6話:2on2
寝袋、食料、着替えに、ナイフ……
大きいリュックに荷物を詰め込み、母親に見送られ、少女クレナは二匹のポケモンと共に旅に出た。
「私もポケモントレーナーか」
クレナは腰のボールホルダーの小物入れから一枚のカードを取りだし、ふぅむ、と息をついた。
そんなクレナの傍を、彼女の歩調に合わせてクイタランとオーベムが歩く。
ボールに入れることで携帯できるのがポケモンの強みであるのだが、クレナはあえて彼らを外に出していた。
これは元野生の彼らを人間に慣れさせる訓練であり、また単純に、クレナが彼らと一緒に歩きたかったこともある。
彼らの図体では迷子になりようが無いし、愛玩向けとは言いにくい、その個性的な風貌から盗難の危険性も少なかった。
『ええ。そのトレーナーカードがその証でございますね』
オーベムのはふわりと浮き、クレナが手に持つトレーナーカードを覗きこんだ。
「ジェントルはこれのことも知っているの?」
『存じておりますよ。あの方も持っておりました。カードの色は黒色でしたが』
「黒って……」
トレーナーカードは、ポケ免取得の際に発行される、ポケモントレーナーの証明書である。
このカードには公式戦の記録が書きこまれており、仮にポケモンリーグ参加資格であるジムバッジを無くしてしまったとしても、カードさえあれば(有料であるが)再発行が可能である。
新人トレーナーであるクレナのカードの色は緑であるが、公式戦の成績でトレーナーカードの色は変わっていき、「黒」はその最高ランクに該当するものであった。
「凄い。それって、ポケモンリーグでも優勝経験あるだろうなぁ」
『あの方は、凄腕でしたから。クレナ様も、やはりポケモンリーグ優勝をお考えで?』
「いや、私はプロに成りたいとは思っていないし、そこまでは。私はただ、レモーにバトルで勝ちたくて……」
クレナは、脇のクイタランを見る。
特に反応は無い。
彼はジト目で、のしのしと彼女に付いて歩くのみである。
「レモーはバッジを3つ集めたって言っていた。だから、私もまずはバッジを3つ集めて、レモーに追いつきたい」
『このジェントル、全力でサポートしますとも!』
オーベムはピヘンと胸を叩くが、同時にバツが悪そうに、小声で念を送った。
『……もっとも、ワタシはバトルが物凄く弱いのですが……』
「嘘でしょ。捕獲バトルのとき、あんなに手強かったじゃないの」
『それはクレナ様がワタシを倒さずに、捕獲しようと考えたからです。私は補助は得意なのですが、攻撃のサイキックは苦手でして』
「おい、そこのアンタ!」
「ん?」
クレナが声に反応して振り向くと、そこにはクレナより幾分若い少年が立っていた。
「ポケモントレーナーだな? 俺とバトルしてくれ!」
「え、急に」
「トレーナー同士の目が合ったら、もうバトルは避けられない。さあ、勝負だ!」
「…………」
クレナはクイタランを見る。
クイタランは一言「ぶも」と鳴いた。
「ルールはシングルマッチ、2on2だ」
「よし、じゃあ私は」
「俺は一番手に、そのオーベムを指名する!」
「ええっ」
どこまで厚かましい少年なのか。
幼ければ我儘を言って良いというわけではない。
クレナは流石に文句を言おうとしたが、オーベムは前に出た。
「ジェントル。だ、大丈夫なの?」
『弱いポケモンですが、ワタシは紳士。挑戦されたとあれば、引くわけにはいきません。任せましたよクレナ様』
「バトル開始だ! 行けっ、スラッシュ!」
少年がボールを投げ、飛び出してきたのは緑色のポケモン。
鋭い鎌を備える蟷螂ポケモンのストライクであった。
「……ジェントル、念力!」
「スラッシュ、連続斬りだっ!」
サイキックを放つべくオーベムが構えるが、ストライクは速かった。
念力がストライクを縛るよりも速く、ストライクの鎌がオーベムを襲ったのである。
「ジャアアッ!」
「ピギィ」
斬られたオーベムは苦悶を洩らすが、彼の放った念力はストライクを掴み、地面へと叩きつけた。
「振り払えスラッシュ、連続斬り!」
「ジェントル、放しちゃだめだ! 念力!」
オーベムは念を強める。
だが、ストライクはその重圧を押し返して立ち上がり、大地を蹴った。
「ジェントル!」
ストライクの鎌が、オーベムを再び斬りつける。
その傷は深く、一撃目から明らかに威力が増していた。
「連続斬りは、当てれば当てるほど威力が増す技なんだぜ。おまけにエスパータイプには効果は抜群だ!」
「……!」
クレナは察した。
この少年は、相性有利なオーベムを相手にして連続斬りを当て続けて強化し、ストライク一体で勝利する気であるのだと。
だからこそ、一番手にクイタランでなく、オーベムを指名したのであると!
―こんなにずるい、おまけに年下の子に、負けたくない!
―でも、ジェントルではストライクには勝てない。
―私はどうすれば……?
「スラッシュ、決めろ! 連続斬りだぁ!」
「ピィィ……」
オーベムが、クレナを振り返る。
―勝ちたい。
―私たちは、勝ちたい。
―だから、これしかない!
