06:雨ときどき霰
闇の中。
俺の前で女性が泣いている。
そして、その女性の傍には、幼い女の子が立っていた。
「本当に行っちゃうの?」
女の子は、モンスターボールを手にする俺を見つめている。
「ポケモンバトルって、そんなに楽しい?」
「あぁ。俺は、勝ち続けたい」
「それは私達よりも、大切なことなの?」
「俺はなりたいんだ。全てのポケモントレーナーの頂点「ポケモンマスター」に」
「どうして」
「それが俺の夢だからだ」
女の子は、首を横に振った。
わからない、わかりたくない、と。
「私は嫌だ。私はそんなふうになりたくない」
「ポケモントレーナーになんて、なりたくないよ」
女の子は俺から視線を外し、泣いている女性を抱きしめた。
「私は、ポケモンなんて、大嫌い……」
それを最後に、二人の姿は目の前から消えてしまった。
闇に残されたのは自分一人だけ。
「…………………」
手にしているモンスターボールはボロボロで、何も入っていない。
「……待ってくれ」
俺は闇に手を伸ばすが、そこにはもう誰もいない。
何も無い。
「モミジ、クレナ……!」
だが、そんな中。
闇の中で、金属音が響いた。
『いつまで寝てるんだ、昼だぞ昼っ!』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ユウゾウ!』
「ふえ?」
『起きろ起きろ起きろ! 昼だぞ!』
夢から現実へ引き戻され、UZO探偵事務所の居住スペースにて眼を覚ましたユウゾウが見たのは、目覚ましダンバルの大きな瞳である。
金属音のモーニングコールならぬヌーンコールに、ユウゾウは布団から起き上がり、時計を見る。
「げっ……弾吾郎、もっと早く起こしてくれよ……」
『自分で起きろ! 俺は目覚まし時計じゃないんだぞ』
「どうせお前も、さっきまで寝ていたんだろう?」
ユウゾウは駆け足で洗面台に向かい、焦りながら洗顔と歯磨きをする。
『おい。誰かの訪問予定があるのか?』
その最中、事務所に呼び鈴が鳴った。
「急げ急げ」
ユウゾウは慌ててタオルで水分を拭き、早着替えをし、玄関のドアを開ける。
そこには、30代ほどの年齢の女性が立っていた。
「こんにちは、ユウゾウさん」
訪問者は国際警察官「907」であり、その姿を見るなり、鉄球が妨害するように現れた。
「ガガガガッ」
「わっ、弾吾郎くん!」
「ガガガガガガガ〜? ガガァン?」
「……うう。私の防御力が下がっていくのを感じます」
ダンバルは907に眼(ガン)を付け、その身体をむんずと掴んで引き離したユウゾウは、907を事務所内に招いた。
「どうぞ。お茶を出すから、ソファに座っててくれ」
「お時間を割いてもらってごめんなさい。公共の場では捜査絡みのことは相談ができなくて」
「構わないさ。呑気な事務所で、大きな依頼も特にないからさ」
「も、勿論お土産を持ってきましたよ!」
907からお土産の箱を受け取ったユウゾウは、その中身を見る。
そこには、高級なお肉が入っていた。
「何をしている弾吾郎! ほら、お茶菓子お茶菓子! 肩もお揉みして!」「ガガッ!?」
良質なたんぱく質に飢えていたユウゾウは、お土産を冷蔵庫にしまい、戸棚から良い食器を引っ張り出す。
「いやぁ、散らかっていて悪いね。ここ最近、依頼人も来ていなかったから……」
ユウゾウがどたばたとおもてなしの準備をする中、907は事務所を見まわす。
ユウゾウの言葉は謙遜ではなく、事務所は散らかっていた。
「ユウゾウさん。良かったら休日にでも、お掃除のお手伝いをしますよ」
「えっ? 何でまた」
「私は暫く、トキワに滞在するんです。この事務所の近くのビジネスホテルに泊っていますよ」
「それは、君が追っている事件がらみで?」
ユウゾウは907にお茶を出し、ソファに座る。
「えぇ。私は、ポケモントレーナーの犯罪グループ「タイプクライム」を追ってカントーに来ているのです。先日、クチバでユウゾウさんの協力で捕まえることのできたコバルトブルーも、タイプクライムの構成員です」
「タイプクライム……」
