クイタラン編:くい太の追憶(1)
エスパータイプのポケモン、オーベム。
「ブレインポケモン」とも称される彼らは、その異名の通り、他者の「脳」に干渉するサイキックを得意とする種族である。
鍛えられたオーベムは記憶の操作・改竄をも可能とし、その能力故に犯罪者に悪用されやすく、また悪意を持って人間を襲う野生の固体も少なくない。
だが、クレナのオーベム「ジェントル」は違った。紳士であることを重んじる彼は、無闇にサイキックを使うことを良しとしないのだ。
だが、そんなジェントルマンな彼も、紳士で居られなくなる時間がある。
「ピヒー。スピヒヒー……」
このオーベムの主人であるクレナは、ポケモンを出した状態で就寝することがある。
それは野宿をする羽目になった日や、わざわざ追加料金を払って、ポケモンセンターの大部屋を借りた日である。
ポケットモンスターは生き物であり、いくら快適な環境であったとしても、一個200円の安物ボールの中での就寝はストレスが溜まりやすい、というのがクレナの考えであった。
「スピピヒプピィイイ」
この日の深夜、野宿をすることになってしまったクレナの側で、オーベムはごろごろと転がっていた。
眠れないわけではない。彼は、寝ているのである。
要するに、彼は寝相が極めて悪いポケモンであった。
「ピィィ」
紳士ポケモンの指が発光する。
それは彼がサイキックを寝ぼけて使ってしまった証であり、その影響は、彼の側で眠っていたクレナ、そしてクイタランの「くい太」に及んだ。
クレナとクイタラン。
夢の中の二人の意識は重なり、やがて一つの夢を見る……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あっ
私、くい太だ。
クレナはクイタランのくい太になっていた。
そして、次の瞬間には、己がクレナであることを忘れていた。
「ねぇ、貴方」
くい太に声がかけられる。正確に言えば、声ではなく、「ぶも」という鳴き声である。
だが、くい太にはその意味を解することができた。何故ならば、クイタランだからである。
「たまには、川で水浴びしたらどう?」
「必要ない。水浴びは好かん」
「貴方は、昔からそうよね」
「そんなことより、ソイツを黙って喰え」
くい太は、目の前のメスのクイタランに、狩ってきたアイアントを差し出す。
メスのクイタラン……くい太の奥さんは長い舌を出すが、炎が灯らない。これでは、アイアントの外殻を溶かすことが出来ない。
「…………」
くい太は奥さんの代わりに炎の舌を伸ばし、アイアントの外殻を舐め溶かした。
「ありがとう」
奥さんは微笑み、ゆっくりとアイアントの剥き出しとなった身体に吸い付いた。
「力をつけろ。生まれてくる子供のためにも」
「……頑張るわ。でも、私。もう長くは生きられない」
「馬鹿を言うな」
奥さんは、ちらりと「卵」を振り返る。
元々弱かったその身体は出産に耐えられず、日に日に衰弱していく。今では、炎を出すことさえできない。
綺麗好きで、常に手入れしていた毛並みは、今では見る影もない。
「この子を守ってあげて。お願いよ」
「…………」
「私達の大切な子供……どうか、私の分まで」
返答できなかった。
返答してしまえば、認めることになってしまう。
「お前は死なない。死ぬものか」
くい太は、奥さんを愛していたのだ。
「お父ちゃん」
時間が飛び、場面が変わる。
だが、違和感は感じない。夢とはそういうものである。
「お父ちゃん。くさいよ、水浴びしなよ」
目の前には幼いクイタランのメスがいた。
娘だった。
「水浴びは好かん」
「気持ちいいよ」
「水タイプのようなことを。お前は母さん似だな」
くい太は狩ってきたアイアントを娘に差し出す。
娘は大喜びし、アイアントの外殻を炎の舌で溶かし、その中身をいただいた。
「美味しぃー!」
「力をつけろ。そうしたら、丈夫に育つ」
「うん。見ててよ。わたし、とっても丈夫で美人さんのクイタランになるから」
アイアントにしゃぶりつきながら、娘はくい太に宣言する。
「ああ。楽しみだな」
俺は妻を幸せにすることができなかった。
だからせめて。娘だけは幸せにしてやりたい。
妻の分まで……
だがくい太は思い出してしまった。
これは夢であるのだと。
「……お……お父……ちゃ……」
場面と時間がまたもや変わり、大量の金切り声に交じる、か細い声がくい太に届く。
その瞬間、くい太の夢は閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう、くい太、ジェント……ルゥ!?」
目覚めたクレナは、惨状を見て眠気が覚めた。
オーベムが、紳士らしかぬ格好で寝ていたのだ。
「な、なんちゅう寝相」
「ぶも」
既に目は覚めていたのか。
クイタランはのそりと起き上がり、クレナの脇に立つ。
「おはようくい太」
「…………」
「そういや、今日くい太の夢を見た気がする」
ワイルドな感じの夢だった。
それはぼんやり覚えているのだが、肝心の内容は起きた瞬間に忘れてしまった。
「うーん。そろそろジェントル起こそうかな?」
「ピヒュルルルル」
オーベムはクレナが呼びかけても起きる様子を見せず、クイタランは長い口で、オーベムの頭部をつつく。
「ピィイイ……ピヒュー」
「だめだこりゃ」
オーベムの寝相の悪さは、改善が難しそうであった。