07.幽霊屋敷の住人達
†ゆうれいやしき 裏口の畑†
まず最初に“トルネード”が案内されたのは、ゆうれいやしきの裏口からでた場所にある、畑だった。何本もの木がはえていて、色鮮やかな木の実がたわわになっている。
ゆうれいやしきは、探検隊ではないポケモンも見学できるように一階のフロアは解放されている。(親方の奇妙な笑い声のせいで、少し過疎気味だが)しかし、探検隊専用の部屋、図書室のある地下や、親方の部屋、食事部屋のある二階は一般の立ち入りは禁止となっているそうだ。裏口の畑も立ち入り禁止のひとつだったので、トトも初めて見るらしかった。
「わあ…。こんなところ、あったんだ」
「きのみいっぱい!」
感動の声をあげるトトとシェーラに、ユキメノコが解説した。
「これらのきのみはこのウェストタウンのギルドが独自に栽培しているものです。トト様もシェーラ様も、探検隊になって二日間、医療室の外にでることを禁じられていましたから、知らないと思われますが…私達のギルドでは、基本、夕食は食事部屋でとると決められています。このきのみは、収穫されてすぐに夕食にだされるものです」
近寄って見ると、きのみは丁寧に世話をされているのがわかった。傷も少なく、きれいな光沢があり、適度に熟しているものも多い。しかも、種類が豊富だ。ざっと見ても、十種類近くある。東の森の奥の湖にあった、あのオレンの木も何本かはえていて、青い実をぶらさげていた。
「あら、ユキメノコさんですか?」
ふいに声がした方を見ると、葉っぱの影からキレイハナが顔をだした。畑仕事をしていたのか、土が顔についている。キレイハナはシェーラ達を見て、目をぱちくりさせた。
「…そちらのワニノコさんとトゲピーさんは…どちら様でしょうか?」
続いて、じょうろを持ったコノハナも、ひょっこり頭をのぞかせた。
「お客かな?何も面白いものないとこだけど…。って、ユキメノコさんじゃない!」
「お邪魔しています。こちらの二匹は新しく結成された探検隊“トルネード”です」
「はじめまして。あたしはシェーラ」
「トトの名前はトトです!」
各々自己紹介をすると、コノハナは興味深そうな顔をした。
「ウチ、なんかトトって名前のトゲピーの話、聞いたことあるなあ…。どんな話だったっけ…?」
おそらく、トトが『ゆびをふる』でいろいろと破壊したことなのだろう。が、シェーラはとりあえず黙っておいた。
しばらくして、コノハナは考えるのが面倒くさくなったのか、思案顔をやめて爽やかな笑顔を見せた。
「ま、いっか。どうせ初対面だし。ウチの名前はサヤ。こっちのキレイハナはレイナっていうんだ。ウチらの仕事は“ゆうれいやしき”の掃除と、ここの畑の管理」
キレイハナのレイナがそれに補足した。
「ちなみに、私達は両方♀です。“トルネード”さん二匹も、そうですか?」
二匹がうなずくと、レイナは、まるでつぼみが開花していくように可憐な微笑みをうかべた。
「まあ、嬉しい!どうか、仲良くしてくださいね」
「きがねなく、どんどんウチらに声かけてくれよ!」
(なんだか、気さくで優しいポケモン達だなぁ)
二匹と握手をして、畑を去ろうとした時、「あ」とコノハナのサヤが声をあげた。ユキメノコ達はふりかえった。
「…何かお気づきの点でもございましたか?」
「今、トトちゃんとシェーラちゃんに、ギルドの中とかポケモンとかを紹介中だろ?…一応、言っておくね。今日も門番のあいつらいないから」
シェーラは首をかしげた。
「ゆうれいやしきに、門番なんて…いたっけ?」
ユキメノコがうなずいた。
「いらっしゃいます。グラエナのガルム様と、ライボルトのライト様です。門番と同時に探検隊もやっています」
「今、ダンジョンにもぐってるってことですかー?」
トトとシェーラが納得していると、サヤは苦笑して「違う違う」と手をふった。
「え、じゃあ…門番さん達はいったい何を」