「彼らはポケモンを武器として使うこと、そして使用するポケモンの「タイプ」に強い拘りを持つことが特徴的で……危険な犯罪者でありながら、そのポケモンバトルの腕は、並みのジムトレーナーを超えています」
「この前の、コバルトブルーのような奴ばかりというわけか。そんな連中を追っていたら、君も危ない目に遭うんじゃないのか」
「ふふん、ご心配なく。こう見えても、私は結構強いんですよ、ポケモンバトル!」
それ以外はとても残念なのですが、と907は苦笑いしつつ、話の本題に入る。
「ユウゾウさん。私達国際警察は、タイプクライムの構成員を、早急に逮捕しなければなりません」
「それで、探偵の俺に協力してほしいということか?」
「情けない話ですが、その通りです。彼らを追跡している国際警察官は私だけではありませんが、一刻でも早く捕まえなければ、旅のトレーナーや、彼らの帰りを待つ家族の方々だって、安心できません。状況が悪化すれば、この国のトレーナー修行推進制度の撤回すら有り得るのです」
「…………」
「勿論、民間人であるユウゾウさんを危険な目に遭わせるつもりは、これっぽっちもありません。あくまで「知見を頂く」レベルのもので結構なんです」
907は、ユウゾウの眼を見つめた。
「たまにこうして、お会いして、お話しできる機会を頂けたら。それで十分なのです」
だが、その視線を妨害するかのように、ダンバルが907の前に飛び出す。
「ガガガガガ!」
「わぁっ!?」
「弾吾郎落ちつけ。何興奮しているんだ」
ユウゾウは掴んだダンバルを机の上に起き、907に尋ねた。
「907さん。協力するのは構わないが、どうしてだ?」
「え?」
「知見が欲しいなら、こんな田舎じゃなく、都心部の優秀な探偵に頼んだ方が良いんじゃないのか。それに、肉やお菓子だけじゃなく、事務所の掃除まで手伝ってくれるのは申し訳なさすぎるよ」
「いやいや、ユウゾウさんが「名探偵」であるということは、私がこの目でしっかり確かめたことです! 幾らかお時間を割いてもらうわけですから、そのお礼をするのは当然のことですし、それに……」
その中、会話を遮る様に、907の携帯端末に着信が入る。
「あっ。ごめんなさい……電話が」
「どうぞ」
907は事務所の隅に移動し、携帯端末を耳に当てる。
「907です」
「………………」
「……………………電気技? 被害者の状態は」
「……ええ。その可能性が高いですね」
「………………………………」
「はい。今からテレポートで現場に向かいます」
電話を終えた907は端末を切り、振り返る。
907の視界を埋め尽くす、鉄球の単眼がそこにあった。
「うわおっ!?」
「ガガー」
「ええ〜。聞いていたの弾吾郎くん!?」
907の電話を盗み聞きをしていたダンバルは、ユウゾウの傍に戻り、耳打ちをする。
『シオン南のサイレンズブリッジで、ポケモンを使った要人襲撃事件が起こったらしい。殺人未遂だ』
「聞き覚えのある話だな?」
『凶器となったのは、ポケモンの「電気技」で間違いないらしく……付近にいてアリバイも無いポケモントレーナーは、重要参考人として現場で事情聴取を受けているが、肝心の「犯罪実行ポケモン」が特定できていないようだ』
ユウゾウとダンバルがひそひそ話をする中、907は二人の傍に近づき、頭を下げる。
「ごめんなさいユウゾウさん! 来たばかりなのですが、私はこれから、仕事で出かけなければなりません。お茶をありがとうございました」
「例の、タイプクライム案件なのか?」
「その可能性が高いです。私の頑張りどころですね!」
907はモンスターボールを取り出し、ブレインポケモンのオーベムを召喚する。
「ジェントル、テレポートでサイレンズブリッジに行きたいの。場所は……」
「場所はここだ」
「え?」
907が顔を上げると、そこにはタウンマップ持ったユウゾウがいた。
ユウゾウはオーベムの前でタウンマップを広げ、サイレンズブリッジの場所に指を置く。
「わかるか、オーベム?」
「ピィイイ」
このオーベムは、人間の言葉を理解するのか。
