04:水鉄砲の行方
大歓声の中、バトルフィールドで対峙する大型ポケモンが二体。
「攻めましょう! ハイドロポンプッ!」
チャレンジャーの切り札・ミロカロスの最大の攻撃が放たれる。
だがチャンピオンは動じずに、彼の相棒へと鋭く命じた。
「コメットパンチだっ!」
サイキックパワーを重ねたメタグロスは彗星の如く猛進し、その鋼の腕で、鉄をも貫く水の柱を真っ向から粉砕する……
『いやぁ、やはり何度見ても良い試合だ……』
UZO探偵事務所に設置されているテレビにて、過去の「ホウエン地方ポケモンリーグ・マスターボール杯」の試合映像を観るダンバルは息をつく。
各地方で最強の実力を持つポケモントレーナーには、「チャンピオン」という栄誉ある称号を与えられる。
マスターボール杯とは、その新たなチャンピオンの座を賭け、四天王と呼ばれる最上位トップトレーナー達が現チャンピオンに挑む公式試合なのだ。
「20年前のだっていうのに、何度も再放送されるなぁこの試合」
『良い試合というものは、決して色あせないものなのだ。この俺の鋼のボディのように……』
「お前はよく変色している気がするけどな」
今日は依頼も無し。
やることが無ければ動く気も無いダンバルと、そのトレーナーであるユウゾウは、だらだらとソファに座りテレビを眺めている。
「しかしメタグロスか。弾吾郎も進化したら、あんなに大きくなるんだよな」
『……進化してほしいか?』
「いいや? 俺はもうポケモンバトルをするわけじゃあないし、それに、ダンバルの進化は滅茶苦茶大変だって聞くからな」
『ふふん。俺を舐めてもらっては困る。確かにダンバルの進化には莫大な経験値が必要だ。だが、この俺は人と会話が出来るレベルにまで研鑽されたダンバル。そんな俺が得てきた全ての経験値を、戦うための力に注いだら、一体どうなると思う? ユウゾウ。もし、お前が望むなら』
「すいません。探偵さん、いらっしゃいますか?」
『……んん?』
「あっ、来客だ。しまった、呼び鈴壊れてたんだよな」
来訪者の呼び掛けに、ユウゾウは慌ててソファから立ち上がって玄関へと向かい、扉を開く。
「失礼しました……って」
そこに立っていたのは30代程の女性であり、ユウゾウの見覚えのある人物であった。
「国際警察の」
「907です。先日の事件では、大変お世話になりました」
「……何か依頼ですか?」
「いえ、今日は先日のお礼にと! ヤマブキシティでは、ちゃんとしたお礼ができませんでしたから……」
「あぁ……立ち話も何です。事務所に入ってください」
ユウゾウは、訪問者である国際警察官「907」を事務所内に招き、やや緊張した表情の907は、事務所内を見回す。
「あっ。テレビでポケモンリーグやっていますね」
「昔のマスターボールの再放送ですけどね」
「私、ホウエンリーグのマスターボールだけは、毎年見ているんですよ」
「毎年? 応援しているホウエン四天王でもいるんです?」
「えぇ! 私は四天王「レモー」のファンなんです! 彼女はいつかホウエンチャンピオンになりますし……全てのトレーナーの頂点である「ポケモンマスター」の座だって掴み取りますよ!」
ホウエン地方の四天王トレーナー・レモー。
有名な鋼ポケモン使いの女性であり、ユウゾウはその名を昔から知っていた。
「はぁ、才能ってのは辛いなぁ……」
レモーは、昔ユウゾウがホウエンで暮らしていた頃、近所に住んでいた女の子だったのだ。
トレーナーとして芽が出なかった男がいれば、大成する近所の少女もいる。既に受け入れているとは言え、その事実がユウゾウにとって悲しかった。
「ガガー」
