03.東の森へ
†ウェストタウン†
「仮だけど、とりあえず探検隊になれてよかった」
「トトもそう思う!」
二匹は“ゆうれいやしき”から出るとのんきにおしゃべりを始めた。オレンの実を持ってこい、といわれたものの時間制限があるわけではない。二匹とものんびり探すつもりだった。
「ね、トト。あたし達が依頼をクリアしたら、探検隊の名前どうする?」
トトはがく然とした様子で立ち止まった。
「…トト、ぜんぜん考えてなかった…!」
「まあ、ゆっくり決めていけばいいよね」
シェーラが微笑みつつ言ったその言葉を、トトはすでに聞いていなかった。考えごとに熱中しすぎてしまう、という悪癖を始めてしまったのだ。
一方、シェーラはオレンの実のありかについて考えていた。
(オレンの実か。……つまり、オレンの木を探せばいいんだよね)
しかし、この世界にきたばかりのシェーラが場所を知っているはずもない。
「ねえ、トト。オレンの木がどこにあるか知ってる?」
「…考え中ですー」
上の空でトトが答える。ちなみに、トトが考えているのは探検隊の名前について、だ。
「そっかぁ…」
ウェストタウンの住民に少し声をかければ、オレンの実のひとつやふたつ、分けてもらえることくらい誰にでもわかるはずだった。(もちろん、カクレオンの店でも買うことができる)それを見越してのミカルゲの依頼だったのだが、シェーラにわかるわけもなく、また、トトは考えごとに熱中しすぎてそこまで意識がおよばず、依頼は簡単なものではなくなってしまったのだった。
「あっ」
パートナーが何も情報を知らない様子なので、途方にくれていたシェーラだったが、町の通りで、とあるポケモンとすれ違った。
「…でかヅノ?」
「あぁ?」
リザードのグレンだった。グレンはシェーラたちと反対の方向に向かっている。ギルドに戻るつもりなのだろうか?
グレンは足をとめて、ぶっきらぼうに言った。
「何か用か、くそチビ」
不本意なあだ名にむかついたが、知り合いの少ないシェーラはどうにか自分をなだめた。
(こいつが何であれ、今は情報がほしい)
(イヤでも、聞くしかない…か)
そして、グレンに丁寧な口調でたずねた。
「あたし達はオレン木を探してるんですが…。もしあなたが知っているなら、場所を教えていただけませんか?」
グレンはいぶかしげな表情をした。
オレンの実、じゃなくて“オレンの実がなっている木”?と、不思議に思いながらもオレンの木がはえている場所の記憶をさぐった。
「あー…そうだ」
「?」
「たしか、ここから東に行った森の奥の方に湖があって、そこの岸辺にはえてたような……。いや、待てよ。そこの湖には他にも何かあったような。なんだったかな」
「東の森の奥の……湖、ね」
シェーラは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。額にしわをよせて考え込んでいたグレンだったが、ふいにじろりと二匹を見つめた。
「…お前ら、なにする気なんだ?」
「考え中ですー」と、トトが上の空で言う。グレンはちらりとトトの方に目を向けて、すぐに目をそらした。トゲピーは話すら通じなさそうな様子だったからだ。グレンはワニノコの方に向きなおり、ようやく、先ほどはつけていなかった探検隊のリボン(女の子バージョンはけっこう可愛い)の存在に気がついた。そうして彼女達が探検隊員になったことを知ったのだった。
グレンはひたいにしわをよせたまま聞いた。
「……事情は知らないが、東の森に行く気か?」
「行きません。そして、あんたには関係ありません」
ついシェーラは嘘をつき、そっぽをむいてしまう。
するとグレンは明らかにむっとしたようだった。「あーそうかよ。勝手にしろ、くそチビ」と、不機嫌な言葉を吐いて、グレンはさっさと二匹の前から去っていった。
「あたしはチビじゃない!」
グレンの背中へ叫び声をあげる。しかし、グレンから返事がかえってくることはなかった。
とりあえずシェーラは、ぼーっとしているパートナーの体をゆすった。
「トト。考えごとはいったん中止!」
トトは目をぱちくりさせて辺りを見渡した。
「むー?…えーと…シェーラ、どうしたんですー?」
「トト、オレンの実がある場所がわかったよ。行こう!」
元気よく言うシェーラを見て、トトもようやく頭がはっきりとしてきた。そういえば、ミカルゲ親方に依頼をされたのだった!と。