「ありがとうございます」と言わんばかりにオーベムは頭を下げ、その人間の様なリアクションに吹きだしながら、ユウゾウはオーベムに頼んだ。
「なぁ。この前みたいに、俺と弾吾郎も現場に連れて行ってくれ」
「ピィ?」
「ガガッ!?」
ダンバルが「聞いていない」「何のつもりだ」とユウゾウにブーイングする中、オーベムはどうすれば良いかと907の顔を見る。
「いやいやいや、駄目ですよユウゾウさん! 貴方は一般人なんです。巻き込むわけには」
「君は女の子だろう。「仕事だから」で放ってはおけないさ。それに、事件は早急に解決したいんだったよな? もしかすれば、俺と弾吾郎が力になれるかもしれない」
「…………」
暫しの沈黙の後、907は吹きだした。
「ぷふふっ!」
「どうしたんだ」
「あはは、ごめんなさい。女の子を放っておけないだなんて……ユウゾウさんも、そういうこと思うんだなって……それに私は三十路のおばさんなのに、女の子扱いしてくれるってのがおっかしくて!」
笑いながらも、907は頷いた。
「あはは……はぁ。ユウゾウさんの言う通り。貴方の力が借りられれば心強いです。ですが、本当に宜しいのですか?」
「乗りかかった舟だしな。どこまで助けになれるかはわからないが」
「ありがとうございます! けれど、どうかこれだけは忘れないでください。国際警察官である私には、貴方を守る義務があるっていうことを。その逆は、ありませんからね!」
「あぁ。覚えておくよ」
テレポート準備のため、907はオーベムと先に事務所を出て、ユウゾウは電気の消灯や窓の施錠と言った事務所の戸締りをする。
その最中、ダンバルはユウゾウに尋ねた。
『なぁユウゾウ』
「何だ?」
『どうしてお前は、907に協力するんだ? 俺はお前の名声のためならば、いくらでも謎を解く! だが、あの女のために謎を解くなんて、まっぴらごめんだと言っているだろう!』
「お前が何で907さんに怒っているのかはわからんが。俺も、彼女は苦手だよ」
『えっ?』
「彼女は、似ているんだ」
誰と?
ダンバルはそう尋ねるが、その問いにユウゾウは答えない。代わりに、彼は人差し指を立てた。
「弾吾郎。907さんは世界を飛び回る国際警察官で、彼女がここにいるのは、ポケモン犯罪組織「タイプクライム」とやらを追ってのことだ。だったら、それを解決してしまえば、多忙な彼女は、再び旅立つことになる。そうだろう?」
『……!』
「社会に貢献できるし、907さんともお別れできる。ついでに良いものだって食べられるかもしれない。一石二鳥どころか、一石三鳥ドードリオだ」
『なるほどな』
ダンバルは納得したのか、外出準備の完了したユウゾウに並んで玄関を出る。
『良いだろう。どんな凶悪犯罪組織が相手だろうと。この青銅色の脳細胞がスピード解決してくれる!』
「おおっ、頼もしいなぁ!」
『そしてあの忌々しい女とも、さっさとお別れだ!』
外では既にオーベムがテレポート準備を完了しており、ユウゾウとダンバルは、オーベムの身体に触れる。
「では行きますよ、ユウゾウさん、弾吾郎くん」
「あぁ」
同じくオーベムの身体に触れる907は、オーベムに指示を出す。
「ジェントル、テレポートッ!」
「ピィイッ!」
オーベムは念を展開し、次の瞬間、彼らの身体はトキワシティを離れて空間を跳躍した。
○□○□○□○□
「つりのめいしょ」こと、サイレンズブリッジ。
釣り人の足音で魚を驚かせまい、という想いが込められた「静かなる橋」であるが、この橋に女性の絶叫が響いた。
「う、うわああああああああっ!?」
907の悲鳴である。
彼女の片足は、地についておらず、その身体は海側へと傾いていく。テレポートの着地を失敗してしまったのだ。
ばたばたと手を動かすが、姿勢制御も、オーベムのサイキックも間に合わず、もはやこれまで……
ずぶぬれの覚悟を決めた907であったが、その身体は海へとドボンすることは無かった。ユウゾウが彼女の手を掴み、橋側へと引き戻したのだ。
「大丈夫か?」
「あ、あぁっ、ありがとうございます……!」
