001 リアクション芸人かこいつは
ポケットモンスター、ちぢめて、ポケモン。
この星に生きる、不思議な生き物。
では、不思議な生き物が不思議な力を使ったら、どうしますか?
これは、不思議な力を、魔法を使って笑顔と希望を運ぶポケモン達のお話。
***
ここは、ポケモンだけが住む町、星空町。 決して大きな町ではないが、ここに住むポケモン達は皆家族のように仲がいい。
実はこの町には『魔法使い』と呼ばれるポケモンが何匹か住んでいる。
町外れにある王冠を被っている水色のポケモン、ブルンゲルを模ったドーム型の建物。 そして窓が縦に3つ並んでいることから3階建てと見られるツリーハウスが並ぶ施設。それが魔法使いの拠点『マジカルベース』だ。
ツリーハウスの部屋の1つで、その夜も彼は眠っていた。
町のポケモン達が寝静まったその夜中。 大きな物音がマジカルベースの周囲を襲った。
「はっ!?」
魔法使いポケモン達はその物音に驚いて目を覚まし、起き上がる。
「……外から聞こえたよな、今の音」
魔法使いの一匹である水色の身体を持つあわがえるポケモン____ケロマツ、ミツキもベッドから出て窓の外を確認する。
マジカルベースの周辺は海岸。 ツリーハウスの最上階に当たる3階にあるミツキの部屋の窓からは殆ど海しか見えない。 強いて言えば砂浜が申し訳ない程度に見えるぐらいだ。
「これじゃあ何があったか分からねえな」
ミツキは、常に身につけている魔法使いの証である紫地にオレンジのラインが入ったマントをなびかせ、部屋を飛び出して行った。 直接外へ出て確かめてみようとしているようだ。
こんな真夜中である為、マジカルベース付近の街灯は全て灯りが消えており、辺りはかなり見辛かった。 幸いなのはミツキが胸に付けているモンスターボールを扮した金色のメダル____魔法使いの勲章が僅かに月光と反射しあっていることである程度周りが見えることだった。
それでも階段を降りていくミツキを呼び止める声が聞こえた。 大人しそうな少年の声である。
「ミツキ、外へ行くんですか?」
ミツキが振り向くと、後ろには2匹のポケモンがいた。
1匹は黄色い身体と赤い頬が特徴的なねずみポケモンのピカチュウ。 もう1匹は大きな耳とふさふさの尻尾を持つきつねポケモンのフォッコ。
2匹もミツキと同じマントと勲章を身につけている。
「ライヤとコノハか。 まぁな」
ミツキは寝起きのせいか、やや気だるそうに答える。
「僕達も付いて行ってもいいですか?」
「やっぱ気になるわよね。 きっと何かが落ちたんだわ!」
ライヤ____と呼ばれているピカチュウとは対照的な甲高い声で自信満々にそう言うフォッコのコノハと友好的な彼を目の前にしては、ミツキもいいと答えるしかない。
「ああ、分かった。 行こう」
***
ミツキ達3匹が海岸へ来てみると、空には無数の星と満月が浮かんでいるにも関わらず、野次馬のように多くのポケモンがたかっていた。
「すげぇや。 魔法使い以外のポケモンも見に来てるぜ」
「こんな夜中なのに物好きねー」
「それは僕達も一緒ですよ」
たわいも無い会話をしながら大勢のポケモンの中に入っていくミツキ達は、あるポケモンに声をかけられた。
「やあ、ミツキ君達も来たのかい」
「フィル!」
フィルと呼ばれた彼も、ミツキ達と同じマントと勲章を身につけている。 種族は長い耳とそこから靡いているリボンがトレードマークの可愛らしいむすびつきポケモン、ニンフィアだ。 フェアリータイプに相応しい可愛らしいファンシーな見た目をしているが、男である。
「ねえねえ、何が落ちて来たの? 隕石とか!?」
「それが……」
落ち着きを忘れているコノハにフィルは言葉を濁らせる。 その様子にライヤも少し心配そうな表情を見せた。
「も、もしかして、とんでもないものなんでしょうか……?」
「その逆だよ」
「え?」
拍子抜けしているミツキ達3匹を尻目にフィルはポケモン達の中心にある『それ』を指の代わりにリボンで指した。
「あの子さ」
ミツキ達はもっと近くまで行って、落ちてきたと思われる『それ』を見てさらに拍子抜けする。
「ぽ、ポケモンじゃねえか!」
