02.リザードの名前
†ウェストタウン†
シェーラとトトが出会った日の次の朝。
「昨日は、無一文のあたしを泊めてくださってありがとうございます」
「ばいばい、おばさん!トトは探検家になってきまーす」
シェーラとトトは、サイドンのおばさんにそれぞれの挨拶をした。サイドンのおばさんは、トトが今まで住んでいた宿を経営しているポケモンで、みんなのお母さん的な存在らしい。
ギルドは探検隊員に寝る場所を用意してくれる。探検隊になる気満々のトトは、もう昨晩のうちに荷物をまとめ、いつでも引っ越せるように準備をしていた。
「シェーラちゃん、トトがいろいろ迷惑をかけると思うけど、どうぞよろしくね」
「いえ。あたしも弱いので、お互い迷惑をかけながら強くなります」
「おやおや、いい答えをするじゃないの。…それにしても、シェーラちゃん、無一文だなんて…。何か事情があるの?…ね、そうでしょう。あぁ、何も言わなくていいのよ。おばさん、ミステリアスなことって好きだから」
どんな顔をすればいいのかわからず、戸惑うシェーラに、サイドンのおばさんはこっそり耳打ちした。
「トトはやる気満々だけど、もしも探検隊員になるのに失敗したら、トトと一緒にここへ戻ってきなさいな」そして、彼女は声のトーンをあげて、二匹に向かって言った。「……さぁさ、行っておいで!トトはギルドへの道、わかってるだろうね?」
「おっけーです♪」
「うん、いいわね。それじゃあ、いってらっしゃい」
二匹はサイドンのおばさんに手をふりつつ、ギルドへの道を進んでいった。
前を進むトトについていきながら、シェーラはふと思ったことをたずねた。
「ねえ、トト。あたし達が向かっているギルドってどんなところ?」
「親方さんがね、とっても変なポケモンなの」
「…変?」
「そう。変なの。あ。それとね、ギルドのお屋敷はみんなから“ゆうれいやしき”ってよばれているんです」
「……ゆっ!?」
思わずシェーラは足を止める。
「こわい笑い声がギルドから聞こえてくるの。だから、みんな幽霊がいるって言うの。トトが思うに、きっと探検隊員のお部屋にも幽霊さんがいーっぱいでてきて、たくさんお話できると思うの!」
シェーラはなんとなく帰りたくなった。
「…ねえ。…やっぱり、ギルドに入るのあきらめない?」
すると、トトはほっぺを可愛らしく膨らませた。
「ダメ!探検、するんです!」
「…で、でも…あたし、ゆうれいとか無理かも…」
「帰るのは、ダ・メ・で・す!」
尻込みして、道の真ん中で立ち止まるシェーラ。トトはその手をとり、少し強引なくらいの勢いでぐいぐいと引っ張っていった。
†ゆうれいやしき、入り口†
「これが、ギルド…?」
ウェストタウンのギルド本部、通称“ゆうれいやしき”は紫色の屋根の洋館風の建物だった。壁はどことなく薄汚れ、古いデザインの扉はおどろおどろしい。いかにも幽霊がでそうな建物だ。まあ、トトの話で、若干の先入観が入ってるのかもしれないんだけど。
「シェーラ、入ろう」
「う、うん…。わ、わかってる、わかってるんだけど…」
さっきから、二匹はこの問答ばかりを繰り返している。
「トトが鼻歌うたってあげるから。…ふんふふんふーん♪ほら、これで怖くない!」
「いや、でも…幽霊とか…ね、…ちょっと、ね…」
「幽霊さんとはお話して、仲良くなればいいんです!」
「う…うん。そ、そうだよね」
前にふみだせない自分自身にシェーラはいい加減いらいらしていた。
(バカ、あたしの臆病!)
(幽霊なんて、いないに決まってるでしょ)
言い聞かせても、なかなか前足をふみだせない。トトもきっと困っている。
(シェーラ、行くのよ、ほら!)
自らを奮い立たせていた、その時だった。
今までのシェーラの恐怖がかすんで、たちまち消えていくような出来事がおこった。ギルドの扉が開き、中から一匹のポケモンがでてきたのだ。
「さっきから入り口で騒いでたのは、あんたらか」
その、少し不機嫌そうな低音の声が耳に飛び込んでくるのと同時に、シェーラの全身が凍りついた。刹那の硬直。それはまるで、金縛りをかけられたかのような。
(…この、声は…!?)