「そっかあ!じゃあ、行こ行こ♪」
二匹は【東の森】へ向かっていった。
†東の森†
東の森は、立ち並ぶ木もまばらで、極度に鬱蒼とした様子は見受けられなかった。日の光も十分地面に届くほどで、前へ前へと進みやすい地形だった。
シェーラとトトは、歩いた距離をかんがみるに、東の森のかなり奥まできているはずだった。この森にすむポケモン達はレベルが低いものが多く、二匹のレベルでもここまでたどりつくことができた。とはいえ、道中、何ごともなく進んできたわけではない。
途中、こんなことがあった。それは、森に入ってようやくシェーラが戦闘慣れしてきたときだ。
「トト隊員、前方に不審物を発見!」
探検隊ごっこ気分のトトがわざと口調を変えて叫ぶ。シェーラもトトにあわせて命令口調で言った。
「至急、確認せよ」
「ラジャーですっ」
トトが小走りで駆けていき、落ちていたものを拾い上げた。彼女は、それを上にかかげると、嬉しそうにぴょんぴょんはねた。
「アイテムだ!“もうげきのタネ”だよ」
「なにそれ?」
「あのね、これを食べると、体中が熱くなって力がわきでてくるの」
「へえー。おいしいの?」
「トトも食べたことなーい。なかなか売ってないんだもん」
「なんだか不思議な色をしてるね」
「うん!トトが見た目から予想するに、これはきっと噛むと、口の中でどっかーん、って爆発して……」
そのとき、左方の木の枝がぐわん、と大きく揺れた。シェーラとトトは瞬時に口をつぐむ。枝の間からキャタピーとビードルが飛び出していた。
「なわばり荒らしめ…」「ここから、去れ…!!」
いきなり現れた虫ポケモンの威嚇ポーズに、戦いの予感がシェーラの背中をかけあがった。
シェーラは迅速に状況確認をする。体力、ばっちり。気合い、十分。視界、良好。技のキレ、絶好調。
OK、完璧!
「いくよ、トト」
「ラジャーです!」
それだけ言って、突然シェーラは疾走した。見る間に敵に接近する。虫ポケモン達は、シェーラの切り替えの早さに驚き、呆然としていた。
シェーラは、腕に力をこめ、ニンゲンの手とはほど遠い形のワニノコの爪を感覚する。
「ひっかく!」
攻撃は、キャタピーの腹に命中。「わっ」と声をあげ、のけぞるキャタピーに、シェーラはつづいて“かみつく”をくりだした。キャタピーはワニノコをふりはらおうと暴れ回った。シェーラは離れない。
「しつこいワニノコめ…」
ビードルの罵りにシェーラは内心ほくそ笑んだ。しつこい、という言葉は彼女にとってはほめ言葉だったのだ。
「いい加減、離れろ!」
ビートルが叫び、自慢のどくばりをワニノコに向けた。
その時、びゅん、と風をきる音が鳴った。直後、“木の枝”がビードルの手前の地面に突き刺さっていた。
ビードルは、はっと顔をあげる。頭上…いつのまにか木にのぼっていたトゲピーが、木の枝をかかえたままのんびりとつぶやいた。
「あれれ〜、トト、見つかっちゃった?」
シェーラはキャタピーのしっぽをくわえたまま、体勢を整えた。そして、おもいっきり体と首をひねり、キャタピーを投げ飛ばす。
「うわっ!」
投げ飛ばされたキャタピーが、ビードルと激突した。シェーラは勢いを止めず、走りながら腹部にエネルギーをこめる。ひとかたまりになった二匹の虫ポケモンに顔を向け、トトはあごを大きく開いた。
(あたし達の、勝ちだ…!)
「みずでっぽう!」
しかし、虫ポケモン達は黙って攻撃を待っていてはくれなかった。キャタピーとビードルは、まるで示し合わせていたかのように完璧なタイミングで、糸をはきだした。
みずでっぽうが二つの白い糸と空中で激しくぶつかった。はたして、水の勢いだけが急激にそがれ、威力がなくなっていく。
シェーラははっと息をのんだ。吐き出される糸の勢いは衰えず、シェーラの目前に迫ろうとしていた。
(油断した…!)
「えいっ!」
そのとき、声がしたかと思うと、トトが木の枝から、シェーラの前に飛び降りていた。
「トト!?」
ふたつの白い糸が、シェーラの身代わりとなったトトにからみつく。虫ポケモン達は何事かと目をわずかに見開いた。対して、トトはにっこりと笑った。
「シェーラに攻撃するポケモンには、お仕置きですよ?」
「……と、トト?」
トトはお腹に糸が付着した状態のまま、瞳をきらりと輝かせた。まるで、何か楽しいいたずらでも思いついたような…。
(ま、まさか……!)
