08.ポッポの依頼
†ゆうれいやしき・地下 “トルネード”の部屋†
探検隊バッジをもらってから、数日がたっていた。
今、“トルネード”は、何度か簡単で弱いダンジョンにもぐり、いくつか依頼もこなしていた。ぴかぴかの探検隊バッジを使うのにも、少し慣れてきた頃だ。
まもなく、次のランクにあがれるだろう。
「依頼、そろそろうけにいく?」
シェーラが言うと、ベッドでごろごろしていたトトは勢いよく起きあがった。
「うん。いこいこ!」
地下から階段をのぼって、一階に行き、玄関ホールを横切って掲示板部屋に向かう。
「今日はどんな依頼をうけようかな…、と」
二匹が部屋に入ると、そこにはすでに先客がいた。
「あれ誰だろう…」
「むー?」
そのポケモンは掲示板を眺めていたようだが、声が聞こえたのか、入り口にいるシェーラ達の方を向いた。白くなめらかな絹が、ふわりとひるがえった。
「…はじめまして、かな?」
耳に心地の良い、上品な声だった。
黄緑色の頭に、耳飾りのような赤い突起。細身で長い手足に、スカートのように広がる白い裾。首には探検隊員であることを示す、♂専用のスカーフを巻いている。
(キルリアだ…)
可憐な姿にちょっと見とれていたそのとき、一瞬だけ、目の焦点があわなくなったかのように、キルリアの全身がぶれた。
(あれ)
シェーラはどきりとした。今の一瞬、キルリアがうすっぺらい紙のように実体のないものに感じられたからだ。
(目の調子が悪いのかな…?)
目をごしごしとこすってもう一度キルリアを見ると、一瞬感じた違和感はきれいに消えていた。
(気のせいか)
「はじめまして!」
隣でトトが元気よく挨拶をした。それに続いて、シェーラもキルリアに向きなおって軽く礼をする。
「はじめまして。あたしはシェーラ。こっちのトゲピーはトトです」
トトは手をあげて敬礼もどきをした。
「トト達は新しい探検隊です!みんなの平和を守るハッピートルネードです!」
「待って。ハッピートルネードって意味的にどうなのよ」
「えへへー」
二匹が話すのを見て、キルリアはにこりと微笑んだ。
「そうか。君たちがウワサの新しい探検隊なんだね」
「うわさ…?」
「トト達有名なの?」
身に覚えはない。しかし、キルリアはうなずいて言った。
「うん。一部では、ね。あの頑固で有名なギャラドスを痛い目にあわせた新しい探検隊がいるって」
「…え?」
驚いて少しフリーズした後、シェーラは片手をぶんぶんとふった。
「嘘です、それ。むしろあたし達がギャラドスに痛い目にあわされました…。攻撃はひとつも効きませんでしたし」
「トト達、親方さん達とグレンさんに助けられて、やっと帰ってこれたんですよ?」
トトの補足説明に、キルリアが尋ねた。
「そのグレンって、リザードのことかな?探検隊のくせにパートナーのいない、あのリザード」
疑問というよりは、わかっていることをあえて確かめるような口振りだった。パートナーがいないというのは初耳だったが、リザードのグレンといえば、奴しかいないだろう。
シェーラ達はあの日以来、グレンと言葉を交わしていない。だから、彼の名前を聞いてシェーラが思い出したのは、湖からの帰路で言われたむかつく発言の数々だった。
シェーラは少しむっつりとしながら言った。
「そうですよ。あのがさつで空気の読めないリザードのグレンです」
キルリアは「ふうん」と面白そうに笑った。
「君も、ボクと同じように彼のことが嫌いなんだね」
「…え?」
聞き返したが、キルリアは「それじゃあ、これからよろしくね。ハッピートルネードさん」と言って部屋からでていった。シェーラ達はその背中が見えなくなるまで、言葉なく見送った。
しばらくして、シェーラが呆然とつぶやいた。
「なんなんだろう、あのキルリア…」
「お名前、聞き忘れちゃったね」
「あ」
気づいた時にはもう遅かった。
(あーあ。知り合いが増えるチャンスだったかもしれないのに…)