ハズカシーと907が顔を覆う中、その様子を見ていた警官達が、苦笑いをしながら近づいてくる。
「ふふっ……お、お疲れ様です、907さん」
「み、見ていました? お願いですから忘れてください! 後生です!」
「はい、しっかり忘れます。ところで、そちらの方は?」
「えぇ。捜査協力者のユウゾウさんです。彼はこれまでにも私の捜査を助けてくれた、とても優秀な名探偵なんですよ」
907は警察官から調書を受け取り、目を通す。
事件の概要は電話で聞いており、調書にも同様の内容が記載されている。
「被害者の身体からは、ポケモンによる強力な電気技を受けた形跡がはっきりと残っているが……サイレンズブリッジ近辺には電気技の使い手ポケモンは生息しておらず、事故の線は薄い」
野生ポケモンの仕業でないとすれば、何者かが凶器としてポケモンを操ったのだろう。
だが、調書によれば、重要参考人として現場に留められているポケモントレーナー達の手持ちには、電気タイプのポケモンがいないのだ。
「どうです、907さん。概要は電話でお伝えした通りですが……」
「えぇ。被害者と犯行手口からして、タイプクライムの構成員が犯人である可能性が高いと考えますが……もしも本当にこの中に居るとしても、絞り込むのは難しいですね……」
ユウゾウとダンバルは、907が見ている調書を後ろから覗きこむ。
そこには、重要参考人の所持ポケモンが記載されていた。
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◎オトソラ・ブンゴ(40歳 男):プロ釣り師
所持ポケモン:スワンナ
◎キリバ・ライオット(33歳 男):フリーター
所持ポケモン:ウッウ
◎ハネダ・マイコ(20歳 女):学生
所持ポケモン:ギャラドス
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「どのポケモンも、水と飛行の複合タイプだな」
「見事に電気技が苦手そうなポケモンばかりです」
「スワンナやウッウの電気技は聞いたことが無いが、ギャラドスは、十万ボルトや雷を使える個体がいるぞ」
「えっ、そうなんですか!? 自分は痺れないのかなぁ……」
そうなると、怪しむべきはは、ギャラドス使いの女性?
だが、少し考えた後、907は首を横に振った。
「あの、ユウゾウさん……もし本当にギャラドスが雷や十万ボルトを撃っていたとしたら、恐らく被害者は炭になっています」
「ごもっともだ」
ユウゾウはポケモン図鑑を操作する。
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ギャラドス
きょうあくポケモン
たかさ 6.5m
おもさ 235.0kg
ひじょうに きょうぼうな せいかく。
くちからだす はかいこうせんは
すべてのものを やきつくす。
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ギャラドスは単体で街を滅ぼす程の力を持つポケモンである。
ポケモンバトル用に調教されたギャラドスであっても、その力を人間に向ければどうなるか。結果は明らかである。
「被害者は、命は助かったんだったよな?」
「えぇ。殺すつもりがあったとしても、無かったとしても、犯人のやったことは許されないことですが」
「ここで重要になりそうなポイントは、被害者が受けたのは即死級のダメージではなかった、ということだ。つまり、犯行に使用されたのは大型ではなく小型ポケモンなんじゃないか……?」
うーんと二人が頭を悩ませる中、ダンバルはユウゾウの背中を小突き、囁いた。
『ユウゾウ。俺の言葉を907に伝えろ』
「弾吾郎?」
『もしも犯人がタイプクライムの構成員であるとすれば。その信条自体が、犯人を絞り込む切っ掛けになる筈だ』
「…………?」
ダンバルは言葉を続け、それを聞いたユウゾウは、907に質問した。
「907さん。タイプクライムの構成員は、使用するポケモンのタイプに拘りを持つと言っていたな?」
