07:ユウゾウとヨノワール
「ガガ〜」
犯罪組織「タイプクライム」の構成員スカイグレイの事件から、数日後。
探偵業を生業とする成人男性「ユウゾウ」の助手ポケモン・ダンバルは、街を浮遊し、ショーウィンドウを眺め歩いていた。
―ふーむ。
―エオス製品セールか、どれどれ。
ユウゾウと街に来たダンバルであったが、ユウゾウは公共料金を支払うために銀行に向かっており、その間はダンバルは退屈であるため、ユウゾウと別行動を取って探偵稼業に使えそうなアイテムを物色しているのだ。
―新商品、鈍足スモークに……猛攻ダンベル?
―はっ。何とセンスの悪いデザインなんだ! 見ろ、この俺のボディの美しさを。
ガラスに自分の青銅色の肉体美を示す中、彼は茶色のポケモンがガラスに映り込んだことに気がついた。
振り返ると、買い物袋を抱えた、頭の長いポケモンが歩いている。
「ガガッ」
それはブレインポケモン・オーベムであり、この土地に住むポケモンではないが、ダンバルには心当たりがあった。
―憎き907が連れている、エスパータイプだ。
―ポケモンの癖に、一丁前に人間のように買い物をしているのか!?
ダンバルは、まだ一人で「おつかい」ができない。
買い物帰りのオーベムに、謎の苛立ちと悔しさを覚えた彼は、オーベムに気がつかれないように、尾行を開始した。
―奴についていけば、907の潜伏先がわかるはずだ。
―変な虫を、必要以上にユウゾウに近づけるわけにはいかない!
ユウゾウが907の潜伏先付近を通りかかれば、ユウゾウと907が用も無いのに出会ってしまうという事態が有り得てしまう。だが、907の潜伏先を突き止めれば、それを事前に阻止することができる……ダンバルは、そう考えたのだ。
―そう言えば、アイツは何を買ったんだ?
ダンバルは、尾行しながら単眼を細め、オーベムの荷物を覗き見る。
―スポーツ飲料。
―ゼリー、プリン。
―レンジでチンするタイプのうどん……
オーベムの尾行を続ける最中、ダンバルの視界が薄暗くなった。
突然、彼の全身を「影」が覆ったのだ。
「…………?」
ダンバルが上空を見上げると、そこには紅の単眼があった。
それは同じ紅の単眼でもダンバルのものではなく、ふくよかな腹と巨大な腕を持つ「手づかみポケモン」のものである。
「ギュオオオ」
「ガガガーッ!?」
手づかみポケモン・ヨノワールは、ダンバルのダンベルボディを片腕で掴み、有無を言わさずに路地へと連れ込んだ。
「ピィ?」
悲鳴に気がついたオーベムは振り返るが、そこには特に何も無く、彼は首を傾げながら、主人の待つホテルへと歩を進めた。
○□○□○□○□
「ガガガガッ」
「ギュオオオ……」
暗い路地の奥でダンバルから手を放したヨノワールは、ダンバルに尋ねた。
ーあの探偵のポケモンだな。
―何故ジェントルを……あのオーベムを尾行していた。
―907に用事か?
ダンバルは逃げようとするが、逃げようという思考に反応するかのように、身体が動かなくなる。
どうやら、ヨノワールは霊術「黒い眼差し」を行使し、ダンバルの逃走を封じているらしい。
―お、お前は、907が使っていたヨノワールか。
―風邪ひきのご主人様が心配なら、傍で看病していた方が良いんじゃないのか?
ダンバルの言葉に、ヨノワールは眼を細める。
―何故、907が風邪だと?
「ガガガガァ」
これだから、脳みその無いゴーストタイプは。
そう呆れながら、ダンバルは回答する、
―効率よく水分補給できるもの。消化に良いもの。あのオーベムの買い物袋に入っていたのは、そんな飲料や食品ばかりだった。
―それに、907は先日のタイプクライム事件で、全身ずぶ濡れになっていたからな。
―彼女は風邪を引いたんだ。だから、代わりに器用なオーベムがおつかいに出ている。そういうことだろう?
