爺さんの変な家 2-2
これはハンサムの予想した通りだったが、黒美は無理して起きていたらしい。再びハンサムの背中に負ぶわれ、オーキド博士の家に向かう道を歩き始めると、黒美はこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。脱力している彼女を落っことさないように何度かおんぶし直しながら、国際警察の男は彼女を起こさないように黙って足を運んだ。
背負っているハンサムからは黒美の顔は窺い知ることが出来ないが、きっと可愛らしくて安心した寝顔をしているのだろう。まだ子供でしかない黒美だ。そのくらいあどけない表情で居てくれた方が、子供好きな大人であるハンサムは安心する。
この黒美という少女は、十代の半ばというまだ幼いともいえる年齢だというのに、多くのものを抱え込んでいる節がある。子供に何か“重いもの”を背負わせるのはハンサムの流儀に反するし、何といっても落ち着かない。と言っても、赤の他人であるハンサムがそれを追求する権利など、無いのかもしれないが。
(……全く、最近の餓鬼は大人よりも自分を殺していやがる……)
「空腹でバッタリ倒れていたあの餓鬼」も、「何かを必死で探して迷っていたあの女の子」も、自分のやりたいことを禁じて何か「やらなければならないこと」に追われていて、その有様がハンサムは気に食わない。その子たちに腹が立っているのではなく、頼りにされなかった自分自身が、一番腹が立つ。
そして、ハンサムの背中で眠っている黒美もそうだ。今はモンスターボールの中で気を失っているマグマラシもそう。誰もかれも、“自分のために”人を頼ろうとしない。弱っちい癖に大人を頼ろうとしない餓鬼の存在は、ハンサムをひたすらに苛立たせる。
「……まあ、結局悪いのは俺たちなんだろうなあ」
自分の頭を少し強めに叩いて、ハンサムは悔やむ。
子供が大人を頼らなくなる理由など、大分限られてくる。
まず一つ目に、「自分が思っているよりも大人がすごい存在ではなかった」と、子供心ながら確信してしまうことだ。二つ目に「大人に裏切られて心に深い傷を負った」という理由。そして三つ目が「そもそも大人と根本的に関わって来ず、自分だけでどうにかしてしまった」というものだろう。
言ってしまえば大人の不甲斐無さが、子供の生意気さを生み出しているのではないか。大人がもっとしっかりしていれば、苦しむ子供は生まれないのではないのだろうか。
「と言っても、大人は大人で必死なのだけどな」
大人を責めるのもげんなりするので、ある程度の擁護を自分でしておく。
こんな考えを持つハンサムでさえも、最近は国際警察の仕事が忙しすぎて、他のことは何も出来ないぐらいだ。今日は偶然任務のタイミングと黒美がピンチであるタイミングが重なったからどうにかなったものの、本当は黒美を助けるスケジュール的な余裕なんて無い。
不幸中の幸い。ハンサムが偶然近くに居て、オーキドという匿う人間が偶然居た。この二つのピースが重なったからこそ、黒美はこうして眠っていられる。
(本当に神様ってのがいるなら、子供ぐらいには無償の幸運をあげてやってほしいよなあ)
……なんてことを同僚に言ったら爆笑されそうなものだが。
そういえば、とハンサムは思う。
現在のハンサムの服は真っ赤だ。ロキの血で。黒美とロキを助けるのに集中していて忘れていたが、こんな格好でハクタイシティを歩いてしまって大丈夫だったのだろうか。といってももうすぐで博士の家に到着するから、今更のような後悔だった。
ハクタイシティの夜は昏い(くらい)から、見つかることもなかっただろうと自分で納得しておいた。
「……ふぅ」
オーキド博士の家の目の前に到着して、ハンサムは一息吐く。煙草でも吸いたいぐらいの最悪の気分だったが、オーキド博士が煙草を嫌いだったことを思い出して、ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出すのを止める。魂でも出しかねない長いため息の後、ハンサムはインターホンを押した。
