04.嵐の中で燃える炎
†東の森・奥地†
本格的に降り注ぐ雨粒の間をぬうように、シェーラとトトはぬかるんだ道を走り続けた。だから、湖にたどり着くまでに、そう多くの時間はかからなかった。
立ち並んでいた木々がなくなり、代わりに、湖と丈の岸辺に広がっている低い草があらわれた。湖の表面は雨のしぶきで乱れていたが、晴れ間ならさぞ美しい景色だったろう。
「ここって……」
岸辺に一本の木が生えていて、青い実がなっていた。びしょぬれの二匹はほころんだ顔を見合わせた。
「とうちゃーーくだね!」
「うん!」
すでにシェーラとトトはへとへとだったが、この時ばかりは疲れを忘れて木に走りよった。
木にはオレンの実がたわわに実っていた。表面を雨でつややかに濡らした青い果実は、風にさらわれることなく木にぶらさがっている。
シェーラは木によじのぼってオレンの実を三つもぎとった。ひとつはバッグにいれ、さらに、シェーラとトトがそれぞれひとつずつ実を食べた。爽やかな味が口に広がり、疲れと小さな傷があっという間に癒されていた。
「んーさっぱりした気分!」
「トトも!」
「これで依頼完了だね。戻ろっか」
探検隊バッジをまだもらっていないので、二匹は自力で帰らなければならない。
シェーラは細目になって軽く空をあおいだ。雲がより分厚くより黒々とした色を増している。
「やまないね…」
「トトが思うに、これは嵐ですねぇ」
「まだ強くなるのかな」
つぶやくシェーラにトトが尋ねた。
「シェーラの記憶もこんな嵐なの?風の強い」
「……そうね」
「そっかぁ…。ふむふむ」
トトは急に考え込む表情を見せたかと思うと、瞳をきらきらさせながら顔をあげ、突然叫んだ。
「トルネード!」
「…え?」
「探検隊の名前…トルネードにしよ?あのね、トトのママの名前、トルネードっていうの!」
「……と、とるねーど?」
「それにね、トト達の初依頼の達成はトルネードの中だもん!ね?」
トルネードは嵐ではなく竜巻だ、ということを指摘する間もなく、トトはスキップしはじめた。「トルネード♪トルネード♪」と言いながら。
(ちょっと勇ましすぎる名前というか…なんというか…)
しかし、はしゃぐトトを見て次第にシェーラもそれでいいような気がしてきた。理由はともあれ、なんか、かっこいいし。
「それなら、あたし達は探検隊“トルネード”ね」
「シェーラもそれでいい?」
「うん。かっこいいもの!」
「やったぁ!」
探検隊の名前がとうとう決まった。
依頼のオレンの実も獲得したことだし、この場にはもう用はない。
二匹はさきほどの森へ引きかえそうと歩き始めた。ウェストタウンに戻れば二匹は正式な探検隊になれるのだ。そこで、ふとシェーラは、せっかくだから見納めを、と思って湖の方を振り返った。
シェーラは息をのんだ。
いつの間にか、湖から巨大なギャラドスが出現していた。嵐の向こうで、とあるポケモン−−雨でその姿はよく見えない−−がそのギャラドスに何事かを耳打ちしていた。シェーラには聞こえなかった。ただ、正体不明のポケモンが風のように去った瞬間、ギャラドスが怒りをこめてシェーラ達の方をにらみつけたのだけは、奇妙なほどよく見ることができた。
「…あぶないッ!」
シェーラは反射的に叫んでトトをつきとばし、自分も地面に伏した。直後、すさまじい勢いの水の塊が二匹の上を通過した。“ハイドロポンプ”だ。
「…っ!?」
尋常ではない威力だった。攻撃のぶちあたった木が少し傾いたように見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
