03:謎のポケモンX
カントー地方、マサラタウンの浜辺。
『海など大嫌いだ!』
「だから言ったろ弾吾郎。事務所で大人しく留守番していろって……」
探偵業を営む成人男性ユウゾウは、浜辺を歩きながら、「宙に浮く砂鉄」……否、彼の助手であるダンバル「弾吾郎」の怒りの声を聞き流していた。
ダンバルは全身から強い磁力を発するポケモンである。故に、砂浜を往くダンバルは、全身余すことなく、真っ黒の砂鉄塗れになってしまったのだ。
『明日の食事の質が掛っているんだ。お前一人に任せて失敗したらどうしてくれる。もうモモンの実の生活はこりごりだ!』
「美味いじゃないか、モモンの実……」
『さっさと「謎のポケモンX」とやらを見付けて、こんな不快な場所からはおさらばだ!』
ユウゾウとダンバルは、このマサラタウンの浜辺に遊びに来たわけではない。探偵である彼らは、ポケモン捜索依頼のために、この浜辺にやって来たのだ。
「謎のポケモンX、ねぇ……」
ユウゾウは思い返す。
この案件の依頼者は、「エトワル」という名の若い女性であり、彼女はカロスからカントーへ家族旅行に来た、語学堪能なお嬢様であった。
ポケモントレーナーでもあるエトワルは、カントー旅行の締めくくりとして、世界的に有名な「カントーリーグ・元チャンピオン」の出身地であるマサラタウンを訪れたのだが……マサラ滞在中に、事件が発生した。依頼者の幼い弟が、浜辺で遊んでいた際に、凶暴な野生ポケモンに襲われてしまったのだ。
目を離していた弟の悲鳴に、エトワルは駆けつけたが、其処に居るのは無傷の弟と、逃げていく野生ポケモンだけ。エトワルに抱きつく弟は、泣きながら語った。「"X"のシルエットのポケモンに、命を助けられた」のであると。
恐怖で蹲っていた弟が視たのは、そのポケモンのシルエットだけであり、正体はわからない。
弟を救い、去って行った謎のポケモンX。カロスへの帰国間際であるが、できることなら、弟を救ってくれたXの正体を知り……お礼を言いたい。
マサラの隣町にある「UZO探偵事務所」の存在を知ったエトワルは、そんな想いで、ユウゾウ達に「謎のポケモンX」の捜索を依頼したのであった。
『X字のシルエットのポケモン……』
手がかりになる情報は、出会った場所、そしてシルエットのXだけである。
「Xのシルエットで連想できるポケモンと言えば、メガメタグロスかな」
『メタグロスはホウエンに生息しているポケモンだ。それに、こんな砂鉄塗れの場所に居る筈が無いだろう』
「……ダンバルのお前が言う?」
『だが、Xの正体は外来種という可能性はあるかもしれない』
「ふーむ。それじゃあ……」
ダンバルが青銅色の脳細胞で考えを巡らせる中、ユウゾウはXで連想したポケモンを、次々と口に出す。
「ジヘッド」
『逆に子供を喰いそうだ』
「ゼルネアス」
『むしろYじゃないか? 第一、何でカロスの伝説のポケモンがマサラにいるんだ』
「ルギア」
『爆誕』
「ガメノデス」
『有り得るな。外来種だが、浜辺にいてもおかしくは無いポケモンだ』
謎のポケモンXの正体は、ガメノデス?