数十秒程度待っていると、皺が深く刻まれた穏やかそうな老人が、扉から顔を出してきた。
「おお、待っておったぞ。……おや、黒美ちゃんと言ったかな? その女の子は寝てしまっているのかね?」
「ええ」
「そうか。きっと疲れてしまったのじゃろうな。ほら、入りなさい入りなさい」
「あー。……では、少しの間だけ」
一瞬、いまだギンガ団の手当てに追われているだろう同僚の姿が頭に浮かんだが、無視することにする。
お邪魔します、と小声で言いながら玄関に入り、そこでハンサムは歩を止めた。
「……どうしたかの?」
「……いえ、このスーツを着たまま入るのはまずいかな、と」
「ああ、そんなことか。気にすることじゃなかろう」
オーキドはハンサムにスーツのジャケットを脱ぐように促すが、そこで初めてハンサムが黒美を背負っていることに気付く。
「ふむ……。まあ別に、汚れて困るようなものはここには無いぞ。その子をベッドに降ろさなければなるまいし、入ってしまいなさい」
「……申し訳無いです」
「気にするなといっているというのに……」
呆れ顔を隠そうともせず、ぽん、と自分より身長の高い国際警察の肩を叩くオーキド。恐らく世界でも有数のポケモンの知識量を誇るその老人には、老いた人間特有の枯れた雰囲気と、聡明かつ温厚そうな表情を併せ持ち、尚且つ、どこか少年のように活発そうな印象見せている。
見た目だけで言えば既に齢70歳以上なのだろうが、雰囲気からこの老人の正確な年齢を把握することは誰にも出来ないだろうと、毎度オーキドに会う度にハンサムは思う。
そもそも、この老人が更に老いて朽ちていく姿が想像できない。これだけ衰えた体で平然と四日ほど徹夜をしてもニコニコと笑っていたり、フィールドワークに行くときに若い研究者を置いてけぼりにしたりするような人だ。
本人曰く「若い頃に色々やったからのう……」と訳の分からんことを言っているが、若い頃に一体どんなことをやったら、老人でもそんな体力が残るのか。不思議というかほぼ怪奇現象である。
黒美を背負ったままだからか、若干乱暴に革靴を脱ぎ、オーキドの案内に付いていく。ワークデスクの方をちらりと眺めれば、今まさに出来上がったと言わんばかりの物凄い数の用紙が積まれていた。
……相変わらずの仕事中毒(ワーカーホリック)っぷりだなあ。
「ここがベッドじゃ。とりあえず寝かせてやっといてくれ」
扉を開いた先には、シングルダブルといった市販のベッドではなく、病院に置いてあるような、病的に真っ白で足に車輪が付いたベッドが据えられていた。確かこれは、それなりに値段がするようなものだったような……。
結局目を覚まさなかった黒美を、その“汚したら呪われそうなほど真っ白で綺麗なベッド”に寝かせ、これまた真っ白い布団を掛けてから、ハンサムは一息ついた。……なんとか血は付かなかったな。
「……これはあれですか。博士が何時か自分でお世話になるだろうってことで取り付けたんですか?」
「何を言う。わしは後50年自分の足で立って生きるぞ」
「……」
息抜き程度に放ったハンサムの冗談に対する切り返しだったのだろうが、この爺さんが言うと全く冗談に聞こえないのが怖いところである。
「それと、そのスーツを貸しなさい」
「え? これですか? 汚れますって」
「気、に、す、る、な。……三度目じゃぞ?」
わざわざ言葉を全部区切って強調した後、くっくと笑いながら血塗れのスーツをハンサムから引ったくり、元気すぎる老人はどこかへと消えていった。
呆気に取られてハンサムが突っ立っていると、オーキドがすぐに戻ってくる。
「……あの、俺のスーツをどこへ?」
「“冷凍室”じゃよ。凍らせると水分が抜けて血が取れやすくなるのじゃ」
……室? 普通の家庭には確実に有り得ないものの名前を聞いた気がする。