「その通りです。それがあの組織の絶対的なポリシーであり、各構成員で専門とするタイプは異なります」
「もし、重要参考人の中にタイプクライム構成員が居るとすれば、それは何のタイプの使い手だ?」
「…………」
重要参考人であるトレーナーの手持ちは、その全員が水・飛行の複合タイプ。
先日、ユウゾウと共に捕まえたタイプクライムの構成員「コバルトブルー」は、水タイプの使い手であり、この短期間で後釜が補充されたという話でなければ、可能性があるのは飛行タイプである。
「飛行タイプの使い手。タイプクライム構成員「スカイグレイ」の可能性が高いですね」
「だとすれば、犯行に使われたのも飛行タイプじゃないのか」
「……飛行と電気の複合ポケモン、ということですか」
907は考える。
電気技を使える飛行ポケモン。
なおかつ、暗殺に向き、人間である被害者を炭にしないレベルの小型ポケモン。
「だとすれば犯人が犯行で使ったポケモンは……でも、そうだとしても、一体どこに? 結局、重要参考人の方々の手持ちには、該当するポケモンが居ないことには変わりありません」
「そうだよなぁ」
再び二人はうーんと考え込み、ダンバルは呆れたようにユウゾウの背中を頭突く。
『そこまで詰めて、まだわからないのか?』
「弾吾郎」
『言っただろう、さっさと解決するぞと。この調子だと日が暮れる。俺に代われ!』
「お前には見当がついているのか? んでもって、またあれをやるのかぁ……!?」
何やらごそごそしているユウゾウを不審に思い、907が覗きこむが、ユウゾウはダンバルを背中に隠した。
『907、重要参考人を集めろ! ポケモン達もだ!』
「え? 今の声」
「い、いやいや、俺の声だよ。ちょっと興奮して金属音っぽくなったけど」
「もしかして、何か思い当たったんですか!?」
「皆を集めてくれるかな」
907は期待と共に頷き、警察関係者と重要参考人を招集する。
「スワンナは電気技なんて覚えないってことくらいわかるだろう!? いい加減に解放してくれ。俺はいつものように釣りに来ただけなんだ」
「ウッウも同じくだ。どうしてこんな面倒事に巻き込まれなきゃいけねぇんだよ……電撃なんて撃てるのは、その女の子のギャラドスくらいだろ」
「違う! わ、私のギャラドスはコイキングから進化したばっかりで、まだ跳ねると体当たりしか使えないの! 電気技なんてできっこない!」
長時間拘束されている重要参考人達は興奮しているが、907はまぁまぁと彼らを宥める。
「探偵さんに、何か思い当たることがあったようです。話を聞いてみましょう」
「話ぃ? 長ったらしいのは勘弁してくれよな」
集められた人とポケモンの視線が探偵であるユウゾウに集まったところで、ユウゾウはダンバルに合わせて話し始めた。
『「重要参考人の皆さん。お時間は取らせません」』
「何をするつもりなんですか? こ、こいちゃん没収なんて嫌ですよっ!?」
『「簡単なことです。ただ、皆さんのポケモンに、大きく口を開けてもらいたいのです」』
「口を? 別に良いけど、何でまた。それが事件と何の関係があるんだ?」
スワンナのトレーナーが首を傾げるなか、ユウゾウの背中のダンバルは告げた。
『「聞いたことはありませんか? オーロットを隠すなら森の中。ダンバルを隠すなら、スポーツ用品店の中と」』
「後者はないですけど……」
『「スワンナ、ウッウ、ギャラドス。確かに、貴方達のポケモンは犯行には使われていないのでしょう。ですが、もしも「視えざる犯人」がいるのだとすれば? それはどこに隠れているのか?」』
ダンバルの指示で、ユウゾウは携帯する探偵アイテムの中から、小さな果物を取り出し、重要参考人のポケモン達の前にそれぞれ放り投げた。
「探偵七つ道具、ふわりんご!」
ふわりんご。
それは近年に開発された、羽の様な軽さと美味しさが特徴的な、ヘルシーポケモンスイーツである。
(主に野生ポケモンの気をを引くために使用されるものであり、ポケモンへのストレスが懸念される「イヤイヤボール」に変わるものとして、多くの写真家ポケモントレーナー達に愛用されている。)
