サマヨール編:寂しがり屋のゴーマ
「…………」
「…………」
「何やってるの、くい太、ゴーマ」
ポケモン可の宿泊施設にて、ベッドの上で雑誌を読んでいたクレナは、奇妙な光景に気がついた。
サマヨールが、クイタランのジト目をじろじろ見ているのだ。
「……ジュ」
『あのときのコイツの顔に、既視感があった。と言っていますね』
「あのとき?」
「ジュオ」
『何でもない。忘れてさっさと寝ろ、だそうです』
「……まぁ良いか。そうだね。そろそろ寝ようかな」
クレナは雑誌を脇に置き、布団を被る。
「ジェントル、消灯お願い……」
『はい。雑誌も、棚に戻しておきますね』
オーベムはクレナが読んでいた雑誌を手に取る。
表紙には、「特集:ウルトラホール! 異次元は存在した!?」と大きく書かれている。
『……怪しさ120%ですね……』
オーベムは棚に雑誌を戻し、消灯スイッチへと手を伸ばす。
『それでは、消しますね。おやすみなさい』
「おやすみ」
室内は暗くなり、オーベム達も床に着き、眠りに落ちていく。
「……スピフィピィ」
だが、クレナのオーベム「ジェントル」には、一つ困った癖があった。
紳士ポケモンである彼は、とんでもなく寝相が悪かったのだ。
「スピピピピピピフィフィー」
紳士ポケモンの指が発光する。
それは彼がサイキックを寝ぼけて使ってしまった証であり、その影響は、クレナ、そしてサマヨールの「ゴーマ」に及んだ。
クレナとサマヨール。
夢の中の二人の意識は重なり、やがて一つの夢を見る……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
物心ついたその時には、俺は球使いと共にあった。
【モノ、ナイトヘッド!】
ポケモンバトルは面白い。
敵が屈服した姿を見る度に、俺は全身に興奮を覚える。
ゴーストタイプのこの身に、命を、熱を感じる。
勿論、勝利があれば敗北もあるわけだが……球使いの男、クレナイ・ユウゾウの指示に従えば、面白いように勝てた。
ユウゾウは、俺の親であり。
俺を導く存在だ。
だからこそ、俺はユウゾウを信頼していた。好きだった。俺の全てだった。
【お父さん】
だが、そんな俺の心をかき乱す存在が居た。
【もう止めてよ。モノが痛がっているよ】
ユウゾウの娘、クレナイ・クレナ。
こいつは本当に煩わしい。
俺は好きでやっているのに、何故俺の姿を見て泣くのだろうか。
【これはポケモンバトルで勝つために必要なことなんだ】
【なんで、そこまでして勝たなくちゃいけないの】
【クレナもトレーナーになる日が来れば、きっともわかるさ】
【わかりたくないよ!】
苦痛が一体何だと言うのだ。
俺は勝ち続け、ユウゾウを球使いの頂点「ポケモンマスター」にだってしてみせるというのに。
それこそがユウゾウの夢であり、俺の生きる意味だというのに。
【ねぇ、たまにはさ。一緒に遊びに行こうよ?】
【クレナ】
【この前レモーが楽しかったって言ってた、シダケ自然公園に行ってみたい】
【…………】
クレナは、ユウゾウをも困らせる存在だ。
クレナは、たまたまユウゾウの子供として生まれただけだろうに。何故、クレナの言葉に、ユウゾウは揺らぐのだ?
ユウゾウにとって、ポケモンマスターへの道以上に、クレナのことが大事だとでも言うのか?
そんな筈があるわけない。あってたまるものか。
「俺を惑わせるな。俺からユウゾウを奪うな。クレナイ・クレナ!」
俺はクレナに思い知らせるべく、行動をした。
バトル訓練を返上しての、家族でのピクニックの日。
緑多く、ポケモンも住まう自然公園で、俺はユウゾウ達の目を盗み、密かに術を使った。
【あっ。アゲハントだ!】
【クレナ。走ったら危ないわよ?】
クレナがユウゾウ達から距離を離したタイミングを見計らい、俺は指示をした。
術で操った野生のポチエナ、スバメをクレナにけしかけたのだ。
【きゃっ!】
クレナは慌てて逃げ出し、俺はほくそ笑んだ。ざまぁみろと。俺からユウゾウを奪おうとするから、こうなるんだと。
だが、想定外の自体が起こった。
操ったポチエナの親であろう、興奮した野生のグラエナが現れ、クレナに攻撃を始めたのだ!