「…………」
―正解のようだな。
―このくらいはユウゾウでも、いいや、探偵じゃ無くても予想できることだ。
「ギュオ」
ダンバルが907の現状を言い当てた背景を理解したヨノワールは、ダンバルに続けて尋ねた。
―それで、お前は何であのオーベムを尾行していたんだ?
―ユウゾウに何か吹き込まれたのか?
ダンバルの鋼の身体の脳細胞は、ヨノワールの言葉にカチンと来た。
他人であるヨノワールに、ユウゾウの名前を呼び捨てされたことが気に入らなかったのだ。
―ユウゾウに変な虫が寄り付かないように、だ!
―あの女は、やたらとユウゾウに接触したがっているようだが……
―良いか、俺の眼が紅いうちは、あんな怪しい女にユウゾウは渡さないぞ。絶対にだ!
ダンバルの言葉を聞いて、ヨノワールは笑う。
―変な虫が寄り付かないように、だと?
―あまり俺を笑わせるな。
―彼女から遠ざかったのは、ユウゾウ自身だと言うのに。
遠ざかったのは、ユウゾウ自身?
ダンバルがヨノワールの言葉に困惑する中、ヨノワールはダンバルに詰め寄った。
―お前は探偵なのだろう?
―だったら、俺に教えてくれ。
「ガ……?」
―ユウゾウは今まで、一体どこで何をしていた?
―ユウゾウは何故、こんな田舎で探偵などやっているんだ。
「ガガッ?」
―ユウゾウはいつからお前を手元に置いている?
―お前のような力なの無いポケモンを、何故ユウゾウは……
「ガガァッ!」
ダンバルは、いい加減にしろとヨノワールを睨みつける。
―何ださっきから! 何故ユウゾウを知りたがる!?
―お前にユウゾウの何がわかるというんだ。ユウゾウはユウゾウだ! それ以上でも以下でも
「ギュオ」
―俺は、かつてユウゾウのポケモンだった。
「……!?」
―お前こそ、ユウゾウの何を理解していると言うんだ?
―お前は知らないだけだ。ユウゾウという球使いが、どんな人間であるのかを。
「……ガ、ガガ?」
―俺は幼い頃からユウゾウに育てられ、最後には使い捨てられた。
―命を絞っても、ユウゾウが望む「強いポケモン」になれなかったからだ。
―自分の夢の為ならば、邪魔な家族も、弱いポケモンも、自分自身さえも、躊躇わずに捨てていく。
―クレナイ・ユウゾウは、そういう男だ。
「ガ、ガガッ」
―な、何を。何を勝手なことを!
―そんな酷い奴は、俺は知らない。人違いだ。クレナイ・ユウゾウ違いだ!
―俺の知るユウゾウは、俺に手を差し伸べてくれた、優しい球使いだ!
―ユウゾウがいなければ、俺は惨めなままに死んでいた!
ダンバルは憤り、ヨノワールに叫んだ。
―これ以上、俺の前でユウゾウを侮辱してみろ!
―お前の腹を頭突いてやる!「おーい、弾吾郎。どこ行った〜?」
どこからか、ユウゾウの声が聞こえてくる。
用事が終わり、待ち合わせ場所に居ないダンバルを探しに来たのだろう。
「…………」
ヨノワールは指を鳴らす。
同時に、ダンバルの逃走を封じていた霊術「黒い眼差し」が解除された。
―いくらお前が否定しようとも、俺は、お前の主人が、俺を捨てたユウゾウと同一人物だと確信している。
―姿も臭いも、昔と全く同じだからだ。
―だが一つ。彼がユウゾウであるならば、辻褄が合わないことがある。
「ガガッ?」
―辻褄が合わない?
ユウゾウの声は近づき、ヨノワールの姿は路地の影の中へと溶け込んでいく。
―俺がユウゾウに捨てられたのは、「20年以上も昔」のことだ。
―それなのに、ユウゾウの姿は、何故あの時から何も変わっていない?
