09:クイタランと彼女
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件名:主人がクイタランに殺されて1年が過ぎました。
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いきなりのメール失礼します。
ヒサミツ・サヤカ、29歳の未亡人です。
お互いのニーズに合致しそうだと思い、連絡してみました。
自分のことを少し語ります。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのが
とても悔やまれます。
主人はイッシュに頻繁に旅行に向っていたのですが、
それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、
身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。
主人の残した財産は莫大な額です。
つまり、謝礼は幾らでも出きますので、
私の性欲を満たして欲しいのです。
お返事を頂けましたら、もっと詳しい話をしたいと
考えています。連絡、待っていますね。
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「何だこのスパムメール」
成人男性のユウゾウは、迷惑メールを削除した携帯端末をポケットにしまった。
「クイタランねぇ……」
「おや、クイタランがどうかしました?」
「ん? いや。クイタランに旦那が殺されたとか何とかのスパムメールが来てて」
時刻は19時過ぎ。
UZO探偵事務所の応接スペースのソファに座るユウゾウの向かいには、ダンバルの渋い視線を受けつつ、ユウゾウが提供したインスタントラーメンをすする国際警察官の907がいた。
ユウゾウは、907に犯罪組織「タイプクライム」絡みで尋ねたいことがあるとして、彼女を探偵事務所に呼びだしたのだ。
「そのスパムメールなら、私も見たことがあります。懐かしいなぁ。今もまだあるんですね」
「しかし何でクイタランなんだろうな。馴染みが無いポケモンだ」
「私はクイタラン大好きですよ! クイタランは、子供の頃に生まれて初めてゲットしたポケモンなんです。もうお爺ちゃんになってしまいましたが、国際警察官になった今でも私の相棒ですよ!」
「初めてのポケモンがクイタランとは、随分と渋い趣味しているなぁ。考えて見れば、君の手持ちはフリージオだのオーベムだの玄人好みと言うか」
「あはは。トレーナー修行推進制度を利用していた時、出会った人に良く言われました!」
907はラーメンを食べ終わり、ハンカチで口元を拭う。
「ラーメン御馳走様でした! 私、トンコツ味好きなんですよ。故郷の味って感じがします」
「ガガー」
「おおっと。弾吾郎君。そんなに睨みつけなくても、ここに来た目的を忘れていた訳では無いですよ?」
「……ガー?」
「えぇと。はい。ごめんなさい。本当はユウゾウさんのラーメンが美味しくて、ちょっと忘れていました……」
ダンバルの見破る、そして睨みつけるによって防御力を下げられた907は、苦笑いしながら姿勢を正す。
「えぇとユウゾウさん。「タイプクライム」のことでしたよね」
「ああ。タイプクライム事件の解決に協力はするが、肝心の連中の情報を碌に知らないからな。そもそも、やつらは何者なんだ?」
「これまで捕まえたタイプクライム構成員は、その全員が、高い実力を持ちながら夢半ばで挫折をしたポケモントレーナーでした。「認められなかったことに対する、この世界への報復」……それこそが彼らの目的なのだそうです」
「大迷惑な奴らだな。世界への報復とはスケールのでかい話だが、構成員はそんなに数が多いわけではないんだろう?」
「ええ。タイプクライムは18人で構成される犯罪組織で、先日逮捕したコバルトブルーとスカイグレイを含めて、既にその半数以上が我々国際警察官によって逮捕されています。ですが、彼らは揃って不穏なことを供述していて」
「不穏?」
「「タイプクライム筆頭の鋼使い「ベルディグリ」が、この世に消えない爪跡を必ず残す」のだと」
「なんだそりゃ」
「わかりません。逮捕した構成員はそれ以上は喋らず、黙秘を続けているそうです」
907は、自らが逮捕したタイプクライム構成員とそのポケモン達を思い出しながら息をつく。
「自分や大切な人の人生を犠牲にしても、結局望むものが手に入らなかった……その無念は理解できますが、彼らの行為は到底許せることではありません」
「…………」
「彼らが攻撃するこの世界には、私やユウゾウさん、それに沢山の人達の人生があるのですから」
「ガガー」
「もちろん、弾吾郎君もですよ!」
907は机の上のダンバルを撫でるが、彼はぷいっとそっぽを向いた。
