08:魔剣が事務所にやってきた
休日の昼下がり。
UZO探偵事務所のキッチンにて、探偵である成人男性ユウゾウと、探偵助手のダンバルは、冷蔵庫の中身を覗きこんでいた。
「自炊しようかと思ったが、何も無いな」
「ガガー」
かつては依頼ポケモンのデスカーンから報償として受け取った木の実や、幾らかの食べ物が入っていた冷蔵庫であったが、今は空っぽであり、保冷剤が寂しく鎮座しているのみである。
「諦めて麺でも食うか」
『野菜くらい入れたらどうだ』
「その野菜が無いんだって」
『買いに行けば良いだろう』
諦めたユウゾウは、冷蔵庫の傍の段ボールに雑に放り込まれた袋麺を拾い上げ、ヤカンに水を注ぎ込む。
「買い物に行っている間に、飛び込みで依頼が来るかもしれないだろ」
『今日は休業日だろ』
「907さんが、何か相談に来るかもしれないし」
『また907か。まったく! あの女なら、まだ風邪を引いているんじゃないか?』
「風邪?」
コンロのスイッチを入れようとしていたユウゾウは手を止め、ダンバルを振りかえる。
「907さんが風邪を引いたのか?」
『あぁ。この前買い出しに行った時に、たまたま会った奴のポケモンから確認した』
「……そうか」
ユウゾウは袋麺を段ボール箱へと戻し、事務所のリビングへと戻ってソファへと深く座り、眼を閉じた。
昼食を作るのではなかったのか?
急に様子がおかしくなったユウゾウに困惑しつつ、ダンバルはユウゾウの顔を覗きこむ。
『麺は食わないのか?』
『………………』
『ユウゾウ、どうしたんだ?』
暫く黙っていたユウゾウであったが、やがて彼は眼を開き、財布とマイバックを手に玄関へと向かった。
「やっぱり、食糧の買いだしに行くわ。弾吾郎、留守番任せたぞ」
『は?』
そんなの聞いていない、とダンバルはユウゾウの後を追うが、既に扉は閉められてしまい……施錠していない今、鍵を持たないダンバルは留守番を甘んじる以外になかった。
「ガガガガガ〜!」
どうしてユウゾウは907の話題を出すと、おかしくなるのだろう!
置いていかれたダンバルは、腹立たしさと寂しさでソファに突進するが、効果はいまひとつである。
「ガガガガガガガガ〜!」
留守番なんて嫌だ、早く帰って来てくれ!
ダンバルがソファに沈みながら騒ぐ中、事務所の玄関からノックの音が聞こえた。
「ガガ?」
ユウゾウではない。
帰宅するにしてはまだ早すぎるし、そもそもユウゾウならばノックなどせずに入ってくるだろう。
憎き907だったら無視してやるところであるが、もしかすれば、ユウゾウに用のある依頼人かもしれない……
「ガガ〜……」
ノックは続き、ダンバルはゆっくりと扉を開ける。
だが、そこには誰も居ない。
「?」
「ギィン」
一振りの剣を除いては。
「ガガガ?」
剣のボディ。
布のような腕。
ダンバルの前の前にいるのは、刀剣ポケモン「ヒトツキ」であった。
「…………」
「何だポケモンの悪戯か」と扉を閉めてソファへと戻るダンバルであったが、ヒトツキは扉を激しくノックし、ダンバルは再び扉を空けた。
【何だ何だ!?】
【何だはこっちの台詞だ! 要件も効かずに扉を閉めるなんて、それが訪問者に対する態度か!?】
ヒトツキは苛々と金属音を鳴らしながら、ダンバルが空けた扉の隙間に強引に身体をねじ込ませた。
【おいこら、勝手に事務所に入るな!】
【球使いはいないのか】
【何だ、お前。ユウゾウに用があるのか? ユウゾウは買い物に出ていて留守だ】
【じゃあ、ここで待たせて貰おうか】
ヒトツキは勝手に事務所に入り込み、ダンバルは慌ててその背中を追う。
【待て待て待て、お前のトレーナーはどこだ】
【そんなものいない。私は孤高の存在だ】
【野生ってことか? ポケモンが、人間の探偵に何の用なんだ】
【ふっふっふっ……】
【ふっふっふっじゃない。質問に答えろ】
ヒトツキはソファの隙間に身体を差しこみ、青い布のような腕を動かす。
【石頭。我らポケモンの属性の中で、最上の組み合わせとは何か、知っているか?】