「わっ、ダンバル」
「ガガガガガ〜?」
ユウゾウのネガティブな感情を察したダンバルは、その引き金となった発言者の907に詰め寄り、眼(ガン)を付ける。
「あれ、ひょっとして、私嫌われてる?」
「ガガガガガ」
「うぅ、私の防御力が下がっていくのを感じます……」
「おいこら、止めろ弾吾郎」
ペットボトルのお茶を客人用の湯呑に注ぐユウゾウは、ガン付けダンバルを907から引き離し、彼女にソファに座らせた。
「そうだ、ユウゾウさん。この前の事件解決のお礼にと思って、お菓子を持ってきたんですよ。流石に、ナナカステラだけではあんまりですから……」
「ええっ? 嬉しいなぁ。何せここ数日は金が無くて、三食モモンの実生活で」
「……モモン……?」
鞄から菓子折りを取り出していた907は、ギクリと動きを止める。
「?」
「あ、あの、その……」
907が気まずそうに差しだした箱には、モモンの実の焼き菓子が詰まっていた。
「……お肉とかの方が良かったですよね……」
「い、いやいやいや! 気にしないで! モモン大好きだから! なぁ弾吾郎!」
「ガガッ!?」
ユウゾウは907の前で焼き菓子の包装を剥き、ダンバルと共に口に含む。
「907さんもどうぞ。一緒に食べましょう。お茶もどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お菓子を勧められた907が、焼き菓子の包みに手を伸ばしたその時。
907のポケナビに着信が入った。
「ごめんなさい。電話が……」
仕事関連の電話だったのか、907は席を立ち、事務所の隅に向かう。
「907です。ごめんなさい、今日は休暇の申請を……」
「……クチバで銃撃?」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………えぇ、ええ。わかりました。すぐに私も向かいます」
「大丈夫です。気にしないでください。それではまた」
907はポケナビの通話ボタンを切り、息をつく。
ユウゾウと接触したばかりであるが、今すぐに、現場に向かわなくてはならない。
「……急がなきゃ」
「ガガッ」
「うわあっ!?」
振り返れば、ダンバル。
電話の盗み聞きをしていたダンバルは、ふわりとユウゾウに近づき、こっそりと耳打ちをする。
『クチバシティ港の公園で、ポケモンを使った要人銃撃事件が発生したらしい。被害者の命は助かったようだが、重症だ』
「銃撃? 物騒だな」
『現場で犯行が可能だったトレーナーは数人に絞り混まれ、現在事情聴取を受けているが……「凶器」となったポケモンが特定できないようだ』
ひそひそ話をしていたユウゾウとダンバルだが、彼らの傍に907が近づき、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、ユウゾウさん。来て早々申し訳ないのですが、仕事が入りました」
「これからクチバに?」
「あれっ、もしかして聞こえて……?」
「銃撃事件だとか何とか」
「……まさか弾吾郎くんから聞きました? なんちゃって」
907は苦笑いをしながらボールを取り出し、手持ちのポケモンを召喚する。
「ピイイッ」
「ジェントル、テレポート・スタンバイ」
召喚された907のオーベムは、念を集中させる。
エスパータイプの大技「テレポート」で、トキワとクチバの距離を一瞬で飛び越えようとしているのだ。
「君は女の子なのに、危険な現場に行くんだな」
「女の子? ふふふっ、何を言っているんですかユウゾウさん。もうそんな歳じゃないですよ」
907はユウゾウの発言に微笑んだ。