シェーラは自分のうかつさに嘆息し、白い天井をあおいだ。
(ま、同じギルドみたいだし…また会った時に聞けばいいか)
気をとりなおして、トトが掲示板をながめた。“トルネード”はレベル的にも経験的にも気軽に行けるダンジョンは少ない。だから、選べる依頼の数も自然と限られていた。
「これはどうー?」
トトが指をさした紙の内容を声にだして読んだ。
「【カトラ雲山・ふもと】の5Fまで
連れていってください。
報酬はワザマシン【かわらわり】です。
依頼主:ポッポ 」
「カトラ雲山って、どんなところなんだろう?」
依頼の文字もダンジョンについての地域もさっぱりなシェーラが首をかしげた。これにトトはしっかりと答えた。
「【カトラ雲山・ふもと】は、あんまり強いポケモンはいないの。トト達でも大丈夫。でも、【カトラ雲山、山頂への道】のポケモン達は強いから、トト達には早いかなぁ」
「へえ。ひとつの山に二つダンジョンがあるのね…。うん。あたし、この依頼でいいと思う」
「それじゃあ、けってーい!」
「さっそく、依頼主のポッポのところに行こっか」
シェーラは依頼の紙を掲示板から取って、裏面を見る。そこには依頼主の住所の地図が記されていた。シェーラはバッグから地図を取り出して開いた。
「ウェストタウンの隣の村だ。近いね」
トトも地図をのぞきこむ。
「カトラ雲山もすぐそばですねー」
シェーラは依頼の紙をていねいに折って、地図と一緒にバッグに入れた。
「よし。依頼主と一緒にダンジョンに行くから、オレンの実を多めに買っておく?」
「トトは賛成です!」
先日、オレンの実は買えるということを親方に教えられ、学んだ二匹である。
シェーラは手持ちポケをとりだした。そして、その量の少なさにげんなりした。たったの150ポケしかない。銀行にあずけているのも500ポケくらいだ。
そんな事情も知らず、トトがねだってきた。
「グミ買おう?しろいグミ!」
「だーめっ」
シェーラは厳しく断る。探検隊“トルネード”のお金は全てきっちりシェーラが管理していた。
「甘くておいしいグミぃ…」
トトは切なげな声をあげるが、シェーラは折れない。
「うちは貧乏です」
「むぅー」
「リンゴで我慢しなさい」
「スペシャルリボン買うなら…トト我慢するよ!」
「グミより高いよそれ!」
†鳥ポケモンの村†
依頼主の住所として、二匹が訪れたの村は、巨木がいくつも並びたっている場所だった。どうやら、鳥ポケモンばかりが住む村らしい。
こんなに大きい木だとのぼっていくのも大変そうなので、シェーラは頭上の枝の方へ叫びかけた。
「依頼をうけてやってきましたー!探検隊です!」
「ポッポさんいますかー?」
しばらくサワサワ、という木の葉の音だけが鳴った後、「今そっちに行くよ」という少年の声が真上の方から聞こえて、顔をあげた。
ばさり、という翼がはばたく音。見ると、木漏れ日をさえぎる大きなシルエットがあった。オオスバメだ。依頼主のポッポではない。
と、思っていたら、シェーラ達の目の前に降りたったオオスバメの背には、小さなポケモンがちょこんと座っていた。ポッポだった。
(鳥ポケモンがどうして鳥ポケモンの背に…?)
ポッポが背から降りると、オオスバメはそのまま何も言わず、木の上の方へ戻っていった。その姿を目で追うシェーラ達に、ポッポは自己紹介を始めた。
「僕が依頼主のポッポ。名前はハヤテ。よろしくお願いします」
小さなポッポは礼儀正しく頭をさげた。シェーラ達も礼を返し、いつものように挨拶を返す。
「あたしはシェーラ。シェーラってよんでね」
「トトはトトです!ハヤテさんのことはなんて呼べばいいですかー?」
「ハヤテでいいよ」
シェーラはうなずいた。それから少し言いにくそうに言葉をきりだした。
「…ハヤテ。実は、あたし達はまだ結成したばかりの探検隊なの。だから、まだノーマルランクなんだけど…」
そこで突然、ハヤテが表情を一変させた。何故かとても嬉しそうな表情だ。
(…な、何?)
