クイタランとわたし




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番外編:シンクロ・ドリーム
テッカニン編:GENE/SCENE

 ポケモンリーグは幕を閉じ、その後の「授業免除期間」も終わりを迎え……
 再び学生へと戻ったクレナを待っていたのは、将来の進路、そして勉学との戦いであった。

「ジィー」

 クレナのポケモンであるテッカニンは、夜な夜な机にかじりつくクレナの姿に疑問を覚えていた。
 広げた紙へ文字を書き込む。
 この行為にクレナは夢中になっているようだが、何が楽しいのか全く分からない。
 事実、クレナは時折、「眠い」「わからないよぉ」と苦しそうに呻いているのだ。

「ジジィーッ」

 テッカニンはクレナに呼びかけるが、そんな彼女を咎める声が一つ。

「ピピィ」
「ジジッ?」

 テッカニンと同じく、クレナのポケモンであるオーベムである。
 彼は、テッカニンへと語った。
 クレナ様は、期末テストの追い込み中。邪魔をしてはならないと。

「ジジジッ?」

 テッカニンはオーベムに尋ねた。

―キマツテストとは何だ―
―それはポケモンバトルよりも、クレナを夢中にさせるものなのか?―

「ピィ」

 オーベムには、虫の言語はわからない。
 だが、彼なりにテッカニンの気持ちを汲んだオーベムは言った。

―クレナ様は、自分の「なりたい将来」を実現しようとしているのですよ―
―そのためには、バトルの腕だけではなく、知識も磨かねばならないのです―
―だから、邪魔してはいけませんよ―

「ジッ」

 テッカニンは、オーベムの言葉を笑った。

―将来?―
―そんなものは、私には、縁のない言葉だ―

「ジジジジジッ」

―テッカニンの寿命は短い―
―その「将来」とやらを、私は見ることはできないんだ―

「ジジィーッ」

―そんなことよりも、バトルがしたい―
―ジェントル。お前で良い。相手をしろ!―

 テッカニンは、オーベムを小突き、バトルの催促をする。
 オーベムは困ったようにクレナを見やるが、肝心のクレナはうつらうつらと頭が揺れている。
 既に外は星が瞬き、月が輝く時間帯である。眠いのだろう。

「……ピィイ……」

 不満げなテッカニンを静めるためには、バトルに付き合うしかない。
 そう判断したオーベムは、仕方が無いとテッカニンと共に庭に出た。

 ―やれやれ―
 ―折角ですから、貴方で、ワタシの練習している「新技」を試してみましょうか―

 密かなポケモンバトルが始まり、テッカニンは闇夜を高速で舞い、念を練るオーベムに襲いかかる。
 オーベムはサイコキネシスを放つが、テッカニンは恐るべき速度で攻撃を掻い潜り、両の爪で強烈な「みねうち」をお見舞いする。

「ピギャッ」
「ジィッ!」

 テッカニンの持ち味は、その圧倒的な速度と攻撃力にある。
 オーベムは敢え無く倒れ、テッカニンは爪を振り上げ(夜なので小声で)勝利を謳った。
 だが、そんな中、テッカニンの脳に、不可思議なビジョンが過った。

「ジッ……?」

 オーベムが放った、術の影響であるのか。 

 抗いがたい眠気が、テッカニンを襲う。
 テッカニンはふらふらと地に落ち、やがてその意識は、闇夜のように塗りつぶされていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 
 青空の下。
 私は、自身の姿を見下ろしていた。
 傍には、人間の女の子が立っている。

「……クレナ?」

 その人間は、クレナだった。
 だが、私が知っているクレナよりも、幾分か年を経ている。
 
「…………」 

 大きくなったクレナは、地面に膝を突き、私が……「テッカニン」が収められた穴の中に、綺麗なお花、そして私の好物であるモモンの実を敷きつめていく。
 その姿を前に、私は自然に、ごく当然のように理解した。