体の内側で心臓がぶるりと大きく震えた。瞬間、彼女の凍っていた記憶の一片が、はがれ落ち、瞬く間に溶け、鮮明な映像へと変化して、頭の中に流れ込んでいった。
(―――ッ!)
幻の音が、耳鳴りのように鼓膜の内で鳴り響いていた。雨の音。雷の音。誰かの叫び声。激しく鳴る、自分の心臓の音。
焼け付くような炎の光がまぶたを貫いた。
光に染まった視界が晴れたとき、シェーラは嵐の中に立っていた。まぶたに残像を残した光は、見知らぬヒトカゲの灯火だった。どしゃぶりの雨の向こうに立つ、ヒトカゲの尻尾の火。
『…ニンゲン。後悔するなら、今だ』
ヒトカゲがつぶやく。雨にぬれた視界の中、ヒトカゲの凍りつくような瞳が、シェーラの心臓を突き刺すようだった。
(この光景は、なに?)
(でも、あたしはこれを知っている)
(あたしは確かにあの嵐の中にいた)
見ると、自分をたくさんのポケモンがかこんでいた。明確な敵意をもって。そして、何かを奪おうとして。
(これは…ニンゲンだった頃のことなの……?)
(それじゃあ)
(…それじゃあ、あたしは一体――)
「あ、こんにちはですー♪」
トトの声によって我にかえり、シェーラはふせていた顔をあげた。霧が晴れるように、幻の音と映像がぴたりと止んでいた。目をやると、空は晴天だった。目の前に恐ろしいヒトカゲの姿はなく、敵意を持ったポケモン達の影もなかった。
かわりに、“ゆうれいやしき”の入り口前には、先ほど不機嫌そうな声をかけてきたポケモン――リザードが立っていた。
(リザード……ヒトカゲの、進化系…!)
「入るなら、さっさと入れよ」
「はい!えーっと…リザードさんのお名前は、グレンさん…でしたよね?」
聞き覚えのある名前に息を呑む。リザードは、当然先程シェーラがどんな記憶を取り戻したか知るはずも無く、トトの質問に軽くうなずいた。
――それを見るやいなや、シェーラは我をわすれてかけだしていた。
「あんた誰だ…?……ッ、うお!?」
シェーラは何の予告もなしに、リザードの右腕にかみついた。
(こいつらは、何かを奪おうとしていた!)
(何を?)
(いったい何を?)
(でも、大切な何かであることはたしかだ)
「くそっ!はなせ!」
リザードがぶんぶんと右腕をふる。負けじとシェーラはよけいにがっちりと腕をくわえる。
(こいつ…グレンって名前の…あの、記憶の恐ろしいヒトカゲだ)
(進化したようだけど、声を聞けばわかる)
(でも、こいつは…きっと、あたしがニンゲンの姿じゃないから、あたしには気がついていないんだッ!)
「シェーラ…?」と、トトが呆けたように自分の名前を呼んでいる。だが、答えている暇はなかった。
やらなきゃやられる。そんな生存本能が、唐突に記憶の欠片を取り戻し、混乱していたシェーラの頭を、完全に支配していた。
「なんなんだ、お前は…!腕から、離れろ!!」
長い攻防のすえ、とうとうリザードが腕をふるのにたえられなくなって、シェーラはふっとばされた。
軽く2mはとんでシェーラは草のしげみに、ぼてっと落ちる。よろよろ起きあがり、見ると、リザードのグレンも肩で息をしていた。
「なんなんだ、あのくそチビは…」
いまいましげなグレンの言葉を聞いて、シェーラは、かちんと頭にきた。
(ニンゲンだった頃はもっと大きかったし!)
