始まり。
無謀で、平凡な 3-2

(なんか、変な奴が住んでるんだな……。この家)
 無愛想なのか気が利くのか、結局どっちか分からなかったリナリアに対してのロキの感想がそれだった。
 ちなみに、ロキも黒美ももう食事は終わらせていて(ちなみに、黒美が食事を済ますのには一分かからなかった。凄まじい食べっぷりだった)、黒美はリナリアに頼まれて絵のモデルに、ロキは何をするでもなくだらだらしていた。
 ちらっ、と黒美とリナリアの方を見れば、黒美はベッドで座ったまま硬直しており(緊張してるのか?)、逆にリナリアはスケッチ片手に女の子座りでこれ以上ないぐらいリラックスしている。
 手元を少し覗き見してみたい。……のだけど、言葉どころか吐息もほとんど吐かない、集中したリナリアの雰囲気がそれをさせてくれなかった。
(暇だ。幾ら安静にしてなきゃいけないとは言え、暇すぎる)
 暇は嫌いだ。何もさせてもらえなかったあの頃を思い出して嫌な気分になってしまうから。
 ……ただ、動いたら悪いと思っているのか、ベッドの上で石像のようになっている黒美の姿を見ると、なんだか暇だとぼやく気も失せてしまう。
 表情が全部偽物のように見える黒美が、それでもどこか可愛らしいのは、仕草で彼女の性格がほんの少しだけ滲み出るからだと思う。ただ大体の場合、黒美がそんなものを見せる前に、人からは嫌われてしまうのだろうけど。
「……そういえば、ですけれど」
 不意に、鉛筆を動かしたままリナリアが口を開く。
「黒美さんは、あのギンガビルから逃げ出してきたのですよね?」
(! 何聞いてんだ、こいつは?)
ロキがすっと目を細めてリナリアを見据える。
「……、そうだけど。それがどうかしたの?」
「いえ……。そうですか」
「……?」
 不思議そうに首を傾げた黒美を「なるべく動かないでください」とぴしゃりと言いつけて再び石化させてから、リナリアは再び台紙と睨めっこし始めた。
 それなりに察しのいいはずのロキにすら、リナリアは何を考えているかさっぱり分からない。ただ、その横顔は、形容しがたい感情を曝け出していた。
「……リナリアちゃんは、さ」
「はい」
 少しだけ聞きづらそうに、手探りで言葉を零す。
「どうして、私を描こうと思ったの?」
「黒美さんが綺麗だからです」
 即答だった。一フレームの間もない即答だった。「きれっ……!?」と率直な言葉に、黒美の石像が鉄像に突然変異を起こした。
「はい。正直、黒美さんほどの美人は世界中探してもそうそう見つからないのではないかと思うぐらいの美人です。……というのは“今”の感想ですので、正直お腹をしっかり満たしてから痩せすぎの身体に女性的な肉感がつけば、もっと美人になると思います。美人過ぎて男が近寄れないのではないかと思うぐらいの圧倒的美人さです」
「あ、え、え? ええ?」
 突然饒舌になる紫髪の少女。心なしか鉛筆の動きも早くなった気がする。
「髪はほとんど手入れできていないとは思えない艶ですし、スタイルも抜群。顔立ちも隙無し。そして、雰囲気もなんとなく儚げで美しい。そんな女性が、ベッドの上で布団を被ったまま座っている。映画のワンカットにも出てきそうなそんな風景を書き取らないのは、画家として失格ですからね。許可さえ取らせてもらえれば幾らでも、というか何枚でも描きます。描けます」