 この光景は、私が決して見ることの適わない「将来」とやらであるのだと。

「そうか。私を送ってくれるのか、クレナ」

 私を葬送するクレナは、ぼろぼろと涙を溢し続けている。
 仲間である五体のポケモン達も、ある者は眼をつぶり、ある者はクレナのように、涙を流している。

「……………」

 土が掛けられ、出来あがった私のお墓の前で、クレナはただただ泣いた。

【クレナ。ジーンは一生を全うしたの。きっと彼女は、貴方と一緒に生きていけて、楽しかった筈よ】

 クレナの母親が、クレナの背中を優しく撫でるが、クレナの涙は止まらない。

「泣くな、クレナ」

 私は、クレナの周囲を旋回する。

「泣かないでくれ」

 だが、クレナは私に気付かない。
 私の姿が、視えていないようだった。

「クレナといれたから、私はどんなテッカニンだって羨む、輝ける生を送れたんだ」

 どうやら、煩いと定評のある私の声も、クレナ達には聞こえないらしい。
 クレナの背中に着地しようとしたが、クレナの身体はまるで霧のようであり……私は、彼女に触れることができなかった。
 
「だから、私はちっとも悲しくないんだ」

 一人隔絶された世界で、私はクレナへ「嘘」をついた。

 悲しくない。
 そんなことが、あるわけが無い。

 本当は、ずっとずっと、クレナと一緒に居たいのだ。
 クレナの「将来」を、共有したいのだ!

「……クレナ……」

 第一、心配なのだ。
 クレナは私が認めるポケモントレーナーだが、同時に、すっとろい女の子でもある。
 クレナは私無しで、やっていけるのだろうか? 


 そんな私の心配に呼応するかのように、空間が捻じれていく。

 一体、何が起きている?

 私が疑問を口に出すその前に、世界は、時間を跳躍した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私の傍には、凛々しい顔つきの女性が立っていた。
 前方には、モンスターボールを握りしめる人間の男が、悔しそうに罵声を上げている。 

【畜生っ!】
【これ以上の抵抗は無駄です。投降しなさい!】
【捕まってたまるかよぉ!】

 男はモンスターボールと異なる球体を投げる。
 球体が炸裂すると同時に「煙幕」が発生し、周囲は煙に包まれた。

【げほっ……! 煙玉!?】

 展開された煙の中、私の傍の女性は咳き込むが、彼女は即座にポケモンを召喚する。

【りじ夫! 霧払い!】 

 召喚されたフリージオは、身体を高速で回転させ、煙幕を払っていく。

【……!】

 煙が晴れたそのときには、男の姿は遠くにあった。
 男はポケモンを召喚し、その背に載って逃走したのだ。

【ゼブライカ? まだ逃走用のポケモンが残っていたのか! ……りじ夫!】
「乗ってください、クレナさん!」

 女性は、横になって地面の傍まで降下したフリージオへと乗り、グローブを嵌めた指でフリージオを掴んだ。
 
【追って、りじ夫!】

 フリージオは女性を背に乗せたまま上昇し、ポケモン「ゼブライカ」に乗った男を追う。

「クレナ」

 私にはわかる。
 「りじ夫」という名のフリージオを操るこの凛々しい人間の女性は、あのクレナなのだ。

「私が見ることのできない、大人になったクレナ……」

 事情はわからないが、どうやらこの大人のクレナは、逃走する男性を捕まえたいらしい。

「クレナは随分と器用になったみたいだけれど、りじ夫のスピードでは、あの四足のポケモンに追いつけない!」

 私なら、一瞬で距離を詰めて、あの逃げるポケモンの足を封じてやれる。
 だけれども、この世界では私の声は誰にも届かず、触れることもできない。
 私が出来ることと言えば、大人になったクレナを、ただ見守ることだけだった。
 
【冷凍ビームッ!】

 クレナの指示と同時に、りじ夫が冷凍ビームを放つ。
 着弾して生成された氷の壁は四足のポケモン「ゼブライカ」の進路を阻害するが、屈強なゼブライカは全身で壁を突き破り、強引に駆け抜けていく。