「私は弾吾郎君に嫌われていますね。何か、気に障ることをしてしまったでしょうか」
「別に嫌っていないさ。「嫌も嫌よも好きのうち」ってことだろ。なぁ弾吾郎?」
「ガガーッ!?」
「ああ、怒らないで弾吾郎君。ほら、ポロック食べます? 私の手作りですよ! ブレンダーを回したのが久々でしたから、少し失敗して形が崩れちゃっていますが」
ダンバルのご機嫌を取ろうと907がポロックケースを取り出す中、907のポケナビに着信が入った。
「うわっ。先輩からだ……ごめんなさい。ちょっと電話に出ます」
907は事務所の隅に移動し、携帯端末を耳に当てる。
「907です。どうしました先輩」
「……………」
「ええっ。まだヘーゼルブラウンのポケモンが」
「…………………………」
「わかりました、今すぐに向かいます!」
907はポケナビを操作してタウンマップを表示し、召喚したオーベムに見せた。
「ジェントル、テレポートスタンバイ。行先はタマムシ公園でお願い!」
「またタイプクライム案件なのか」
「そうです! ごめんなさいユウゾウさん、私行かないと!」
オーベムが空間跳躍のための念を練る中、ユウゾウは玄関の鍵を閉め、靴とコートとダンバルを手に907の傍に飛び込んだ。
「ぎょわっ! とう……ユウゾウさん!?」
「ガガー!?」
「俺と弾吾郎も行く」
「いやいや、ユウゾウさん。今日の仕事は危ないんです! 一緒に来たら危険……」
907はユウゾウを巻き込むまいとするが、時既に遅し。
オーベムのテレポートが発動し、907はユウゾウとダンバルごと、空間跳躍をした。
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タマムシシティの観光スポットの一つ、タマムシ公園は普段は多くの人の憩いの地だが、今は一般客の姿は無い。
要人であろう壮年の女性をガードするべく、厳重な警備体制が敷かれているのだ。
「お待たせしました先輩!」
「おっ、来てくれたか907」
「状況は……」
「相変わらずだ。初撃は退けたが「ヘーゼルブラウン」のポケモンはまだ近くに潜んでいる。俺のサ―ナイトが敵意を感知しているんだ」
「ポケモンの種族は」
「わからん。闇の中で、一瞬だったからな」
907が国際警察の先輩から状況確認を受ける中、ダンバルはユウゾウに耳打ちする。
『例の如く907の電話を盗み聞きした。どうやら、要人の襲撃を狙っていたタイプクライムの構成員を国際警察が逮捕したらしいが、犯人は捕まることを見越して、手持ちのポケモンの一体を逃がしていたらしい。どうやら、あそこにいる女性の命は、まだそのポケモンに狙われているようだ』
「…………」
『そして、そいつは今まさにこの現場のどこかに潜んでいるらしいな』
国際警察の先輩からの情報共有を終えた907は、ユウゾウの傍に駆けより、モンスターボールを取り出した。
「ユウゾウさん。帰ってくれと言っても、貴方はきっと聞いてくれないですよね?」
「邪魔はしないさ」
「貴方に怪我を負わせるわけにはいかないんです。だから、私のポケモンの傍にいてください。彼の傍なら安心です!」
907が手のモンスターボールのスイッチを押すと同時に、中から一体のポケモンが召喚される。
現れたのは、ずんぐりとした紅い身体、大きな爪、ながーい顔……の持ち主。
「くい太、ユウゾウさんのガードをお願いね!」
それは、アリクイポケモンの「クイタラン」であった。
「おお。これが噂のクイタランか。ずんぐりしているなぁ」
「ぶも」
「確かにデカイ爪だ。近くで見ると中々迫力が……」
闇の中、ユウゾウがクイタランの身体を眺めるが、
「きゃあーっ!」
突如、警護対象者である要人の女性が悲鳴を上げた。
その場の警官たちは反応をするが、特に攻撃の形跡は無い。
「どうしました!?」
「あ、あのポケモンよ! あのシルエットは間違いない、私を攻撃したポケモンだわ!」
「あのポケモンって……」
907の先輩が、要人の女性が指差す方向を見る。
そこには、907が召喚したクイタランの姿があった。
「ぶもっ?」
「え、ちょっと待ってください。違います! このクイタランは私のポケモンですよ」
907はクイタランの手を握って、犯行との関わりが無いことをアピールするが、要人の興奮は収まらない。
「暗くて姿はよく視えなかったけど、私をあの時襲ったポケモンは、その種族よ! ずんぐりとした身体と、大きな爪のある腕を持っていて、長い顔だったの!」
「そ、その特徴はまさにクイタランですね。でも……」
「大丈夫です。どうかリラックスしてください。貴方は必ず我々がお守りします」
907の先輩は、パニック状態の要人を落ちつかせる中、目配せをした。
このままでは、混乱に乗じて犯人のポケモンが襲ってくる。その前に犯人のポケモンを探し出し、確保しろと!