レイナとサヤは同時に顔を見合わせた。もしかすると、聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「あの…別に、言いたくなかったら言わなくても…」
「いえ、そういうことではないのです」
レイナが懸命に手を横にふった。トトとシェーラはさらに首をかしげる。すると、おもむろにサヤが肩をすくめて、呆れまじりの口調で言った。
「あいつらは、可愛いポケモンをナンパ中」
いいのか、それ。
†ゆうれいやしき 一階†
畑から室内に戻ると、一階のフロアにある掲示板部屋の場所を案内された。依頼の書かれた紙が大量に貼ってあったが、そこに書かれた文字がシェーラにはまったく読めないことが判明した。依頼の内容は、この先、トトに読んでもらう必要がありそうだ。
次に向かったのは、厨房。探検隊員の夕食を作る場所だ。隊員の特権として、夕食は無料で食べられるので利用するポケモンが多い。だが、逆に朝食と昼食は有料かつ、ダンジョンにもぐっていることの多い時間帯なため、利用者の数は少なかった。したがって、昼前の今、厨房内は暇なようだった。
「あらま〜。可愛い子達ね」
厨房に訪れた“トルネード”を出迎えたのは、一匹のボスゴドラだった。かなり低音の声…だが、語尾にハートマークがついていそうな口振りだ。なんというミスマッチぶりだろう。
「はじめましてですー。トトです!」
「…は、はじめまして。あたしはシェーラ」
戦々恐々とするシェーラに対し「ウフフ」と、ボスゴドラは笑みをもらした。あくまで低音ボイス。♀にはありえない低さである。
「アタシはボスゴドラ。この厨房の責任者よ。…怖がらないで?大丈夫よ。アタシが興味あるのは、親方様だけだから」
別に怖がっているわけではない。ただ単に、ひいているだけだ。
「はあ……な、なるほど」
「ボスゴドラさんは、オスですかー?」
シェーラが聞けずにいたことを、トトが直球でたずねた。ボスゴドラは腰をくねっとさせ、あごに手をあてて、悩める乙女っぽいポーズをとった。
「アタシは性別なんて超越した存在。そして、心は純粋な恋する乙女なの。でも、誰に恋してるかは…ひ・み・つ☆」
もう一度言おう。♀にはありえない(←重要)低音ボイスである。
「いや、でも、さっき親方さんに興味あるって…自分で言ってたような」
半眼のシェーラ。ボスゴドラはまるで世界の終わりを目前にしたような驚愕を顔いっぱいで表現した。
「アタシとしたことがッ!秘密の乙女心をッ!自ら、暴露しちゃうなんてッ!」
そう言ったかと思うと、突然腰をくねくねとさせるのを開始し、「恥・ず・か・し・い〜」とほざいた。あの鋼の体がどうしてあんなに気持ち悪くくねくね動くのか、シェーラにはまったくもって理解不能である。
(見た目も中身もインパクトありすぎるでしょ……)
部屋を去り際、ボスゴドラは「ユキメノコ!親方様は渡さないわ!アタシ、負けないから!」と叫んでいる。
勝手にライバル視されているユキメノコは「はあ…頑張ってください」と、投げやりな言葉を返した。
†ゆうれいやしき 地下一階†
その他、いろいろな場所をめぐった。幽霊屋敷だけに勤めているポケモンは少なく、コノハナ、キレイハナ、ボスゴドラ、そして親方とユキメノコ以外のスタッフのポケモンはあと一匹だけなのだそうだ。
ユキメノコが言うには、ここのギルドでは【公務制】という制度が実地されているらしい。ここの探検隊員はギルドに関する仕事をひとつ決められ、それをこなす義務が課せられる制度なのだそうだ。たとえば、グミを毎月7個おさめろ、といったようなことである。それがあるため、勤めるポケモンが少なくてすむのだとか。シェーラ達もランクがひとつあがったら、【公務制】の対象となるらしい。
「【公務制】を実施していないところはどうしてるんですか?」
「依頼の報酬のお金をとても多く徴収するそうです」