「どうするの? クレナ!」

 このままでは逃げられてしまう。
 だが、クレナは慌てずに腰から「銃」を取り出し、逃走するゼブライカ達の進路へと向けた。

【行けっ、おむ奈!】
 
 クレナは引き金を引く。
 同時に、銃に込められたモンスターボールが高速で射出された。

「まかせて、クレナちゃん!」

 生身の人間の肩では到底実現不可能な速度、そして投擲距離を経て、召喚されたオムスターの「おむ奈」は、高速で回転し、唸りを上げてゼブライカを追う。

「おむ奈さーん! 頑張ってください!」

 クレナを背に載せるりじ夫の応援の中、おむ奈は猛進するが、ゼブライカとの距離を詰めることが出来ない。

「全く。おむ奈! そんなにチンタラしていたら、追いつけないわよ!」

 私はおむ奈に並走した。
 おむ奈に声は届かない。だが、叫ばずにはいられなかった。

「むむむむむむ……」
「いっそのこと、そんな重い殻なんて!」
「むむむむむむむむむむむむ…………っ!」
「脱ぎ捨てちゃいなさいよ!」

 その最中、私は見た。
 おむ奈が、正しく「殻を破った」のだ。

「うおおおおおおおおおおおおーっ!」

 これが「将来」だとすれば。
 なんて驚くべき将来なのだろう。

「待てえええええええっ!」

 あの鈍重なおむ奈が。
 私に匹敵するほどのスピードを得て、地を転がり駆けているのだ!

【うっうわぁ! ゼビィ、雷を落とせ!】

 迫るおむ奈に慌て、ゼブライカは大量の雷を落とすが、おむ奈のスピードを捉えることができない。
 雷を掻い潜ったオムスターは、遂にゼブライカを追い抜き、全身の触手を伸ばし、凶悪な口部を大きく開けた。

【ハイドロポンプッ!】

 クレナの指示と共に放たれた水の砲撃は見事直撃し、押し流されたゼブライカは転倒。水流に流された犯人は、恨めしそうに、フリージオの背に載るクレナを見上げた。

【くそっ……くそぉっ!】
【観念しなさい】
【テメエさえいなければ!】
【授業免除期間の新米トレーナーを狙った、連続強盗犯! 私たち警察官が、そんな卑劣な行いを見逃すはずがありません!】

 男……「連続強盗犯」を拘束するべく、クレナとフリージオは降下する。
 手持ちポケモンは倒され、もはや犯人には打つ手が無い。

【テメエさえいなければぁあああっ!】

 だが、逆上した強盗犯は、最後の武器を隠し持っていた。
 彼が取りだしたのは、銃。それはクレナが使ったモンスターボール射出機では無い。
 他者の命を奪うための、本物の武器だった。

「クレナッ!」

 私は加速し、クレナの前に飛び出した。
 本来存在しない私は、この世界に干渉することはできない。
 だが、それでも飛び出さざるを得なかった。

 おむ奈も、りじ夫も、間に合わない。
 この場でクレナを守ることが出来るのは、私の爪だけなのだから。

 犯人が引き金を引き、弾丸が射出される。
 私はそれを弾くべく、爪を振った。

 ここは、私のいない世界。

 私が干渉できない世界。

 だが、私の爪は……クレナを狙った弾丸を確かに切り裂き、弾き飛ばした。


「「…………」」 


 私は、気が付いた。
 私の爪に、もう一つ、「私の爪」が重なっていたことに。

「……この身は……静かなる盾であり……」

 私に重なる、「もう一人の私」は、ゆっくりと呟いた。

「……この爪は……クレナを守る、刃である……」

 私は、その「私」を知っている。

【ぬ、ヌケニンッ!?】
【シーン、シャドークローッ!】 

 「もう一人の私」は、爪に闇を纏い、犯人へ振り下ろす。
 闇の刃は、犯人の手にしていた武器を一刀の下に斬り捨て、とうとう最後の武器まで失ってしまった犯人は、地へとへたり込んでしまった。