「私はもう……三十路の、おばさんなんですよ?」
オーベムは念を練り終わり、空間跳躍エネルギーを解放させる。
だが、その瞬間。
ユウゾウの手は、907の腕を掴んでいた。
「えっ」
「ピィッ!?」
907とオーベムは驚くが、もうテレポートは始まっている。
「ガガガガッ!?」
ユウゾウがテレポートに巻き込まれ、慌てたダンバルはオーベムに突進して密着する。
画して、ユウゾウと907、そしてダンバルは、事務所のテレビを点けっぱなしで、オーベムのテレポートで空間を跳躍したのであった。
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クチバシティの港を見渡せる、美しい公園。
普段は人で賑わう観光スポットだが……今、穏やかな雰囲気はそこにはない。警察による封鎖が敷かれているのだ。
「お待たせしました!」
「あっ、907殿! 来てくださってありが……誰ですか、その方は」
テレポートでトキワシティから跳躍した907を、現地の警官が出迎えるが、彼は眉をひそめた。
部外者であるユウゾウが、907の傍に立っているのだから。
「……探偵のユウゾウさんです。捜査協力をしてもらおうと思って!」
「はぁ」
「大丈夫。彼はヤマブキシティの事件も解決した名探偵なんですよ。きっと、この事件にも大きく貢献して頂ける筈です!」
907は後方のユウゾウを振り返り、「ですよね?」と言わんばかりに苦笑いをする。
『おい、ユウゾウ。何であの女についてきたんだ』
「さぁ……」
『さぁって何だ。事務所の鍵は開けっ放しだぞ。テレビも点けっぱなしだ!』
ダンバルがユウゾウに文句を言う傍らで、907は警官から調書を受け取る。
「被害者の身体からは銃弾は検出されませんでした。ポケモンの「水技による狙撃」で間違いありません」
ポケモンの水技による、暗殺未遂。
907は、この犯行手口に覚えがあり……それが休暇を返上してでも、907が現場に急行した理由である。
「……「コバルトブルー」の仕業?」
「可能性はありますね……」
世界を飛び回る国際警察官である907が、カントー地方に居る理由。
それは、とある悪名高い犯罪グループを追跡してのことであり、その構成員であるポケモントレーナーには、二つのモットーがあった。
一つは、ポケモンを武器として用いること。
そしてもう一つは、己が極めるタイプに誇りを持つこと。
かつて907は、犯罪グループ構成員の水ポケモン使い「コバルトブルー」の要人暗殺を妨害し、武器であるポケモンを取り押さえたが、肝心のトレーナーに逃げられてしまっていたのだ。
「仮に犯人があのコバルトブルーだとしても、私はその顔も性別も掴めていない……」
「現場は即時封鎖し、犯行が可能だった人間は数人に絞れていますが、決定打がありません」
「………」
907は調書に書かれた重要参考人の所持ポケモンリストを見比べるが、彼女もまた、ポケモンから犯人に繋がる手がかりが掴めず……そんな907を見かねたかのように、ユウゾウとダンバルが調書を覗きこんだ。
「どれどれ……」
「ガガガ」
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◎ウズイ・シオリ(22歳 女):飲食店店員
所持ポケモン:オクタン
◎タキノ・ポール(26歳 男) :アスリート
所持ポケモン:カメックス
◎ナミノ・リコ(42歳 女):主婦
所持ポケモン:キングドラ
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「見事に全員水ポケモン使いだな」