「見慣れないポケモンね」
ミツキ達の周囲は隕石でも落ちたかのように、砂浜がチョコケーキのように岩肌を見せているのにも関わらず、その中心にいたのは小柄なポケモンであった。
黄緑のほっかむりのようなものを被っており、長い耳のようなものがついている。
「恐らく……ハリマロンでしょう。 でも不思議ですね」
ライヤは一目でそのポケモンがいがぐりポケモンのハリマロンであることを見抜いた。
「何が?」
「この後頭部の模様が星型になっていますよ」
「珍しいの?」
「はい。 普通なら丸型のはずですから」
さらに普通のハリマロンとは違う特徴を持っていることにも気づいてしまった。 そんなライヤをフィルはこう褒める。
「流石はマジカルベース1番の秀才、ライヤ君だねぇ。 マジカルベース1番の問題児の誰かさんとは大違いだよ」
そう言いながらフィルはチラッとミツキを見て意地悪そうにニヤッと笑う。 そのフィルの笑い顔にミツキは腹が立ったのか、瞳孔を開かせる。
「あ?」
そんな中、1匹の大柄なポケモンが現れた。 やはり紫のマントを羽織っているそのポケモンはかいりきポケモンのゴーリキー。
「それにしても、なかなか目を覚まさないわねこの子」
フィル同様、見た目と言葉遣いが不釣り合いだがれっきとした女である。
「あら、リリィ。 あなたも来てたのね」
「皆さん安心して下さい、気を失っているだけだと思うのです」
落ち着いた様子でハリマロンの手首に触れているのは、ライヤによく似た見た目のおうえんポケモン、マイナン。 脈を測っていたのだろう。
そんなマイナンの肩を勝手に組んでベタ褒めをする同じくおうえんポケモンのプラスルがにょきっと現れる。
「さっすがリオン! 俺の双子の妹なだけあるなッ!」
「もう、シオンってば暑苦しいのです」
「ほんとそれよね。 ね、ミツキ」
リオンと呼ばれたマイナンはプラスルをシオンと呼び、やや煙たがっており、同じくコノハもミツキに同意を求める。
「……」
しかしミツキはぼんやりと、倒れているハリマロンを見つめている。 まるで、ハリマロンから何かを考えるように。
「……どうかしたの? ミツキ」
「あ、いや何でもねぇよ」
コノハに呼ばれてミツキは我に返った。
「それにしてもこの子、どうするんだい?」
フィルは首を傾げる。
「誰かの部屋で匿うというのはどうですか?」
「俺はリオンに賛成だッ! 」
リオンの提案に、シオンは真っ先に賛成する。
「そうですね、幸いマジカルベースの目の前ですし」
「部屋は……ミツキの部屋とかどうかしら」
「おい、なんで俺の部屋なんだよ!」
コノハの提案に怒るミツキ。
「まぁいいじゃないの。 何と無くミツキの部屋がいいかなーって思っただけよ」
「何だってそんな理不尽な!」
こうしてやや強引に、ミツキの部屋に空から降ってきたと思われるハリマロンを運ぶこととなった。
***
飾り気のないミツキの部屋。 木のテーブルと小さなキッチン、そしてベッドしかない。
そのベッドの上には、先ほど運ばれたハリマロンが横たわっていた。
ちなみにこの部屋にいるのはミツキ、ライヤ、コノハだけだ。 他の魔法使いはミツキ達に任せれば安心だと、各々の部屋に戻ってしまった。
「さてと、運んで来たはいいけどなかなか目を覚まさないわね」
「それにしても、こいつ空から降ってきたってことか?」
「そのようですね」
「でもマントを持ってないポケモンが空を飛ぶなんて聞いたことねぇよ」
ミツキ達の間ではこのハリマロンへの謎がさらに深まっていた。 後頭部の模様が星型であること以外は、非の打ち所がない普通のハリマロンである筈なのだ。
「……うーん……」
そうこうしている間に、噂のハリマロンはようやく目を覚ました。
「!」
「気がつきましたか?」
ハリマロンは起き上がりながらその円らな瞳をぱちくりさせていた。 何が起こっているのか把握が出来ていないようだ。
「ここは……どこ?」
「彼の部屋です」
ライヤは紹介するようにミツキを手で指す。
「かっわいいーっ! ぬいぐるみみたい!」
コノハは目をキラキラさせながら興奮した様子でハリマロンをぎゅっと抱きしめる。 非常に力がこもって強く抱きしめられて……いや、締め付けられていたのか、ハリマロンは息が出来なさそうだ。
