05:追憶の依頼人
UZO探偵事務所の昼下がり。
依頼の予約も無く、探偵の成人男性ユウゾウと、助手である鉄球ポケモン・ダンバルは、モモン菓子を齧りながらTV番組を眺めていた。
―特集・ウルトラスペース! 常識と時間を超えた異次元世界とは―
番組内では、ウルトラビーストと呼ばれる異形のポケモン達が住まうと噂される「異世界」にスポットが当てられている。
//もしも人間が、異世界に繋がるとされるウルトラホールに落ちたら、どうなるのでしょう?//
//歳を取らなくなる、ポケモンの姿になるって噂がありますが、それは本当ですか……?//
//わははは! まるで少年とユンゲラーの小説ですね//
『何とも怪しさ120%だな』
「弾吾郎はこういうのは信じない方か?」
『実際にウルトラホールを通って、ポケモンになった奴を見たら信じてやっても良いけどな』
次元を超えた異世界の存在は、ウルトラビースト達が証明している。
だが、この世界とその世界を繋ぐとされる「ウルトラホール」を見た者は殆んどいない。ましてや、その穴を通過した者に起こる事象となれば、怪しげな眉唾物の都市伝説ばかりであり……現実主義者のダンバルにとって、「人がポケモンになる」と言った話は到底信じることはできなかった。
「……お前みたいに言葉を喋れるポケモンってのも、俺は都市伝説だと思っていたよ。ほら、喋るニャースの」
『フッ。ニャースが言葉をしゃべるものか。こんな芸当が可能なのは、鋼の強さとエスパーの知性を兼ね備えるダンバル一族であり、その中でもとりわけ賢くイケメンである俺だか』
そんな中、玄関の呼び鈴が鳴り……
依頼者だ、とユウゾウはTVの電源を消し、玄関に向かった。
『まだ話の途中だぞ……』
「ようこそ。依頼の方ですか?」
ところが、ユウゾウが扉を明けても、そこには人間の姿は無い。
代わりに、一匹の「デスマス」がユウゾウを見上げていた。
「…………うん?」
「キュイッ」
「デスマス? カントーじゃ珍しいなぁ」
見まわしても、トレーナーの姿は無い。
ポケモンの悪戯か、と思い扉を閉めようとしたユウゾウであったが、デスマスは自身のその身体を、無理やり扉の中に押し込んだ。
「どわっ、何だ何だ」
「キュイイッ!」
事務所に侵入したデスマスは、ユウゾウに何かを訴えながらジェスチャーをしている。
「キュキュッ」
「ふんふん」
「キュイキュイッ!」
「ほうほう」
「キュキュキュイ〜ッ!」
「なるほど! わからんことがわかった! まかせた弾吾郎!」
『やれやれ……』
バトンタッチされたダンバルは、デスマスの言葉の翻訳を始める。
『
「俺は人間だ。誰が何を言おうと人間なんだ。頼む、俺を元の姿に戻してくれ!」って言っているな』
「人間? 何を言っている。君はどう見てもデスマスじゃないか。第一、何でこの探偵事務所に?」
『「ダンバルと会話している姿を見た。あんたなら、俺の言葉をわかってくれると思ったんだ」だとさ』
「なるほど……? それで、君は、いつ、どうやって人間からデスマスになったんだ?」
『「正直に言えば、覚えていない。だが、確かに俺は人間だったんだ」』
デスマスは、ダンバルの翻訳越しに話を続ける。
自分が人間であった名残。それは、自身が持つ仮面を見ればわかると。
「どれどれ?」
「ガガッ」
デスマスが掲げる仮面。
それは、一般のデスマスの仮面と比べ……端的に言えば整った容姿の「イケメン」仮面であった。
『「これが俺の人間だった頃の顔だ」』
「…………」
『「毎晩毎晩夢の中で、モテモテの人間ライフを送っていた自分の姿が過るんだ。陰気で冴えないデスマス生はもう嫌だ。俺は人間に戻りたいんだっ……!」』
「どちらかと言えば、探偵じゃなくてカウンセラーを頼った方が良いと思うんだが」
ユウゾウは、古びたポケモン図鑑を取り出し、操作する。
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デスマス
たましいポケモン