【何だいきなり……答えなど決まっている。強靭さと賢さを併せ持つ、鋼とエスパーの二重属性こそが最高の組み合わせだ】
【あっはははははは! 冗談はヨシノシティだ!】
ダンバルの解答に、ヒトツキは大笑いする。
【前半の鋼タイプには私も同意だが……え、エスパータイプゥ!? これは傑作だ!】
【何が可笑しい!】
【正解は、鋼とゴーストの二重属性だ。鋼鉄の身体と、魂をも操るこの力。世界を征するポケモンに相応しいと言えよう!】
【はぁ?】
何言っているんだコイツ。
ダンバルが呆れる中、ヒトツキはソファの前の机に置きっぱなしになっているカップを布のような腕で絡め取り、ダンバルに差し出した。
【オレンジュースが飲みたい】
【やかましい、オレンジュースは品切れだ!】
【何だ、この家にはオレンジュースも無いのか】
【ここは喫茶店じゃないぞ! 探偵事務所だ!】
【探偵事務所?】
図々しいヒトツキに怒りながら、ダンバルは水道水を入れたカップを差しだす。
【それ飲んだらさっさと帰れ。無一文には用は無い!】
【私は人間を待っていると言ったじゃないか。話を聞かないエスパータイプはこれだから……】
【話を聞いていないのはそっちだろ。ユウゾウに何の用なんだ】
【当てて見れば? エスパータイプなんだろう?】
【何なんだその偏見と上から目線は……】
ダンバルはエスパータイプのポケモンではあるが、一部のエスパーポケモンのような精神干渉の力は持っていない。
それをわかっていながらニヤニヤと笑うヒトツキに対し、ダンバルは苛々としながらも思い返した。
かつてダンバルは、ヒトツキに対するポケモン図鑑の記述を見たことがあるのだ。
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ヒトツキ
とうけんポケモン
たかさ 0.8m
おもさ 2.0kg
けんの つかを にぎった ひとの うでに
あおい ぬのを まきつけて
たおれるまで いのちを すいとる。
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【まさか、ユウゾウを食料にしようとしているんじゃないだろうな】
【ふうん? ポケモン図鑑でも読んだのか?】
【……もしそうなら、お前には今すぐ出て行ってもらうぞ】
【私が普通のヒトツキなら、そうしていたかもしれないな。だが、私はそんな器には収まらない!】
【どういう意味だ?】
【お前は、私の種族の最終進化形態の偉業を聞いたことがあるか? 魔剣伝説だ!】
ヒトツキは、最終的には王剣ポケモン・ギルガルドへと進化するポケモンである。
ギルガルドの偉業。
ダンバルは、ヒトツキが言わんとしていることに、心当たりがあった。
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ギルガルド
おうけんポケモン
たかさ 1.7m
おもさ 53.0kg
きょうりょくな れいりょくで
ひとや ポケモンを あやつり
ギルガルドに つごうの よい くにを つくらせた。
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ギルガルドには、人間の欲望を操り、その人間を国王にまで大成させた後に破滅させたと言う逸話が残されているのだ。
【まさか、お前はユウゾウを操ろうとしているのか!?】
【ご名刀……違った、ご明答!】
【馬鹿を言うな、お前の様なチビに何が出来るって言うんだ】
ダンバルは笑った。
よくよく見れば、このヒトツキは人間で言うならば低学年の小学生ほどの若い個体である。
こんな幼い子供に、そんな大胆なことが出来る筈が無い。
【ここは「育て屋」じゃないぞ。水を飲んだら、さっさとトレーナーのところに帰るんだな】
【え? ち、違う! 私は孤高の存在! 球使いなどとの縁は無い!】
【野生ポケモンが、オレンジュースの味やポケモン図鑑のことを知っている筈が無いだろう。それに、お前の種族はカントーには生息していない筈だ】
【そ、それは】
