天気が良いのでポケモンバトル
青空が広がり、涼しく気持ちの良い日。
授業免除制度を利用し、トレーナー修行の旅を続けるクレナは、ポケモンセンター近くの建物に設置された看板を眺めていた。
【かがくのちからってすげー! 時間と空間を超えたポケモンバトル!】
どうやらここは小規模のバトル施設のようであるが、時間と空間を超えたポケモンバトルとは一体何なのだろうか?
首を傾げるクレナだったが、
「バトル希望者かい?」
「わっ」
建物の中からスタッフらしい青年が現れ、クレナに声をかけた。
「あのー。そこに書いてある、時間と空間を超えたポケモンバトルって……?」
「言葉通り。時間と空間を超えて、色々なトレーナーと対戦できるのさ」
「えぇ?」
「まぁまぁ、物は試しだ。普段対戦できないような強いトレーナーとバトルできるかもよ」
「あの、まだ利用するとは」
「まぁまぁまぁまぁ……君、修行中の子だろ? それなら利用料は無料だから、一度試してみてよ」
「ちょ、ちょっと。少し考えさせてくだ」
「さぁさぁ、入って入って。ポケモンバトルが君を待っているよ!」
半ば強引にバトル施設に招かれたクレナは、スタッフに示された場所に立つ。すると、彼女の身体は瞬時にバトルコートへと転送されてしまった。
「……ふ、不安だなぁ……」
転送床自体は珍しいものではないが、誘拐犯並の勢いで強引なスタッフと、「時間と空間」を超えるという、オーバーテクノロジーな怪しい触れ込みがクレナの不安を掻き立てる。
ぽつんとバトルコートに立つクレナだったが、やがて、バトルコートの対面に一人の男性が転送されてきた。
「……君が、対戦相手の子かい?」
どうやら、彼が「時間と空間」を超えてやって来た対戦相手のトレーナーであるらしい。
「そ、そうです」
もしかすれば、クレナの方が「時間と空間」を超えてきたのかもしれないが。
『ルールはシングルバトルの2on2。試合終了後、バトルコートから元の場所と時間に転送されます』
トレーナーが二人揃ったところでバトルコートにアナウンスが流れ、対面の男性がモンスターボールを掴む。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
クレナは気持ちを切り替えた。
へんてこな施設を利用してしまったが、目の前にいるのは、クレナにバトルを挑まんとしているトレーナーである。
「行けっ、ジーン!」
クレナは腰のボールホルダーから虫のシンボルマークが貼られたモンスターボールを取り出し、バトルコートへと投擲した。
「ちゃちゃ」
クレナが繰り出したテッカニンに対し、対戦相手の男性が繰り出したのは、炎と格闘の複合タイプポケモン「バシャーモ」であった。
手首から吹き出す炎。髪のような羽毛。鋭い瞳。
バシャーモの凛とした佇まいに圧倒されるクレナであったが、彼女はテッカニンの怒りを含んだ鳴き声で我に返った。
その鳴き声は、まるで「私だって強いのよ!」とテッカニンが主張しているようだった。
「……よし、素早さで勝負だ。ジーン、燕返しっ!」
「ジーッ!」
クレナの指示と同時に、テッカニンはバシャーモへと攻撃を仕掛ける。
さぁ、一体どう反撃してくるか。
「…………」
「あれ?」
男性は口を開かず、バシャーモへ何も指示を出さない。
だが、バシャーモは男性の命令無しに炎を纏い、ニトロチャージで迫るテッカニンを迎え撃った。
「クルル」
「ジジィッ!」
燕返しとニトロチャージが打ち合い、テッカニンが大きく弾き飛ばされる。
「ジーンッ! 影分身!」
炎タイプ相手に虫のテッカニンは相性が悪いが、素早さならばテッカニンに軍配が上がる。
クレナのテッカニンはさながら女騎士と呼べる性質の持ち主だが、テッカニンという種は「忍びポケモン」と呼ばれるほど芸達者なポケモンであり、高速で動くテッカニンはバシャーモを囲むように残像を生成した。
「…………」
一体二体三体四体五体六体七体八体。
バシャーモはテッカニンへ攻撃するが、自らを囲む残像に惑わされ、本体へと当たらない。
「剣の舞っ!」
クレナはその隙に、テッカニンへ攻撃力の強化を指示した。
バシャーモが影分身の残像を叩き潰していく中、戦陣の舞を踊るテッカニンの攻撃力は高まり、加速していく。
「…………」
この局面に至っても、男性は何も指示をしない。ただ彼は、バトルを見つめるだけであった。
いつまでも無言の男性を不思議に思うクレナだったが、彼女は叫んだ。
「燕返しだっ!」
影分身による残像は残り僅か。
だが、本体であるテッカニンはバシャーモの死角、背面を位置取っていた。