投げられたふわりんごは、瑞々しさと、芳醇な香りを湛えており、ポケモン達は溜まらず、それぞれ大きく口を開け……
「き、きゃあああっ!?」 ギャラドスのトレーナーは悲鳴を上げた。
彼女の視線は、重要参考人の一人のポケモンに。ウッウに向けられている。
「ぐぁっ……ぁ」
大きく口を開けたウッウの口の中には、もう一つの顔が。
「ピュウゥ!」
ウッツの粘液に塗れた「エモンガ」が、ウッウの口の中から這い出し、ふわりんごを掴んだのだ。
「え、エモンガッ!?」
『「やはり、そこにいましたね。電気タイプの飛行ポケモンが」』
それは可愛いながらも、SFホラー映画をも連想させるグロテスクな光景であり、ユウゾウはダンバルの指示で、ポケモン図鑑を操作する。
////////////////////////////////////////////
ウッウ
うのみポケモン
たかさ 0.8m
おもさ 18.0kg
くいしんぼうで エサの サシカマスを まるのみするが
たまに まちがえて ほかの ポケモンに くらいつく。
かんれん:【まるのみのすがた】
うっかり ピカチュウに くらいついて しまった。
のどに つまらせてしまい くるしいが あまり きにしていない。
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『「ウッウには、ポケモン図鑑にも記載されているように大喰らいで、時にはピカチュウのサイズのポケモンでさえも誤飲する種族です。そしてエモンガは、ピカチュウと同じくらいの大きさの小型ポケモン! その身体に潜ませることは可能でしょう!」』「…………」
『「ウッウのトレーナー、キリバ・ライオットさん。お話を聞かせて頂けますか? エモンガはカントーに生息するポケモンではない。それなのに、何故このような違和感のある状況が生まれているのか? どうして貴方は、エモンガをウッウに隠していたのか? 理由があるとすれば、それは何のために?」』
えずくウッウと、その口の中でふわりんごを齧るエモンガ。
二匹を見下ろすキリバは、深く息を吐いた。
「……はぁ。流石に、言い逃れは無理があるな」
「キリバさん。犯行を認めるのですね?」
「言い訳も思いつかねえからなぁ。だが、まだ諦めたわけじゃあないぜ?」
キリバは天を指差し、ウッウに命じた。
「ウノー! エモーを吐きだせッ!」
瞬間、ウッウはエモンガを空中に撃ちだし、空高く射出されたエモンガは、ふわりんごを投げ捨て、凶悪に笑いながら電気エネルギーを頬から迸らせる。
「後悔させてやるよぉ、国際警察官! 俺達タイプクライムを深追いしたこと! このスカイグレイを前に、穏便に終われなかったことをなぁ!」
ウッウが翼を広げ、天に雨乞いすると同時に、局地的な豪雨が降り注ぐ。
キリバ……タイプクライム構成員「スカイグレイ」はウッウの足を掴み、ウッウと共に空に舞い上がった。
「エモー、雷だぁっ!」
「ピチュルルルッ!」
空のエモンガから、地上へと電撃の槍が放たれたその時。
907は既にポケモンを召喚していた。
「シーン、守るっ!」
電撃の槍は着弾し、サイレンスブリッジに轟音と閃光が迸る。
感電した大量のメノクラゲやコイキングが海の水面に浮かび上がる中、ユウゾウはサングラス効果もある探偵七つ道具「防塵ゴーグル」を装着する。
自分達が感電しなかった理由は一つ。907が召喚したヌケニンが、広範囲に防壁を張り、人間達を雷から守ってくれたのだ。
「は、犯人が空に逃走!」
「私が追います!」
907はフリージオを召喚し、グローブを嵌め、靴のガジェットを起動し、その氷のボディを掴む。
「りじ夫、あのウッウを追跡だ!」
「リィイイ!」
907を乗せたフリージオは、空に浮かび上がる。
「……ナ!」
「えっ?」
907は地上を振り返る。
ダンバルを伴うユウゾウが、フリージオに乗って空に向かう907に、手を伸ばしていた。
彼は何かを言っているが、豪雨でその声は届かない。
