、ロキ、そして突如ボールから出てきたミルナァルだった。
 黒美を庇うように動いたロキが、まるで空のダンボールがごとく簡単に吹っ飛ばされた男その一を、ご丁寧に顔面にミートさせて別の位置に殴り飛ばす。驚いて固まったリナリアは、ミルナァルの尻尾にふわりと引かれてロキと黒美の近くに寄せられる。リナリアが先ほどまで居たその場所に、男その二がどしゃりと落ちた。
「て、てめえ! ……がっ」
 先ほどの少女の方を見れば、最後に残った男の顎に蹴りを食らわせているところだった。その蹴りにどんな威力があったかは分からないが、普通の少女は蹴りで大の大人を宙に浮かせたりはしないし、殴って四メートル吹っ飛ばす芸当も出来ない。というかそれは、人間技ではない。
「な、な……」
 口をあんぐりと開けたまま唖然とするリナリアをよそに、その少女は気絶して転がった男たちを一箇所に纏め始める。何をするのかと思えば、どこから出したかも分からない縄で縛りつけ始めた。みしみし、という耳を塞ぎたくなる嫌な音が聞こえるので、相当な力で縛っているのだと思われる。
「あー、そこの受付さん。ちょっといいですか?」
「え? は、はい!」
 あっさりと男五人を地に伏させてしまった少女の態度は、先ほどとは打って変わって慇懃なものだった。そんな裏表のはっきりしている少女をちょっと怖がっているのか、受付の女性は少しだけ体が引いている。
「この人たち、多分ジョウト地方のシロガネ山付近で乱獲をしていたポケモンハンターの連中だと思います。なのでジュンサーさんに報告をお願いしてもいいですか? きっっっつく縛ったので、どうせ動けないとは思いますが」
「は、はい! わざわざありがとうございます!」
「いえいえ。自分は絡まれたから正当防衛したまでですから」
 正当防衛……? と周りで傍観していたトレーナーたちが疑問符を上げたのはともかく。
「さて、自分はこれで失礼しますね」
 にわかに慌しくなった受付の人々に小さく礼をしてから、ぽかーんという擬音が似合いそうな体で固まっていた黒美たちの方に近づいてくる。ミルナァルとロキの方はといえば、ため息を吐いた後に困ったように頭を掻いて、あげくミルナァルの方は、珍しく一言も発せずにボールに戻ってしまった。相変わらず、“ポケモンらしい”という言葉を知らないような二匹だった。
「よ! 久しぶりだな『×』」
 パンパンと、軽く両手をジーンズで叩いてから、そいつは言った。乱暴な口調や陽気な口ぶりとは裏腹に、近くで聞くと中性的で透き通った声。そして何より、その少女は信じられないほど美しかった。
 風景に溶け入りそうな淡い色の白色の長髪を後ろでまとめ、ポニーテールにしている。手が隠れ、身形も大して気にしていないのか、褐色のマントのような、裾を引きずるほど長い服を纏っているため体系は分からないが、女性にしては身長も高い。
 そして何より、その二つの目は血を詰めたような紅色だった。アルビノ、とリナリアが小さく呟く。
「……な、に?」
 まるで十年来の友人のように、親しげに声を掛けて来た少女に対する黒美の声が思わず低くなってしまったのは、剣呑とした気分なわけでも、警戒したわけでもない。邪魔臭いノイズがかかって、その呼び名を聞き取ることが出来なかったからだ。
「いや、何ってお前な……。あ、髪が伸びたから気付かなかったのか?」
 そんな低い声に心底驚いたのか、少女は二つの紅色を丸くした。
「……いえ、恐らく別人じゃないでしょうか。彼女は『×』なんて名前ではありません。黒美さんは黒美さんです」
「おー、お前がリナリアか。アージェントの家柄を捨ててまで旅をする変わり者」
「……何者です」
「日向縁って名乗る捻くれ者の知り合いだよ」
「縁さんの?」
 少しだけ驚いた表情をしたリナリアに大きくうなづいて見せてから、その少女は続ける。
「おう。……というか、俺が『×』の姿を間違える? そんなわけはねえよ。流石に俺が××た女を間違えるわけはねえ」
「……ええ!?」
