黒く醜く、美しいだけの少女のお話 - 始まり。
白く染まる世界で


 残酷で凍える、薄暗くて、真っ白な世界。
 地上に広がる白色より濁った灰色一色の曇天を、僕は、大の字に寝転んでぼんやりと見つめている。やることが無くなってしまったので、僕は何時までもそれを続けている。雪が降りそうだ、と他人事のように思った。
 そういや雪が降ったら、動けない僕はどうなるんだろう。
 ただでさえ寒い気候に体温を奪われているのだから、もしかしたら死んでしまうのかもしれない。
 ……そっか、死ぬのか。
 凍えて。震えて。誰にも気付かれないまま、死んでいくのか。
 思考が間延びして、霧が掛かったかのようになっているのは、きっとその「死」とやらが近づいてきているからなのだろうと思う。そんな物騒な思考さえ他人事で、正直、どうでもいい。
 あえて理由を付け足すとするなら、動かなくなった僕の体は、もはや僕の体では無くなったようで、それが自分の死に対して他人事になっている原因かもしれない。
 恐らく、今もその辺を転がっている野生のポケモン。そいつらの相手をしていたら、このざまだ。何体のポケモンを倒したのかなんて、もはや覚えていないし、そんなことを気にする余裕なんで無かった。
 ただ、完全に動くことが出来ないぐらいに、疲れたってことだけは分かる。パワーポイント切れ、と言ったところか。
 無理すれば、ここから動くことも出来るのかもしれない。けど、そんな気力が、生きる力が、僕からは消え失せていた。
「……あー、なんかもう、疲れたな」
 走馬灯を見ることも出来ないぐらいに、身体も、心も、疲弊していた。
 というか、走馬灯に出るような昔のことなんて覚えてないし、前の飼い主の名前などとうの昔に忘れてしまったようだし、何より、どうでもよかった。どうして僕がここに居るのかも、どうして飼い主の顔さえ思い出せないのかも、もはや興味無かった。
 捨てられたのかもしれないし、逸れてしまったのかもしれない。……そんな記憶を、いっそ失くしてしまいたかったのかもしれない。つまりは、その程度の人間で、その程度の記憶だったってことだろう。忘れたいと願う思い出に、価値なんて無いと思うから。
 ただ、どうでもいいのだけれど、寒い。寒くて、あまりに寒くて、眠い。
 寝てしまったら、二度と起きることもないのだろうなと、やっぱり他人事のように思った。
「面倒、だなあ」
 呆気なくて、味気ない。言葉も無い。
 死にたくなかったから今まで必死で生きてきた気がするのだけど、こうやって死にそうになると、なんかもう全てがどうでもよくなってくる。いっそ自分の中の熱が無くなってしまえばこんな寒い思いをしなくて済むのだろうか。
 でも、……寒いのは、嫌いだ。
 体が麻痺したように動かなくなって行き、ゆっくりと死んでいく感じが、底無しの沼に沈んでいくように纏わり付いてくる恐怖が、とても嫌だ。それは酷く居心地が悪くて、いっそ早く殺してくれとさえ思う。
 きっとそれは、僕が炎のポケモンだから。自分の命の象徴である熱が奪われていくのが、明確に分かるからなのだろう。
 そこまで、睡魔に削られた思考を動かしてやっと気付く。
「なぁんだ……。結局僕は、」
 ――死にたくなんて、ないんじゃないか。
 馬鹿馬鹿しい話だ。そもそも生きることに欲求が無いなら、野生ポケモンを蹴散らす必要なんてないし、日本晴れしてまで視界を開こうとする意味もない。死にたくないのに生きるための行動をするわけがない。
 ……はあぁーという長いため息。
 その後に、「死にたく、ないなあ」と、誰にとも無く、なんとなく、どうでもよさそうに、でも、どこか懇願するかのように僕は呟いた。
 誰か、助けてくれないかなあ。
 どうせならこのまま誰かに助けられて、その人のパートナーになって、そのパートナーを信頼して、自らも信頼してもらえる様な、夢物語に出てくるような相棒(バディ)に、なってみたいなあ。
 そうしたらきっと。
 ……きっ、と……。


「……おねがい……っ。死なないで……!」


 吹雪で真っ白に染まり行く世界の中で、優しそうなその声だけが耳に届いた。


鳩平欠片 ( 2011/11/11(金) 22:31 )