7話:クレナのアルバイト
新人トレーナークレナが、トレーナー修行の旅に出て二週間。
彼女は早くも「壁」を感じていた。
「あぁ、また負けた……」
クレナの初ジム戦は黒星で終わった。ジムリーダーが繰り出した岩ポケモンによって、あっという間にクイタランとオーベムが叩きのめされてしまったのである。
この街の一般トレーナーや、ジムトレーナーとの勝負では五分以上の勝率を誇るクレナであるが、ジムリーダーは正しく別格の存在であった。ジムリーダーは挑戦者の実力に合わせて使用ポケモンを変更するものであり、決して「勝てない」というポケモンは選ばない。だがそれでも、トッププロトレーナーである彼らに勝利し、ジムバッジを手に入れることは難しいことであったのだ。
「これじゃあ、何時までたってもこの街から動けないよ」
再挑戦、再々挑戦を試みるも、ジムバッジには届かない。
授業免除期間は有限であり、ここに留まり続ける訳にはいかない。また、それ以上に問題であるのが、この街でのポケモンセンターの無料連泊期間が終わりかけているということであった。
「……バイトしないとなぁ」
ポケモンセンターのソファに腰かけるクレナは、ため息をつきながら求人紙を広げる。
宿泊費、自分とポケモン達の食費、薬、交通費……
トレーナー修行推進制度により補助はされているが、それでも完全無償というわけにはいかない。旅とは、お金がかかるものなのである。連泊期間が尽きようとしている今、クレナには資金稼ぎが求められていた。
「うーん、14歳でもできる仕事は……」
「君、トレーナー修行中の子?」
「わっ」
バイトを物色していたクレナは、突然かけられた声に顔を上げる。
そこには、壮年の男性が立っていた。
「は、はい。そうですけど」
「仕事を探しているの?」
「ええ。そろそろ無料連泊期間が尽きてしまうので……」
「良かったら、私からの仕事を受けてくれないか? 丁度、トレーナーを探していたんだ」
「私に? 一体どんな仕事なんですか?」
「この子を進化させてほしい」
男性は、鞄から一つのモンスターボールを取りだす。
「……君はヌケニン、というポケモンを知っているかい?」
―
「本当に良かったんだろうか。自信無いし、そもそも、私は虫なんて好きじゃないのに……」
『受けてしまったからには仕方がありませんよ。報酬は良いですし、美味しい仕事ではありますよ』
「……それもそうだね。前向きに考えようか」
公園にて、クレナはモンスターボールのスイッチを押した。
「出ておいで、ツチニン」
白い身体、小さい翅、感情が見えない眼。
「ジジッ」
モンスターボールから出てきたのは、虫ポケモンのツチニンである。
―父は身体が弱っていてね。寄り添える静かなポケモンを。ヌケニンを欲しがっているんだ―
―ツチニンは進化させるとテッカニンになるんだが、同時に抜け殻がヌケニン、というポケモンになったという事例がある―
―ヌケニンは珍しいポケモンで、まず野生で見つけることはできない。だが、私は仕事が忙しくて、とてもツチニンを育成する余裕が無い―
―だから、トレーナーである君にお願いしたいんだ―
「ヌケニンかぁ。抜け殻に命が宿るって、どういうことなんだろうね」
クレナに依頼された仕事。
それは、このツチニンを進化させてヌケニンを誕生させ、依頼主に届けることであった。
「ジジジッ」
「ジェントル、彼が何て言っているかわかる?」
『うーむ、流石のワタシでも虫の言葉はわかりません』
オーベムは首をかしげる。どうやら、虫タイプのポケモンは特殊な言語を用いているらしい。それ以前に、言語があるのであろうか……?
一方で、クイタランは、じぃーっとツチニンを見つめている。
時折、ちろちろと炎の舌が出ており、クレナは慌ててクイタランの身体を引っ張った。
「くい太、ツチニンはアイアントじゃないよ。食べ物じゃないよ!」
『あっ、クレナ様、ツチニンが穴を!』
「え」
眼を放した隙に、ツチニンは穴を掘り、その身体を地中に埋めようとしていた。
「わぁっ、どこに行くの!?」
間一髪でお尻を掴んで引き上げたクレナであったが、ツチニンは何をする、とばかりに鳴いた。
「ジジジジッ!」
「狭いホウエンそんなに急いでどこに行く。もう少しのんびりしなよ!」
「ジィーッ!!」
クレナに掴まれてぶらりん状態のツチニンは暴れて、クレナの腕に爪を振りかぶった。
「ひゃっ」
「ピイィッ!」
間一髪でオーベムがサイキックでツチニンの動きを止めたが、ツチニンは相変わらず叫ぶように鳴いている。
「ジジジジジィッ!」
「あ、ありがとうジェントル。くい太、食べちゃ駄目だよ!」
「ジィー! ジィィィーッ!」
クイタランは唸りながらツチニンに近づくが、ツチニンは全く大人しくならない。
もはや手がつけられず、クレナはツチニンをボールに戻し、腰のボールホルダーに収めた。
「……どうやら、ツチニンは私のこと嫌いみたい……」
『クレナ様』
「お互い様か。さっき私も、虫なんて好きじゃないって言っちゃったもの」
自分の気持ちをポケモンに見抜かれてしまったのか。それとも、トレーナーとして侮られてしまっているだけなのか。
軽い自己嫌悪に駆られたクレナであったが、彼女はやがてクイタラン達を振り返った。
「よし、くい太、ジェントル。取りあえずショップに行こう。虫ポケモンの好きそうなポケモンフーズを買いに行こう!」
―自分が相手を好きにならなければ、自分を好きになってもらえるわけがない。
―まずは、好きになることから始めてみよう。
「……領収書があれば、餌代は出してくれるって依頼者さんが言ってたし」
善は急げ、と少女はクイタランとオーベムを伴い、街へと繰り出したのであった。