 その少女の言葉に、リナリアはかなりビックリした様だった。どっからどう見ても少女にしか見えない彼女が言うには、その言葉おかしすぎた。
(……また、だ)
 不愉快なノイズだ。一番大事なキーワードを聞き逃して、黒美は本当に不機嫌になってくる。
「大体、そこのちょっとひねた感じの半目のマグマラシはロキだろ? ヒノアラシの頃から変わらないなー。その目」
「……え、ロキさん? 知り合いなんですか?」
 そういってリナリアはロキの方を向くが、依然として彼は黙っている。
「……あー、弁明してくれねえならこっちから説明しちまうが、知り合いだよ。『深白』っていうただのしがないポケモントレーナーだ。深い白って書く。みーちゃんって呼んだらぶっ飛ばす」
「い、いや、そんな風に呼ぶつもりはありませんが……」
「そりゃそうだ。そんな可愛らしい呼び名で俺を呼んでくるのは縁ぐらいなもんだしな」
 そういって、少女は剛毅に笑う。姿見はどこから見ても美しい少女なのに、気が相当強いのか、中身だけは男性そのもののような気が、リナリアにはしてしまった。
「……全く、誰がこいつらを助けたと思ってんだ。確かロキは『×』を助けるために無茶して、それで進化制御病になったんだっけか。でも一応進化できたんだな。まあ最終形態になるのは、身体的負荷を考えてもまずいだろうけどよ」
「そんなことが……」
 やたら饒舌に語る少女の言葉に、リナリアは驚愕で言葉もない。黒美には記憶が存在せず、しかもロキが何も話そうとしないので、リナリアが黒美のことを詳しく聞くのはこれが初めてだった。しかもこの深白という少女は、かなり深いところまで黒美やロキと関わっている。“××た”なんて言えるのだから、付き合いも相当長いのだろう。
「……ん? なんだ? どういうことだこれ? ……ロキ?」
 だが、そこまで話してもロキと黒美が反応しないのを見て、流石に深白も奇妙に感じてきたらしい。訝しげな声を出して、何も話そうとしないロキを睨む。
 そんな彼の視線に当てられたのか、それとも観念したのか、一度ため息を吐いてからロキがやっと口を開く。
「すいません深白さん。ちょっとこっちに来てください。事情を説明しますので」
「え、ああ構わないけどよ。そこの二人には話さなくてもいいのか?」
「……じきに、分かることですから」
 やけに恭しく有耶無耶な態度のロキに驚いたのか、深白とリナリアが目を丸くする。
「……リナリア。ちょっとだけ黒美を頼むよ」
「え? ええ。分かりました」
 そんなロキは、藁にも縋りたい、と言わんばかりの表情だった。ミルナァル相手に怒ったことはあっても、ここまで余裕のないロキを見るのは初めてだったので、リナリアは驚いたまま何度も首肯する。
 大体状況が把握出来て来たのか、それとももとから“そういうつもり”だったのか、不穏な空気の流れるこの場で唯一冷静な表情を崩さない深白は、ロキに連れられてどこかに消えていく。
 明らかに隠し事をしているロキの態度に少しだけ寂しさを感じつつも、リナリアはさっきから一言も発していない黒美のほうを見る。
「黒美さん、大丈夫ですか? とりあえず先にポケモンセンターに……」
 そこまで言いかけ、彼女は絶句した。静かにロキの方に手を振る黒美の表情を見て。その、異質さを痛感して。
 “ごく普通に学校へ通って、ごく普通に旅をして、ごく普通の家庭でごく普通に育っていれば”、待ち行く男たちを魅了してやまなかったであろう彼女の美しいその姿。
 その顔には、なんの感情も宿していない無表情が張り付いていた。
「……いってらっしゃい。ロキ」
 なんとか、ロキを送り出すべく笑顔を浮かべようとしたのだろう。だが、それを人の背筋を凍らせる恐ろしい代物にしかならなかった。目も口も顔の筋肉も全て笑っているのに、“笑っていない”と分かるのだ。不気味なピエロですら、こんな歪な笑顔は見せないであろう。
「……、行きましょう。黒美さん」
 そんな黒美の表情を見るのが怖くて、リナリアは目を逸らして手を引く。