だが、ユウゾウが軽く見回しても、マサラの砂浜に居るのは見慣れたカントーポケモンばかりである。
「まずはこの砂浜の住民ポケモンに聞きこんでみるか。出番だ弾吾郎」
『任せておけ』
ダンバルは、近くに居た子供のクラブに近づき、声をかけた。
「ガガッ」
「ポポポポ……?」
「ガガガッ」
「ポポポ」
だが、クラブは突然ダンバルの身体を鋏で叩いた。
「ガリッ!?」
「ポポ〜」
叩いたダンバルの鋼の固さに驚いたのか、クラブは慌てて横歩きで去ってしまった。
その姿を呆然と見送るダンバルに、ユウゾウは、苦笑いで尋ねる。
「どうした弾吾郎」
『……砂鉄塗れのせいで、ナマコブシと間違えられた……』
「ははは。そりゃ、随分固いナマコブシだな! あの子もびっくりしただろう」
『あんな間抜け顔なポケモンと一緒にされるなど、屈辱的だ!』
「まぁ気を取り直して、次に行こう、次に」
だが、砂鉄塗れのダンバルによる聞きこみは難航した。
マサラのポケモン達は、ナマコブシというポケモンの存在は知っていていも、その姿を良く見たことは無いのだろう。話しかけるポケモンは何れもダンバルのことをナマコブシと勘違いし、捕食しようとする者ばかりだったのだ。
『ユウゾウ。この砂浜にいるポケモンは田舎者ばかりだ! 「外来種」というものをじっくり見たことが無いらしい』
「となると……Xはカントーのポケモンなのか……?」
ユウゾウと疲れたダンバルは、岩場に移動して休憩をする。
「ギュルルル」
「ん?」
ふとユウゾウが脇を見ると、そこにはヒトデマンの若者が立っていた。
「ギュルルッ」
「弾吾郎、彼は何て言っているんだ?」
『……「ナマコブシさん、何かお探しなのですか?」と言っているな』
「おおっ。彼は紳士的なヒトデマンだな。よし弾吾郎、疲れているところ悪いが、彼に聞きこみだ」
ダンバルはヒトデマンに話した。
自分はナマコブシでは無く、エスパーの知性と鋼の硬さを兼ね備えた、探偵助手のダンバルであることを。そして、この砂浜で人間の子供を救った、Xのシルエットのポケモンを探していることを。
「ギュルル……」
ヒトデマンは「X」のシルエットのポケモンに、思い当たるものが無いようだった。だが、彼は、ダンバルとユウゾウが見せた写真……依頼人であるエトワルの弟には、見覚えがあるようだった。
『ユウゾウ。このヒトデマンは、この砂浜で依頼人の弟を目撃している』
「本当か?」
『野生ポケモンに襲われていたところも、見ていたらしい』
「じゃあ、謎のポケモンXのことも見ているんじゃないのか?」
『いいや。それらしいシルエットのポケモンは知らないと言っている……そして、どうやら、依頼人の弟を救ったのは、彼であるようだ』
「何だって? だが、ヒトデマンが「X」の正体だとしたら、おかしいじゃないか。ヒトデマンはむしろ「大」だぞ」
大きな手がかりと、相違点。
もしヒトデマンがXのシルエットならば、依頼人の言葉とヒトデマンの証言が一致するのだが、「X」と「大」の違いが説明できない。依頼者も納得はしないだろう。
『…………』
ダンバルは、ヒトデマンの周囲を旋回し、観察する。
「ギュル?」
「……ガガッ」
そして、ダンバルは納得したかのように全身を使って頷き、ユウゾウを見上げた。
『ユウゾウ。俺の推理だと……』
そんな中、ダンバルは気がついた。
何か、大きな影が自分の背後から伸びていることに。
「ガガッ?」
「危ない弾吾郎!」
ユウゾウがダンバルを引き寄せたそのとき、先ほどまでダンバルが居た場所の岩が爆ぜた。
「ボボボボ」
野生のキングラーが、ダンバルに向かって巨大な鋏を振り下ろしたのだ。
『キングラー! ヤツめ、俺をナマコブシだと勘違いしているな』
「逃げるぞっ!」
ユウゾウは岩場から逃げようとするが、彼は脚を滑らせた。
キングラーが放ったバブル光線が、岩場を石鹸まみれの浴室状態へと変えてしまったのだ。
「あ、危ない! これじゃあ走れないぞ!」
岩場で転倒してしまえば、鋭利な貝や岩で怪我をしてしまう可能性が高い。だが、慎重に移動していたら、キングラーからは逃げられないだろう。
『こうなったら……ユウゾウ! ポケモンバトルだ!』
「何だって?」
『俺は頑丈な鋼タイプだ。チョキではグーには勝てないということを教えてやろう!』
ダンバルはユウゾウの盾になるようにキングラーの前に立ち塞がるが、ユウゾウは叫んだ。
「馬鹿、弾吾郎! キングラーの鋏はタイプ相性を覆すぞ!」
『は?』
「"ハサミギロチン"が来る!」
『え?』
次の瞬間、ダンバルは視た。
鋼の身体をも断ち切る、キングラーの巨大な鋏が開かれる瞬間を。
「ガッ……」
相手は凶暴な野生ポケモンであり、ここにはスポーツとしてのポケモンバトルのルールは無い。