「何を…!」
叫ぼうとした瞬間、シェーラに向かって問答無用の二撃目がきた。
よけきれない。
そう思った直後、トトがシェーラの前に転がりでて、ハイドロポンプを受け止めていた。
「…え?」
その小さな身体が水の勢いで軽々とふっとばされた。時がゆっくりと滑り落ちるように流れ、シェーラは呆然と立ち尽くしたままトトが地面に落ちていく様子を見つめていた。
トトが自分をかばったのだとようやく理解した時、シェーラは我をわすれて相棒に駆け寄った。
「トト!?……トト!?」
トトはぴくりとも動かずに倒れていた。ダメージが大きすぎるのか、意識はないようだ。だが、まだ息をしているのを感じてシェーラはつかの間ほっとする。
今度はシェーラがトトをかばうようにして立ち、雨の向こう側で、ぬっと立っているギャラドスに叫んだ。
「どうして…突然こんなことを!?」
すると、ギャラドスの、怒りに満ちた低い声がとどろいた。
「お前達…。ワシのオレンの実になんてことをしてくれるッ!ふたつやみっつ程度なら、くれてやろうと思うたが、残った全ての実を台無しにするとは…!!」
見ると、先ほどまで木になっていたはずのオレンの実が、全て地面に叩きつけられ、雨と泥でぐしゃぐしゃになっていた。
この嵐の強い風のせいじゃない。シェーラ達がきたときには、オレンの実はひとつも落ちていなかったのだから。
人為的な原因であることは明らかだった。しかし、シェーラ達がやったことではなかった。
「あたし達じゃない!誰か……他の誰かがやったのよ!」
「ぬけぬけと嘘をつきおって…。ここにおったポケモンが、ワシに教えてくれたぞ。お前達が犯人だとな」
シェーラにはわけがわからなかった。その謎のポケモンは、どうしてそんな嘘をついたのだろうか。
「それを言ったポケモンは一体何者なんですか!?」
「ええい、ワシの知ったことか!そやつはさっさと行ってしまったから、いちいち姿など見とらんわ!」
「でも、それは嘘で…」
「そこのワニノコ。あくまでしらを切るつもりか?」
ギャラドスの冷えきった声に、シェーラの背すじが冷えた。
「違う…あたし達じゃない!」
しかし、ギャラドスは怒りのあまり、聞く耳を持たないようだった。
「まだそれを言うか。いいだろう。ワシがお前達に、天罰を食らわせてやるわッ!」
トトが意識を失っている今、シェーラが逃げずに戦うしかなかった。
ギャラドスのしっぽが水をまとい、荒波のような勢いでふりおとされる。シェーラはあわてて“アクアテール”をよけた。シェーラがよけた先で振り返り見ると、攻撃をうけとめた地面がえぐれていた。体が恐怖にふるえた。
(冷静に、なれ…)
シェーラはバッグを開けた。手はふるえ、雨のせいですべったが、どうにか“もうげきのタネ”を取り出すことができた。
“もうげきのタネ”をかみしめる。予想とは違った、わずかに辛い味。遅れて、体の奥から力がわいてくる。
シェーラは走った。雨で濡れた土と強い風でこけそうになりながら。そして、岸辺で泥を踏みしめ、高く跳躍する。
「みずでっぽう!」
シェーラの渾身の攻撃がギャラドスの顔に命中した。
(やった…!?)
喜びかけたシェーラの前で、ギャラドスはのけぞるどころか、表情ひとつ変えなかった。
「ふん…。痛くもかゆくもないな」
シェーラの顔が恐怖にゆがんだ。今度は、がむしゃらに“ひっかく”をくりだした。何度も何度も。しかし、ギャラドスにはまったくきいていないようだった。
(…なんでっ……どうしてッ!?)