【強盗、傷害、銃刀法違反の現行犯で、逮捕します!】

 おむ奈のぬるぐちょの触手で拘束される犯人に、クレナが手錠をかける中、私は「もう一人の私」を見つめた。

「……私は……「SCENE」……」

 ツチニンからの進化の際に生まれた、もう一つの命。
 シーンと名乗る、私の半身「ヌケニン」は、静かに呟いた。

「……「GENE」の半身であり……」
「……永い時を……うつろう者……」

 私は、シーンに尋ねた。
 私のことが、視えているのかと。

「…………」

 シーンからの反応は帰ってこない。
 私がもう一度呼びかけようとしたその時、彼女の身体は、駆け寄ったクレナに抱き寄せられてしまった。

【ありがとう、シーン! しょ、正直死ぬかと思った……というか、シーンがいなかったら、間違いなく酷いことになっていたね……】

 あーあ、とクレナは空を見上げる。
 空は夕方の、紅色に染まっていた。

【国際警察になれたといっても、こんなんじゃ。ジーンもきっと心配しちゃうよね】
【ジジジジジッ! って怒られちゃうなぁ】

 クレナの使う言語は、虫である私には、よくわからない。
 だけれど、短くも長い付き合いなのだ。その言葉の意味は、察しがつく。
 
「大人になって、ぼんやりしている今よりはマシになったみたいだけれど……まだまだね」

 だけれど、と私は笑った。

「素敵な「将来」じゃないの、クレナ!」

 夕方の空が捻じれていく。
 不可思議なこの空間から、私が締めだされようとしている。

「嗚呼。見届けることができないのが、とても残念だ」

 私の意識が、消えていく。

「……シーン」

 私は、この世界には残れない。
 この「将来」を、クレナと共には歩めない。

「私の半身よ!」

 だから、このジーンの想いを。
 永きを生きる、シーンに託すのだ。

「クレナのことを、任せたよ!」

 消えゆく中、私は翅を震わせ、力の限り叫び、そして。



「…………」



 夕焼けの中。
 虚空を見つめるヌケニンに、国際警察官の「907」は尋ねた。

「どうしたの? シーン」  

 彼女に抱かれる、静かなる騎士はただ一言。


「けぇ」


 輝ける騎士へ、誓いの言葉を告げた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふあ〜。何か格好良い夢を観たような、そうでも無いような……」

 翌朝。
 結局勉強に身が入らず、寝落ちしてしまったクレナは、机の上で朝日を浴びた。 

「……んん?」

 クレナは窓から外を覗くと、庭でオーベムとテッカニンが転がっていた。

「庭で何やってるの、ジェントル、ジーン」

 庭に出たクレナは、眠っている彼らに呼びかける。

「ピィイイ?」
「ジッ」

 クレナの声に反応した彼らは眼を覚まし、オーベムは困ったように目線をクレナから反らした。

『いやぁ、ジーンとバトルのついでに、オーベムには使えないとされる超大技「未来予知」の練習をしていたのですがね……上手く決まらず、あっという間にやられてしまいました』
「ええっ。ちょっと、技の練習とか身内バトルは私がいるときにやってよ。事故が起きたら危ないよ!」
『申し訳ありません……』

 一方で、テッカニンはオーベムの頭部に乗り、朝の一鳴きをした。

「ジィーッ!」
「わっ」
「ピヒャッ!」
「ジイイイイイイイーッ!」
『ま、まさか貴方、まだバトルし足りないんですか!?』

 オーベムは、困ったようにクレナを見る。

「うーん……」

 最近は試験対策に掛りきりで、ポケモンバトルも控えめになっていた。
 バトルが好きなテッカニンのフラストレーションは明らかであり、クレナは「仕方が無いな」と苦笑いをした。

「良いよ。今日は学校も休みだし。朝ご飯食べたら、バトルをしに行こうか」
『クレナ様……試験勉強は大丈夫なのですか?』
「ま、まぁ……それは、うん。きっと。多分。何とか……なると……良いなぁ?」

 テッカニンは翅を広げ、オーベムの頭部から飛翔する。

「ジィーッ!」
「待って待って、ジーン! 朝ご飯食べてからだよ!」
 
 短い命を、疾走するように生きるポケモン・テッカニン。
 太陽、そして青空を背にする彼女の鎧は、金色に煌めいていた。

葉穂々 ( 2019/03/24(日) 18:42 )