「うぐっ! ぐ、ぐるじいはなじてぐだざい……」
「キミ、そこの浜辺で倒れてたんですよ」
「え? わたしが?」
ようやくコノハから解放されたハリマロンは一旦咳払いをするとライヤの方に向き直る。
「そうだよ、空から降ってきたハリマロンさん」
ハリマロンはそんなミツキの言葉に違和感を感じたようで辺りを探してみた。 しかしこの部屋にはハリマロンなど見当たらない。 ますます訳が分からなくなったハリマロンはミツキに尋ねてみる。
「ってちょっと待って! 今なんて!?」
「なんて、って……空から降ってきたハリマロンさんって」
「その、ハリマロンさんって……」
「お前」
ミツキにそう即答され、ハリマロンは慌てて自分の身体を調べてみる。 そして、唖然としていた。 自分自身に変化が起きていることに。
「う、嘘ーッ!」
***
同じ頃、所変わって星空町の大通り。
と言っても、この真夜中であり店と思われる建物は全て閉まっていた。
それでもこの真夜中の町に忍び込む小さな影があった。
「この街に『あの子』がいる筈なんだけど……」
茶色い毛皮を持つ円な瞳のしんかポケモン、イーブイ。 口調や雰囲気は何処と無く幼い子どものようだ。
イーブイは、物陰や木の上等、身を隠すような場所を移動しながら何かを探しているようだ。
そんな時、イーブイは1匹のあるポケモンを見つけた。
イカのような見た目のかいてんポケモン、マーイーカだ。
マーイーカは何やら怒っている様子であり、愚痴を垂れ流しながら夜中の町を1匹歩いている。
「チクショー! ちょっと遊んで遅れただけで何で家から出てけって言われるんだよ……」
イーブイはマーイーカを見つめ、ニヤリと不気味に笑う。 何故なら、イーブイの目には、あるものが見えていたからだ。
「……あのポケモンのスピリット、いい感じに輝きを失ってるね」
イーブイにはマーイーカの胸元に星が見えている。 その星は8割ほど黒く染まっているが、残りの2割は僅かに白く輝いている。
その星こそが、イーブイの言うスピリットなのである。
「やあ、こんばんは」
イーブイはマーイーカの目の前に姿を表した。 こんな夜中に自分より幼いポケモンがいるものであり、マーイーカは少し動揺していた。
「だ、誰だよお前」
「僕は君のイライラを解消してあげるためにやってきたんだ」
「はぁ?」
マーイーカはイーブイの言っていることが理解出来ないようで、動揺から呆れへと感情が移り変わる。
だが、その直後にイーブイは信じられない行動を取った。
「君のスピリット、解放しなよ!」
イーブイは右前足に黒い波動を集め、それをマーイーカに向けて放った。
「うわぁーッ!」
その瞬間、マーイーカは紫色のクリスタルの中に閉じ込められてしまう。
いや、正確にはマーイーカとマーイーカのスピリットが別々のクリスタルに分離させられたのだ。
マーイーカの左胸にはスピリットを抜き取られた印として黒い星の模様が浮かび上がっている。
「ミュルミュール、お遊戯の時間だよ!」
イーブイはマーイーカのスピリットが入っているクリスタルを掲げ、お菓子の家の形をした怪物へと変化させた。
「ミュルミュール!」
***
丁度同じ頃、ミツキは先ほどのハリマロンの大声に頭を抱えていた。
「……ったく、まだ耳がキンキンするぜ。 リアクション芸人かこいつは」
そんなミツキと彼を介抱するライヤを放っておくかのように、コノハはハリマロンに迫る。
「とりあえずアンタの話、聞かせてもらうわよ」
ハリマロンは快く自分のことについて話してくれた。
「わかった。 わたしはモモコ、13歳で本当は人間でポケモントレーナー。 気付いたらこんな姿になって空から落ちてきて気絶してたんだよ」
「……!?」
ミツキはハリマロンの名前、モモコという言葉に大きく反応したかのように目を見開く。
そんなミツキにはライヤもコノハも気づかずに、モモコに話しかけていく。
「13歳ってことは、僕達と同い年ですね」
「質問! 誕生日と血液型は?」
初対面の人(今はポケモンだが)に聞く定番の質問。 特に怪しいことでも聞くわけではなさそうだとモモコは安心する。