【それとも、主人に捨てられたのか?】
そこまで言って、ダンバルは「しまった」と自分の発言を後悔した。
それは、決して言っていはいけない言葉だったのか。
ヒトツキは急に黙り込んでしまったのだ。
【……………………】
どうやら、このヒトツキは本当にトレーナーに捨てられた個体だったらしい。
【そ、その。悪かった、悪かったよ】
ダンバルは眼を泳がせながら、キッチンへと向かう。
冷蔵庫の中に、まだ何かヒトツキに出せる甘いものが残っているかもしれない……
―あぁ、どうしてあんなことを言っちゃったんだ。
―俺だって、人間に捨てられたポケモンなのに。
自分が人間に捨てられたのは生まれて間もない頃だったが、あのヒトツキはつい最近まで人間と共に生きてきたのだろう。
そんなことを考えながら、冷凍庫で凍結したモモンを発見したダンバルであったが、彼は背後に気配を感じた。
【私の目的が知りたいと言っていたな】
【!?】
ダンバルは全身を青い布でぐるぐるに拘束される。
それは、ヒトツキの腕であった。
【私の目的は復讐だっ!】
【ケントくん、サキちゃん……! パパさん、ママさん……!】
【お前の主人をあやつり、私は、必ず彼らに後悔をさせてやるんだ!】
ヒトツキはダンバルから生気を吸収しようとするが、ダンバルの鋼のボディからは上手く吸収できないのか、単なる締め付ける攻撃になっている。
【ふ、復讐だって? これだから性格の悪いゴーストタイプは! 同じ鋼タイプとして恥ずかしいぞ!】
【うるさいっ! お前の主人を操る前に! 邪魔者には消えてもらおう!】
【ユウゾウに手を出すなら、子供だろうと俺は許さないぞ!】
【そっちだって子供だろう!】
【お前よりは年上だっ! くらえっ!】
ダンバルは締め付けられたままヒトツキに突進攻撃をするが、ヒトツキには効果がないらしい。
だが、腕を引っ張られたヒトツキは転倒し、ダンバルはその上に覆いかぶさった。
ヒトツキの体重が約2キロであるのに対し、ダンバルの体重はその50倍ほどもあり、その体重差はとても覆せるものではない。
【お、重い〜!】
【お前はじゃんけんという人間の遊びを知っているか? チョキはグーには勝てないんだ!】
【むぐぐ……!】
暴れていたヒトツキだったが、やがて抵抗は無駄だと悟ったのか、ダンバルに巻きつけていた腕を離した。
ようやく大人しくなったヒトツキに、ダンバルは質問をする。
【なぁ、何でこの事務所に来たんだ? 人間なら、ユウゾウ以外にも沢山いただろうに】
【お前みたいな弱そうなポケモンを連れている人間なら、簡単に陥落できると思ったんだ】
【本当に失礼な奴だな!?】
【そして……その考えは今も変わっていないぞ】
ガチャリ、と玄関が開く。
「ただいま〜」
ユウゾウが帰って来たのだ。
『ユウゾウ、気を付けろ! 性格の悪いヒトツキが事務所に』
ダンバルがユウゾウに警戒を促したその時、ダンバルの身体を衝撃が襲った。
「ガガッ!?」
床に転がされたダンバルは視た。
ヒトツキの青い腕が黒く染まっている。ダンバルに効果抜群のゴーストタイプの技、「影打ち」を使用したのだ。
―支配させてもらうぞ、人間!
重りから解放されたヒトツキはユウゾウに迫り、彼の腕に自身の青い腕を巻きつける。
「ヒトツキ!? 何だ何だ」
「ギィンッ!」
―お前の欲望を、操ってやる!
ヒトツキは、自身の種族が持つ霊術を行使し、ユウゾウの精神に干渉した。
その人間が持つ強い欲望を刺激して利用し、自身の傀儡にしてしまおうというのだ。
「な、何だこの感覚は……」
ユウゾウはふらつきながら、己に巻きつくヒトツキの柄を握る。
『ま、まさか本当に!? しっかりしろ、ユウゾウ!』
ダンバルが叫ぶ中、ユウゾウはヒトツキと食料品の詰まったマイバッグと共に、キッチンへと向かう。
そして彼はまな板をシンクに置き、鍋とフライパンを取り出した。
「ガガ?」
「ギ、ギィン!?」
ダンバルとヒトツキは困惑した。
ユウゾウは手にしたヒトツキを洗剤とスポンジで洗いはじめたのだ。
―うん?