トトは心底楽しげに宣言した。
「トト、なわばりに侵入しました!というわけで〜……ローリング土下座します♪」
「やっぱりかッ!」
勢いよくトトが回りだす。すると、叫び声があがった。
「うわあああああ」「やめてえええええ」
キャタピーとビードルのものだ。
(糸のせいで、トトとつながってる…)
「ごろごろごろ♪」と回転し、回転し、回転するトト。キャタピーとビードルは、そんなトトにひきずられ、ふりまわされていた。糸は存外にもしっかりとした強いものらしく、しばらく切れそうで切れないままだった。…合掌。
ほかにも、モンスターハウスに間違って入り、トトの“ゆびをふる”による「地震」でシェーラが敵と共に撃沈させられたり、トトの“ゆびをふる”による「砂嵐」で、視界がものすんごく悪くなったり、トトの“ゆびをふる”による「ドわすれ」でなんかもういろいろ忘れられてしまったり……。
(なんだろう…。あたし、トトに振り回されてたら、いつの間にかここまで進んでいた気がする)
短時間での苦労の数々に思いをはせ、ちょっと遠い目になっていると、トトがふいに声をあげた。
「ね、シェーラ。地図見よ?」
「ああ、そうね。そろそろ奥につくと思うし」
シェーラは地図をとりだして広げた。この地図は不思議なもので、持っている本人達がどこにいるかも示してくれるのだ。見ると、シェーラ達は、やはり東の森の奥にあるという湖のだいぶ近くまできていた。
そこでシェーラは提案した。
「ねえ、トト。もう少しで着くけどさ、少し休んでごはん食べるのはどう?あたし結構お腹がすいちゃって」
「トトも賛成!」
二匹は近くに、敵のポケモンがいないことを確認すると、手近な木の根に腰掛けた。
バッグからリンゴをとりだしてシェーラはふたつに割り、片方をトトにさしだす。ついでに、森の中でひろった青いグミもとりだした。
「トトはグミ食べる?」
「んー。トトが好きなグミさんはねー違う色なの。シェーラが食べていいよ」
「じゃあ、探検が終わって町に戻ったら食べようかな」
青いグミを食べて、その電撃的なおいしさにシェーラは感動するのだが、それはまた別の話。
「リンゴおいしいね」
「うん」
シェーラとトトはしばらくリンゴを夢中になって食べた。その間、二匹とも無言だったのでシェーラは自然と考えごとを始めていた。自分のニンゲンの時の記憶について、だ。
(あのヒトカゲは…グレンという名前なんだろうか)
(そして、グレンは、あのヒトカゲが進化したポケモンなんだろうか…)
しかし、心の中でそう問いつつも、シェーラは記憶の中のヒトカゲとグレンが同一のポケモンだとほぼ確信していた。はっきりとした理由はない。あえていうなら、野生の勘のようなものだ。
「ねえ、トト」
リンゴを食べ終わったのでシェーラは言った。
「なあに?」
「ちょっとだけ、記憶が戻ったの。たぶん、ニンゲンだった時の記憶…」
そしてシェーラは、グレンの声を聞いた時に見た幻について、たどたどしく説明した。嵐の中のヒトカゲのこと。自分が何か大切なものを守っていたこと。悪いポケモン達がその何かを奪おうとしていたこと。ヒトカゲもその悪いポケモンの一員で、グレンとよく似た声をしていたこと。
トトは黙って話を聞いていた。おかげで、シェーラは冷静に、思い出した映像のことを全て話すことができた。
シェーラが話し終えると、トトは静かに言った。
「シェーラの知ってるヒトカゲさんは、本当にグレンさんなの?」
シェーラは短くつぶやいた。
「…証拠はないけれどあたしは確信してる」
「それなら、グレンさんは悪いポケモンなの?」
「わからない」
さらに、トトはたずねた。
「シェーラはどう思ってるの?」
「あたし、が?」
シェーラが黙りこむと、トトはそうっとささやいた。
「トトはね、グレンさんは悪いポケモンじゃないと思うの」
「………」
トトは口をつぐみ、目をつぶった。
(それなら、あたしの記憶はなんだったのかな…)
(やっぱり、グレンとあのヒトカゲは違うポケモンなのかな…)
それは違う、と心のどこかで、何かが叫んでいた。
ぽつ、と鼻先に雫が落ちた。
「あ。雨…」
目を開いて顔をあげると、どんよりとした黒い雲が視界に広がった。それは、嵐の予感をふくんで、空一面をおおっているのだった。
シェーラは立ち上がって、休憩の時間を終わりとした。