「しまった」
ただ、酷く脅かそうと思っただけで。命を奪うつもりは無かった。
俺は術をグラエナに仕掛けるが、ヨマワルの身では、大型個体を操ることはできず……パニックに陥ったクレナは、林へと走り込み、グラエナもその後に続いた。
ユウゾウの妻が悲鳴を上げる中、俺はクレナとグラエナを追った。
グラエナへと影打ちを放つが、効果は薄い。
やがて走り疲れたのか、クレナが樹にもたれかかって崩れ落ち、同時に、俺の身体も激しい痛みを覚えた。
「ぐあぁ!」
影打ち攻撃に苛立ったのか。
グラエナが反転して俺を騙し打ち、大きな牙で噛みついたのだ。
身が裂かれる効果抜群の一撃を受け、地面に投げ捨てられた俺は、もはや何もできず。
ただ、震えるクレナの姿を見つめた。
【い、嫌だ。怖いよ……!】
迫るグラエナの牙に、クレナは涙を流す。
【助けて、父さん】
そこからの記憶は、あいまいだ。
だが二つ、確かに覚えていることがある。
一つ目は、ポケモンと共に駆けつけ、相対するグラエナへと向けたユウゾウの表情。
そして、二つ目は、俺へと向けられた失意。ユウゾウは、俺がクレナに危害を加えたことを察したのだろう。
あの日から、ユウゾウは再びポケモントレーナーへと戻った。
ユウゾウが、妻と娘を捨て、家を出るのにそう時間はかからなかった。
何がユウゾウを駆り立てるのか。
全てをかなぐり捨て、只管強さを求めて戦う日々が始まった。
俺は進化し、姿を変え。
倒して、倒して、倒して。
倒されて、倒されて、倒されて、倒されて……倒された。
【防御が甘い! 持久力の無いサマヨールに、何の価値がある!】
【性格】の適性がどうこう、とユウゾウはぼやいていた。
言葉の意味は理解できないが、俺の能力が、ユウゾウの望む「サマヨール」の姿と合致していないことは察することが出来た。
格下との対戦ならばともかく、この問題は、実力者との勝負では致命的であり……俺は勝てなくなっていった。
【モノ、シャドーパンチ!】
【アハハ。こちらもシャドーパンチよ!】
俺がユウゾウと共に最後に戦った相手は、同族だった。
「送り火山」に場違いな薄着の女が従えるサマヨールは、俺の攻撃を受け切り、力を削り取り……俺は一方的に叩きのめされてしまった。
「…………」
俺が意識を取り戻したそのときには、既に対戦相手の姿は無く。
居るのは、地面に倒れる俺を見下ろすユウゾウだけだった。
【モノ。お前ではバトルに勝てない】
【認めるよ。俺はポケモンの制御も満足にできない、弱いトレーナーだ】
【……これでは、いつまでもモミジとクレナに会わせる顔が無い】
【帰れないんだ】
ユウゾウは俺が入っていた、使い古されたモンスターボールを地面へと落とし、微笑んだ。
【だから、俺は行く】
これは、幻覚なのか。
「……!?」
ユウゾウの傍の空間に、巨大な「白い穴」が空いていた。
得体のしれないエネルギーが渦巻くその穴に、ユウゾウは引き寄せられるように進んでいく。
「行くな」
「待ってくれ、ユウゾウ」
俺は手を伸ばすが、ユウゾウは俺を振り返ることも無く、「白い穴」の中に足を踏み入れる。
「俺がお前をポケモンマスターにしてやる! 妻だろうが娘だろうが、誰もがお前を認めるようになる!」
「だから……」
「俺を独りにしないでくれ!」
俺は必死に這って追いすがるが、穴から吹きだすエネルギーに吹き飛ばされ……地面から顔を上げたそのときには、穴もユウゾウも消えていた。
「…………」
あの穴は何なのか。どこに繋がっているのか。
ユウゾウは生きているのか。死んでしまったのか。
俺には何もわからない。
だが、俺は捨てられ、ユウゾウは去って行った。
この事実だけは確かだった。
「……お前は、俺の全てだった」
俺は地面に転がるモンスターボールを拾う。
既に認証は解除され、機能は停止していた。
「だが、お前にとって、俺は一体何だったんだ?」
ボールを握り砕いたそのとき、残されたのは、寂しさだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ジュッ」
悪夢を経て、サマヨールが目を覚ます。
彼は慌てて周囲を見回すが、そこは未だ眠りにつくポケモン達と、クレナがいた。
どうやら、自分が一番に起きたらしい。
「…………」
眠る前に、サマヨールが考えていたこと。
それは、かつてクレナの命を奪おうとした自分の術を破り、炎を纏って相対したクイタランの表情。
送り火山の「ぬし」に立ちはだかる彼に覚えた、既視感はどこから来るものなのか?
サマヨールは、夢の中でその答えを得た。
彼の表情は、グラエナから娘を守ろうとしたユウゾウのものと似ていたのだ。
それは、命を賭けて娘を守る、父親の顔だった。
「……あ。おはよう、ゴーマ。もう起きてたんだ。ジェントルは相変わらずの寝相の様で」
「ジュ」
目覚め、もぞもぞと布団から立ち上がったクレナは、顔を洗うべく、洗面台へと向かう。
「あのさ」
その途中、クレナはサマヨールの傍で脚を止めた。
「よく覚えてないけど、今朝、父さんの夢見ちゃった気がするんだ」
「…………」
「私の父さん、酷い人なんだよ。私が小さい頃に家を出て行って、それっきり」
「…………」
「ごめんね。こんなこと、ゴーマに言ってもしょうがないのに」
クレナはため息をつき、サマヨールに苦笑いをした。
「もしどこかで父さんを見つけたら、その時はポケモンバトルでコテンパンにしてやるんだ。早く家に帰りなよってね」
「ジュッ」
言葉の意味はわからないだろうが、雰囲気を感じたのか。サマヨールはクレナの言葉に失笑した。
まるで、「お前にできるものか」と笑っているかのようだった。
「むっ……」
「ジュフフッ」
同時に、彼は上から目線で軽く腕を振った。
「だから、手くらいは貸してやる」と言わんばかりに。