「まあ、そんなことは良いのじゃ」
良くないだろ普通そんなものが家の設備にあるわけないだろ、と突っ込みたくなるが、オーキドの真剣な表情に当てられ、ハンサムは黙り込む。
「お主が分かる範囲でいいから、説明してもらおうかの?」
てきぱきと手際良く黒美とロキの診断を済ませ、「ふむ。大分危険な状態だったのは分かるが、ある程度回復しておるから大丈夫じゃろうな」と言ったオーキドの言葉で、ハンサムはやっと背中の積み荷から開放された気がした。
その後、他の部屋で落ち着いて話そうと提案したハンサムに、老人が「この家は誰にも侵入されたりせんよ。過去に何度か入った阿呆はいたのだがね。きっと全員が心にトラウマを残して帰っただろうに」と恐ろしい発言でこの家の安全性を主張したが、ハンサムはあえてこの病室みたいな部屋で説明することにした。
心配性だとオーキドにまた呆れられたが、心配とはちょっと違う気がする。黒美とロキの存在が気になるのだ。……断っておくと、恋なんてものでは談じてない。
とりあえず、ハンサムは出会いの経緯から自分の分かる範囲で片っ端から話し始めた。一般人からしたら荒唐無稽の信じられないようなエピソードだったが、オーキドは顔色一つ変えず、冷静沈着な態度を全く崩さずに聞き入っていた。
時間にして、およそ15分程度だっただろうか。それなりに長いハンサムの説明が終わり、今まで考えに沈んでいたオーキドが口を開く。
「ふむ……。つまりはギンガ団とこの娘のポケモンがドンパチやらかしていたところを、ハンサム君が保護したと」
「正確にはドンパチやらかした後の二人、……ではなく、一匹と一人を保護したんですけどね。……ただ、」
「……ただ?」
「……本当に二人を保護すべきだったかどうかは自分にも判断出来ないのです。その場の勢いで助けてしまったようなものなので」
ハンサムは自信無さげに言うと、オーキドはしゃがれた声で笑った。
「まあ、大丈夫じゃろうよ。保護したところで二人は問題を起こしたりはせん」
「……何を根拠に言ってるんですか。そのマグマラシは、何十人ものギンガ団団員を半殺しにしたんですよ?」
「根拠、のう……? 私は研究者じゃが、ポケモンと人との関係に理屈はいらんと思っているのだがね」
自分の浅はかな判断を責めるハンサムに、聡明な老人は穏やかに告げた。
「黒美と言ったかな。この少女の体には傷一つ無かったのじゃよ。切り傷はともかく、気絶させるために頭を殴打して昏倒させるぐらい、あの乱暴なギンガ団ならやりそうなものじゃが、それも無かった。というと、このロキというマグマラシは、黒美という少女を背に庇いながら、指一本手出しをさせずにギンガ団を壊滅させたことになる。つまりこのマグマラシは、少女のためならどんなことでも遣って退けるということじゃろう」
「でも、それでは……」
「少女ためならなんでもやるというのはのう。逆に言えば『少女のためなら何でもやらない』ことすらやるということなのじゃよ」
オーキドの言葉に、ハンサムは黙り込む。
「このマグマラシにとって黒美は、命に代えてでも守りきらなければならぬ存在だということは、容易に判断出来る。じゃが、自らの体さえ省みない怒りと暴走具合で、ギンガ団を殺しかねない雰囲気だったという話を聞くとのう、『このマグマラシのトレーナーの少女は、過去にギンガ団に何かをされた』のじゃないかと思うのじゃよ」
何かを……? 何とは聞けなかった。
ハンサムに想像できる範囲内でも、その答えはおぞましすぎた。
「マグマラシは、本当にギンガ団の連中を殺したかったのじゃろうな。殺したくて殺したくて仕方がなかったのじゃろう。じゃがな、あのマグマラシは誰一人として殺さなかった。致命傷すら与えなかった。そういう報告が先ほど届いたのじゃろう?」
ハンサムは、先ほど届いた同僚のポケッチのメールの内容を思い出す。