「そろそろ先に進もっか」
「ラジャー!」
二匹は森の奥へ…湖の方へ歩を進めていった。
そんな中、雨は降りやむ気配をみせず、だんだんと激しさを増していくのだった。
†ゆうれいやしき†
一方そのころ。
ギルドの掲示板で“おたずねもの”一覧を見終わったグレンは、ふと気が向いて親方の部屋に向かった。
「おやおや、グレン君。きみがワガハイの部屋にやってくるとは珍しい」
「そうか…?」
ミカルゲは相変わらず机の上にでーん、と居座っていた。隣では、ユキメノコが書類に何かを書き込む作業をし続けている。
「なにか一大事かね?」
「いや…そういうわけじゃないが」
グレンは斜め上の方に視線を向けた。
「ほら、今日…新入りがきただろ。あの問題児のトゲピーとか」
「ほお。グレン君がそんなに情報通だったとはね。……まあ、そうだよ。きみの言うとおり、トト君とシェーラ君が探検隊になりたいと言ってな。ワガハイが最初の依頼をしたところなのだよ!そろそろ帰ってくるはずだが…」
グレンはふん、と鼻をならして笑った。
「親方も、変な依頼をしたな…。おおかた、“オレンの木の場所を聞いてこい”ってところだろう」
ミカルゲは不思議そうに、目をぐるぐるまわした。
「おや?ワガハイはそんな依頼をしていないぞ。ワガハイは“オレンの実を持ってこい”と言ったのだ」
「なに…?」
ミカルゲの言葉に、一瞬にしてグレンの顔から笑みがひっこんだ。
(やっぱり、あのくそチビども……東の森に行かないってのは嘘だったんだな?)
グレンは早口でミカルゲに尋ねた。
「おい、親方!東の森の奥…あそこの湖に何があったか覚えているか!?」
「……なにかね、急に。グレン君は覚えとらんのか。あそこでグレン君は…あのポケモンにやられただろう」
グレンははっとした。苦い敗北の思い出が急に頭によみがえってきた。
そう、あのとき…グレンは岸辺のオレンの木から実をとろうとしたのだ。そして、あのポケモンが現れて……。
グレンは腹立たしげに顔をしかめた。
「…くそッ…!世話のやける…!」
そうつぶやくと、グレンは身をひるがえして急に走り出した。
「お、おーい?グレン君?どこ行くのかねー?」
ミカルゲは話についていけず、取り残される。と、そこで隣で書類を書いていたユキメノコが言った。
「親方様、私が思うに、これはおそらく“仮・探検隊”の危機ですよ」
「なんだって!?わ、ワガハイのキュートな探検隊に危機が!?」
鋭い眼光でにらまれて、ミカルゲは少し小さくなった。
「あー…うむ。……ごめんなさい。…ユキメノコ、ワガハイにわかるように説明してくれないだろうか」
「私の予想では、“仮・探検隊”の二匹は東の森に向かったかと。そして、それを追ってグレン様もでていったものかと思われます」
ミカルゲの体の動きが一瞬、止まった。
「…ななな、なんだってぇぇぇえええええ!!??」
「耳障りです」と、ユキメノコがつぶやくのを気にせず、ミカルゲはわたわたとして騒ぎだした。
「そ、それはあまりにも危なすぎる!グレン君では…あやつと相性が悪い!…ワガハイ達が行くべきだ!そうだ、そうに決まっている!」
「親方様が行くのではなく、他の探検隊に頼むのはどうでしょう」
「いや、あやつとまともに戦えるポケモンはそうそういない」
そこでユキメノコは心底嫌そうなオーラをだした。
「…それで。誰が親方様を運ぶのです?」
ミカルゲはきょとんとして、当たり前のように答えた。
「もちろん、ユキメノコにきまっているじゃないか」
「少しはご自分で動かないと、太りますよ?」
「ふっ。ワガハイは食べても太らない体質でね」
「……女の、敵…」
「わーッ!!頼むから、落とすな、落とさないでくれ!そして東の森につれていってくださいお願いします」
ユキメノコはため息をついて、ミカルゲを持ち上げた。嫌悪感を隠そうとする気もないようだ。ミカルゲは見た目からは想像がつかないほど重い。ふゆうの特性を持つユキメノコだからこそ、持ち運ぶことが可能なのだった。
「無事でいてくれよ、グレン君。そして、ワガハイの可愛い…」
「親方様」
「ん。なんだね?」
「あやまって落としてもよろしいでしょうか」
「わざと落とす気まんまんだな!?」
なんだかんだ言いながら、二匹もグレンに続いて東の森へ向かっていった。