たかさ 0.5m
おもさ 1.5kg
おはかに まいそうされた ひとの たましいが
ポケモンに へんかした。
しぬまえの きおくが のこっている。
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「どう思う、弾吾郎?」
『図鑑の記載を事実とするならば……彼はポケモンに変身したと言うよりは、ポケモンに転生したと言うべきか?』
「まるで小説だな」
ユウゾウは、困ったようにデスマスを見下ろした。
冗談のような話であるが、このデスマスが、自分を人間だと思い込んでいるデスマスなのではなく、死んだ人間が転生したポケモンだとしたら……ネクロマンサーではないユウゾウ達は、彼の切なる望みを叶えてあげることはできないのだ。
「……デスマス君。悪いけど、俺達にできることは無いよ」
「!!」
その言葉にデスマスはショックを受け、悲しそうに仮面を抱くが、ダンバルはユウゾウとデスマスの間に割り込んだ。
『待て、ユウゾウ』
「ん?」
『彼を苦しめている悩みを解消する。それが目的ならば、出来ることはあるかもしれない』
ダンバルのその言葉に、デスマスは鉄球をも掴む思いで、ダンバルにしがみついた。
それで構わない。だから、助けてくれと。
『……探偵は慈善事業じゃない。依頼するなら、依頼料は支払うんだろうな?』
「キュッ」
デスマスは、ごそごそと仮面の裏から幾つものオレンの実を差しだした。
『「…………」』
元人間でも、今はポケモン。
彼にお金が支払えるわけもなく……
「まぁ現金を出されていたら、それはそれで困ったけど」
『モモンの実じゃなくて良かったな』
○□○□○□○□
その日から、ダンバル立案の奇妙な作戦が始まった。
「ガッガッガー、ガッガッガッ!」
「キュイ、キュイ」
「ぜぇぜぇ。お、おい弾吾郎、これ鍛えられているの俺だけじゃないの!? お前ら浮いてるだろ!?」
『腹から声を出せ〜』
ある日は、近所の川辺を早朝ランニング。
「キュイッキュイ」
「うぅっ……」
『どうしたユウゾウ。ペースが落ちてるぞ』
「弾吾郎もやれよ!」
「腹筋したくても、俺には曲げられる腹が無い」
「デスマスにも効果は無いだろう!?」
ある日は、夕焼けの中の筋トレ。
「依頼人、パースッ!」
「キュイッ!」
『ははん。素人がそんな距離から投げたところで……!?』
「球ー威ッ!」『何ィいいっ!?』
「ナイッシューッ!」
ある日は、雨音の中での体育館スポーツ。
「依頼人、シャドーボールッ!」
「キュイイイイイッ……!」
そしてある日は、バトル施設でポケモンバトル!
『……また勝った……』
「ここの施設はプロトレーナーが来るような場所じゃないし、それに依頼人は、結構なバトルの才能があるみたいだ」
『バトルの才能? そんなものが、どうしてわかる?』
「俺は昔、ゴーストタイプのポケモンを使っていたんだよ……」
自分と組んでいるときには見せてくれない、ポケモントレーナーとしてのユウゾウの姿。
渋るユウゾウを無理やりバトル施設に向かわせたのは、ダンバル自身なのだが……ユウゾウと依頼人デスマスのコンビが伸ばしていく連勝記録が、ダンバルは何だか面白くなかった。
『……ユウゾウ。目的を忘れるなよ?』
「何を苛々しているんだよ?」
そんなこんなで、依頼を受けてから数週間後。
「最近、依頼人のデスマス来ないな」
夕方、ユウゾウは夕食のモモンを冷蔵庫から取り出しながら、ダンバルを振りかえる。
探偵業務の時間外に、木の実を持って、毎日事務所を訪れていたデスマスであったが……ここ数日、朝も夜もその姿を見せていない。
『そうだな。もしかすれば……』
ダンバルがユウゾウの言葉に続けたその時、呼び鈴が鳴る。
噂をすれば、とユウゾウが扉を開けるが、そこにいるのは小さなデスマスではなく。
「ゲジュウウウウ」
黄金を纏う、生ける棺……棺桶ポケモン「デスカーン」であった。
「依頼人!」
『進化したんだな』
「ゲジュウウウウウウ……」