――ハンサムさん。これって一体どういう状況なのでしょうか? ギンガ団員全てが酷い怪我を負っているのに、命の危険に関わるような致命傷を負っているような人間もポケモンも、誰一人居ないのですよ。多分全員が助かる命だ、大丈夫だとはハンサムさんが言ってくれていましたが、これだけの状況下で死者が一人も居ないのは、普通に考えると異常じゃないでしょうか……。――
「何故かの? ポケモンは人よりずっと優しく、憎しみも強く、感情も分かりやすい。トレーナーを恨んだポケモンが凶暴化して、人間に多大な被害を及ぼすというのはままある話じゃ。悲しいことじゃがの」
それはハンサムにも分かる。
国際警察という立場である彼は、そういうポケモンを何度も沈静化させてきたからだ。
「お主も分かってるじゃろうが、あのロキと呼ばれるマグマラシもな、その凶暴化したポケモンの類に居てもおかしくはないのじゃ」
「では、何故……?」
何故ロキは、ギンガ団を誰一人として殺さなかったのか? と言っても、その疑問はハンサムの中でもほとんど解決している。
「黒美が、居たからじゃろうよ」
不意に、ハンサムが黒美に視線を動かす。
安らかな寝息を立てる黒美は、天使のようだった。そう形容するしかない美しさが、彼女には備わっていた。
「きっと黒美が、誰も殺さないでとロキに願ったのじゃ。それ以外、ロキがギンガ団を殺さずに居た理由が思いつかんのじゃよ」
そんなことをされたら、黒美を大切にしているロキは殺しなんか出来なくなってしまう。マスターを大切にすればするほど、マスターの嫌がることは出来なくなる。だからこそロキは、自らの殺意を完全に抑え込んだ。抑え込むことが出来たと、オーキドは言った。
自らの最も大切なものを傷つけた輩を、殺すことが出来ない。それが、大切なものの意志だったから。……それは、あんまりなんじゃないのか? 大切なものを想う心が、大切なものを想う心に封じられてしまうというのは。
「わしだったら耐えられんよ。……耐えられなかったことも、あるしのう」
ぼそりとオーキド博士が何かを呟いたように聞こえたが、その言葉はハンサムには届ききらなかった。
「まあつまり、どこまでロキ君が怪物染みているのかは分からんのじゃが、黒美がいるうちはある程度彼の行動も制御されるだろうと言うことじゃ」
「なるほど。あの化け物にも心はあるということですか」
「そういうことじゃ」
うんうん、と腕を組みながら満足そうに言う爺さん。
「でもやっぱり、少し呑気な考えのような気も――」
「…………なんか知らないけど、随分好き勝手言われてるんだね。化け物だのなんだの」
「なっ!」
どこからともなく聞こえた声に、ハンサムは驚愕の声を漏らした。
「凶暴化って何さ? そんな能無しポケモンと一緒にしないで欲しいよ。僕はただ単純に『冷静に奴らを殺そうとした』、それだけだ」
誰も開放スイッチを押していないモンスターボールから、赤い光が飛び出る。
「まあ、あんたらが言うように僕は黒美を悲しませたくないんで。我慢したっちゃしたさ。ただ、次黒美に手を出したりしたら、今度は本当に殺すと思うよ」
「ふむ……。君がロキ君かな?」
ぺらぺらと人語を喋る奇妙なマグマラシを見ても、モンスターボールから勝手にポケモンが出る光景を目の当たりにしても、オーキド博士は微塵も動じていなかった。場数が違うな、とハンサムは苦笑を漏らす。
「そうだよ。それが何か?」
「いや、相当な無茶をしていたと聞いていたからのう。まだ休息も足るまい? まだボールで休んでおいたほうがいいのではないのか?」
「……まあ、正直今戦闘はしたくない。……でも黒美が心配だし、まだあんたらを信用出来てるわけじゃないから。ボールの中は嫌いだしね」
まるで自らの体調を案ずるかのようなことを言うオーキドに怪訝な視線を向けてから、ロキは黒美の近くに寄り、オーキドへの興味を無くしたかのように視線を黒美に変える。
彼女へ向ける視線は、気遣いと、心配と、どこか寂しさも伴っているように見えた。