―そ、そうか。私に仕える身としての自覚の現れということだな?
だが、ユウゾウはそれでは終わらなかった。
彼は水で洗った野菜をまな板の上に置き、ヒトツキを包丁代わりにして野菜を切り始めたのである!
―何をやっている人間!
―なんで私を料理道具にしているの!?
包丁代わりのヒトツキは叫ぶが、ユウゾウは止まらない。
大根の雑炊、卵の入ったうどん……お腹に優しそうな料理が次々と出来上がっていく。
『おいおいユウゾウ、なんだその料理は。いつも食べてるやつと全然違うじゃないか』
これじゃあまるで病人食……
そうダンバルが笑おうとした瞬間、開けっ放しであった扉から声がした。
「扉が空いている……ユウゾウさん、いますか?」
「ピィ〜」
「わぁ、何か良い香りしていますね」
国際警察官の907と、彼女のポケモンのオーベムである。
「こんにちは、907です。入って大丈夫ですか? お肉持ってきたんですよ」
突然の訪問者に、ヒトツキはユウゾウから腕を離す。
理由はわからないが、このまま調理道具にされるのは御免だったのだ。
―誰かは知らないが! 今度はお前を操ってやる!
ヒトツキは玄関へと移動し、入口付近に立つ907の腕を掴んで、事務所内に引き寄せる。
「わっ、ヒトツキ!?」
「ギィイインッ!」
オーベムが止める間もなく、ヒトツキは907の支配を試みたが……
「……ユウゾウさん! お昼まだですよね? わ、私もお料理しますよ、材料持ってきたんです! お肉食べたいですよね!?」
事務所に上がり込んだ907はキッチンへと向かい、ユウゾウとポケモン達がぽかんとする中、彼女もまたヒトツキを包丁代わりに料理を始めたのであった。
―ええええええ。
―どうしてこうなるの〜!?
ヒトツキが涙目になる中、907は持ってきた材料でユウゾウのための肉料理、そしてポケモン達のための木の実サラダを作っていく。
「私、結構上手になったんですよ、お料理! 美味しいと思いますよ、きっと!」
お前の料理など初めから知らんわ。
ダンバルはそう毒吐きながら、ユウゾウと共に食卓のセッティングをしていく。
「いや〜、沢山作っちゃいました! 残ったら冷凍して食べてください」
「907さん、昼まだだったら、食べていきなよ。雑炊とかうどんどか」
「わぁ、良いんですか? 嬉しいなぁ。丁度こういうの食べたかったんですよ!」
食卓には病みあがり向けのメニュー、成人男性向けの血沸き肉躍る肉料理、そしてポケモンも食べられる木の実サラダやソテーが並び……
再び洗剤とスポンジで洗われたヒトツキは、907のオーベムに誘われるまま食卓の席に着いたが、納得が出来なかった。
―私は確かに、彼らの欲望を刺激したのに。
―それが一体どうして昼食会になってしまったんだ。
「頂きまーす!」
「頂きます」
―こいつらは、そんなに料理がしたかったのか?
―意味がわからない……
907とユウゾウは楽しそうに食事をしており、その姿を眺めるヒトツキは、自分の身体が熱を帯びてくることを自覚した。
「ギィン……」
「ピィ?」
オーベムは、ヒトツキの様子がおかしいことに気がつき、その顔を覗きこむ。
「ギィン」
「ピィ、ピイイイ」
ヒトツキは、涙を溢していた。
―ずるい、ずるい、こんなのずるい。
―私も家族とご飯が食べたいよ!
「ギィンギィンギィン!」
―ケントくん、サキちゃん。どこにいっちゃったの?
―会いたいよ、会いたいよぉ!
「ピィイイ……」
オーベムがヒトツキの眼から零れる涙を拭う中、ダンバルは理解した。
―それがお前の本心だったのか。
―だとすれば、復讐と言うのは……
ダンバルの言葉に、ヒトツキは叫んだ。
―私はケントくん達に会いたいだけ!
―人間を使わなければ、遠くまで皆を探しに行くこともできない!
―だけれど、言葉がわらかない人間に「探して欲しい」なんて伝えられっこない! だから私は……!