「えっと……誕生日は7月2日で血液型はB型、だよ!」
「好きな食べ物は?」
「えーと……沢山あるけど今のブームはアイスかな?」
「好きなふりかけの味は?」
「た、卵、かな?」
だんだんコノハの質問がおかしくなってきており、モモコもやや戸惑い気味だ。
「目玉焼きには醤油? ソース?」
その時、大慌てで大柄なポケモンが部屋にやって来た。 背中に甲羅をつけたこだいがめポケモン、アバゴーラである。
「大変だ! マジカルベース付近でミュルミュールが現れたぞ!」
その言葉にミツキ達は驚いた様子でガタッと立ち上がる。
「ほ、本当ですかトスト!?」
このアバゴーラはトストという名前であるようだ。 また、彼も紫のマントを身につけた魔法使いだ。
「何でこんな夜中に……」
そんな中、モモコはことの重要さを理解出来ていないようであり、首を傾げていた。
「ミルフィーユ?」
そんなモモコにミツキは呆れたように言い放つ。
「それはケーキの名前だろ、そんなことも知らねえのかよ、常識知らずにもほどがあるぜ」
ミツキの喧嘩腰のような言葉にモモコは少しムッとする。
「とにかく出動しましょう!」
「場所はどこなの?」
ライヤとコノハが詰め寄るようにトストに尋ねる。
「さっきの海岸だ、何匹か魔法使いが戦ってるけど手こずってて……!」
トストからそれを聞くとミツキとライヤはすぐに部屋を飛び出して行った。
「行こう!」
そんな中で、コノハは部屋を出る前にモモコの右腕を掴み、外へと連れ出して行った。
「うわっ!?」
走りながらモモコを背中に乗せ、コノハは後ろを振り向きニッと笑う。
「アンタに魔法使いの仕事、せっかくだから見せてあげる!」
「え、いや、見たいとは言ってないんだけど!」
「どっちにせよ、アタシ達の自己紹介をしていなかったからね」
「……?」
***
ミツキ達が再び海岸に戻ると、お菓子の家の見た目をした怪物が拳を振り回し、暴れていた。
「ミュルミュール!」
「お、お菓子の家!?」
「に見えますよね? あれがミュルミュールなんです」
コノハはミュルミュールの傍に突き刺さっているクリスタル____の中に閉じ込められている気絶したマーイーカを見つめ、憐れむように呟く。
「スピリットを抜き取られたのはこのポケモンね……かわいそうに」
「そのミュルなんとかって何なの?」
イマイチ状況を掴めていないモモコに解説するのはコノハだった。
「ミュルミュールは、抜き取られたポケモンの心『スピリット』から生まれる怪物なの」
その頃ライヤは、何かを探すように辺りをキョロキョロと見回していた。
「そういえば、他の魔法使い達がいませんね」
「あっ、あの家の中! 沢山ポケモンがいる!」
モモコが指す先には確かに何匹かポケモンがいた。
皆紫のマントを着けたポケモン達。 ミツキ達は中のポケモン達を見て愕然とする。
「そんな……!」
「あの中にいるポケモンは、みんな僕達の仲間です!」
「えっ!?」
そう、よく見ると中にいるのはフィルやシオンとリオン、リリィといった魔法使い達だった。
彼らはお菓子の家に閉じ込められてしまったようだ。
「ミツキ達だぜ!」
「さっきのハリマロンもいるのです」
フィルが家の中から、ミツキ達に向かって大声で叫ぶ。
「ミツキ君達! このミュルミュールは、ナメてかかると隙をつかれるよ!」
せっかくのフィルの忠告もロクに聞かず、ミツキはミュルミュールに立ち向かおうと前に出る。
「ミュルミュール、ぶちのめしてやるぜ!」
「ミツキ!」
ミツキはライヤとコノハを差し置いてミュルミュールに迫り、無数の手裏剣をミュルミュールに向かって飛ばす。
「俺1匹でこいつを片付けてやる! 『流星群落とし』!」
【挿絵画像】
手裏剣は見事、家のドアに命中。
「よし、ドアを壊した!」
チョコレートで出来た扉が粉々にされ、魔法使いポケモン達はぞろぞろと外へ出る。
「何でわかってくれないんだー!」
「え?」
ミュルミュールがその時、はっきりと言葉を発し、モモコは少し怪訝な顔をする。 聞き間違いじゃないか、と疑っているようだ。