「そ、そっか……」
 元々人に不慣れな美少女――今まさに褒めちぎられまくった黒美は、完全にリナリアの勢いに圧されて、完全に身体が引いていた。
 その様子を見て、リナリアが少しだけしおらしくなってから「すみません……」と小さく謝る。どうやら、自己中心的だったり空気が読めなかったりするわけじゃないらしい。……と言っても、再度「動かないでください」と言って黒美を再び石像にしていたが。
(そりゃ、まあ、あれだけ落ち着いた雰囲気を見せていた女の子が突然饒舌になったら、ビックリするよね)
 と、相変わらずの人間っぽい仕草でロキが頭を掻く。現に、割と冷静にこの“意味の分からない状況”を眺めていたロキがビックリしているのだから。
 低姿勢なのか高圧的なのかも分からないから、黒美も関わり方に困っているようだった。
 動くことも出来ないし、かといってリナリアが本気で自分のことを書いてくれているのでその気持ちを無碍にすることも出来ず、黒美は本当に困っているようだった。というか、ちょっと泣きそうだった。
「あ、……もう動いても良いですよ」
 そんな黒美の様子を見ていられなくなり、ロキが、そろそろ助け舟を出そうかなと思い始めたところだった。
 リナリアの救済の言葉に、黒美が全力で脱力。かっくん、と綺麗に上半身が折れた黒美の姿に、流石にリナリアも苦笑。
「鉛筆画なのですけども、」「見せて!」
 布団に顔を埋めているのに、妙にはっきりした声で黒美が即答。
「分かりました」
 表情は苦笑のまま、リナリアは台紙を黒美に差し出す。
 がばっと勢い良く身体を起こして、黒美はスケッチブックを見た。
「……美人、過ぎない?」
「そんなことありません」
 まず自虐から感想を言う黒美の言葉を、リナリアは全否定した。ロキも黒美の背後に回り、肩から顔を出してスケッチブックの中を見る。
 ……結論を言ってしまえば、リナリアが描いた黒美の絵は非常に良く描けていた。黒美のぼんやりと曖昧な表情も、ちょっと緊張した雰囲気も、彼女のべらぼうな綺麗さも。
 白黒の鉛筆画かつ、黒美に無理させないために十五分程度の時間で仕上げたというのに、美術に全く興味のないロキも感嘆してしまうぐらいの出来だった。
 ……黒美の表情なんてものは、幾ら写真で撮っても写し取れないものだと言うのに。
「らくがきみたいものなのですが、良ければ貰ってください」
「えっ? いいの?」
「はい。是非」
「ありがとう! 大事にするね」
 自分の描かれた台紙を抱き締めて、黒美は本当に嬉しそうに笑う。先ほどまでのおずおずとした口ぶりからは信じられないぐらいの、満面の笑顔。見るもの全てに笑顔を伝染させてしまいそうなそれは、仏頂面ばかりだったリナリアの表情も綻ばせてしまうほどのものだった。
「そこまで喜んでもらえるなんて……。絵師冥利に尽きます」
 ふふ、と歳不相応にリナリアは上品に微笑んだ。
 ぽんぽんとワンピースに引っ付いた消しゴムの粕を払い、「そうだ」と何か思いついたように呟き、立ち上がる。
「黒美さん」
「はい?」
「もうちょっと身体を動かせるようになったら、外で買い物でもしませんか?」
 リナリアの突然の、危険とも言える提案に、黒美の笑顔が迷いで曇った。
「……え、と、まだ身体も十分に動かせないし、いいかな」
「……ギンガ団に狙われるのが心配、ですか?