「ジェントル、リフレクター!」
「ピィイイイ!」
ストライクの鎌が当たる直前、オーベムの指先が発光し光の膜が出現したが、連続斬りの三発目を受けたオーベムの身体は宙を舞い、クレナの脇に落下した。
「ジェントル」
オーベムはもう動けそうにもない。
クレナはボールを取り出し、オーベムに向けた。
「ごめん。ごめんねジェントル。すぐに治してあげるから、ボールで休んでて」
モンスターボールにオーベムを収納したクレナは、ボールホルダーにボールを収め、クイタランを振り返る。
「くい太、頼むよ」
「ぶもっ」
細い口から炎を洩らしながら、クイタランが前に出る。
「ここまで威力を上げれば十分だ。スラッシュ、最後の連続斬りだぁ!」
「ジャアアアアッ!」
ストライクの鎌がクイタランに迫る。
「くい太、炎の渦で取り囲め!」
クイタランが炎の渦を放出するが、ストライクはそれよりも速くクイタランの懐に飛び込んでいた。
「よしっ!」
少年が拳を握る。
炎タイプには連続斬りの効きが悪いが、ここまで威力を挙げてしまえば関係ない。
連続斬りがクイタランに決まり、勝利を確信した少年であったが、
「ブジッ!」
「えぇっ!?」
クイタランは倒れず、炎の渦がストライクを包み込んだ。
「しまった、リフレクターが……!」
「くい太、乱れ引っ掻き!」
炎の渦で身動きが取れないストライクに、クイタランの太い爪が襲いかかる。
お返しとばかりにクイタランの爪はストライクを打ちのめし、やがてストライクは熱と打撲で衰弱し、倒れこんでしまった。
「うわあ、スラッシュ!」
少年は慌ててストライクをボールに戻し、二体目のポケモン入りのボールを取り出す。
「くい太、ジェントルのリフレクターはまだ残っている。このまま勝ちにいくよ!」
「ぶもっ」
勝利したクイタランは両腕からぶしゅうと排熱する。
「さぁ、来い」
クレナから汗が流れた。
炎の熱気と興奮が、バトルフィールドを包み込んでいる。
「行けぇ、チャーモ!」
少年が繰り出した二体目のポケモンは、炎タイプのポケモンであるアチャモであった。
ポケモン協会から支給される、新人向けのポケモンの一体である。
「チャーモ、火の粉だっ!」
「シャモッ!」
オーベムが最後に放ったリフレクターは、接触攻撃の威力を軽減する技である。
それ故、リフレクターの影響を受けない技である「火の粉」をアチャモに指示した少年であったが、クレナのクイタランの前には完全な悪手であった。
「……くい太が元気になっている?」
元々、炎技は炎タイプのポケモンには効きにくいものであるが、火の粉を浴びるクイタランは、むしろ普段より生き生きとしているのだ。
―今なら、行ける。
確信したクレナは、クイタランに叫んだ。
「炎の渦っ!」
「ぶもおおおおっ!」
クイタランは口からうねる炎を放射する。その大きさは、威力は、通常の比では無かった。
「ああっ、チャーモ!」
炎の渦がアチャモを包む。
クイタランと違い、アチャモには炎攻撃は通用するようであり、アチャモは渦の中で憔悴していく。
「凄い、くい太」
クイタランの腕から、一際大きな排熱が行われる。
勝負は決まったとクレナが思った瞬間、炎の渦の中で異変が起こった。
「シャアアモ……!」
「チャーモ?」
「シャアアアアモ!」
炎の渦を突き破り、戦闘不能寸前であったアチャモが。
否、「ワカシャモ」が飛び出してきたのである。
「進化した!?」
「……チャーモ、行けええ!」
少年の声に応えるかのように、アチャモの進化系であるワカシャモが、クイタランに猛進した。
「くい太、乱れ引っ」
「二度蹴りだぁ!」
一撃、二撃。
ワカシャモの強靭な足がクイタランのボディに食い込み、彼を地へと倒した。
「くい太!」
「チャーモ!」
仰向けに倒れるクイタランに、ワカシャモの脚が襲いかかる。
だが、クイタランにも強靭な武器があり、彼は両腕を開いた。
「シャアアアアモッ!」
「ぶもおおおおおおっ!」
二匹の獣の声が響き、ワカシャモの脚部が、クイタランの大きな爪に捉えられた。
「……乱れ引っ掻きっ!」
クイタランはワカシャモを地面へと倒し、馬乗りとなって爪で滅多打ちにするが、ワカシャモは黙ってはやられずに、彼を蹴り飛ばして距離を取った。
「炎の渦っ!」
だが、炎技こそがクイタランの真骨頂。
パワーアップした炎の渦がワカシャモを包み、今度こそ彼をノックアウトしたのであった。
「ああ、畜生、チャーモ……」
少年はワカシャモをボールに戻しうなだれる。
一方で、二体抜きを決めて勝利を収めたクレナは、ぽかんとクイタランを見つめた。
「勝った?」
「ぶも」
「私たち、勝ったの?」
「ぶもん」
「勝ったんだ……」
ぶしゅう、とクイタランが腕から排熱をし、クレナはほう、と息をつく。
そして、クレナは両手をクイタランに腕をまわして、叫んだのであった。
「やったあああああああああ! ありがとう、くい太、ジェントルゥ!」
「そんなに喜んでくれるなよ。俺は負けて落ち込んでるってのに……」
少年は大喜びの年上に呆れ気味であるが、クレナはそれに構わず、クイタランを抱きしめる。
勝敗を分けたのはリフレクターの存在である。仮にオーベムがリフレクターを使っていなければ、ストライクの攻撃にも、ワカシャモの逆襲にも耐えられなかったであろう。
オーベムのリフレクター、そして、クイタランの頑張りで掴んだ勝利である。
「あちち」
ずっと掴んでいたかったが、戦闘後のクイタランには熱が籠っており、クレナは手を放さざるを得なかった。
「…………」
勝利を決めたというのに、クイタランは相変わらずのジト目である。
「はは。なんだありゃ」
大喜びの少女と、ジト目のクイタラン。
そのギャップが妙におかしく、少年は悔しさの中、ついつい笑ってしまったのである。