一撃必殺のハサミギロチンで身体を両断されてしまえば、命を落とすだろう。
「弾吾郎!」
ダンバルは既に開かれた鋏の間に……ハサミギロチンの射程圏内に入っている。
ユウゾウが探偵七つ道具「煙玉」を投げようとするが、それよりも速く、キングラーの鋏が閉じられた。
「弾吾ろ……!」
「……!」
岩場に転がったダンバルは、ユウゾウに抱えられる中、状況を確認する。
自身の身体は、断ち切られていない。ハサミギロチンを喰らう直前、何者かがダンバルを突き飛ばしたのだ。
「ギ、ギュルッ……」
「ヒトデマン!?」
ダンバルの身代わりとなり、彼を救った存在。それは、紳士的なヒトデマンの若者であった。
「ギュルルルッ!」
キングラーのハサミギロチンを受け、五本の腕の内、一本が切断されてしまったヒトデマンだったが、彼は欠損した身体を気にせず、サイケ光線をキングラーへと放った。
「……ボ、ボボ?」
サイケ光線の光で混乱したキングラーは自傷を始め、ヒトデマンはチャンスとばかりに高速回転し、手裏剣のようにキングラーへと突撃し、その鋏を切断してしまった。
「ギュルッ!」
「ボボボボボ……!」
最大の武器である鋏を失ったキングラーは、混乱しながらもその場を去り、見事勝利を収めたヒトデマンの若者は「大丈夫ですか」と言わんばかりに、ダンバルとユウゾウに手を差し伸べた。
「……Xの正体見たり、イケメンヒトデマン……」
「ガガッ」
逆光に照らされる、腕の一本を失ったヒトデマンのシルエットは、正しく「X」であった。
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ヒトデマン
ほしがたポケモン
たかさ 0.8m
おもさ 34.5kg
からだの いちぶを きりとられても
じこさいせいして もとに もどる
なぞの おおい いきものだ。
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『ポケモン図鑑にも記載がある様に、ヒトデマンは再生能力の高いポケモンだ。あのヒトデマンは、依頼人の弟を救った際も、自らの欠損を気にせずに戦い、勝利を収めたのだろう……』
「腕の一本が千切れて、「X」に見えていたってわけだな」
『ヒトデマンの腕に薄らと再生跡があったことからも、間違いないだろう。再生力が高いと言えば、クラブやキングラーの鋏もそうだ。連中の鋏は腕からもげ易いが、すぐに生えてくる』
「いやはや……それにしても、お前を連れてきて正解だったな弾吾郎。砂鉄塗れのお前のおかげで、謎のポケモンXの正体が掴めたようなもんだ」
『不本意だ』
その夜。
マサラの砂浜で、ユウゾウとダンバルは、依頼者の姉弟とヒトデマンの再会を見守っていた。
「アリガトウ、Stari。君がエックスだったんだね!」
「弟を助けてくれて、ありがとう……! カロスに帰る前に、どうしても貴方にお礼が言いたかったの」
「ギュルル」
ヒトデマンが「いやいや、弟君が無事でよかった」と紳士的に語る中、エトワルは両手に載せた綺麗な青い石を、ヒトデマンに差しだした。
「これは水の石。どうか、受け取って下さい」
水の石。それは、ヒトデマンを含めた一部のポケモンを進化させる、希少な鉱物である。
ヒトデマンの若者は見返りなど求めていなかったが、好意を無碍にするのは、紳士的な彼のポリシーに反していたのか。ヒトデマンはエトワルから水の石を受け取り、進化を始めた。
「わぁ……」
ヒトデマンの茶色の体色は薄紫色へと変化し。
宝石のようなコアは大きくなり、二つの五芒星が重なっていく。
「ギュルィン!」
「Stariが、Starossになった!」
ほしがたポケモン「ヒトデマン」は、なぞのポケモン「スターミー」へと進化を果たし、発光する彼は回転しながら、夜空を舞った。
『「遠い海の向こうでも、君達のことは、夜空から見守っている」……だとさ』
「どこまでもイケメンで紳士的な、「なぞのポケモンX」だな」
スターミーが流星のように夜空に煌めく中、依頼人のエトワルはユウゾウ達に頭を下げた。
「ありがとうございます。探偵さんに依頼して、本当に良かった! こちら、謝礼金です」
「ははは。どうもありがとうございます」
「貴方達のことは忘れません、ユウゾウさん。それと……」
エトワルは、砂鉄塗れのダンバルを見つめ、にこやかに微笑んだ。
「……ナマコブシさん!」
「ガガガガッ!?」「彼はダンバルです」
かくして、「謎のポケモンX」捜索を無事成し遂げた探偵ユウゾウと、その探偵助手のダンバル。
最後まで続いたナマコブシ扱いに気を悪くしたダンバルであったが、謝礼金、そして依頼人の好意で御馳走になった豪華な夕食で、その機嫌は簡単に治ったのであった。