「あたしはチビじゃない!」
「…いや、どこからどう見たってチビだろう」
「どっちもトトより大きいよぉ…」というトゲピーのつぶやきは無視され、二匹の言い合いはさらに続いた。
「そういうあんただって、そんなに大きくないでしょ」
このまま引き下がれないシェーラは、鋭く相手を睨みつける。
「あ?」
グレンは顔をしかめた。ワニノコとしても小柄なシェーラは、リザードの半分ほどの身長しかなかったのだ。しかし、シェーラはへこたれなかった。
「あんたが大きく見えるのは、そのでかいツノがあるからよ!」
ぴき、とリザードの表情が固まった。
「…なんだと、くそチビ?」
「なによ、でかヅノ」
「そのあだ名はやめろ!」
「そっちが先にやめなさいよ!」
二匹が険悪なふんいきでにらみ合い、口喧嘩から技を使った戦いへ発展しようとした、まさにその時、
「けんか、ダメーーーッ!!!」
トトの叫びが空気をふるわせた。
「…おっと、これはまずい」
グレンは態度が一転させ、焦りをおびた声でつぶやいた。思わずシェーラが毒気をぬかれて立っていると、グレンにけとばされた。
「な、何…?」
「ぼけっとするな、俺に続いてこい!」
グレンは、あっというまに穴をほって地面の下にもぐっていった。“あなをほる”を使ったのだ。
一体何がまずい状況なのかわからず、トトの方を見ると、ト彼女は一心に指をふっていた。
「“ゆびをふる”?」
首をかしげるシェーラの前で、トトがふいにゆびをふるのをやめる。そして、彼女は口を大きく開いた。
「はーかーいーこーーせーん!」
慌ててシェーラは、グレンの作った穴にとびこんだ。間一髪、彼女の頭上でトトのはなった光線が走り抜けていく。
「…さすがにあせったな」
声がした方に顔を向けるとリザードのしっぽの炎が見えた。
シェーラは言いたくはなかったが、もそもそと感謝の言葉をつぶやいた。
「…ありがとうございます、助かりました」
グレンは「ふん」と鼻をならした。そして、苦笑いをうかべて言った。
「あのトゲピーは、よく“ゆびをふる”でいろいろと破壊をするからこの町じゃ、ちょっとした有名なポケモンだ」
「え…?うそ」
「本当だ。一番ひどかったのは、ゆびをふって“りゅうせいぐん”がでた時だな。しかも、ギルドの本部内でくりだしたもんだから、修復がおそろしく大変だった…」
グレンは遠い目をしている。シェーラは驚きをとおりこして、呆れはてた。そんな調子では、当然ギルドは、簡単にトトを探検隊員として認めることはできないだろう。
(ていうか。…あれ、もしかして…)
(このリザード、ギルドのポケモン?)
そういえば、グレンは“ゆうれいやしき”からでてきたんだっけ、と思い出す。
そこで、ふいにグレンがこちらをまっすぐに見た。
「お前、さっきはなんで俺にいきなり“かみつく”をした?」
「なんでって…」
あたしの記憶であなたが敵だったからだ、とは言えるわけがなかった。言えば、彼は必ず、自分を襲おうとするだろう。あの記憶のヒトカゲのように、恐ろしい目つきで睨みながら。
シェーラが黙り込んでいると、グレンが低い声できりだした。
「というかお前、ずいぶんとレベルが低いみたいだな。あそこまでしっかり攻撃されて、たいした痛みを感じないとは、ある意味衝撃的なことだったぞ」
「……なっ…」
かっとなって、リザードの方を見やる。彼は続けてわざとらしく肩をすくめた。
「ま、しつこさだけは一流だったが」
「…な、なんですって…?」
こんな風にバカにされたのでは黙ってはいられなかった。殺気をみなぎらせはじめたシェーラから、グレンは少し身をひいた。
「おいおい。こんなところで、技はよせ。…とにかく、悪いことは言わない。探検隊を結成するなら、あのトゲピーはやめとけ。“ゆびをふる”で、必ず命の危険にさらされるぞ」
「……え?」
シェーラが驚いて言葉を失っていると、グレンは言った。
「…って、これからいろんな奴に言われるぜ?きっと」
シェーラは鋭くグレンをにらみつけた。
「わざわざご忠告どうも。でもね…もしもトトのことをそんな風に言う奴がいたとしたら、あたしが絶対に許さない。そいつがあやまるまで、何度でもかみついてやる。…だから、いいの。放っておいて」
(このリザードは、あたしのニンゲンだったころを知っているはず)
(でも、今は聞くべき時じゃない)
(たぶん…私はこいつより全然弱い)
(もっと…もっともっと私が強くなってから)
(それから、全部聞き出してやる)
「あたしとトトは絶対に一流の探検隊になってやる。誰がどう言おうと」
グレンの目が無言のまま「そんなに弱いくせに?」と、問いかけている。そのとき、シェーラの中で決意が固まった。
(今は心からポケモンになってやろう)
(あの嵐の記憶のように…もしもあの敵達にまた囲まれても大丈夫なように)
(あのヒトカゲ…そう、こいつにも、立ち向かえるように)