「えぇ。おまけに、皆 射撃が得意そうなポケモン達です」
「……ふーむ」
「調書によると。あの時間帯で犯行が可能だった人物は彼らだけなのですが……彼らが所持するポケモンが攻撃した、という目撃情報がありません」
「そりゃおかしいな。皆図体が大きいポケモンだ。この観光地で「凶器」になったポケモンの目撃者がいないってのは解せないぞ」
一方で、重要参考人として待機を命じられていた三人のトレーナーは、警官たちに己のポケモンを見せて、詰め寄っていた。
「どうして私が疑われなきゃいけないの。オクタンは紅いし、大きいし、とても目立つ身体なのよ?」
「それを言うなら、カメックスもだ! どうやってこの図体を隠せって? 犯人じゃないのはわかりきっているだろう!?」
「わ、私はただ、公園に散歩に来ただけで……それに、たつおは大人しい子です。人を撃つなんて、そんなこと」
決定的証拠が無い以上、彼らを何時までも拘束しているわけにはいかない。
だが、907は確信していた。この事件の犯人が「コバルトブルー」であったとしたならば……この場で逮捕できなければ、以前取り逃がした時と同じように、再びポケモンを使った犯罪に手を染めるであろうと。
「……907さん。さっき言っていたコバルトブルーってのは?」
「私が追っている犯罪組織の構成員の一人で、水ポケモンを「武器」として使用するトレーナーです。以前、今回のような……水ポケモンを使った狙撃で、要人暗殺を図りました」
「その時、そいつは何のポケモンを使っていたんだ?」
「インテレオンです。ガラル地方のポケモンですが、ご存知ですか?」
「あぁ、知っているよ。特性は「スナイパー」で……確かに、暗殺にはもってこいだな」
特性スナイパー。
この特性を持つポケモンは、敵対者の急所を見破り、貫く術を本能で理解している。
コバルトブルーはこの特性を持つインテレオンを操っていたが……手持ちを国際警察に奪われたコバルトブルーが、同じ特性のポケモンを武器として有している可能性は高い。
「特性スナイパー。重要参考人の方が所有しているポケモンの中で、該当するのはオクタンとキングドラですね」
「まぁ、そもそもカメックスは、暗殺用にしては流石に身体がでかすぎるな」
「となると……ウズイさんと、ナミノさん。この二人のどちらかが……?」
だが、907とユウゾウに出来る推理はそこまでであり……二人揃って考え込む中、探偵助手のダンバルは「やれやれ」とばかりに息をついた。
『犯人の証拠が無い? だったら、犯人から提出して貰えば良い』
「えっ」
『907。重要参考人を集めろ』
ユウゾウの背中に隠れて声をダンバルは声を出し、907が困惑する中、ダンバルはユウゾウに囁いた。
俺に合わせろと。
「ユウゾウさん。もしかして、何か手掛かりを掴んだのですか?」
「あ、あぁ。そうみたい、じゃなくて、そうだ。907さん、警官たちに話を通してくれるか」
「…………」
不自然さを感じながらも907は合意し、ダンバルに頭突かれるままに、ユウゾウは重要参考人と警官達の前に立つ。
『「重要参考人の皆さん。確かに貴方達のポケモンでは、姿を隠して狙撃するなんて無理がある話です」』
ダンバルの言葉をそのまま代弁するユウゾウに対し、そりゃそうだ、と重要参考人達は同意する。
「そうよ! だから、早く解放してよ。いつまでもこんなところに」
『「だが、忘れてはいませんか? 可愛いダンバルが、強く逞しいメタング、メタグロスになるように、ポケットモンスターは、驚くべき「進化」をする生物であるということを」』
ダンバルって可愛い?
