15.後日談
ハヤテと別れてから数日後。
シェーラは再び、ギルド内のある部屋の前に訪れていた。別に大きな用事でもないので、探検に行く前に、トトにことわって、ちょっと寄り道をしたのだ。
コンコン、と二度扉をたたく。
「ごめんください」
すると、扉が開かれ、一体のポケモンが顔をだした。
リザードだ。
「なんか用……」
言葉は途中で途切れた。グレンが、シェーラの顔を見たからだ。
「……くそチビ?」
「この前のことで、ちょっと用があって」
「なんだよ」
「まずは……これ、借りっぱなしでごめんなさい。汚れちゃったから、洗っておいたの」
そう言って、シェーラがさしだしたのは、例のヒトデマンマント。綺麗に折り畳まれたそれを見て、グレンは微妙な表情になった。
「あー…いやそれは別に…」
「義理の親からもらった物、なんでしょう?大切にした方がいいと思うよ」
すると、グレンは照れくさそうにぽりぽりと頬をかき、「……おう」とつぶやいて、マントを受け取った。
「用はそれだけか?」
「ううん。まだ、あとひとつ」
グレンが視線だけで話の続きをうながした。
「ほら。でかヅノは、あたしの頼みを正式な依頼として、引き受けてくれたでしょ?それなら、依頼の報酬をしなきゃ、と思って」
「はあ?……んなもんいらねーよ」
「そう言わずに。こっちは感謝してるんだから」
「……くそチビのくせに律儀だな」
「何それどういう意味よ!」
「さあな。…ふむ、報酬か。何がいいんだろうな……」
グレンはひとしきり思案した後、何かひらめいたような顔をした。
「くそチビは、俺のことを名前で呼べ。いいな」
え、とシェーラはまぬけな顔になった。
「……えぇええええ!?そ、それは、なんというかっ……えっと、ええっと……。と、とにかくずるいでしょ!」
「んなこと言っても、報酬だろ?」
グレンの表情は変わっていないはずなのに、シェーラにはどや顔に見えた。
「…ぅぐぐ…」
悔しいが、ここは彼の言うとおりにするしかない。
仕方ない、呼んでみるか。
「……グ……グ…」
…とは思いつつも、意志と本能的なものがぶつかり合い、なかなか口にだすことができない。
「唸ってるみたいだな」
「うるさい!」
怒鳴ってから、シェーラはふぅーっと長いため息をつく。そして、決意を固め、口を開き――
「……グレ――」「いや、待て」
途中ででかヅノ野郎にさえぎられた。
なんなんだこいつは。
とがめるような目で見ると、グレンは何故かシェーラから目をそらして、斜め上の方向を見ていた。
「……や、やっぱり前のままでいい。今の頼みは取り消しにしてくれ」
「はあ。…何故?」
彼の頬の赤みが増している、ような気がする。熱でもあるのかな。
そんなことを考えていると、グレンはぼそっとつぶやいた。
「いや、なんつーか……照れる」
シェーラはさっと顔の温度が上がるのを感じた。
「な、なななな何それ」
(そんな反応されるとこっちまで照れるんですけど!)
「……なら、お前の名前呼んでやろうか」
「むしろそうしてよ!」
「わかった」
グレンはふうっとため息をつき、それから、口を開き――
「……シェ――」「ス、ストップ!」
シェーラにさえぎられた。
「あ?」
「……や、やっぱりいい。くそチビのままでいい。腹立つけど」
シェーラは頬を赤くして、そっぽを向く。そして、ぼそっとつぶやいた。
「なんか……うん。…照れる」
すると、グレンも鼻先を赤くして、あらぬ方向に視線を向けた。
「そ、そうかよ…」
「……」
「……」
グレンは斜め上の方向を見、シェーラは床の方を見、そのまま数秒がたった。微妙な雰囲気のまま、無言の時がすぎる。
「……そ、それじゃあ、何にするの」
ようやく口を開いたのはシェーラだった。グレンもいつもの調子にもどって言う。
「あ?何が?」
「ほ、う、しゅ、う!もう適当でもいいからさっさと言って。トトが待ってるもの」
すると、グレンは投げやりに言った。
「あー…じゃあ、食い物よこせ」
「何がいいの?グミ?色は?」
「お前のランクにグミを求めるのは、さすがに酷だろ。食い物なら、なんでも」
「…本当になんでもいいの!?」
「なんでもいい。…今持ってる物とかでも」
シェーラは本気で感動した。
(でかヅノ…あんた、優しいのね!)
そして、シェーラはごそごそとトレジャーバッグの中を探り、それをとりだした。
紫色のべちゃべちゃした物体(←ベトベタフード)である。
「はい、どうぞ☆食べ物だyーー」
「…っふざけんなぁぁぁあああああああッ!!」
グレンは絶叫して、それ(←ベトベタフード)をたたき落とした。※食べ物は大切に!
「常識的にここはリンゴとかオレンの実とかだろ!?」
激昂したグレンが叫ぶ。驚きから我にかえって、シェーラも叫ぶ。
「だって一番最初に目に入った食べ物がこれ(←ベトベタフード)だったんだもん!」
グレンは足下に落ちたそれ(←ベトベタフード)を指さした。
「こんなん食い物じゃねぇッ!」
「ひ、ひどっ……。ベトベタフードにあやまりなさいよッ!」
両者はひとしきりにらみ合った後、グレンがふんっと顔を横に向けた。
「もういい。お前は、あれだ。赤いグミもってこい。赤いグミ以外は断じて認めん」
「ちょっとあたしのランクにグミ求めるのは酷なんじゃないの!?」
「んなこと知るか。とにかく赤いグミだ。いいな」
そう言って、呆気にとられるシェーラの目の前で、グレンは扉をばたん!と閉めた。
「でかヅノの鬼畜――ッ!」
「…るせえッ!廊下で叫ぶなくそチビ野郎ッ!」
…彼女が彼に赤いグミを渡すのは、もう少し、先の話。