「友達はみんな門限ないのに何で俺だけ! もう17歳なのにおかしい、おかシイ、オカシイ!」
「ミュルミュールはああやってポケモンの心の叫びを言葉にして発するんです」
「ミュルミュール!」
「ミツキ、危ないわ!」
リリィがミツキに叫んだ時には時すでに遅し。 ミュルミュールは思い切り、包み紙キャンディの手でミツキに殴りかかった。 その時まだ空中にいたミツキは隙を突かれてしまい、威力ある攻撃によって、砂浜に叩きつけられた。
「うわあっ!」
「言わんこっちゃないのです」
リオンはそんなミツキを見てはぁ、と溜息をつく。
「ミツキ!」
ライヤはミツキを気にしつつも、バットを取り出し、それを地面に突き立てる。
「『アレグロ』!」
するとライヤの足元には大きなレモン色のサークルが現れる。 モンスターボールによく似た不思議な模様をしているそのサークルは、いわゆる魔法陣であった。 ライヤは魔法陣から放たれる、同じレモン色の光に包まれる。
ライヤだけではない、コノハもまた同じ光を身体に纏っていた。
コノハは目にも止まらないスピードでミュルミュールに近づく。 ライヤが使った魔法『アレグロ』の影響で動きが素早くなったのだ。
その右前足には、先端に大きなピンクのハートがついたステッキが握られていた。
「『マジカルシャワー』!」
コノハがステッキを振るとハートから星屑のようなピンク色の光が発射される。 ミュルミュールはその光によって動きが鈍くなる。
コノハは攻撃を終えるとミツキに向き直り、厳しい口調で叱る。
「もう、勝手に行動したらこんな風になるのは分かってたことでしょ!?」
「まあまあコノハ」
ライヤが宥めることで、コノハも少し言い過ぎたと思ったのか、何も言わなくなった。
「チッ……」
ミツキが不機嫌そうにしているのと同じように、ミュルミュールの暴走も加速していく。
「どうして、どうして俺ん家だけこんなにめんどくさいんだああああああああッ!」
よく聞いていると、このミュルミュールにされたマーイーカは厳しい門限に対して悩んでいるようだ。
その気持ちを汲み取ったモモコは、自分も何かできないかと考える。
「もっと自由に親の目を気にしない、そんな家に、住みたかったッッ!」
ミュルミュールは泣き叫ぶように、拳をダンダンッと砂浜に打ち付ける。
モモコは一か八かだ、と思いながらも思わずミュルミュールに歩み寄り、叩き疲れた様子のミュルミュールの拳を撫でるように、そっと触れる。
「その気持ち分かる、分かるよ。 『今何時だと思ってるんだ!』って言われると腹立っちゃうよね!」
とはいえモモコも、怪物と接近していることに対して多少の恐怖があることには間違いなかった。 その証拠に触れた手がカタカタと小刻みに震えている。
それでも、魔法使いでもないモモコのその行動には、ミツキ達も驚くしかなかった。
「え?」
「ミュルミュール相手に会話してる!?」
ミュルミュールは嬉しそうにモモコにゆっくり、のっそりと近づく。
「分かるか? お前わかってくれるのか!?」
「でも、そういう風に口うるさいのって、ご両親があなたのことを本当に心配してるからってことだよね?」
真っ向からそう言うモモコに、ミュルミュールは動揺していた。
「……そ、そんなことは……」
木の上からそれを見ていたイーブイは感心するようにモモコを見つめている。
「……ミュルミュールを言葉だけで説得しちゃうなんて……ん?」
ふとイーブイは、モモコの後頭部にある星の模様に目をやり、はっとしたような表情になった。
「身体の一部が星模様……まさか!?」
一方で、戦意を失いかけているミュルミュール。 ミツキ達にとっては今がととめの刺し時だ。
「とにかく、今がチャンスだ。 浄化してやるか!」
「浄化?」
「魔法使いは楽器を使ってミュルミュールを浄化、ポケモンを元に戻すのよ」
コノハが説明している間に、ミツキはどこからか楽器を出した。 月光に照らされて輝く銀のボディを持つその楽器は、金管楽器の華、トランペットだった。
「流れる水のように! 『情熱のラプソディー』!」
ミツキがトランペットに息を吹き込み、力強くも優雅なラプソディーを演奏する。 それと当時にトランペットのベルからは水色の光と水流が発射される。 言葉通り、情熱的な演奏で心が本当に洗われるかのようだ。