「貴方の気持ち、よくわかりますよ。家族とご飯、食べたいですよね」
その中、オーベムの傍にやって来た907は、屈んでヒトツキに問いかけた。
「もしかして、貴方の名前は「ムツキ」ちゃんではないですか?」
「ギィッ……」
―な、何で私の名前を知っているの?
「やっぱり、ムツキちゃんなんですね!」
ポケモンの言葉が分からない筈の907は、ヒトツキの状況を正確に理解している。
それは恐らく、彼女が連れているブレインポケモン・オーベムが何かしらの細工をしているのだろう……そうダンバルが推測する中、907は食事を中断して近寄って来たユウゾウに、手提げ鞄から取り出した写真を差し出した。
「私が今日この事務所に来たのは、お肉の差し入れもそうなんですが、探偵であるにユウゾウさんに、一つ協力をお願いしようと思ってのことだったんです」
「これは……?」
ユウゾウが受け取ったその写真は、幼い兄妹と両親らしき人間が映る家族写真であり、兄妹の傍には、ヒトツキが映っている。
「数日前、逃走中のタイプクライムの構成員が、ジョウトからカントーに家族旅行にやって来たこの兄妹……店にお菓子を買いに来たケントくんとサキちゃんを人質に取って、連れ去ってしまったんです」
「私とは別に動いている国際警察官によって犯人は確保され、子供達も救出されましたが、公園に待たせていたメスのヒトツキが数日の間で行方不明になってしまったらしく」
「捜索願いは既に警察に届けられていますが、探偵であるユウゾウさんにも、もし見かけたら連絡をお願いしたいと思っていたんです」
ダンバルは、やれやれと息を吐く。
―ムツキちゃんだったか。
―結果的にだが、お前はここに来て良かったな。
「???」
状況がわかっていないヒトツキに、ダンバルは微笑んだ。
―ここは、迷子探しのプロがいる「探偵事務所」で。
―インテリかつイケメンの助手のおかげで、ポケモンの言葉がわかる人間がいる。
―……お前の家族は、お前を捨ててなんかいなかったようだ。
―事件に巻き込まれて、迎えに行くのが遅くなっただけで、お前のことを今も探している。
「ギィッ!?」
「この子たちが、君の家族か」
ユウゾウは、受け取った写真をヒトツキに見せる。
そこに映るポケモンは間違いなくヒトツキ自身であり、人間達は、彼女の家族であった。
「ギィンギィン!」
「良かったな。君はまた、家族に会えるぞ」
大好きな家族にまた会える!
この事実にヒトツキは心から安堵したのか、丸い眼から涙を溢したまま、食卓に並べられた木の実を次々と腕で絡め取り、食べていく。
「……ムツキちゃんのご家族の方と、電話で連絡が取れました。夜には事務所まで来れるそうです」
「そっか。そりゃあ何よりだ」
「本当に良かった。私駄目なんですよね、こういうの。どうも弱くって」
907は眼元を拭って食卓に戻り、再び食事に手を付ける。
「もう風邪は大丈夫か?」
「えぇ、もうすっかり元気になって、この通り食欲も……って、アレ? 何でユウゾウさん知っているんですか?」
「た、探偵としての勘だよ、勘。ずぶ濡れだったからな。さあて俺も食べよっと」
ユウゾウも食事に戻る一方で、ダンバルはユウゾウと907の姿を眺める中、自身に「嫌な考え」が過ってしまい……慌てて眼を閉じた。
―馬鹿馬鹿。俺は一体、何を考えているんだ!
―「二人はまるで家族みたいだな」って……
―冗談じゃないぞ!
「ガガー」
―もしも、万が一、億が一にもユウゾウと907が家族になってしまったら。
―俺はいったいどうなるんだ?
―俺の居場所は、そこにあるのか?
―俺は、俺は……
「弾吾郎も食べろよ。腹減りヒトツキに全部食われてしまうぞ」
「ガガッ……」
「あはは、大丈夫ですよ。弾吾郎君の分は、ジェントルが確保してくれています」
悩みは残るが、空腹は正直者であり……
ヒトツキが凄まじい勢いで木の実を食べる隣で、ダンバルは、オーベムから分けてもらった木の実料理を「仕方が無い」と口にする。
「…………ガガー」
ダンバルにとって不本意なことに、907が用意した木の実料理は中々に美味であり、おかわりが必要であった。