「せめて、襲ってくるポケモンの正体がわかれば……」
「なぁ、907さん。タイプクライムの構成員は、決まったタイプのポケモンしか使わないんだったよな? 犯人ポケモンの持ち主は、何タイプの使い手だったんだ?」
「ヘーゼルブラウンは、地面タイプの使い手です。ですから放たれたのは炎タイプのクイタランではなくて、地面タイプのポケモンの筈なんです! クイタランへのとんだ風評被害ですよ」
「地面タイプで、ずんぐりとした身体に、大きな爪、長い顔ね」
確か、そんなポケモンがいたような……?
907とユウゾウが揃って悩む中、ダンバルはユウゾウのポケモン図鑑を勝手に操作し、彼の手元に突き出した。
『犯人のポケモンはこいつだ!』
「ど、どいつですユウゾウさん?」
「ええと!? あぁ、こいつだよこいつ」
907とユウゾウは、ポケモン図鑑の画面を覗きこむ。
そこには、地面の属性を持ち、ずんぐりした身体に、大きな爪、そして長い顔を持つポケモンの姿が表示されていた。
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ドリュウズ
ちていポケモン
たかさ 0.7m
おもさ 40.4kg
ちちゅう 100メートルに めいろの ような すあなを つくる。
ちかてつの トンネルに あなを あけてしまう。
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「ドリュウズ! 確かにシルエットはクイタランと似ていますね。でもサイズが大分違うような」
『奴は素早いポケモンだ。攻撃の際、一瞬しかターゲットの視界に入らなかったんだろう』
「なるほど……あれ、今の声は?」
「俺の声だよ俺の声。げふんげふん。喉の風邪かな? それより、どうするんだ。ドリュウズは地底を高速で移動するポケモンだぞ」
「ええ。私に考えがあります!」
907は新たに守りに秀でたヌケニンを召喚してユウゾウのガードを任せ、自身はクイタランに命じた。
「くい太、相手はアイアントと同じ、地中に暮らす鋼のポケモン」
「ぶもっ」
「ここまで道を繋げるんだ。穴を掘る!」
「ぶもおおっ!」
クイタランは巨大な爪を構え、地面を掘り進んでいく。
「な、何をやっているんだ?」
「アイアントってポケモンをご存知ですよね? 彼らはドリュウズのように地中に迷路のような巣を造る生態があって……そして、クイタランは彼らアイアントを捕食するポケモンです!」
やがてクイタランは地面から飛び出し、同時に彼は尾に大きく空気を取り込み、その長い口と両腕を、自らが空けた大穴へと突っ込んだ。
「くい太! 煉獄!」
クイタランの口部と両腕から業火が放たれ、それはまるで蛇のように、クイタランが空けた入口から、地中の迷路全体を伝わっていく。
「これがクイタランの狩りです。もう地中には、ドリュウズの逃げ場はないですよ。そうなると……!」
907は、先輩が召喚しているサーナイトを見る。
「フォオウ」
地中から凄まじい怒りの感情を感知したサーナイトはある一点を指差し、やがて、その場所の土が盛り上がった。
「行けっ、くい太!」
「ぶもぉっ!」
クイタランが駆けると同時に、地面から鋭利な鋼の爪が飛び出す。
「グァバアアアッ!」
現れたドリュウズは、自らに火傷を負わせたクイタランを「ドリルライナー」で切削するべく回転するが、
「!?」
技の発動前に、ドリュウズの身体はクイタランの爪に突かれ、宙へと弾かれていた。
ドリュウズの出現場所を把握していたクイタランが、先制攻撃で不意打ちしたのである。
「さぁ……くい太! クイタランの十八番を、見せてやろう!」
「ぶもっ」
「炎の鞭っ!」
クイタランは燃える長い舌でドリュウズの全身を絡め取り、自身を軸として勢い良く振り回す。
「グァアバァッ」
ドリュウズは十万馬力の力で炎を纏うクイタランの舌を引きちぎろうとするが、
「叩きつけろ!」
「ぶもぉおおっ!」
その前にクイタランによって、その脳天が大地へと叩きつけられた。
「グヴァァアアアッ!?」
「ドリュウズ。貴方を緊急捕獲します!」
ドリュウズの頭部は頑丈な鋼のヘルメットであるが、それでも受けた衝撃の全ては吸収しきれない。
907は国際警察ガジェットの一つ「スナッチボール」をドリュウズに投擲し、ふらつくドリュウズは抵抗ができずにボールへと収納された。