 「うん」と一度頷いて、リナリアの手を取る少し汚れた黒美の細い指が、リナリアには酷く冷たかった。






「――んで? 話ってなんだ? 口止めか?」
「……察しが早くて助かります」
 人影の少ない裏路地に彼を連れ込んだ深白の、単刀直入な言葉に苦笑を零しつつも、ロキはらしくない慇懃な態度で真っ白な少女と向き合う。
「あんな態度で話されたら誰だって分かるだろうが。お前の目が『何も話すな』って偉そうに俺に命令してたからな。だから少し喋ってみた。そーしたら黒美? って言ったかあの女。あいつの表情が消える消える。こりゃまずい奴だ、ってなんとなく分かったのでお前が俺を連れ出すまで喋ってみたまでだ」
「……なるほど。ここに連れ出したのは僕じゃなくて貴方だったと」
 口ぶりは変わらないが、深白と呼ばれた者の雰囲気は先ほど明らかに違っていた。どこか斜めに構えたような態度や仕草は既にない。ただ、かと言ってロキに大して威圧感を醸し出しているわけでも、怒っているわけでもない。
 どこまでも真摯な表情だった。
「お前が慌てるんだ。どうせあの女の心配だろ? 大体分かるさ。あいつには『×』が持っていた雰囲気がない。例え見た目が全く同じでも、声も体温も匂いも同じでも、別人みたいなものだって」
「……見た目が同じだというのは、分かるんですね」
「あったりまえだ。惚れた女の見分けぐらい付く。例え五年ぶりの再会だったとしてもな」
「……そう。五年間だ。五年間も、貴方は来てくれなかった。誰一人、“あの状況”から助けてくれなかったよ。『×』が信じた両親も、お前も、誰も助けには来なかった。××た女一人守れないなんて、笑っちゃうよ。お前はただの敗者だろ? ……なんで今更出てきやがったッ!」
 その二つの赤い瞳には憎悪が映っていた。この世の全てを憎む、際限無い呪いが。
 ロキが激昂して身体から炎を吹き上げても、深白の表情は変わらない。その中性的なその美貌には、冷ややかとも言える真っ直ぐな感情が宿るだけ。
「……俺に怒ってどうするんだ? 俺を憎んでどうするんだ?」
 劇物とも言えるロキの言葉を全て飲み込んだのだろう。少しだけ間をとって、息を切らした人間臭いマグマラシを改めて見据える。
「それともなんだ? 八つ当たりか? “その時の”俺が無力だったのは認めるし、俺の調査能力じゃお前らを見つけられなかったのも認める。その間に『手遅れ』になっちまったのもな」
「その通りだよ」
「だから何だ?」
「……え?」
 その斬り返しに、ロキは素っ頓狂な声をあげた。
「過去の失敗を嘆いてどうするんだよ? そのまま停滞して、ずるずる破滅に向かってどうするんだよ?。……昔『×』に何があったかは知らねえが、お前がその『×』の過去を隠し通したくなるぐらいのことがあったことぐらい、俺にだって察しがつくさ。いや、分かってたさ」
 どこまでも真っ直ぐ覚悟を決めた目が、ロキを見据える。
 逃げたい、とロキは素直に思った。
「……だが、あのままじゃあの女は壊れるぞ。お前が話さない己の記憶の重さに耐えられなくて、何度でも心を壊すぞ? お前が何も話さないから、な」
「だけど!」
「うるせえな」
 反論しようとしたロキの言葉を遮って、深白は糾弾する。
「――てめえは、自分が『真実』を話すことで、黒美が壊れるのを恐れてるだけだろうが」
「……あ」
 深白の言葉は、今度こそロキの発言力を奪った。
「……おいおい、図星かよ。それともなんだ? “てめえが無力なせいで黒美が助けられなかった”とでも考えてるのか?」
「……黙れ」
「これも図星。んでお前はそう思うに値する”何か”をしでかしちまったわけだな? それで負い目がある。だからこそお前は黒美に対して“罪悪感”があるわけだ。だが、そんなものを背負い続けりゃてめえが潰れちまう。んで、それを必死で“黒美を助けてくれなかった世界への憎悪”に変えている。ってことか」
「黙れよ」