ギャラドスはちらりとワニノコを見下ろした。
「まったくもって…つまらん」
つぶやき、ギャラドスは“ハイドロポンプ”をくりだした。シェーラにはよけることもできなかった。
宙にふっとばされ、気がつくとシェーラは湿った泥の上に倒れ伏していた。
最悪だ。
シェーラはまったく歯がたたなかった。自分のみじめな弱さを痛いほど思い知らされていた。
(何が、最強のポケモンになる、だ…)
(情けない…)
(あたしは、ただ弱いだけだった…)
急に視界がぼやける。雨のしずくと共に、涙が頬をつたっていた。シェーラは起きあがることもできないまま、むなしく雨に打たれた。
遠くで雷鳴の音が鳴り響き始めた。どしゃぶりの雨の向こうで、ギャラドスがあざけりをこめて、二匹を見つめている。
圧倒的な力の差は、シェーラからあらゆる意志を奪い取っていた。抵抗する術などなかった。何をやってもかなわない、という思いが、体を鉛のように重くしていた。
(もう、無理だ…)
そのとき、強烈な既視感がシェーラの胸を焦がした。
(知っている……?)
(こんな状況を、あたしは知っている)
(以前にも、どこか遠くで)
それは、今と同じような荒れ狂う嵐の日。雷が空を引き裂き、雨粒が地面に叩きつけられるようにして降り注いでいたあの日。
シェーラは、はっとする。
たくさんのポケモンに囲まれ、無力さを思い知ったあの時、自分は一体何を考えたのか。何をしようと思ったのか。
あたしは知らない。そのときの感情は、記憶にあるものではないから。
でも、想像するならば…。
『…ニンゲン。後悔するなら、今だ』
ヒトカゲのその言葉を思い出したとき、シェーラの胸に激しい炎が燃え上がった。それは、強い怒りだった。情けない自分に対する激情だった。
(シェーラ。何を寝ぼけているの。それでも探検隊になるポケモンなの)
シェーラはゆらりと立ち上がった。それが一体どこから生じた力なのか、シェーラにもわからなかった。しかし、怒りによって体の痛みは心から塵のように失せ、ギャラドスに対する恐怖も遠い彼方へ消し飛んでいた。
(あの時も、きっとあたしは思ったはずだ)
(自分は、なんてみじめで弱い存在なんだと。だから、あたしは殺されるのだろう、と)
シェーラはギャラドスを睨みつけた。瞳孔の細まったワニの瞳に闘争心が燃え上がる。それはまるで、恐怖を焼き尽くすように。
(…でも。それでも…)
(死にたくないのなら、何度でも立ちあがるしか道は残されていない)
(弱いあたしは、昔も、今も、これからも、何度だってそうするしかない。繰り返し、倒されて、立ち上がって…そうやって少しずつ強くなっていくのよ…!)
「こりない奴め。まだやる気か」
ギャラドスが目を細める。シェーラは短く答える。
「当然」
実際は、シェーラの体力は限界に近かった。しかし、今、立ち上がったシェーラから、目でみえそうなほどの気迫があふれ始めていた。その瞳はかっと見開かれ、体の軸は少したりともぶれることはない。ワニノコの特性たる“げきりゅう”が、今ここで発揮されようとしていた。
ギャラドスは内心で驚嘆した。ワニノコのオーラにただならぬものを感じていた。
(なんなのだ、このワニノコは…。倒れていたあの弱いワニノコと本当に同じポケモンなのか…?)
そう思いながら、ギャラドスは、楽しげに口の端をあげる。彼は、強いポケモンが好きなのだ。
シェーラは、くらくらするような力の奔流の中、ひとつの言葉を心の中でつぶやいていた。
(あたしは後悔しない…)
シェーラのエネルギーは、収縮し、集まり、より洗練され、そして増幅をかさね、制御不可能なほどになっている。
『…ニンゲン。後悔するなら、今だ』
繰り返し響いてくるその声。シェーラは思わずにやりと不敵な笑みをうかべる。
(ヒトカゲさん…)
(あたしの名前は…シェーラ、よ)
それを最後に、シェーラの意識は力の激流に飲み込まれた。
†
激しい嵐だった。
風が鋭い音をたてて耳の側を通り、あらゆる方向からザワザワとした木のわめき声が聞こえた。グレンは降り注ぐ雨を不快に思いながら疾風のように走っていた。好都合なことに、東の森のポケモン達は嵐から身を守ろうとして、巣で縮こまったり、意味もなく走り回ったり、ということに忙しく、グレンに気を向けるものは誰もいなかった。
(クソッ……湖はまだなのか!?)
