フリージオ編:守護者りじ夫
「あ、暑い。こんな日に野宿とか……」
『災難ですね』
「くい太は平気そうだけれどさぁ」
「ぶも?」
街に辿りつけず、不本意なことに野宿決定。
夜も遅く、そろそろ就寝したいクレナであったが、今夜はとても蒸し暑く、快適な睡眠からは程遠そうである。
「うぅうう、我慢できない。お願い、りじ夫!」
寝袋の中で暑さに耐えかねたクレナは、ボールからフリージオを呼び出した。
結晶ポケモンである冷たい彼を傍に呼び出すことで、涼を取ろうと言うのだ。
「リィイン」
「あぁ最高。流石りじ夫。涼しくて、良い気持ち……」
フリージオが居ればクーラー要らず。ため息をつくと同時に、クレナは夢の中に落ちていく。
『早い。クレナ様、お疲れのようだったようですね』
「リィイイン」
『ワタシ達も寝ようと思いますが……大丈夫ですか、りじ夫? 水蒸気になりませんか?』
「リィン」
『多分平気……ですか。まぁ、貴方が外にいてくれると、我々も涼しくていい感じに眠れそうですが』
野生ポケモンからのガードも兼ねて、オーベム、クイタラン、そしてフリージオはクレナの傍で眠りにつく。
「……スピピィ」
だが、クレナのオーベム「ジェントル」には、一つ困った癖があった。
紳士ポケモンである彼は、とんでもなく寝相が悪かったのだ。
「スピピフィフィー」
紳士ポケモンの指が発光する。
それは彼がサイキックを寝ぼけて使ってしまった証であり、その影響は、クレナ、そしてフリージオの「りじ夫」に及んだ。
クレナとフリージオ。
夢の中の二人の意識は重なり、やがて一つの夢を見る……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ポケモンには王が居る。
とある国で氷ポケモンを支配するのは、氷の龍であり、この地方の氷ポケモンの頂点に君臨するのは、氷山の化身だ。
そして、その氷山の化身……氷王レジアイス様の護衛こそが、この鍾乳洞の宮殿で、我らフリージオの一族が代々務めている役目だった。
レジアイス様の手を煩わせるまでもない愚かな人間の球使いや、不敬なポケモン達の撃退。
護衛兵は大役だが、僕の先代も、そのまた先代も、さらにその先代も、さらにさらにその先代も、その生涯を通して立派に務めあげたのだ。
僕も彼らに倣い、やり遂げて見せる……
そんな思いと共に成体となり、氷王の護衛兵となった僕が出会ったのは、頭の長いポケモンを連れた人間の女の子だった。
「レジアイス様を付け狙う球使いか? 軽く追い払ってやろう」
ところが、彼女の反応は予想外のものだった。
彼女は僕の姿を見て、大いに興奮をしているのだ。
「えぇ? き、君は、レジアイス様を探しに来たんじゃないのかい?」
これまで僕が出会った人間とポケモンは、誰も僕を見ておらず、その先にいるレジアイス様だけを見つめていた。
だが、この女の子は、この僕だけを見ている。
まるで伝説のポケモンを見るような目で、嬉しそうに僕を見ている。
「君は……「僕」を捕まえたいの?」
初めての経験だった。
正直に言えば、嬉しかった。向けられる眼差しに、照れてしまった。
……そして、冷たい結晶ポケモンである僕の心に、火が付いた。
氷王の守護者として、レジアイス様の御前で、無様な戦いは見せられない。
そして何より、この子は他の誰でも無い、この僕に挑戦をしようとしているのだ。
ならば、僕はその意思に応える必要がある。
バトルを始めて直ぐにわかったことは、僕のレベルは彼女たちを上回っているということだった。
僕はこれまでに、彼女たちよりもずっと強い不敬者を幾人も撃退してきた。
この程度では、レジアイス様は愚か、僕を捕獲することなどできはしない。
だけれども、この人間の女の子と彼女のポケモン達は、僕の辻斬りや冷凍ビームを前にしても、喰らい付いてきた。
何としてでも、僕を捕まえたい。
人間の言葉はわからないが、彼女の眼差しからは、そんな気持ちが伝わってきた。
僕は、一切手加減も容赦もしなかった。
これは本当のことだ。
だけども、僕は彼女達の執念と言える粘りに徐々に押され、やがて背後に重い一撃を受けてしまった。
「クレナちゃん、今だぁ!」
僕に砲弾となってぶつかった貝の少女が叫び、人間の女の子は、球を手に取り、僕へと投げつけた。
既に僕は、彼女のことを認めていた。
彼女達はレベル差を覆し、氷王の守護者である僕を追い詰めたのだ。
これほどの熱意をぶつけられて、受け入れることができないのはきっと捻くれたポケモンだけだろう。
だけども僕は……彼女のポケモンとなることを、この期に及んで迷っていた。
人間と共に、この鍾乳洞の宮殿を去ること。それは、守護者としての任を放棄することを意味している。
レジアイス様は、僕の裏切りを許してくださるだろうか……?