その光と水流はたちまちミュルミュールを包み込み、穏やかな表情へと変えていた。
「ハピュピュール〜」
ミュルミュールはそう言いながら、トランペットの音色に包まれながら白く光り輝く星____が入った紫のクリスタルへと姿を変えていった。
「あのハリマロンは観察のしがいがありそうだね。 ソナタ達に報告しなくっちゃ」
木の上からずっとその光景を見ていたイーブイは、さっと姿を眩ませた。
***
「これがスピリット。 綺麗でしょ」
コノハはモモコにスピリットを見せてやる。 スピリットは太陽のように暖かく、蛍光灯のように白く美しい光を放っていた。 モモコはそんなスピリットに見惚れながら頷く。
「スピリットをこうやってポケモンに返してあげて、っと」
コノハはマーイーカが閉じ込められているクリスタルに向けてスピリットをこんっ、と当てる。
するとスピリットが入ったクリスタルはマーイーカのクリスタルにすぅっと溶け込んでいった。
やがてクリスタルは消え去り、マーイーカは気絶した状態で解放された。
「大丈夫です、もうじき目を覚ましますよ」
「リオン、マーイーカの手当てをお願い」
「はいなのです」
コノハに頼まれ、リオンはマーイーカをマジカルベースまで運んだ。
夜が明け、朝日が同じ地平線上にある海に浮かんでいる。
「とまぁ、これがアタシ達魔法使いのお仕事なの」
「それにしてもミュルミュールを説得するモモコには驚かされました!」
ライヤはぱぁっと目を輝かせてそう言う。 モモコはそこまで褒められると思っていなかったようで、やや照れ気味だ。
「え? いや、そんなことないよ! あ……」
モモコははっとしたようにあることを思い出した。
「みんなの名前、まだ聞いてなかったね」
コノハとライヤは、ああ、と同じように思い出したようだった。
「あ、そうだったわ! ミュルミュールが来たからちゃんと自己紹介してなかったわね。 アタシはコノハ。 コノハって呼んで」
「僕はライヤです、よろしくお願いします」
「ホラ、ミツキも挨拶して!」
コノハは輪から外れて1匹気だるそうにしているミツキに自己紹介するよう促す。
「名前なら何度もそいつの前で呼ばれてるだろ……ミツキだ」
面倒臭そうにミツキはモモコに自分の名前を告げる。 コノハはそんなミツキを見て、もう少し態度を考えないのか、と言いたげだ。
「ごめんね、ミツキ気難しい性格なの」
「いやいやそんな!」
「ところでモモコ、これからどうするの? 突然空から落ちて来てポケモンになっちゃった、ってことだけど何処か行くアテとかある?」
「……ない、かな」
モモコがそう言うと、コノハは少し間を置き、真剣な表情になるとモモコに頭を下げる。
「お願い! アタシ達の魔法使いチームに入ってくれないかな?」
「……!?」
「え、えっ!? でもわたし、魔法使えないよ?」
いきなりのスカウトにモモコはかなり驚いている。 ミツキも似たような反応を示したが、モモコのそれとはまた違ったものだった。 本気で言っているのか、と言わんばかりの、呆れに近い驚きだった。
ライヤは笑みを絶やさずにこうフォローする。
「マスターに交渉すれば、魔法使いになれますよ!」
「そんな簡単になれちゃうの?」
「まぁそんなもんよ」
2匹にここまで言われて、モモコは暫く考えた。
「うーん……」
確かにモモコはこの後行く当てもなければ自分がポケモンになった理由を掴む手がかりもない。
(もしかしたら、魔法使いをやってるうちにわたしがこんなことになった理由も分かるかもしれない。 それに、さっきみたいにポケモンを助ける仕事も悪くなさそうだし、魔法っていうのも面白そうだし!)
そしてモモコは意を決してライヤとコノハに返事をした。
「分かった、わたし魔法使いになる!」
「いいやダメだ! 俺は絶対に認めない!」
モモコの決意に反するように、ミツキは力強くそう言った。
モモコはそんなミツキの対応にぽかんとしており、ライヤは仕方なさそうにミツキを見つめ、コノハはまたか、と言わんばかりの顔で溜息をついていた。