グレンはあまりに急いできたせいで、地図はおろか、探検に必要なグッズ全てを忘れてしまっていた。だから、おぼろげな記憶だけを頼りにして、木の間の道をひたすら駆け抜けていた。
とうとう奥の湖までたどりつく。途端に、グレンの瞳が湖の真ん中にいる、巨大なギャラドスの姿をとらえた。続けざまに、それに対峙するワニノコの姿に気がつく。ギャラドスに対して、あまりにも小さなその姿を。
「…くそチビッ!!」
叫ぶ。しかし、返事はない。グレンは急いでワニノコのもとへ行こうと、足を踏み出しかけ…渋みのある声に止められた。
「グレン君」
いつのまにか、ユキメノコにかかえられたミカルゲが、グレンの隣にいた。するどく睨むと、親方は静かな声で言った。
「もう少し落ち着いて、彼女を見たまえ」
グレンは言われたとおり、あらためてシェーラを見た。彼女の背後にトトが倒れている。そこで、グレンはシェーラから発せられる尋常でないエネルギーに気がついた。
シェーラが口を開き、ギャラドスを感情のない瞳で見すえた。刹那、シェーラのワザが炸裂する。
はきだされた水の塊が、雨を吹き飛ばし、風をけちらして、ギャラドスに命中した。そして、その巨体を大きくのけぞらせていた。
ワザをくりだしたシェーラは力つきたように背中からゆっくりと地面に倒れた。それを見て、今度こそグレンは駆けだしていた。
シェーラがはなったワザは、ハイドロポンプよりも強い…まして、みずでっぽうとは比べものにもならない威力のものだった。
それは、水タイプ究極として知られるワザ。
「……ハイドロカノンだ」
ミカルゲが驚嘆を露わにして、呆然とつぶやいた。
「カメックス、オーダイル、ラグラージ、そしてエンペルトしか使えないはずでは?何故、シェーラ君が……」
その声をさえぎるようにして、冷静な声が響いた。
「親方様。それよりも、シェーラ様方の安全確保を」
「はっ!そうであった!」
★
「…おい!」
とびかけた意識をなんとかつなぎあわせて、シェーラは薄く目を開いた。少し前の自分がなにをどうしたのかさっぱり記憶がない。
(ギャラドスにやられて、倒れて、あきらめないって思って…。それで、どうしたんだっけ…?)
「おい、聞こえてるのか?返事をしろ」
そこではじめて、シェーラは目の前で揺れる灯火に気がついた。リザードのしっぽの炎だ。
グレンがシェーラの顔をのぞきこんでいた。
「どうしてでかヅノがここに!?」
ばねのように起きあがろうとして、グレンの頭と勢いよく衝突した。
「…がッ!?」「…痛ッ!」
シェーラは涙目になりながら、ぶつけたひたいを手でおさえた。と、そこであることに思い当たり、責めるような口調で言った。
「まさか…あんたが、あたし達を陥れようとしてギャラドスをだましたの?」
「…あ?」
グレンがいぶかしげな表情をしたその時、シェーラの背後で体勢をたてなおしたギャラドスが口を大きく開いていた。グレンもろともシェーラを攻撃する気なのだ。
おもむろにグレンはシェーラを蹴飛ばした。
「…な、なに?」
そこでシェーラは、ようやくギャラドスの存在に気がついた。
(トトの二の舞になる…!)