通常、モンスターボールによって捕獲されたポケモンには「認証」が付き、捕獲ボールの破棄によって認証を解除しない限りは、他のボールによって捕獲することはできない。だがこの緊急捕獲用であるスナッチボールは例外であり、他者が使役するポケモンでも認証を無視し、野生ポケモンのように捕らえることができるのだ。
「良いぞ! よくやった907!」
「クイタランに風評被害があったままじゃあ、悔しいですからね」
907は国際警察の先輩にドリュウズ入りのスナッチボールを手渡しに行き、ユウゾウはその背中を見送りながら呟いた。
「タイプクライムも哀れなもんだな」
『何がだ?』
「連中は挫折したポケモントレーナーの集まりだって話だろう? そんな奴らの逆恨みも、907のような才能のあるトレーナーに妨害されていくんだ」
ユウゾウは自嘲するかのように苦笑いをする。
「少しは連中の気持ちがわかるんだよ。俺も挫折した側だからなぁ」
『いいや、ユウゾウ。お前はタイプクライムのトレーナーとは全く違う!』
「弾吾郎?」
『連中は過去に囚われたままだが、お前は今を生きているじゃないか!』
「…………」
『それに、いつも言っているだろう? もしお前が望むなら俺は……例え907のポケモンにだって負けない、強いダンバルになってみせると!』
ユウゾウに迫るダンバルであったが、彼は自分を見つめる虫の姿に気が付いた。
「けぇ」
傍にいた907のヌケニンはダンバルに何かを呟くが、ポケモンと言えども虫の言葉はダンバルには伝わらない。
「けぇ……」
『言葉はわからないが、何だかアイツに馬鹿にされている気がする』
「落ちつけ弾吾郎、自意識過剰だ。気のせいだって。「ダンバルさんカッコイー!」って言っているんだよ」
「けけぇ」
『いや絶対違うだろう!? おい、抜け殻ポケモン。あんまり俺を馬鹿にすると、怒りのインテリ突進をお見舞いするぞ!』
「弾吾郎。ヌケニンはゴーストタイプの複合ポケモンだ。突進は効果がないぞ」
『そんなことは知っている。だけど……』
ユウゾウは浮遊するダンバルの身体を両腕で抱える。
「ありがとう、弾吾郎。お前の気持ちは嬉しいよ」
「ガガー」
「俺はポケモンバトルはこりごりで、もうトレーナーに戻る気は無いんだ。だけど、本当に必要になったその時は、お前の力を貸してくれよな」
907のヌケニンはそんな彼らの姿を見ながら、静かに虫の言葉を紡いだ。
「けぇ」
―クレナイ・ユウゾウ。
―お前が何者であったとしても……
「けぇ……」
―お前が907に、ポケモンバトルを挑む日が来るとするならば。
―私達は、全力でお前たちの相手をしよう……
「やぁやぁ、ユウゾウさんに弾吾郎君、お待たせしました。後の仕事は先輩達に引き継ぎました!」
「お疲れ様。鮮やかだったな」
「ユウゾウさんが犯人のポケモンの正体をすぐに見破ってくれたからですよ! 弾吾郎君、ユウゾウさんはポケモン知識がとても深くて、頼れちゃいますね!」
「ガガ〜?」
ユウゾウ達の傍に戻って来た907はクイタランとヌケニンをモンスターボールへと収納し、「そうだ」と人差し指を立てた。
「折角タマムシまで来ましたし。オーベムのテレポートで帰る前に、少しお酒でも飲みに行きません?」
「酒か。そうか、もうそんな歳に」
「え? 今何て」
「いやいや! そうだな。軽く飲もうか」
「私、この近くの美味しいお店を知っているんです。弾吾郎くんには木の実ジュースを出して貰えますよ。色んな種類があるんです」
「…………」
色んな種類の木の実ジュース。
907はイヤだが、ダンバルにとってその魅力には耐えがたく……
「ガガー!」
「弾吾郎のやつ「早く連れていけ」だってさ」
「よしきた。任せてくださいよ!」
その夜。
自身が案内したお店でお酒を飲む907は、ユウゾウに語った。
「ユウゾウさん。クイタランの舌ってどこまで伸びるか知っています?」
「いいや?」
「
一度測ったことがあるのですが、すっごいのですよ! どうすっごいかと言いますとね!」
延々と続く、お酒の入った907によるクイタラン雑学。
インテリダンバルとしては面白い話だが、ユウゾウはさぞかし退屈するだろう……ラムジュースを飲むダンバルは、そう思ってユウゾウの顔を見るが、
「へぇ〜。凄いなクイタラン!」
「……?」
何故だかユウゾウはとても楽しそうに、907の話を聞き続けたのであった。