そんな疑問を聞き手に過らせる間もなく、ダンバルは言葉を続ける。
『「907。貴方は言えますか? 重要参考人の方々のポケモンの、進化前の姿を」』
「え、えぇと」
907は思い返す。
オクタン、カメックス、キングドラ。その進化前の姿は……
「……テッポウオに、カメール、シードラ……あっ!?」
907、そして周囲の人間達の視線が、一人に集まる。
「……!」
『「そう、オクタンの進化前は、オクタンとは似ても似つかぬ、拳銃のようなサイズのポケモン「テッポウオ」だ! 誰の目にも触れず、トレーナーの袖の下に忍ばせることは容易でしょう」』 オクタンのトレーナー、ウズイ・シオリはユウゾウの指摘に対し、ばかばかしいと首を振る。
「何よ、私が狙ったタイミングで、テッポウオをオクタンに進化させたとでも言いたいの!? そんなこと出来るわけがないじゃない!」
『「成長促進剤の「不思議な飴」を用いれば、進化のタイミングを調整することは可能です」』
「し、進化前が怪しいって言うのなら……キングドラの進化前のシードラだって、個体によっては、服に隠せるサイズもいるじゃない!」
ウズイは、キングドラを連れるリコ夫人に指を差すが、ダンバルに促されたユウゾウは、古びたポケモン図鑑を開く。
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シードラ
ドラゴンポケモン
たかさ 1.2m
おもさ 25.0kg
うかつに さわろうとすると
からだじゅうに はえる トゲに さされて
きぜつすることも ある。
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『「シードラは全身に鋭利な毒のとげを有したポケモン。サイズに個体差があろうと、そんな危険なポケモンを服の下に隠すのは無理がありますよ」』
「うっ……!」
『「加えて、シードラからキングドラへの進化には、「交換」という要素が必要になる。人目集まるあの場所で、そんな目立つことが出来たとは思えません」』
「うううっ……!」
『「ウズイさん」』
ユウゾウは、ウズイのオクタンを指差した。
「『貴方のオクタンの墨を提供願います。もしも、不思議な飴の成分が抽出されたとすれば……一体何の目的で使用したのか、説明をお願い致します』」
「…………」
ウズイは拳を握り、907を睨む。
「……国際警察官が、探偵なんか雇いやがって……!」
「ウズイさん。貴方は」
「907、お前は組織の障害だ! どうせ逮捕されるなら……今ここで始末してやる!」
ウズイ・シオリ、否、犯罪組織構成員である「コバルトブルー」は、オクタンに鋭く命じた。
「タレット、雑魚どもを片づけろ! タネマシンガンッ!」
瞬間、オクタンは口部から機銃のように種を掃射し、警官、そして重要参考人のポケモン達を攻撃した。
「……!」
「次はお前だ、907!」
周囲のポケモン達を戦闘不能にしたタネマシンガンの照準は、907に向けられる。
907が腰のボールに手をかけたその時、彼女の身体は押し倒された。
「わっ」
「ガガガッ!?」
ダンバルが制止する間もなく、ユウゾウが907に覆いかぶさり、彼女をオクタンの銃撃から守ったのだ。
「とう……」
「ガガガガガーッ!」
ダンバルがオクタンへと突進するが、オクタンはダンバルへと水鉄砲を放ち、ダンバルは敢え無く吹き飛ばされてしまった。
「ガガァッ……!」
「邪魔をするな!」
ダンバルは頑丈な鋼タイプであり、一撃で戦闘不能にはならなかったものの、オクタンの第二射の砲口は、ダンバルへと向けられている。
「見せしめだ、タレット!」
コバルトブルーにとって907は忌まわしい追跡者であったが、彼女にとって、自分を追い詰めた探偵も同様に腹立たしい存在であった。
「探偵のポケモンに、トドメを刺せッ!」
「キュッオォンッ!」
これはスポーツとしてのポケモンバトルではない。
