05.帰路
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こうして、五匹は嵐の中、帰路を進んでいた。ミカルゲと、自力で動けない“トルネード”の二匹はそれぞれユキメノコとグレンに運ばれている。
ユキメノコが「ただでさえ重い親方様を持つので、軽いトト様の方を持たせてください」と言った(シェーラはちょっと傷ついた)ので、今、シェーラはグレンの背におぶさっていた。
行きは、トトとおしゃべりをしたり、トトが鼻歌をうたったりしたので騒がしかったが、帰りの道はここまで無言だった。このリザードに言いたいことも聞きたいことも、たくさんあった。だが、口を開けば言い争いになるような気がして声をかけられなかったのだ。
とはいえ、こんな陰鬱な雨の中で黙り続けているのに結局耐えきれず、シェーラは小声で話の口火を切った。
「…雨の中でもしっぽの炎は消えないの?」
背中におぶさる時、しっぽの炎が少し怖かったが、案外熱く感じなかった。水タイプだからだろうか。
シェーラの素朴な疑問にグレンは「なんだ、突然」といった表情をしたが、意外と律儀に答えてくれた。
「俺たちのしっぽの炎は、命の灯火のようなもんだ。消えることは死を意味する。だから、よほど弱っていなければ雨で消えたりはしない」
「そうなんだ…」
そこでいったん会話が途切れた。少し道を進んでから、今度はグレンが声をあげた。
「なあ。お前らさ。……別に俺じゃなくていいから、もう少し先輩ポケモンに頼れ」
ぎくり、とシェーラは体を強ばらせた。東の森には行かない、と嘘をついたことを怒られるのだろうか。
しかし、そうではなかった。グレンはシェーラに目を向けず、まっすぐに前方を向いたまま言った。
「ギルドは助け合いが基本だ。弱い奴を助けるのは当たり前だし、同じギルドの探検隊が困ってるなら…なおさら手を貸すもんだ。わからないことがあったり、力がおよばなかったり、不安だったりしたら、プライドは捨てて力を貸してください、って頼め。誰も断ったりしないから」
シェーラは体が縮まる思いだった。彼の言うことが、痛いほど胸に沁みていた。
素直な気持ちで謝罪の思いを口にする。
「ごめんなさい」
「謝るな。ただ、次からそうしろよ」
グレンは少し言葉を区切ってから、もう一度口を開いた。
「それと…。以前と同じ質問をするが、お前、初対面の俺にどうして攻撃した?」
「………」
シェーラが返答に迷っていると、グレンはため息をついた。そして、あきらめたような声でつぶやいた。
「言いたくないなら、いい。昔の俺がお前に何かをしたんだろう。悪いが、俺は昔の記憶がないんだ。だから、俺としては……お前とは一応、初対面のつもりだった」
シェーラはびっくりして、思わずたずねていた。
「そ…それじゃあ、ニンゲンと会ったこともないの?」
「はぁ?ニンゲン…?そんなの、伝説上の存在だろ」
(…それじゃあ、あたしの記憶の手がかりはなくなったってこと?)
シェーラは気が抜けて、とにかくがっくりときた。それから、あることに気がついた。
(少なくとも今、こいつは敵じゃないんだ)
思い返せば、シェーラは、このリザードに対して、ずいぶんと冷たく失礼な態度をとっていたような気がする。さっきは湖まで助けにきてくれて、おまけにギャラドスの攻撃から守ってくれたのだ。だというのに、自分はなにひとつお礼を言っていなかった。それどころか、自分を陥れた犯人じゃないかとグレンを疑ったりもしたのだ。
シェーラは反省して言った。
「…あの…助けにきてくれて…」
「礼ならいらん。親方達に言え」
グレンが強くさえぎったので、シェーラは少しむっとした。
「親方さん達にはもう言ったわよ」
そう言って真横にあるグレンの顔を見ると、彼は気まずげに少し顔をそらした。
「俺は何もしてない」
シェーラは目をぱちくりとさせた。
(ギャラドスの攻撃を受け止めてくれたのに…?)
「なあに?もしかして、照れてるってわけ?」
「んなわけあるかッ!」
そこで、シェーラはふと、表情をやわらかくし、穏やかな口調でささやいた。
「…ね。ちょっと聞いて」
「なんだよ」
シェーラは目をつむって言った。
「あたし、あの時は言えなかったけど…本当は結構心強かった」
シェーラは思い出す。『言い忘れていたが、俺の名前は…』そう言って、ほのおのキバをくりだしたグレンの背中を。
シェーラは小さい声でささやいた。
「助けてくれて、ありがとう。……グレン」
最後の言葉はリザードに届いたのだろうか。
それから、数秒間の沈黙が続いた。はたして、グレンはこう言った。
「……いやー、しかし。あれだな。お前、重いな。…うん。くそチビのくせに」
「え。」
シェーラは一瞬あぜんとし、それから、怒りと恥ずかしさのせいでじょじょに顔が熱くなっていくのを感じた。
火照った顔のまま、シェーラは早口でまくしたてた。
「ちょっと何よそれ突然話題変えすぎでしょわけわかんないっていうか何よその失礼な発言!」
「あ?」
(せっかくこっちが素直に感謝したっていうのに…!)
頭にきたシェーラは、グレンの肩にかみついた。
「えいっ」
「…いてッ!何すんだ」
「もがもがが…もーがッ!」
「…なんて言ってるんだ?」
シェーラは口を離して、大声で叫んだ。さしもの親方もぎょっとして振り返ったほどだ。
「でかヅノの…バーカッ!!!」
グレンは顔をしかめた。
「なんだと?くそチビめ…」
「そのあだ名、やめなさいよ!」
「そっちが先にやめろ!」
帰り道、嵐の合間に落ちる雷の音にも負けず、シェーラとグレンの口喧嘩はずっと止まらなかったという。