「その癖お前には黒美、……いや、“『×』以外に大切なものが存在しない”。だからこそ、せめて、黒美(代替品)が壊れないために、事実を捻じ曲げ曲解させ隠蔽してでも、黒美に記憶を取り戻させたくないのか。でも黒美に逆らおうとするほどの意志は無い。だが、黒美に従わなきゃいけないと使命感を覚えるほどの『罪の意識』なら、在る」
「……黙れって言ってんだろ」

「結局てめえは、壊れたあいつの姿をもう見たくないだけなんだな」

「黙れぇ!!」
 既に息も荒いロキを、深白は悲しそうな眼で見つめる。
 疑問、謝罪、悲哀。血をろ過したような透き通る赤色の双眸には、いろんな感情が混ざり合っていた。
「……情けねえなあ。お前、いつからそんなに弱くなった?」
「元より、強くなんかないさ」
 深白から目を逸らして、ロキが答える。
「んなわけねえよ。自分の炎を犠牲にしてまであいつを助けたお前は、最高に強かった。身体の話じゃなく、精神がよ」
「買いかぶり過ぎだよ。それだけの話さ」
「そうか。……お前とあいつなら、きっと俺と“闘える”と思ったんだけどな」
 深白の最後の言葉は、消え入ってしまってロキには良く聞こえなかった。「え?」というロキの抜けた声をさえぎる様に、深白が言い放った。
「……そうなると、強くないらしいてめえに黒美は任せられねえな」
「……え?」
 意外な言葉だった。
「俺も同行させてもらう。てめえみたいなヘタレマグマラシに黒美のパートナーが務まるかよ」
 今日何度目か、ロキが絶句した。惚れた少女が死んだとあっさり納得した少女のする発言ではなかった。
「つってもまあ、約束はしてやる。俺はその黒美って女を壊す気は無いから、昔のことは喋らない。黒美を止めるつもりも無い。……てめえらの意向に沿ってやるよ」
「……それは、頼もしい限りですけど」
「似合わない敬語は気持ち悪いからやめろ。大体お前、俺に敬意なんて抱いてないだろ」
「そんなことは無いけど……。ただ、いろいろむかつくのは認める。こんな見た目が女々しい女装野郎なんて黒美に近づけたくない、ともね」
「ほう。言うじゃねえかこのヘタレ捻くれ弱者のマグマラシ。お前がうちのポケモンに勝てたこと、一度でもあったっけか?」
「……」
 そういわれてしまうと、ロキには言葉が無い。
「まあ、勝つ必要なねえよ。俺自身にポケモンバトルの才能はねえが、俺のパーティーは最強だからな」
「各地方のチャンピオンを叩きのめす謎のトレーナー、『王者狩り』が良く言うよ……」
「……なんだよ。バレてたのか」
「あんた以外に居ないだろうか。そんな無茶苦茶するのは」
 少しだけ落ち着いていつもの調子を取り戻したのか、ロキが呆れ声で言った。
 ……現在、格地方の四天王、果てはチャンピオンと戦い、あっさりと勝利しては殿堂入りもせずに居なくなる謎のトレーナーが話題になっている。褐色のマントを羽織って正体も明かさない、握手もしなければ声も発しない。そんな礼節がまるでないトレーナーは、実力だけは化け物染みていると言う。
 圧倒的質力の技で相手ポケモンを圧殺するラグラージ。出現した場所から一歩も動かずに敵を滅ぼすアブソル。トレーナーの指示を受けずに戦うフライゴン。その三匹を連れたそのトレーナーは、現在の子供たちの憧れの的。深く被ったフードから紅色の目だけが見えるため、格実力者からは畏怖を込めて『血(サン)』と呼ばれている。
 そんな荒唐無稽な存在がこんな美少女だと判明したら、一体どういう方向に話題になるのだろう、とロキは思う。この人のことだから大して気にもせずに股開いて座ってテレビに出そうだ、とロキは想像して苦笑した。
「まあ、そんな俺の経歴はどうだっていいんだ」
 そういって、真面目な表情を引っ込めた深白は意地悪っぽく笑う。
「世界最強のトレーナーになる人間が、護衛をしようじゃないか」
 現時点で十分最強だろ、とロキは思わずぼやいた。

■筆者メッセージ
やっと出ました深白君。
鳩平欠片 ( 2012/11/16(金) 06:12 )