「……大丈夫ですよ、ユウゾウさん」
907が、視線を暗い空に戻す。
「私はポケモンバトル、強いんですから!」
上昇するフリージオと907に気がついたエモンガは、907達を地上に叩き落とすべく、電撃を纏ってアクロバットな動きで接近するが、彼は突如自身の身体が動かせなくなった。
フリージオが放出した凍える風が、エモンガの全身の自由を奪ったのだ。
「ピ、ピチュルウウウッ……!」
「辻斬り!」
フリージオはエモンガの脇を通過しつつ、氷の刃でエモンガの「膜」を切断する。
エモンガの膜は、滑空の要。制御を失ったエモンガはくるくると回転しながら地上へと落下し、フリージオは速度を落とすことなく、スカイグレイとウッウを追う。
「エモンガを地上に落としました! 保護をお願いします!」
通信バッジで地上の警官に連絡した907は、豪雨の中、907達に向かって指を突きつけているスカイグレイを視認した。
「ウノー! 暴風だっ!」
「ぐぁ〜おっ!」
ウッウが巻き起こした暴風は豪雨を絡め取り、小型の嵐が907とフリージオに直撃する。
「ぐううっ!」
「リィイイッ……!」
呼吸をも制限する激しい風は方向感覚を狂わせ、弾丸と化した雨がフリージオと907の体力を削り取る。
フリージオは嵐に翻弄されて混乱しかかるが、907の指示が彼の思考を引きもどし、ウッウの翼を狙って冷凍ビームを放つ。だが、ウッウは着弾したそれを物ともせずに上昇し、彼に捕まるスカイグレイは907を嘲笑った。
「ウッウは水と飛行の複合タイプ! エモンガと違って、氷技で動きは封じられねえよ」
「………」
「ポケモンと分断して、地上にまで叩き落としてやる!」
豪雨の中、ウッウの放つ暴風は何倍にも強化されている。
このままでは、いずれは907はフリージオから吹き飛ばされ、トドメの一撃を喰らってしまうだろう。
「勿体無いですよ、キリバさん」
「あぁん?」
「そのポケモンバトルの才能を、人を傷つけることに使うなんて!」
「黙れ!」
ウッウが再び暴風を放つべく翼に力を込める中、激昂したスカイグレイは907へと叫んだ。
「才能だぁ? そんなもん俺には無ぇ! 無かったんだよぉ!」
「テメーに、俺達の何が分かるんだぁ!」
スカイグレイはウッウに暴風の発動を命じる。
だが、その瞬間、彼らの全身を衝撃が襲った。
「ぐぁ〜あっ!?」
「痛ぇえええっ、な、何だぁっ!?」
それは小さな氷。フリージオが豪雨を凝固させ生成した霰(あられ)だった。
逃げ場のない氷の雨はウッウの飛行を阻害し、ウッウは悲鳴をあげる。
「なっ……!?」
スカイグレイは目を見開く。
霰を受けて、氷タイプのフリージオはダメージを受けるどころか、霰を吸収している。
まるで雪の結晶が成長するかのように、フリージオの全身の氷の刃が大型化していき……その口部には、莫大な氷結エネルギーが集中していくのだ。
「う、ウノーッ! エアスラッシュ!」
「行けっ、りじ夫!」
ウッウは逃走しながら真空刃を放つが、それはフリージオと907を包む「オーロラベール」に阻害され、四散する。
やがてウッウを追い抜いたフリージオは、反転し、その口部を大きく開いた。
「フリーズドライ!」
放たれたのは、低温攻撃に耐性を持つ水タイプですら凍りつかせる、特殊な冷凍弾。それはウッウの身体に着弾し、効果抜群の一撃で全身凍結したウッウは、必然的に落下をした。
「ぎゃああああああああっ!?」
ウッウと共にスカイグレイは地上へと落下していく。
「ジェントル! 念力スタンバイ!」
907は地上で待機しているオーベムへと通信バッジで指示を送り、更に銃を抜き、銃口を地上へと向けてトリガーを引いた。
「行けっ、ゴーマッ!」
その銃は、国際警察の携行ガジェットの一つである、モンスターボール射出銃。
人間の肩では不可能な投擲速度で撃ちだされたモンスターボールは、落下する犯人とポケモンを追い抜き、サイレンズブリッジにポケモンが召喚される。
「ギュオオオ」