スピード、攻撃力共に申し分なし。この一撃ならば、あのバシャーモを倒せる。
そう確信したクレナであったが、
「後ろ」
これまで対戦中に何も発言しなかった男性が呟いた一言に、バシャーモが反応した。
「クルォーッ!」
「ジッ」
バシャーモが瞬時に反転して放った、炎を纏った蹴り「ブレイズキック」がテッカニンの本体に直撃したのだ。
「え、えぇっ。ジーン!」
テッカニンは派手に吹っ飛び、バトルコートに落ちて動かなくなる。戦闘不能は明らかだった。
慌ててテッカニンをボールに回収したクレナは、次にエースシンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを取り出し、コートへと投擲した。
「……行けっ、くい太!」
クレナが呼び出したのは、彼女の相棒である炎タイプポケモンのクイタラン。
バシャーモは炎を纏い、クイタランにニトロチャージを仕掛けるが、クイタランはその攻撃を受け止め、逆に太い爪で殴り飛ばした。
「クルォ」
「ぶもぉ」
特性・貰い火。
クレナのクイタランは炎攻撃に対して最高の耐性を有しているのだ。
「炎の渦っ!」
クレナの指示と同時に、クイタランは口部から炎の渦を放射した。
炎攻撃を受けてパワーアップしたクイタランの火力は凄まじく、バシャーモを包む炎の渦は、宛ら炎の壁となる。
「クルォーッ!」
だが、バシャーモも炎技に耐性を持つ炎タイプ。
熱を恐れず、バシャーモは咆哮とともに炎の渦を突っ切るが、そこにクイタランの姿はいなかった。
「くい太、炎の」
「右」
「鞭!」
クイタランがバシャーモに向かって炎を纏った長い舌を振り下ろすが、男性の言葉を聴き取ったバシャーモは、その手で炎の鞭を掴み取った。
「ぶ」
「クルォッ!」
バシャーモはクイタランの舌を引っ張り、彼をバトルコートへと叩きつける。
「くい太、起きて!」
「!」
強靭な脚力で飛び上がったバシャーモは、クイタランへと上空からメガトンキックを放つ。
クイタランに炎は無効だと悟ったのか、バシャーモは純粋な格闘技で攻めに来たのだ。
「乱れ引っ掻き!」
クイタランは太い爪をバシャーモに向けた。
爪と蹴りが打ち合うが、分は格闘に長けたバシャーモにあった。
「ぶぐもぉっ!」
弾き飛ばされたクイタランが、クレナの目の前に落ちてくる。
「くい太」
熱、そして汗の匂い。
「…………」
クレナは倒れたクイタランの身体を抱く。
ポケモンバトル公式戦において、ポケモンにトレーナーが故意に接触するのは、サレンダーを示している。
「……降参です。対戦、ありがとうございました」
「こちらこそ」
男性はバシャーモを伴い、クイタランを抱くクレナに近づく。
「君は……ポケモンリーグを目指しているのかい?」
「は、はい」
男性は穏やかに微笑んだ。
「だったら、僕達はライバルってことだね」
「……ポケモンリーグには、貴方達のような強いポケモンとトレーナーが沢山集まるんですよね……正直、気が遠くなりそうです」
クイタランをボールに戻したクレナは立ち上がり、彼女もまた、男性に微笑んだ。
「でも。私はきっとリーグに出場しますし、勝ってみせます」
「楽しみにしているよ」
男性と握手したその瞬間、クレナはぐるんとした感覚に襲われる。
転送床が起動し、彼女はバトルコートから、元のバトル施設へと瞬時に戻ってきたのであった。
握手を交わした男性の姿は、もはや影も形もなく。
「あっ」
この時点で、クレナはある事実に気がついてしまった。
「……この施設って……「時間」と「空間」を超えるんだっけか……」
―
翌日、クレナが例の施設を覗いてみると、そこあるのは、寂れた空き家だけだった。
「あれぇ?」
【かがくのちからってすげー! 時間と空間を超えたポケモンバトル!】と書かれた看板も無い。
昨日のバトルは夢だったのかしら?
そんなことすら考えてしまうが、負けの悔しさ、バシャーモの圧倒的な強さ、そして何よりあのトレーナーの特徴的な指示はよく覚えている。
ポケモンを信頼しているからこそできる、ポケモンの死角を補うためだけの指示と、集中力。
そのバトルの在り方に衝撃を受けたクレナであったが、一方で彼女は理解していた。
バトルの流れに心も流されてしまう自分には、あの指示スタイルは向いていない、と。
あの戦い方は、彼らだからこそ可能であり、有効なのであろうと。
「この地方の今期リーグでは会えないだろうけど……」
クレナは伸びをし、空き家を後にした。
「いつかまた、会うこともあるかな」
天気は快晴。
今日も気持ちの良い日になりそうである。