「護衛兵よ」
「……!」
いつからそこに居たのだろう。
地底湖に落ちていく僕は、鍾乳洞の闇の奥からバトルを見守る氷王の姿を視た。
「貴殿の任は解いた。行くが良い、少女と共に」
王からの後押しを受けた僕の身体は、少女が投げた球に包まれ、地底湖へと沈んでいく。
そしてその球を包んだのは、貝の少女のぬるぐちょで……チャーミングな触手だった。
「えぇっ。僕をレジアイス様と勘違い!?」
人間の言葉を解する、頭の長いポケモン……オーベムのジェントル君からコトの真相を告げられたときは、驚きよりも笑いがこみあげてしまった。
まさかこの僕が、あの偉大な氷王レジアイス様と同一視されてしまっていたなんて!
あの人間の女の子、クレナさんは僕がフリージオであったことに、間違いなくがっかりしたことだろう。
だけども、彼女は僕にそんな態度を露骨に示すこともなく、僕の加入を喜んでくれた。
(「りじ夫」という格好良い響きの名前も貰ったが、ジェントル君が「お気の毒に」という目で見ていたのは何故だろう……?)
僕はレジアイス様ではなくて、フリージオだ。
伝説級の力など、持っている筈もない。
けれども、クレナさんは全力で僕に挑み、そして僕は、彼女の強さを認めたのだ。
【頼むよっ、りじ夫!】
だったなら、あの子が僕に信じる分の活躍はしてみせようじゃないか。
「任せてください」
その期待に、応えてみせようじゃないか。
「頑張れ、りじ夫〜!」
「お、おむ奈さん……!」
可愛い貝の少女も、見ていることだしね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はっ。りじ夫を出したまま眠ってしまった!?」
目を覚まし、がばちょと身を起こしたクレナは慌てて周囲を見渡す。
この暑さで、フリージオは水蒸気と化しているのでは……そう思ったクレナであったが、
「リィイイン」
フリージオは美しい鈴の音と共に、クレナの傍に現れた。
「あぁ、良かった。ごめんよ、りじ夫。暑かったよね?」
「リィン」
フリージオは大丈夫、と言わんばかりに氷の鎖を揺らしている。
「そういやさ、今日はりじ夫の夢を見た気がする」
「リィイン?」
「何だか、頼もしいような、そうでも無かったような……?」
相変わらずオーベムは酷い寝相で寝ており、クイタランは寝ぼけ眼でクレナを見つめている。
「あ、そうだ」
クレナは今のうちに、とフリージオを奥に伴い、ペットボトルに入った水を取り出した。
「りじ夫。これを良い感じに冷やせば、おむ奈からの好感度アップ間違い無しだよ……!」
「リィン!」
少女クレナと、守護者であり喪男でもあるりじ夫の旅は、まだまだ続くのであった。