 それとも、ギンガ団に狙われた際に、オーキド博士やハンサムさんや私に、“迷惑をかけるのが嫌”なのですか?」
「……」
 リナリアの鋭い指摘に、黒美は俯いて黙り込んだ。
「大丈夫ですよ。私は、黒美さんが思っているほど弱くありません。オーキド博士や、ハンサムさんも同じです。だから、少しぐらい信頼してもらっても構いませんよ」
「……、それは、分かってる」
小さな声。
「でも、今の私にそれは、判断できない。
 ……ロキは、どう思う?」
 自分じゃ判断しかねたのか、黒美がロキの方を向く。
 ……仕方がないな、と思いながらも、黒美がリナリアを信頼したのは確認したので、自分の“秘密”を曝け出すことにした。
「――そうだねえ。僕は正直、まだしばらく外には出ないほうがいいと思ってる」
 ロキが喋りだしたことにリナリアが目を丸くして驚いているのは無視して、続ける。
「奴らギンガ団の実験でも、僕や黒美は貴重な『成功例』だからね。まだまだ弄り回したいところもあると思うよ」
「……実験? 成功例?」
「質問とか詮索は無しにしようか。あまり話したいことじゃないし君を巻き込むことにもなる。君だって、僕らを自分の都合に巻き込まないために色々隠し事しているだろう? それを問い詰める気も責める気もさらさら無いけど、こういうのはフェアで行こうじゃないか」
「……そうですね。その通りです。少しアンフェアでしたね」
 反省したのかは知らないけど、リナリアはベッドの近くに置いてあった椅子を寄せて、そこに座った。
「貴方、喋るのも驚きましたけど、それ以上に驚くぐらい聡明なマグマラシですね」
「お褒めに預かり光栄に御座います。君だって10歳前後とは思えないぐらい大人びているじゃないか」
「……、皮肉も流暢ですね」
 呆れて物が言えない、と言わんばかりにリナリアが諸手を挙げる。
「僕は、奴らギンガ団を侮ることは出来ない。蛆のように団員が沸いてくる気味の悪い組織(マフィア)だからね」
「間違いありません」
 うんうん、と二人で頷きあいながら容赦ない言葉を連発するロキとリナリア。
 普通に意気投合していた。
 というか、ロキが喋っているのにいつの間にか平然としているリナリアは、かなり適応能力が高かった。黒美も大概人のこと言えないのだけど。
(まともに会話するのは初めてなのに、なんでこんなに息が合っているんだろう)
 黒美は思わず首を傾げる。そういえば雰囲気もちょっと似ているし、実は似たもの同士なのだろうか。しかも同属嫌悪もほとんどしない、珍しいタイプの。
「だから、基本的には外出は反対。ただ、黒美が望むなら構わない。どうせ守るし。そのぐらいの意見だよ」
「……と、パートナーのロキ君が申していますけど、どうします? こうなった以上、ロキ君も私も博士もハンサムさんも、巻き込まれる覚悟ぐらいは出来ていると思います」
「まー、そりゃそうさ。僕が連れ出したんだし」
「それに、引きこもってても楽しいことなんてありませんよ」
「まー、そりゃそうさ。面白く無さ過ぎるから連れ出したんだし」
 初対面にしては上出来すぎる阿吽の呼吸で、二人は息ぴったりだった。
 既に二人は、「本当は外に出て遊びたいと思っている」黒美を外に出かけさせる気満々の様子。そんなだから黒美もだんだん反対するのが馬鹿馬鹿しくなって、開き直ってもしまおうかとも考える。
「……ロキ、最初から反対する気、無いでしょ?」
「バレた?」
 そういってロキは、くくっと不敵に笑う。
「せっかく外に出られたんだ。外の世界、しっかりと楽しむべきだよ。きっと黒美や僕が想像している以上に、楽しいだろうから」
 まあ身体綺麗にしたり、もうちょっと太ったりしてからだろうけどねー、とロキが言って、リナリアがその言葉にうんうんと頷く。
(なんだかなあ)
 難しく考えている私がバカみたいだ、と柄にもなくため息を吐きそうになる黒美。
 つまるところ、この二人が意気投合してしまった時点で、彼女の選択肢は一つだ。
「……うん。分かった」
 半ば誘導尋問みたいだったが、元々黒美も「そう出来ればいいな」と考えていただけに依存はない。
 今は、自分を守ってくれると約束してくれた二人を、信じるのみ。

「――少しの間かもですが、よろしくお願いします」
 無駄に畏まった黒髪の少女に、リナリアとロキは笑いかけた。




鳩平欠片 ( 2011/12/18(日) 02:29 )