907が召喚したのは手づかみポケモン・ヨノワールであり、呼び出されたヨノワールは、霊的な印を結ぶ。
オーベムの念力によって減速しながらも落下するスカイグレイとウッウを紅の瞳に捉えたヨノワールが、己の両腕を橋に叩きつけると同時に、橋に映った犯人の影から「巨大な影の腕」が生成され、彼らの身体をキャッチして拘束した。
『907さん! エモンガに加え、犯人とウッウを無事確保しました!』
「ありがとうございます」
『お疲れ様です! 橋に降りて来てください!』
「ええ、そうします……!」
フリージオの背で、907は白い息を吐く。
国際警察ガジェット「防塵コート」で霰のダメージを最小限に抑えているが、痛いものは痛いし、寒いものは寒いのだ。
「りじ夫、地上に降りよう」
「リィン」
「あぁ、何か凄く疲れちゃったな。お風呂に入って、ピリ辛のマトマスープが飲みたいなぁ……って」
907はめまいと共に、体勢を崩す。
「あれ?」
気がつけば、その身体はフリージオから滑り落ち、落下していた。
「ありゃ……」
豪雨と霰、そしてフリージオの冷気で身体から体温が奪われ、907の体力は限界近くまで削られてしまっていたのだ。
907が落下したことに気がついたフリージオは、慌ててキャッチに向かうが、907の腕はフリージオを掴んでは滑り落ちていき、受け止めることができない。
「…………」
907は朦朧とする意識の中、海を見た。
オーベムの念力で減速できるだろうが、ヨノワールの霊術の射程圏外であり、落下前にキャッチしてもらうのは無理だろう。
とは言え落下先が海ならば、手持ちのオムスターを召喚すれば何とかなる。
「おむ奈……!」
907はモンスターボール射出銃を取り出そうとするが、手が寒さで強張って動かない。
オーベムの念力が届いたのを感じるが、落下速度を殺しきることは出来ず、彼女は海の中に落ちてしまった。
「907さんが海に落ちた!」
「早く引き揚げろ!」
907を追って地上に降下したフリージオは、海面を凍らせ、橋から着水地点までの氷の道を作る。
犯人を警察に引き渡したヨノワールが救助のために駆けるが、それより早く、氷の道を渡る存在がいた。
「ギュッ……!?」
「ガガガッ!?」
ユウゾウである。彼は滑りながらも氷の道を駆け抜け、海へと飛び込んだ。
ダンバルが海上で右往左往するなか、やがてユウゾウは907を抱きかかえて海面に浮上し、彼女の身体を氷の道に引き揚げた。
「おい。おい! しっかりしろっ!」
「げほっ、げほっ! ユウゾウさん……?」
「どうしてこんな無茶をするんだっ!?」
「はは……わ、私はただ……ポケモンを犯罪の道具にする人を、見過ごせないんですよ」
噎せながら、907は微笑んだ。
「……私は、ポケモンのことが大好きで……」
「……ポケモンバトルも、とても好きだから……」
追いついたヨノワールが、海水に塗れた907を両腕で抱きかかえる。
「…………………………」
ヨノワールはユウゾウを無言で見つめ、やがて背を向けて、907を伴ってサイレンズブリッジへと戻っていった。
『ユウゾウ!』
「弾吾郎。タオル持ってないか?」
『何やってんだ馬鹿! 何故警察に任せない!? 二次災害が起きたらどうする気だったんだ!?』
ダンバルは身体を貸してユウゾウを氷の道に引き上げ、彼を説教する。
「悪かったよ」
『やっぱり変だぞお前! 言うんだ! お前にとって、あの女は一体何なんだ!?』
「正直に言えば、わからなかった。だが、今は確信しているよ。907さんと俺は、縁も何もない他人なんだって」
『……その根拠は?』
「彼女が、ポケモンを心から愛しているからだ」
ユウゾウは笑っているが、どこか悲しそうで。
ダンバルはますます、ユウゾウにこんな表情をさせる907のことが気に入らなかった。
『ユウゾウ』
「何だ」
『二人でとっとと解決するぞ、タイプクライムの事件を! あの女と、気持ち良くおさらばするためにな!』
「あぁ。だがその前に……」
ユウゾウは大きくくしゃみをし、海水で濡れた身体を震わせた。
「風呂に入って、暖かいマトマスープを飲みたいっ!」