「あたし達は強くなる。もちろんあんたなんかよりも、もっと…もっと強い…最強のポケモンになってやるから」
シェーラはきっぱりと言いきって、穴の出口の方に向かった。そして、ふと思い出したように出口付近でふりかえり、言い放った。
「あたしの名前はシェーラ。くそチビじゃなくて、シェーラよ!それじゃあね、でかヅノさん」
シェーラは身軽な動きで穴からでていった。そのワニノコの後ろ姿を見ながら、残されたグレンは「なんなんだ、あいつは…」とぼやいた。
†
穴からでると、トトがむすっとした顔で待っていた。
「ケンカはっ!いけませんっ!」
「…ごめんね、トト」
「悪いワニノコさんにはお仕置き!…くらいなされ、みだれづき!」
「え…わ、ちょ」
トトが自分の頭のトゲトゲで突きさしてきた。
「くらいなされ、くらいなされーっ」
「わ、や、やめ…。きゃーーー!あはは…やめ、…くすぐったい…あはははは」
それからシェーラは、トトの“自称みだれづき”(という名のくすぐりの刑)を一分程くらわされ続けた。
刑が終わると、トトは息もたえだえなシェーラに向かって尋ねた。
「シェーラ。どうしてグレンさんに突然かみついたのー?」
ニンゲンの時の記憶らしきものを思い出す。あれを、どう言い表せばいいのだろうか。
「…どうして、か。あたしにもうまく説明できないんだけど」
「そっかぁ」
トトは少し考えるそぶりを見せてから、なにかを納得したのか、にっこりと笑った。
「それじゃあ答えはまた来週!ってことですねー?」
「???」
「うんうん、トトにはわかります。というわけで、トトと一緒にゆうれいやしきに入ろ?」
「え…あ、…うん」
シェーラはおずおずとうなずきつつ、グレンに言った言葉を思い出す。
『あたしとトトは絶対に一流の探検隊になる』
そのためには、少なからず勇気も必要なのだ。
「…あ、あたしは…ゆうれいなんて、怖くないぞーッ!」
シェーラがいさましく叫ぶと、トトもそれに同調した。
「ないぞー♪」
そして、二人は“ゆうれいやしき”の中に入っていった。
†
扉のすぐ向こうは、だだっ広いホールになっていた。ぴかぴかにみがかれた床は新しく入った二匹の影を反射している。
「…い、いいい…意外ときれいなところね」
へっぴり腰のまま、シェーラがつぶやいた。トトはもう見慣れているのか「親方さーん」と、物珍しげな様子もなく、声をあげている。
「はーっはっはっは!」
どこから発された声なのだろうか。突如響いた不気味な笑い声にシェーラの体がびくっと震えた。シェーラとトト以外、誰もいないホールに笑い声が反響して、恐ろしい不協和音をかなでている。これが噂の“こわーい笑い声”とやらだろうか。
(か、…帰りたい…)
シェーラは涙目になりながらも、なんとかその場でふんばった。さきほどの声がもう一度ひびいてくる。よく耳をすませば、声が発生されているのは、階段をあがった先、二階の奥の部屋のようだった。
「さて、君たち。ワガハイはここから動くのが面倒なので二階にあがってきてくれないか」
「ラジャーですっ親方さん!」
トトが意味もなく手をあげた。(トトいわく、これは敬礼らしいのだが、手が短すぎてわからない)
さきほどの笑い声も“親方さん”のものらしい。一体どんなポケモンなのだろうか…。
親方がいる部屋の扉は無駄に大きく、シェーラとトトは力をあわせてその扉をあけた。
「やあ、諸君。ごきげんよう」
扉が開き、二匹が部屋に入ると、親方から直々に声をかけられた。
親方は机の上に、でん、と居座っていた。なんというか、すさまじい存在感があることは確かだった。机のわきには親方の補佐らしきポケモン…ユキメノコが姿勢良くたたずんでいる。
「おひさしぶりですねー。ミカルゲ親方さん」
トトがにこにこしながら言った。親方…そう、ミカルゲは、あの独特の表情をくずさないまま少しだけゆらめいた。
「トト君もとうとうパートナーを見つけたか。うむ。よいことだ。…で、そこのワニノコ君の名前は?」
ミカルゲとユキメノコの視線が一気にシェーラに集まった。シェーラはたじろぎながらも、しっかりと答えた。
「シェーラです」
「ふむふむ、なるほど。して、どこからやってきたのかね?ここらでは見ない顔だが」
シェーラは返答に困った。そこでトトが助け船をだすべく、声をあげた。
「あのね、シェーラは記憶がないけど、もともとニンゲンなの。それでね、記憶探しをしたいわけです」
「前置きとかなしで、それ言っちゃう!?」
心の準備ができていないまま、トトが直球で秘密を大暴露してしまった。変なポケモンだと思われるに違いない、と思ってこわごわとミカルゲに目をやる。
ミカルゲは黙ったまま、ふるふると紫色の体をふるわせていた。ユキメノコは先ほどと変わらず黙り込んだままだ。
(意味のわからないことすぎて…怒った?)
