1章
知る者二人
 

 深白(みは)。名付け親に付けられた名前に深い意味は無い。言うならばそれはラグラージであり親代わりでもあり、深白のパートナーでもある“セイド”の、深白への「印象」だ。伸ばしっ放しにされていた深白の深い白色の長髪や、同じく病的に白い肌を見て名付けたという、本当に安直な理由だった。
 深白には親はいない。人間の名付け親もいない。家族もいなければパートナーのポケモンも長い間いなかった。おまけに親族もいなければ保護者すらいない。名前もなければ祝福されたこともない。誰かに助けられたことも、守ってもらったことも、愛してもらったことも。幼少時代に必要なありとあらゆる全てを、経験してこなかった。何度も飢えや病気で死にそうになりながらもなんとか這い蹲って生きてきた、いわゆる天蓋孤独の人間だった。
 そんな、“今すぐにでも崖から身を乗り出して一生を終えてしまいそうな彼”は、二つの執着するものによって生きている。否、生かされている。
 一つは、現在進行形でやっている『夢』に。二つは、捜し求めている消息不明になってしまった『少女』に。
「はあ、参ったな……」
 一つ目の夢なら、現在進行形だから別に構わない。だが問題は二つ目。これは既に「二年間」捜し求めているのだが、往々にして全く見つからない。それどころか、証拠や旅の痕跡すらない。自分の使える伝や情報屋から定期的に連絡を貰っているというのに、その情報の全てがゴミ箱に捨てるに値する程度のものだ。
 ……さてさて、本当に参った。
 燦々と照りつける太陽。その光熱を吸って熱くなった石畳の道路を早歩きで踏み締めながら、深白は今日何度目かも分からないため息を吐く。どこか憂いを感じさせる深白の美しい姿に、石に塗れた街の人々は思わず足を止めて見入った。そんな周りの視線を憂鬱に思いながら、深白はこの後連絡しなければならない相手のことを考えてさらに鬱に入った。
 こうなると、もはや伝は一つしかない。しかもそれは最終手段で最悪の手段だ。
 ふう、と一度強めに息を吐いてから赤色の腕時計型の多機能装置――ポケッチに番号を入力する。
『……はい。こちらハクタイシティの雑貨屋“みらいよち”です』
 どこまで慇懃で冷静な応答が帰って来た。こちらの番号がしっかり見えているだろうに、いちいちわざとらしい女だ。
「んじゃ戯言を聞く気分じゃないんだよ。……よう、縁」
『あらみーちゃん。相変わらず素敵な声ね』
「お前こそ相変わらず憎たらしいほどの美声なことで。みーちゃんって呼ぶのはやめろ」
『それでみーちゃん、何の用かしら』
「……ちっ」
『一応今日は十五分三十八秒後にお客さんが来るはずなので、それなりに短くまとめて貰えると助かるわね。みーちゃん』
「お前な……」
見てくれはいいのに、人をイラつかせる才能の持ち主だよなこいつ、と深白は脳内で毒づいた。
『まあ、別に構わないけど。それで、何か聞きたいことがあるんじゃなくて?』
 日向 縁。深白よりもさらに二つ若い十四歳という年齢で店を持つ異端児。人の選択肢とその一歩先の未来を視ることが出来る異能者。頼みごとをするとストレスが溜まる上に「代価」を取られるので、正直頼りたくなかった頼れる存在だ。
「まあ、お前も分かってる質問だろうが。あいつ、……『 』のことを知らないか? 二年間探したが、痕跡すら見つけられない。正直、諸手を上げて匙を投げてえぐらいだ」
『知らないわ。……いえ、知りたくない、というのが本音ね』
「早速嘘吐きやがったな」
『……すぐに訂正したのだから赦して頂戴』
 そう騙る縁の声は、冷静な割にどこか沈んでいるようにも聞こえた。そんな機嫌で話されてしまうと、深白もその嘘を糾弾できない。
「何か、分かったのか?」
 糾弾しない代わりに問う。その言葉に、縁はどこか自嘲めいた口ぶりで答える。
『何のために私がハクタイシティ(ここ)に店を構えたと思っているの? 知っていたのよ。悲しいくらいに』
「はっきりしねえな」
 はっきりしないことは、深白は嫌いだった。
『じきに貴方にも分かるわ。トバリシティに居るのでしょう?』
「……ああ。相変わらず気持ち悪いな未来予知(それ)
『貴方も相変わらず失礼ね。……二日後にリナリアって言う紫髪の少女と「 」が来るわ。ロキが目印』
 ロキの名前に反応して、深白の顔に笑顔が広がる。周りで深白を見つめていた人間が見ほれてしまうほどの優しい笑顔だった。
「そっか。ヒノアラシのまんまか?」
『いいえ。マグマラシに進化しているわ。すっごく強くなってるわよ』
「……ほう? そいつは楽しみだ」
『相変わらずのバトルホリックね』
「これしか生きがいがねえからな。とにかく、ありがとよ。もう二日程度滞在して様子を見とくぜ」
 深白が自分の代わりに確認してくれると決まって安心したのだろう。電話越しに少し割れた吐息が聞こえた。
『ええ、そうして。……後、ごめんなさい』
「何がだよ」
『本当は、私が確かめなければならなかったのだけど……。正直、辛い役を回してしまうことになると思う』
「構わねえよ。安心して任せろよ捻くれ女」
『……全く。本当に失礼ね』
 呆れた縁の声。そうだ、お前はそういう風に捻くれていてくれた方がこっちも安心する、と深白は内心ほくそ笑む。
『では今回の代価。貴方が私の代わりに真実を知りなさい。以上』どこか淡白な縁の声を最後に、通話は切れた。
 ツーツー、という切断音がどこか物悲しく聞こえるのは、縁の声が震え、泣いているように聞こえたからか。それとも、“絶望”を確認しなければいけないという深白自身の覚悟故か。
「さて、参ったな」
 暢気に言い放って、深白は早歩きを再開する。
 嫌味なぐらい照っていた太陽が、いつの間に雲に隠れていた。

鳩平欠片 ( 2012/11/13(火) 06:47 )