デスカーンは、地の底から響くような声で、感謝の言葉をダンバルの翻訳越しに告げる。
『「見てくれ、黄金に包まれたこの身体を。俺はいくら人間が望もうとも手に入らぬ「富」そのものになったのだ!」』
『「お前たちのおかげで、俺はようやく気付くことが出来た。自身に眠る逞しきゴーストパワーと、溢れる才能を!」』
『「どうしてあれほど脆弱な人間に戻ろうとしていたのか? 我ながら理解ができない」』
輝けるデスカーンは自信に満ち溢れており、そこには、自身の境遇に嘆いていたデスマス時代の面影は無い。
「ふっきれたもんだ……」
『俺が言った通りだっただろう。作戦成功だ』
「ここまで上手く行くなんてな」
ユウゾウは古びたポケモン図鑑を開く。
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デスカーン
かんおけポケモン
たかさ 1.7m
おもさ 76.5kg
ピカピカの おうごんの からだ。
もはや にんげんだった ことは
おもいだすことは ないと いう。
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『「俺は、黄金に彩られた道を進むべく、見込みのあるトレーナーと契約を交わした。今日は別れを言いに来たのだ」』
「そうか。野生だったもんな。ゲットされたんだな」
『「海を越え、もはや会うことは無いだろうが……世話になったな、人間の探偵よ。我が富の一部を受け取るが良い」』
デスカーンは、ゆっくりと自身の棺の身体を開く。
「ま、まさか黄金!」
「ガガガッ!」
デスカーンは「富の象徴」とも呼ばれているポケモンである。
期待してダンバルとユウゾウが眼を見開くが、棺の身体から溢れ出るのは、オレン、クラボ、カゴ、モモン、チーゴ、ナナシ。
色とりどりの、大量の木の実であった。
「ガガッ?」
金銀財宝は?
ダンバルのその問いに対して、デスカーンは答えた。
「ゲジュウウウウ?」
ポケモン相手に、何言ってんだお前、と。
かくして、探偵のユウゾウとダンバルはポケモンからの依頼を果たし、冷蔵庫に収まりきらないほどの食糧を得たのであったが……
その日の夕食の木の実パーティで、ダンバルは不満気に鳴いた。
「ガガガッ!」
「そう機嫌を悪くするなよ弾吾郎。ほら、今日はナナシもあるぞ。瑞々しくて美味しい」
『棺桶に入ってた木の実だぞ? 食欲も失せるわ! 第一、何で安物の木の実ばかりなんだ!』
「怒るなって。別にオーロットから生えた木の実ってわけじゃないだろうし……依頼人も、謝礼として一生懸命用意してくれたんだから……」
拗ねながら木の実を食べるダンバルだったが、そんな中、彼はユウゾウがどこかぼんやりとしていることに気がついた。
『どうしたユウゾウ』
「ん? あ、いや。あの依頼人は自分でも言っていたけれど……彼は人間の頃も、ポケモンの今も、才能に溢れていたんだろうなって思ってな」
『?』
「だからこそ過去を切り離して、デスカーンとしての新しい道を進むことに、割り切りが着いたんだろうなって」
『それは違うぞユウゾウ。ポケモン図鑑に書いてあっただろう。デスカーンに進化すれば、人間の頃の未練は捨てるものだと』
「…………」
『彼らはそういう習性なんだ。だからこそ俺は、依頼人のレベルアップ作戦を講じたんだ』
「そうだったな……」
『ユウゾウ』
ダンバルはふわりと浮き、ユウゾウの傍に近づく。
『もしも、お前が……どこかで、何かの未練を残してきたと言うのなら。俺は』
「いやいや、俺は今の人生で精一杯だよ!」
『…………』
「変なことを言って悪かった。さ、食事の続きにしよう」
ユウゾウは皿から木の実を摘まんで、ダンバルへと押し付ける。
「ガガッ」
「そのうち纏まった収入が入ったら、外食に行こうな。まぁ、それも……」
ダンバルが木の実を飲み込む中、ユウゾウは、パンパンになった冷蔵庫をちらりと見て笑った。
「謝礼の木の実を、食べきってからだけどな!」