―ユウゾウの身に、一体何があったと言うんだ?
「ギュオオ……」
―探偵ポケモン。
―お前なら、この謎を解き明かせるか……?
やがてヨノワールの姿は完全に消えてしまい、暗い路地には一匹、ダンバルだけが残された。
「ガ、ガガ? ガガガガガ?」
907のヨノワールが語った、自分の知らないユウゾウ。そして、20年以上の空白。
青銅色の脳細胞にユウゾウを取り巻く謎が渦巻き、混乱したダンバルは、わけもわからず路地から飛び出した。
「おっ弾吾ろ……うげぇっ!」
「ガガッ」
タイミング悪くやって来たユウゾウの腹に、ダンバルのボディが激突し……ユウゾウは尻もちをつきながら、腕に抱えたダンバルを覗きこむ。
「危ないだろ! って、どうして混乱状態になっているんだ!?」
「ガガガ〜」
「あー。ほら、街頭で配っていたキーの実キャンディやるから、頭をすっきりさせろ」
ユウゾウの腕の中でじたばたしていたダンバルであったが、おやつに含まれる混乱抑制成分と、ユウゾウの腕の体温で、彼は徐々に冷静さを取り戻していく。
―落ちつけ、落ちつけ、インテリダンバル弾吾郎……
―そうだ。あのヨノワールは、そもそも907のポケモンだ。
―あること無いことを、俺に嫌がらせで吹き込んだに違いないんだ。
「落ちついたか?」
『あ、ああ。もう大丈夫だ』
―だが、もしヨノワールの言葉が本当だったなら?
―俺が知るユウゾウが、本当の姿では無かったとしたら?
『……ユウゾウ』
「うん?」
『ユウゾウは、俺に何を望んでいる?』
「何を望むって。あはは、「伝説の願い星ポケモン」じゃああるまいし! タイプが同じだから、親近感でも湧いたのか?」
伝説の願い星。
それは、鋼とエスパーの二重属性を持ち、他者の願い事を何でも叶える力を持つとされる、ホウエン地方の伝承で語られるポケモンである。
「弾吾郎。俺には夢や願いなんて大層なものは無い。だから、お前に叶えてもらいたいことも無いんだ」
「ガガ……」
「だけどまぁ、ちょっとは良いものを食べたいし。暫くはタイプクライム案件で、力を貸してもらいたいけどな」
ユウゾウは不安そうに見上げるダンバルに、笑って言った。
「だから、これからも宜しく頼むぜ弾吾郎。よっ、エスパーの賢さと鋼の硬さを併せ持つ、超鋼探偵!」
「ガガッ」
ダンバルはユウゾウの手から離れて宙に浮き、ユウゾウの言葉に頷くように、身体を上下に動かした。
―いいや、俺にはユウゾウを疑う余地も理由も無い。
―例えヨノワールの言葉が本当だとしても……
―俺が知るユウゾウは、優しいユウゾウで、それは紛れも無い真実なのだから。
『任せておけ』
―だが、もしも。ユウゾウを何かの「謎」が苦しめているのだとしたら。
―俺はいつか、それを解かなければならない。
「よし、じゃあ行こうか。スーパーで夕飯の材料を買っていこう」
立ちあがったユウゾウはダンバルを伴い、スーパーへと歩を進める。
「そういや、あの子は風邪を引いていないだろうか」
「ガ?」
「907さんだよ。ほらこの前、海に落ちて全身ずぶ濡れになっていただろ」
「ガガ〜?」
「ちゃんと食事を摂れていると良いんだが」
ユウゾウが隣のダンバルを見ると、彼はユウゾウにガンを飛ばしている。
どうやら、907の話題を出すだけでダンバルは気に喰わないらしい……
「うぅむ、お前は変わらないなぁ、弾吾郎。どうして彼女をそんなに嫌うんだ?」
ユウゾウは苦笑いし、いつものように拗ねたダンバルを宥めるのであった。