シェーラがとまどって口をつぐむと、ハヤテは興奮した口調で言った。
「シェーラとトトって…もしかして探検隊“トルネード”?」
「そ、そうだけど…」
すると、さらにハヤテは二匹につめよる勢いになった。
「僕、噂で聞いたんだけどさ!新しく結成されたばかりの探検隊“トルネード”が、東の森の、あのギャラドスを唸らせたって本当!?」
「………」
シェーラは頭が痛くなった。キルリアが言っていた噂は想像以上に広まっているようだ。
「それ、勘違い…」
「え!?」
「うふふ。トト達、とっても有名ね!」
トトは単純に喜んでいるらしかった。いや、喜ぶな。
「間違った噂で有名になっても…ねえ」
シェーラの言葉にハヤテは急にしぼんたようになって「でも、ギャラドスさん自身が公言してるし…」などとぶつぶつつぶやき始めた。
シェーラは言い聞かせるような口調になった。
「あのね。たぶん、それはあたし達のことじゃなくて、リザードのことだと思う」
ハヤテは少しだけ顔をあげた。
「リザードってグレンっていう名前の?」
「そう」
すると、ハヤテは少し考え込んでから、納得したような表情になった。
「まあ、スーパーランクのグレンさんならギャラドスとも対抗できるよな…」
そのつぶやきに、シェーラはちょっと驚いた。
(あいつって、スーパーランクだったんだ)
スーパーランクといえば、上からふたつめのランクだ。シェーラはランクにこだわりを持っていなかったが、自分達とグレンとの間にはっきりとした差があることはわかった。強いな、とは思っていたが、ランクを聞いてあらためて納得する。本当に実力があるのだ。
(ま、それは今は置いといて)
「噂の真偽はともかく、出発しない?ハヤテは用意できてる?」
ハヤテはうなずいた。
「大丈夫。カトラ雲山までは僕が案内するよ」
†
カトラ雲山はすその広がった大きな山だ。標高はある程度高い。雲山、という名からもわかるように、頂上付近には雲がかかっている。
遠くからながめると、その雄大さ、秀麗さに圧倒され、近くから見上げると、永久に越えられない壁であるような錯覚すらおきる。しばしばこの山が神聖なものとして扱われ、多くの伝承に関わっているのもそのためだろう。
「この山の頂上にはホウオウがやってくる、と昔から言われてるんだ」
カトラ雲山に向かう途中。ハヤテは、何故か飛ばずに歩きながら、話していた。
「その証拠に、カトラ雲山の山頂へ行った探検隊がときどきホウオウの羽根を見つけてくるんだって」
「へえ…うちのギルドにも持っているポケモンいるのかな」
「ギルドの親方のミカルゲなら持ってそうだけど」
「あの親方さんが…?」
それはない、と思ったのが顔にでていたらしい。ハヤテは少し語調を荒くした。
「嘘じゃない!あのミカルゲはすごい探検家なんだよ!」
「へえー」
ギルドをまとめる存在なのだから、親方は相当腕がたつのだろうか。しかし、シェーラの中での親方のイメージといえば、ユキメノコに運ばれている姿だった。
(ユキメノコさんに運ばれながら、親方さんが戦う…とか?)
ちょっと想像がつかない。
「ほんとうにハヤテさんは物知りですねー」
トトが感心しながら言うと、ポッポは急に恥ずかしそうになって、ぼそぼそとつぶやいた。
「…僕、探検隊が好きなんだ。あ、探検隊になりたいとかそういうわけじゃないんだけど。活躍するポケモンを見るのが好きっていうか…」
「つまりは…探検隊オタク、みたいな?」
「べべべ別にオタクと言われるほどじゃ」
「……うん。オタクなんだね」
(どうりで、妙に探検隊について詳しいわけだ)
シェーラ達の間違った噂について知っていたことにも納得ができる。
しかし、トトのように自分自身が探検隊になりたいとは思わないのだろうか。
(まあ、考え方はポケモンそれぞれよね…)
「カトラ雲山についたよ」
ハヤテが行く先を翼で示した。ダンジョンに入るための階段がふたつある。看板がたっていて、それぞれ【ふもと】【山頂への道】と書かれていた。
ふと、トトが思いつきのように言った。
「ハヤテさんは、ホウオウの羽根がほしいんですかー?」
「…え?」
翼で看板を指したその姿勢のまま、ハヤテが固まった。図星のようだ。
「あたし達と山頂の方に行ってみる?」
冗談のつもりでシェーラが言うと、ハヤテは翼を閉じて、突然むっつりとした表情になった。
「…僕には無理だよ。それに…たとえ僕がいなくても、君達のレベルじゃ絶対に不可能だ」
「不可能、ねぇ」
「そうだよ」
短く吐き捨て、ハヤテは不機嫌な表情で黙り込んでしまった。なかなかハヤテの性格がつかめないなあ、とシェーラはのんきに思った。
一方で、トトは無言で、ポッポのたたまれた翼を見つめていた。シェーラがまだ気づいてない事実を、慎重に確かめるために。
その翼が、まだ一度もはばたいていない理由を見きわめるために。