「ボールからわざわざ面倒なことして出てきたのは、一言だけあんたら言いたいことがあったからさ。それを言ったら僕も休むとするよ」
「お主の体力の状態だったら、それが正解じゃろうな。で、何かね?」
オーキドの言葉に、ロキが国際警察と博士に向き直った。
「黒美を助けてくれて、ありがとう」
そう言って、ロキは頭を下げた。
想像もしなかったマグマラシの言葉に、ハンサムは絶句。そんなハンサムの様子とは裏腹に、オーキドは思いっきり噴き出した。
「はははははは! こりゃ傑作じゃ! いい子過ぎるのうお主は!」
「……別に、僕がいい子な訳じゃないよ」
何故笑われたのかが納得できないのか、ロキが若干憮然とした表情で言う。
「黒美が優しすぎるから、僕はその優しい命令に従ってるだけ。本当にいい娘なのは、黒美の方だ。それに、恩人に礼を言わないのは僕の流儀に反するからね」
「だとしても、そんな黒美のことがお主は好きなのじゃろう? だったらいい子じゃ」
「な、何をむちゃくちゃ言って……」
「トレーナーを守ろうとするポケモンに悪い奴なんぞ居るか。ほれほれ」
「な、撫でるな鬱陶しい! うざい!」
照れているわけじゃなくて、本気で嫌がっているようだった。
「ささ、わしに撫でられるのが嫌ならさっさと寝てしまいなさい」
「言われなくてもそうするさ! ……ったく」
「なんなんだよ……」とぼやきながらも、ロキは黒美が寝ているベッドに逃げるように潜り込んだ、……本当に嫌だったようだ。わしゃわしゃと皺だらけのオーキドの手に撫でられるロキは、若干涙目になっていた気がする。
「ふむ。お疲れさん。お休み」
「ああ、お休み」
……それでも律儀に返答する辺り、ロキがいい子だと言うのは間違いないようだが。
布団から顔を出したロキは、モグラのようにも見えて少し間抜けだった。
「……守りたいものぐらいは、しっかり守り切るんじゃぞ?」
オーキドとハンサムから背を向けたロキに、オーキドが呟くように言った。その言葉だけ明らかに語調が違ったが、ロキは返答しなかった。既に分かっていることなのだろうと、オーキドはすぐに判断した。
「さてハンサム君。私たちはこの部屋から失礼することにしないかね?」
オーキドの穏やかな声に話しかけられて、ハンサムはやっと意識をこちらに戻すことが出来た。
「……へ? 何故です? ここに私たちが居た方が黒美たちも安全なのでは?」
「まあ、確かにそうじゃろうな。だが、君は“あれ”を見ても二人きりにさせないというのかね?」
「あれ? ……!」
ハンサムはオーキドが指差す先、黒美とロキが眠るベッドを不思議そうに見て、ハンサムは再度言葉を失った。
いつの間にか、黒美の腕の中に潜り込んだロキが、一定のリズムで寝息を立てている。そして黒美もロキを拒むことなく、その細い腕で抱き締めていた。
ロキも黒美も、憑き物が取れたかのように気の抜けた表情をしていて、見ているハンサムまで眠くなってしまいそうだ。
まるで、“そうあることが当然かのように”。“今まで離れていたものが、しっかりと繋がるかのように”。
邪魔してはいけないと感じさせる、そんな暖かな光景になっていた。
「分かったかね? これを邪魔したら、男が廃るぞハンサム君」
和やかな笑顔で「邪魔者はさっさと消えうせるべきだ」とのたまうオーキドに、ハンサムは今日何度目かも分からない苦笑を零した。確かに、二人を起こしてこの状態を引き剥がすのは非道にも程がある。
オーキドに連れられ、部屋を出る際、もう一度だけ二人の姿を見た。
写真家が何百枚と写真を取りそうなほどのベストシーンは、正体不明だった少女とマグマラシを、ただの少女とポケモンに仕立て上げている。それを見ていると、難しく考えすぎていた自分自身にハンサムは呆れてしまった。
「この娘たちが幸せにならないのは、間違ってるよなあ……」
扉を閉めながら、国際警察のお人好しは誰にともなく呟いた。