オクタンはトレーナーの指示に応じ、ダンバルを「死」に至らしめるべく、先ほどの一撃で造られた急所……ダンバルの身体のヒビを狙い、水鉄砲を発射する。
「……!?」
だが、水鉄砲はダンバルを粉砕する前に、四散した。
着弾寸前に、ダンバルの前に「盾」が現れたのだ。
「……ガガッ?」
「けぇ」
ダンバルの盾となったのは、幽玄なる虫。
907に召喚された、抜け殻ポケモン「ヌケニン」である。
「行けっ、シーン!」
オクタンは水鉄砲をヌケニンに連続発射するが、907のヌケニンは水圧に動じず、まるで物理現象を受けつけぬ霊のように、オクタンへと迫っていく。
攻撃が通じぬ相手に焦るオクタンであったが、トレーナーであるコバルトブルーは、ヌケニンという種族の特徴を知っていた。
「落ちつけタレット! 火炎放射で炙ってしまえ!」
ヌケニンは自身が展開する「不思議な守り」で敵対者の攻撃を無力化するポケモンであるが、その守りにも弱点は存在し、その一つが「高熱攻撃」である。
不思議な守りごと蒸し焼きにせんと、酸素を大きく取り込むオクタンであったが、漏斗から火炎を放射したその時、ヌケニンの姿はどこにもなかった。
「キュオッ……?」
「ゴーストダイブッ!」
存在を消失させたかに思えたヌケニンは、突如オクタンの背後に出現した。
オクタンから伸びる「影」から飛び出し、その勢いのままに軟体ボディを引き裂いたのだ。
「え? ……た、タレット!?」
オクタンは背後を取られたことにも気付かぬまま昏倒し、静かなる虫の騎士であるヌケニンは、手持ちを失ったコバルトブルーへ爪を突きつけ、虫の言葉で警告をした。
「けぇ」
逃走を試みれば、「みねうち」を見舞うと。
「……クソッ! クソぉッ!」
907のヌケニンにオクタンを倒され、警官に囲まれた今、もはや抵抗も逃走も叶わない。
敗北を悟ったコバルトブルーは、乱暴にモンスターボールを大地に叩きつけ、深く息をついた。
「あーあ。目の前が真っ暗よ。オクタンの墨みたいにね」
「ウズイさん。貴方を逮捕します」
「好きにして。使える手持ちを全て失った以上、もう組織にはいられないもの……」
コバルトブルーは手錠を掛けられる中、戦闘不能状態のオクタンを横目に見る。
「……私のオクタンと、インテレオンは、殺処分されるの?」
「いいえ。彼らはリライブ施設に送られ、保護観察を受けます」
「そう」
オクタンは、警官によって押収されたモンスターボールに収納され、それを最後にコバルトブルーは視線を外し、警察に連行されていった。
「……ユウゾウさん!」
ヌケニンをモンスターボールに回収した907は、ダンバルを抱えて座り込むユウゾウに駆け寄った。
「見事なもんだ。君は本当にバトルが強いなぁ」
「ごめんなさい、ユウゾウさん。私のせいで。早く手当てを……!」
907は半パニック状態でユウゾウのコートを脱がせる。
ユウゾウは、907の身代わりになって、オクタンの銃撃を受けてしまったのだ。
コバルトブルーのオクタンの攻撃は、カメックスやキングドラといった頑丈なポケモンでさえ戦闘不能にさせる威力であり……生身の人間が受けてしまえば大怪我は免れないだろう。
だが、907の心配を余所に、ユウゾウは呑気に笑った。
「大丈夫大丈夫。俺には探偵七つ道具があるからさ」
「え?」
「仕事柄、凶暴なポケモンに出会うこともあるからさ。コートに細工しているんだよ」
907は、ユウゾウのコートを見る。
コートの裏側には、プレートによる加工が施されていた。
「探偵七つ道具・突撃チョッキ! ……コートだけどな」
コートが防弾衣の役目を果たしたのか、ユウゾウの身体に外傷は無く……907は、安堵の息を吐きながら座り込んだ。
「ユウゾウさん」
「うん?」
「何で私を庇ったんですか?」
「何でって……」
「私は国際警察官です。自分の身は自分で守れます! それに……!」
907は絞り出すように、ユウゾウに告げた。
「ユウゾウさんが怪我をしたら……きっと、きっと……ご家族の方が悲しみますよ」
「家族、か」
ユウゾウは返されたコートを羽織り、ダンバルを見つめる。
