道行く一人のトレーナー
*
『おい』
誰か、ではなく“何か”の声。
『聞いているのか?』
「ああ、……聞こえてるよ。“セイド”」
そう答える声の正体も何かは分からない。
遠目から見ると、そいつは薄暗い世界に浮かぶ幽霊のように見える。それほど線が細くて、白い立ち姿だ。
恐らく、彼女と彼とも知れないそいつの髪が、真っ白で、膝の裏側に届くほど長いのが要因なのだろう。
『で、どうするんだこれから』
「んなもん、“あれ”を探すためにもうちっと街を歩いて、……うわ、雪降ってきやがった。さっさとポケモンセンター見つけて休む方向で行こうか」
成り行きに身を任せているのがありありと分かる真っ白な影の発言に、化け物染みた青い姿のそいつが頭を抱える。獣の類だろうが、獣のきぐるみを纏った人間としか思えない仕草だ。
『……全く。貴様は本当に宛てという物が無いのだな』
「仕方ないだろ。俺はどっちかっていうと恨まれる立場の人間なんだからさ」
『計画性の話をしているのだ私は』
「そんなもん、尚更無えよ」
『余計に駄目だろうが』
白い影の適当さ加減に呆れ返る尊大な態度のそいつは、巨大だった。
背中までの高さだけで大の大人よりもでかい。大きな水棲のトカゲ染みた姿をしていて、見る者を威圧するかのようなヒレを、頭部に二枚、尾に一枚備わっている。青色の鈍重そうな体から生えた二本の腕には、巨大な岩石を軽く粉砕する怪力が備わっているそうだ。
ホウエン地方にのみ生息する珍しいポケモン、「ラグラージ」だった。
「お前だって大した案は出してこなかっただろ? とりあえずヨスガシティには付いたし、『最強のトレーナー』が居るらしい場所にも近づいて来たんだから、それでいいじゃねえか」
『三日間ハクタイの森を彷徨った奴が何を言おうと、信用できるわけが無かろうが。“深白(みは)”』
「はいはい」と説教くさいラグラージに返したそいつ――深白は、長い白髪を鬱陶しげに掻きながら歩いている。
女性にしか見えない風貌、というよりは、“信じられないぐらいの美少女”にしか見えない風貌だが、横暴で適当な口調と、男らしい仕草、ほとんど気にもしていないジーンズにカーディガンと言った簡素な服装のせいで性別が今一判別付かない。といっても、姿形はどっからどう見てもやはり女性のそれなのだが。
『邪魔なら髪を切ったらどうだ』
「面倒くせぇ」
『……もう、間違われてもフォローせんぞ?』
「間違われねえよ」
吐き捨てるように言う深白。
『そういいつつ貴様、最期まで“あの娘”に男だと信じてもらえなかったではないか』
「……、うっせえ」
……どうやら、“彼”はほんとに男性らしい。
『キッサキシティに戻ったときに、あの娘は既に居なかった。お主と同じぐらいの年齢だと考えるに、あの娘はもう旅に出てしまっているだろうな。だとすると、再会は相当大変だぞ? ……全く、連絡先ぐらい教えればよかったものを。素直じゃない奴だ』
「……あんときは“奴ら”に追われていたからな」
ため息と共に、その整った顔に苦い表情を浮かべる深白。
「俺だってもうちょっとゆっくりしていきたかったさ。ただ、それでキッサキシティの住民に迷惑を掛けるのは居た堪れないからな」
『ふん、あの娘に迷惑を掛けたくなかっただけの餓鬼が何をほざく』
「うるせえっつってんだぞ」
淡々とした語調をほとんど変えないまま、セイドの方に振り返りもしないまま、深白は言う。
「んで、何人だ?」
『18人』
「多いな。足りないけどよ」
腰に付いているモンスターボールを弄びながら、真っ白な少年は詰まらなさそうに言う。
『それぞれポケモンは3匹持っているとして、大体雑魚が54匹というところだ』
「足りないな」
『指示は要らんぞ。力技で十分だ』
「んなこた分かってるよ。せっかく街まで来たのに面倒くせえ……」
そう言って、真っ白で美しい少年はそのまま来た道を引き返していく。
『おい。どこへ行くつもりだ』
「お前、街中で“だくりゅう”ぶっ放す気か? んなことしたら“建物が崩れる”ぞ」
『力技でいいと言ったはずだが』
「それが面倒くせえんだってんだよ。一掃しちまえばいい」
『……仕方の無い奴だ』
呆れ顔で先行し始めたラグラージを横目に、深白は再度大きなため息を吐いた。
「参ったな……。ほんとあいつどこにいるんだろう」
――その後、海も何も無いはずのヨスガシティで『津波』が発生し、それに巻き込まれ、気絶した“変な服装の連中”が病院に運び込まれるのは、また別の話……。