「どれくらいなんですかー?」
「私達のギルドは半分徴収ですが…。他のギルドでは9割のところもあります」
「きゅっ…!?」
それでは、ほとんど手元に残らないではないか。そんなギルドのポケモン達はかわいそうだと、ちょっと思った。
最後にやってきたのは地下一階にある、図書室だった。
図書室の中は床面積も広く、天井も高かった。見上げるほどの棚は、天井にとどきそうなほどで、ぎっしりと本が詰まっていた。こんなにあっては、必要のない本もたくさんあるのでは、と疑ってしまいそうになる。もっとも、どちらにせよ、本に書いてある文字が理解できないシェーラには、意味のないものだったが。
「ああ、探していた方があそこにいらっしゃいました」
ユキメノコが前方に腕を向けた。本を読むためのスペースに、たった一匹、エレキブルが座って本を読んでいた。
「あちらにいらっしゃるエレキブル様が、このギルドで働いているお方です。とても長いキャリアをお持ちで、このゆうれいやしきが建設された当時からいるのだとか。そして……」
すると、ユキメノコの説明を聞いたのか、エレキブルは読んでいた本をぱたりと閉じた。その分厚い本をかかえてシェーラ達に向きなおり、
「くどくどとした説明はよしな。ようするに、私はババアってことさ」
と言った。そのきっぱりとした物言いにシェーラは呆気にとられる。エレキブルはにこりともせず、二匹を無遠慮にながめた。
「あんた達、新入りの“トルネード”だね。トトはひさしぶり。そっちのワニノコははじめまして」
「ひさしぶりですー」
「は、はじめまして。シェーラです」
エレキブルはうなずいた。
「私はエレキ婆と皆に呼ばれている。どう呼ぶかは、あんた達の好きなようにしな。それじゃ、私は行くね」
そう言うなり、さっさと、エレキブルもといエレキ婆は、図書室から出ていってしまった。
「トト、知り合いなの?」
シェーラが声をひそめてたずねた。
「うん。ギルドに遊びにきたときに、何度かお話したの。トトはエレキ婆さんとっても好きです♪」
「へえー…」
「エレキブル様は、探検隊員の部屋番号を知っておられます。また、ダンジョンについても詳しいので、アドバイスをもらうのもよいでしょう。普段は、ギルドの医師として働かれています。先日のあなた方は寝ていれば治る怪我でしたので、エレキブル様のお世話はありませんでしたが」
ちょっと怖そうな医師だなあ、という印象を抱いた。まあ、あのボスゴドラみたいなのに治療されるよりは、全然マシだけど。
ユキメノコが「さて…」と話題を変えた。
「これで、ギルドの案内はだいたいのところ、終了しました。何か聞きたいことはありませんか?」
シェーラは少し思案してから、顔をひらめかせた。
「あ!ひとついいですか」
「何でしょう?」
「……今からでもダンジョンに入ることは…」
ユキメノコはうなずいた。
「もちろん可能です」
シェーラはトトと目をあわせた。二匹とも、自然と顔をほころばせていた。
「それじゃあ…」「うん!」
正式な探検隊となってから、二日もたったのだ。これ以上、冒険の開始を先延ばしにする必要はないだろう。
シェーラ達は、ユキメノコにあらたまってお礼をした。
「忙しい中、ギルドの案内、ありがとうございました」
「トトはいろんなところが見れて、ギルドがもっともっと素敵だと思いました!」
「いえ、礼にはおよびません。私はあなた方の冒険のバックアップがしたいだけです」ユキメノコは微笑した。「…どうか、万全の状態で、油断なさらず。時には勇敢さをもって、探検を楽しんでください」
「はい!」「はーい!」
二匹は元気よく返事をした。それから顔を合わせて、次に言うべき言葉を互いに察した。考えてることは一緒だった。二匹は、口をそろえて言った。
「いってきます!」
それが、あんまりにもぴったりのタイミングだったので、二匹は声をあげて笑った。