「俺に家族はいないよ。俺の傍にいるのは、この弾吾郎だけで」
「ガガッ」
「俺が帰るところは、トキワのUZO探偵事務所だけだ」
「…………」
907はユウゾウの言葉に対して口を開くが……言いたいことは何も言えず、彼女はただ寂しそうに微笑んだ。
「もう少しだけ待ってください、ユウゾウさん。後処理を終わらせたら、オーベムのテレポートで貴方達を探偵事務所へと送ります」
ゆっくりと立ち上がった907は、ユウゾウに背を向ける。
「……なぁ、907さん!」
「?」
だが、その背をユウゾウは呼び止めた。
「こっちは身体を張ったんだ。謝礼として、食事でも奢ってくれよ」
「! え、えぇ!」
振り返った907は、嬉しそうに笑い、頷いた。
「勿論ですよ! 私知っているんですよ、美味しいお店! 一緒に行きましょう! 奢りますよ!」
907は仕事を急いで終わらせるべく、小走りで警官達の元へ向かう。
その一方で、ダンバルは不満げな眼でユウゾウを見上げた。
『ユウゾウ。お前は一体どういうつもりなんだ』
「うん?」
『何で、あの女を助けたんだ。いくら突撃チョッキ加工のコートを身に着けていたとは言え、下手を打てば、死んでもおかしく無かったんだぞ!』
「お前も、彼女と同じことを言うんだな」
『そもそも、何でクチバまでついてきたんだ? お前、まさか、本当にあの女に気があるんじゃないだろうな!?』
「まさか」
ユウゾウは口では否定するが、彼の視線は、907の背中をいつまでも追っている。
『…………』
907とユウゾウは同じくらいの外見年齢である。
もしかして、もしかして、もしかすることが、あるのかもしれない……
想像すると、ダンバルは無性に腹立たしい気分になった。
「ガガガッ!」
「何だ弾吾郎」
『ユウゾウ、俺はあの国際警察の女が嫌いだ!』
「どうして」
『どうしてもだ!』
青銅色の脳細胞を持つ、超鋼探偵ダンバルであったが、彼の頭脳を持ってしてもわらかないことはある。
ユウゾウが907へと向ける、瞳の意味。
ダンバル自身に芽生えた、鋼のボディに相応しくない、粘りつくような感情……
「ガガ〜ッ」
「おい、落ちつけ弾吾郎」
『俺はお前のためなら、いくらでも謎を解く。けれど、あの女の為に謎を解くなんて、まっぴら御免だっ!』
「落ちつけったら!」
感情を抑えきれず、ダンバルはユウゾウの腕の中で暴れるが、やがて、彼らの元に907が戻って来た。
「お待たせしました! ……あれ、ユウゾウさん。弾吾郎くんが物凄く怒っていますけど」
「あぁ、気にしないでくれ。弾吾郎のやつ、腹を空かせたみたいでさ」
「なるほど。じゃあ、これで機嫌直してもらいましょう!」
怒れるダンバルに、907はポケナビの画面を見せる。
「ガガガッ」
「お二人を、ここに案内しようと思うんです」
ポケナビの画面に映し出されているのは、立派なレストランの写真。その写真の傍には、「ポケモンもお食事できます」の文字も載っている。
「どうです、弾吾郎くん。良さそうなお店でしょう?」
907が画面をスワイプすると、カチャスープ、ビスナとトウガの炒め物、セシナタルト、ベリブパフェなどなど……美味しそうな「ポケモン対応メニュー」の写真が次々と映し出されていく。
「……ガ」
「お腹一杯になるまで、御馳走しますよ!」
「ガガッ……!」
ダンバルは再び、腹立たしい気分になった。
モモンの実生活を送っていたダンバルにとって、907から見せられた料理画像は耐えがたいものであり、空腹時に身体から響く「音」を抑えることが出来なかったのだ。
「ガガッ!」
空腹音を鳴らしながら、ダンバルはぷいっ、と907から視線を外す。
「ありゃ?」
「何拗ねているんだよ弾吾郎」
ダンバルにとって腹立たしいことは、自身から流れ出る空腹音だけではない。
何よりも腹立たしいのは、にっくき907が、ダンバルへと向けた笑顔だった。
「…………ガガッ」
それはよりにもよって、大好きなユウゾウのものと、良く似ていたのだ。