身をすくませたシェーラの前で、リザードのしっぽの炎が嵐の雨をもいとわず、一層はげしく燃え上がった。グレンは振り返らずに言った。
「…言い忘れていたが、俺の名前は、でかヅノでもあんたでもない。グレンだからな」
グレンの口元がしっぽと共鳴するように赤く燃え上がる。はなたれた“ハイドロポンプ”に対し、グレンが燃える牙を向けた。
「ほのおのキバ!」
水と炎はぶつかりあい、ふたつの威力は相殺された。
(……強い)
(不利なタイプ、しかもこの雨の中で、ハイドロポンプに対抗するなんて…)
悔しいが、シェーラはグレンの強さを認めざるを得なかった。そして、自分を守ってくれたことも。
(嘘をついたのは、あいつじゃないのね…)
「ほほぅ。少しは骨のある若造じゃあないか」
ギャラドスが楽しげに声をあげる。対して、グレンも、にやりと笑った。
「ふん。そっちこそ、ちょっとは骨のあるじいさんじゃないか」
「やる気か?小僧。なら、かかってこい」
「後で後悔するなよ、じいさん」
その時、ミカルゲの声が場に響いた。
「そこまでだ。グレン君もやめたまえ」
その声に、ギャラドスは意外そうに顔をあげた。初めてミカルゲがいることに気がついたようだ。グレンはしぶしぶとギャラドスから離れた。
「お前は探検隊の親方か?何故ここに」
ギャラドスの問いには答えず、ミカルゲは言った。
「そこのトゲピーとワニノコはワガハイの可愛いポケモン達だ。手をださないでもらおうか」
ギャラドスは不快そうに顔をしかめた。
「そやつらは、ワシのオレンの実を台無しにしたからな。こらしめようとしていたところだ」
「違います!あたし達は三つオレンの実をとっただけです!」
シェーラが倒れたまま声をあげると、ギャラドスが怒声を放った。
「嘘をつくな、と言っただろうが!」
シェーラは身をすくませる。すると、グレンが優しくなくもない声音で言った。
「…怖がるな。親方がいるかぎり、探検隊員は絶対に安心していい」
その言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、ミカルゲが言った。
「ギャラドスよ。おそらくシェーラ君達に罪はないだろうが、失った分のオレンの実は後で持ってこさせよう。だから、この場はワガハイの名に免じて、どうか見逃してくれないか?二匹はもう十分君の攻撃をうけたはずだ」
「しかしだな…!」
なおも食い下がるギャラドスに、ミカルゲはぞっとするような声になった。
「それとも…ワガハイと今ここで戦うか?」
ギャラドスは少しの間、黙りこくった。それから、しぶしぶといった感じでつぶやいた。
「…いいだろう。勝手に去るがいい。だが、必ずオレンの実を持ってくるのだぞ」
「約束する。ありがとう」
ミカルゲはおごそかにそう言うと、今度は態度を一変させて叫んだ。
「さぁ!ユキメノコ、トト君の容態を早く確認してくれ」
「かしこまりました」
シェーラは自力で立ち上がれなかったので、ユキメノコに支えられてトトのもとへ向かった。トトはまだ、目をつむっていた。心配そうにするシェーラに、ユキメノコは優しくささやいた。
「安心してください。トト様は眠っておられるだけです」
トトは気絶したまま寝たのだろうか。トトらしいといえば、トトらしかった。
「なんだ……」
大きな安堵に包まれ、シェーラはため息をついた。
「よかった」
ふいに涙がこぼれた。慌ててうつむいたが、涙が落ちるのを見られていたようだった。こわごわとグレンが声をかけてきたのだ。
「あー…えーと…お前、泣いてるのか?」
「うるさい。あっち行って」
「グレン様は少々デリカシーに欠けています」
シェーラとユキメノコから同時に責められ、グレンは途方にくれてつぶやいた。
「な…なんなんだ」
そこで、ユキメノコがふと思い出したようにつぶやいた。
「そういえば、親方様。私はあなぬけのたまを持ってきていませんが」
「…へ?」
ミカルゲは目をぐるりとまわした。
「グレン君は?」
「俺は持ち物一式忘れた」
「…シェ、シェーラ君は?」
「持っていません」
「ぬぁーー!歩いて帰るしかないのかぁ!」
ミカルゲが絶望しきった声で叫ぶと、ユキメノコが冷たくつぶやいた。
「親方様、帰りは歩くのはどうでしょう?」
その提案をミカルゲはきっぱりと断った。
「いや。ユキメノコ。もちろん帰りも運んでくれ」