しかし、シェーラの予想はまったくはずれていた。何故なら、次の瞬間ミカルゲはこう、叫んだからだ。
「エェキセントリィィィッック!!!」
「…え?」
目が点になるシェーラに向かってミカルゲは早口でまくしたてる。
「いやはや、君は最高だ!素晴らしいッ!!ワガハイは君のような不思議でエキセントリックなポケモンが大好きだ!」
「……はあ…そ、そうですか」
ミカルゲはうきうきと体を左右に動かしてさらに言葉をかさねた。
「おまけに、君たちはとても可愛らしいときてる!最高だ!文句なしだ!可愛いは正義だッ!」
うきうきミカルゲに、シェーラが若干身を後退させていたその時、突然、冷えきった声が部屋に細く響いた。
「親方様」
ユキメノコの声だ。途端、ミカルゲの体が凍ったように静止する。
「…な、なんだね。ユキメノコ」
「突き落とされたいですか?」
平坦な口調の脅しに、ミカルゲは目をぐるぐるさせた。
「や、やめてくれ…。ワガハイは机から落ちるのは苦手なのだ」
「いえ、机からではなく二階の窓から」
「やめてくれぇぇえ!…わかった、わかった。さっきの一言はなかったことにしよう。不快な思いをさせてすまなかった」
ミカルゲは少し気まずげになりながら、シェーラ達の方に向き直った。
「えー…げっほん。さて、話を戻そうか。ワガハイは、トト君が一匹で探検をするのは心配だったが、パートナーがいるならば、大丈夫だろうと思う。探検隊を結成するがよい」
シェーラとトトは顔を見合わせた。しかし、ミカルゲの言葉はまだ続いていた。
「ただーしっ!まだ君達を正式な探検隊として認めるわけにはいかない。ワガハイが簡単な依頼をだすから、それをクリアするまでは君たちは“仮・探検隊”とする。いいかね?」
「ラジャーですッ!親方さん」
トトが敬礼もどきをする。シェーラもそれにならって、おずおずと敬礼をした。
ミカルゲはぐるりと目を一回転させた。どうやらうなずくかわりの動作をしたようだ。
「ユキメノコ。この二匹に探検隊グッズをさずけてくれ」
「承知しました」
ユキメノコは肩掛けのバッグと、探検隊を示す赤いリボンをふたつくれた。
「バッグの中には地図とリンゴが入っております。リンゴは私からの餞別です」
「ありがとうございます!」
ユキメノコはうっすらとほほえんだ。
「どういたしまして」
「さあ、ワガハイからの依頼だ。…オレンの実をここに持ってきなさい。トト君、シェーラ君、わかったかね?」
「ラジャーでーす!」
「わ、わかりました!」
「よろしい。それでは、諸君の健闘をいのる」
ミカルゲの声に背中を後押しされて、二匹はかけだした。
それは、たしかに簡単なはずの依頼だったのだ。
しかし、事態が思わぬ方向に向かっていくということを、彼女達はまだ、知らなかった。